討伐者と角鎧竜
ガールミーツドラゴン☆
心の整理を一度つけることができたカイトは、額にずっと居座っているリチュアへ声をかけた。
「血、かからなかったか?」
「全然かかってないわ。それどころか、こっち側へ血の一滴、流れて来ていないわ」
「そうか」
相方の無事も確認したところで、もう一人、無事を確認しなくてはいけない相手がいる。
後方まで続く視界の中にはいるのだが、改めて、状態を見ておきたかった。
振り返ると、左腕を右手で抑えた、黒髪の少女が、我ここに非ずと言った様子で立っていた。
垢抜けたシャツとズボンに、急所を護る最低限の防具を身に着けている姿は、狩人や戦士と言うよりも、冒険家のようにカイトには見えた。
とても愛らしい顔には深い疲労が浮かび、血色もあまりよくない。
どうやら、左腕が折れているようだ。
大丈夫か、と声をかけようとして、今の自分では彼女に言葉が伝わらない事を思いだした。
回復しなくては、とも思ったが、回復魔法がロクに使えないことを思い出した。鼻先の角を失った今、かすり傷が塞がる程度の効能しか発揮できない。骨や周囲の筋肉を元の位置に戻しながら治癒することはできず、その痛みを和らげることすら困難な事は明白。
それに、自分が回復すれば、少女はとても困惑するだろう。
今、視界には彼女の他にも、仲間らしき人間が三人映っている。彼女たちも、どこか茫然としてカイトの事を見ているが、クロスボウを構えた若い女性だけは警戒心を捨てていない。
もしも少女に何かしようとしたり、近づこうとすれば、躊躇いなく撃ってくると予想できた。
彼女の治癒は、あの人たちに任せよう。
そう思った時、
「……」
ぽつりと漏れたらしい、少女の言葉を耳が拾った。
異世界の言語のため、何を言ったのかは分からないが、悪意や敵意はやはり感じられなかった。
気が付くと、少女と視線が合っていた。
あの瞳の色は、ルベライトだったかもしれない。
綺麗な瞳だった。強い意志を感じさせもして、この子は大丈夫だ、と感じた。
そもそも、レッドハンドを倒しに来た、討伐者である。
自分が心配するなどおこがましいにも程がある。
カイトは自惚れてたなと自嘲すると、周囲に彼女たちを脅かす存在の気配がない事を確認してから、踵を返した。
木々を傷つけないように、自分が取ってきた道を辿って帰っていく。
その間、少女はずっとカイトの事を見つめていた。
「ミーナ、大丈夫だった?! あぁ、大変、すぐに治療するわね!」
少女と同年代らしき仲間が駆け寄っていく姿が見えた。
あの少女の名前は、どうやらミーナというらしい。
仲間の少女は、回復魔法を使い、ミーナの左腕を治癒した。
草木に阻まれ、カイトが見たのは、そこまでだった。
その後も会話が耳には届いていたが、とりあえず、彼女たちはレッドハンドの骸を持ちかえることにしたようだ。
カイトとしても、その方がありがたかった。
その後、水辺で一休みしてから、降ろした荷物を取りにまた一度、森を出た。
ミーナたちの気配は、森から徐々に遠ざかっている。
もう会う事もないだろうが、初めて会えた人間が彼女たちで良かった、とカイトは考えながら、水辺から続くリチュアの説教を右耳から左耳へと流した。
それにしても、今日のリチュアは、ここ最近では一番よくしゃべっていた。
まるで、以前のようだと、居心地の悪さの中にも、どこか安心感があった。
「ねぇちょっと聞いてる?」
「あぁ、悪かったって」
人間を助けた事、それによってもしもカイトが危険な目に遭ったら、泣くのはフローチュアだと痛い所を突かれたが、その後の説教は、リチュアの感情が若干垣間見えていた。
リチュアも、自分の事を心配してくれている、のだろう。多分。
そう思うと、延々と続く説教も、ラジオの音源のように……聞こえなかった。
荷物を降ろした場所まで来る頃には、リチュアの気が晴れたのか、説教は終わっていた。
二人で協力して荷物入れを背中に載せ、また森へと戻っていく。
「ところで、お前の寝床はどうするんだ?」
「フローチュアの所と一緒で大丈夫よ。普通に野宿するよりもずっと快適みたいだし」
「そうか」
「アンタは大樹の下で寝なさい。って言うか、そこしかないわ」
「だろうな」
そんな会話をしながら森の中へと入ると、小さな音が聞こえてきた。
どうやら、レッドハンドがいなくなったことで、森に済む動物たちが動き出したようだった。
フローチュアと出会った時の、レッドハンドが来る前の森の気配を思い出した。
あの日から、それ程時間は経っていないはずなのに、もうずっと長い事、旅をして、ようやく決着がついたように感じる。
「カイト」
「ん?」
「フローチュアの代わりに、って言うのも変だけど。ありがとう」
柔らかく、優しいリチュアの言葉に、少しだけ視界が潤みかけたが、まだ終わっていないと自分に言い聞かせる。
「俺も……これまで助けてくれてありがとう、リチュア」
「まだもうしばらくはこのままよ」
「そうだな……」
「でもまぁ……それも、後もう少し、でしょうけど」
大樹の根元に着き、荷物を降ろし、カイトはその偉容を見上げた。
「ただいま」
「ただいま」
リチュアも、大樹へ向かって挨拶をしていた。
ようやく帰ってきた。
実感が湧いてくると、急に安心して、眠気を感じて来た。
思えば、急ぎ足で帰ってきた上、レッドハンドとの決着もあったため、ロクに休憩も取っていない。
根本に寝転ぶと、本格的に眠気に抗えなくなってきた。
「リチュア、すまん、ちょっと寝るわ……」
「えぇ、私は樹の上で休んでるから、何か用事があったら呼びなさい」
「おう。おやすみ」
「えぇ、おやすみなさい」
子守唄のようなリチュアの声を聞いた直後、カイトの意識は暗転した。
‡
夢を見た。
フローチュアと、彼女と瓜二つの姿をしたリチュアと一緒に、森で暮らしている。
二人はまるで姉妹のようで、俺は二人を背中に乗せて、いろんな所へ出かけるのだ。
森の中を出て、岩砂漠や、砂砂漠、海へ出かけ、これまで出会った魔獣や魔族たちに、フローチュアを紹介してまわった。
レイラとフローチュアはすぐに仲良くなって、トリトナが二人を見てデレデレしている。女医とマトがほほ笑みながら見守っていて、俺も彼女たちの事を幸せな気持ちで見守っていた。
ふと、顔を上げると、義両親たちのいる森にいた。
義両親は自分とフローチュアの事を優しく出迎え、末姉は大きくなった俺を見て大変驚いていた。
すると、地球に居る家族の事も思い出した。
三人からは、怖がられるかもしれないと、怖さを覚えていると、幸香がやってきて、嘴の先に触れてくれた。
「お兄ちゃん、待ってるよ」
それから、両親もやってきて、それぞれ頭を撫でてくれた。
「無事に戻ってらっしゃい」
「戻ったら話を聞かせてくれないか」
自分は三人へ頷くと、またいつの間にか景色は変わっていて、見知らぬ草原にいた。
そこで、ユィーハさんが手を後ろにして自分を見上げてきていた。
「後もう少しね。この森に入れば、って草原だけど……あそこにいれば、フローチュアの回復も早くなるから」
それはとても嬉しい事を聞いた。
しかし、そうなったら、リチュアはどうなるんだろうか。
精神生命体と言っていたが、フローチュアから出て行ったら、どうなるんだろうか。
「大丈夫よ。もしもダメそうだったら、フローチュアが何とかしてくれる……はずよ」
「はずって……」
確かに、優しいフローチュアなら、行先に困ったリチュアを助けてくれるかもしれない。方法はわからないが、新しい宿主が見つかるまで、またしばらく間借りさせてもらう、だろうか。
そうなると、二重人格っぽくならないか? と心配になった。
「そうねぇ、満月の夜だけ、表に出させてもらう、とかさせてもらおうかしら」
冗談めかしてそう言ったユィーハさんの後ろから、フローチュアが顔を出した。
「カイト」
フローチュアから名前を呼ばれる。
「カイト、もうちょっとだけ待っててね」
「あぁ」
「無理、しちゃダメだからね?」
「あぁ」
もう、無理をすることはないだろう。
後はフローチュアの復活を待つだけなのだから。
「あ、でもミーナたちは来ないよな?」
彼女たちならまだしも、話を聞いた討伐者たちが来ないとも限らない。
そうなったら、俺はこの森を出て行かなくてはならない。
そんな不安は、ユィーハさんの一笑で綺麗に取り払われた。
「それはないわ。この森は元々、人が踏み入ることのない場所なの。それこそ、許可なく立ち入ることをエルフが許さないわ」
「そうなんですか?」
「ええ。今回ミーナたちが来たのは、レッドハンドを討伐する為だけだろうから、これ以降来る奴らは、全員エルフが地獄送りにするから気にしなくていいわ」
「え、何それ、怖っ」
だが、余計な心配はいらないようだった。
なら、当初の予定通りに行こう。
「それよりも、ほら、アンタたち、話したいことあるなら話しちゃいなさい。時間、もうあんまりないわよ?」
「えと……」
何を話そうか。
話したいことはいっぱいあるのに、いざ対面したら、出てこない。
困っていると、フローチュアが歩み寄ってきて、手を伸ばしてきた。
それに応えようとしたが、俺たちの距離が縮まることはなかった。
「時間みたい……」
「そっか……」
まごついていたのがいけなかったようだ。
だが、おかげで言いたいことを一つだけ言える覚悟ができた。
「フローチュア!」
「なぁに?」
「ごめんっ、俺のせいで君を死なせてしまった!」
「うぅん、カイト、もういいんだよ」
「よくないよ」
「カイト、自分を責めないで。君は自分を許さなくても、私は君を許している。うぅん、許すもなにもないんだ」
「そんな……」
「でもね、そうだなぁ……」
世界が真っ白に消えていく。
掻き消えていくフローチュアが、悪戯っぽい笑顔を浮かべた。
「起きたら、また続きを話そっか。それまでに、カイトはしっかり、自分を許すこと!」
「そんな事言われても」
「罪の意識から逃げたいって訳じゃないよね? だったら、カイト、君のこれまでの旅を振り返ってみてよ」
最後に、フローチュアが手を振った。
「じゃあねカイト。次は、現実でお話ししようね」
真っ白になった世界が、一気に暗転して、その中で残ったユィーハさんだけが、不思議とその存在感を保っていた。
「はい、頑張ったご褒美タイムでしたー」
「ユィーハさん、俺」
「今、夢で見たことは忘れます。でもフローチュアからの宿題だけは覚えてるように調整してあげるから、しかと取り組むように!」
ユィーハさんは有無を言わせずそう言うと、指をパチンと弾いた。
今度こそ、視界と意識が真っ暗になっていく。
「まぁ、その前にもう一波乱あるかもしれないわねぇ。
あーやだやだ、どー行動したらいいか、こっから先、わかんないわねー」
ユィーハさんの、苦笑気味の声が、最後に聞こえてきたが、それも暗闇に落ちていく中で、思い出せなくなっていった。
お読みいただき、ありがとうございます。
ユィーハ「もうちょっと読んどけばよかったわねぇ、あの本……」
ユィーハ「でもこの時代にないのよねぇ……あ、でももしあるとしたら……」
サエ「その本は?」
キール「あぁ、俺の仲間が書いた本でね。ナーサリィライムて奴が書いてるんだ」
サエ「……ナーサリィライム…………まさか、ナーサリィライム文庫?」




