OP前に世界観がガラリと崩れるタイプのプロローグ
ご無沙汰しております。お待たせいたしました。
この章から少しずつ各章プロローグの時間帯へと合流していきます。
討伐者組合トライティア支部長ウォークは、感嘆の声を漏らした。
普段は無表情で、時に険しいとも言われる美しい顔が、僅かに興奮で輝いていた。
「――想像以上だ」
彼女が手にしているのは、報告書と共に提出された、サンドストーム・ケタスのスケッチだ。
アリアが紙一杯に描き上げた大砂塵竜はどれも活き活きとしていた。また細部までよく再現されている。その独特の姿を実際に見ていない者にも、この巨大な竜種が砂の上で動き回っている様子を鮮明に想像させるに違いない。
「報酬に上乗せだな。こいつは組合だけでなく、国王陛下が……いや、この大陸の誰もが欲しがる資料だ」
「ありがとうございます」
対面のソファに座っていたアリアは、恥ずかしそうに照れていた。
それをベルルが満面の笑みで見守っている横で、ミーナと、普段よりも少し柔らかい表情を浮かべていたライラックに、ウォークは頷いた。
「調査ご苦労だった。それでは、本日はこれで解散とする」
言われて、ミーナたちは立ち上がったが、
「あれ、叔父さんたちは?」
壁にもたれ掛っていたキールとサエが動かない様子を見て、ベルルが足を止めたので、ミーナも振り返った。
「少し支部長と話をすることがあるから、先に行っておいてくれ」
「ふぅん? じゃあ、先行ってるからー」
ベルルは踵を返して、ライラックたちに着いていった。
きっと、向こうの大陸絡みのことなのだろう。それなら、自分が関わることはできない。
ミーナはそう判断して三人の背中を追いかけた。
‡
「……どうだ?」
「四人とも外に出ました。部屋の外には誰もいません」
キールの問いかけに答えたサエが指を弾いた。
一見、キールにも、何も起きていないように見えるが、ソファに座ったまま部屋を見回したウォークが、意味深に口端を上げた。
「今、何かしたのかい?」
「え?」
「とぼけても無駄だよ? 私は魔力に敏感でね。ここいらの国じゃあ、私よりも優れている奴は一人だけさ」
彼女の言う通り、キールが知っている限り、この大陸で彼女は屈指の魔力感知能力を有している。その精度は、エルフのお墨付きだ。
謎の魔力を感知し、キール宛ての手紙をトライティアから出したのも、目の前のウォーク支部長その人なのだ。
サエはそんな事情など露程にも知らなかったはずで、その証拠に、やってしまったと言わんばかりに頬を指で掻いていた。
「通りすがった誰かが偶然、聞くことがないようにしただけですよ」
「うん? 今、さらっと恐ろしい事を言ったね。人を寄せ付けなくした上に、中から外へ音が伝わることを遮断した……ってところかい?」
ウォークの指摘に、サエは困り笑顔を浮かべた。正解だと言っているのと同義だった。
このサエという男は、あまり嘘が得意でなく、良くも悪くも正直であった。
「……魔族って奴には、そう言う術を使う輩がいるのは知っているけどさ……人間でそれを使える奴は……二人くらいしか知らないんだけどねぇ」
アメジスト色の瞳が、流れるようにキールへと向けられる。
「支部長、流石にここまでのものは使えませんよ?」
「この坊やが規格外なだけで、アンタのソレも十分にえげつない代物だよ。もしもアンタが冒険者組合のトップクラスでなく、エル・ブロッサム女王の友人でなきゃぁ、ウチの組合がスカウトして」
「いや、その話は何度も聞きましたって」
以前から、この支部長は顔を出すたびに聞かせてくるのだ。それだけ認めてもらえているということだが、自分はすでに天職を見つけているため、誘いを断り続けている。
ウォークは分かっていたと表情一つ変えず、次にサエに視線を向けた。その目力は強く、獲物を前にした狩人の光そのものを宿している。
子どもが見たら泣き出すだろう。泣き出さないのはベルルくらいだ。
「じゃあ、その坊やはスカウトしても平気かい?」
「自分も、やらなくてはいけない事がありまして……すみません」
「それが片付いたら?」
「片付いたら、故郷に戻ります」
「ちぇっ、ダメかぁ」
苦笑し、ウォークはソファの背もたれにもたれ掛ったが、すぐに視線を戻してきた。
「んじゃ、振られちまったところで、本題に入ろうか」
先ほどまでの少しだけ緩んだ空気はなく、張りつめたものへと変わっている。
キールはサエを伴ってウォークの対面に座り、報告を始めた。
「へい、実は――――」
‡
「もう、叔父さんたち遅いじゃーん!」
アリアの家の食卓で、ベルルがぶつくさと文句を言っていた。
大きな机の上に並ぶのは、豪華な料理の数々で、彼女の意識の半分はそっちに持って行かれていることを、ミーナたちは理解していた。
もう半分で、キールたちの戻りが遅い事を気にしている。
祝賀会で、しっかりとパーティーで喜びを分かち合うことを、彼女は良しとしていた。
「重要な話なのだろう」
「重要って、何か変わった事でもあったかなぁ?」
「それはわからないけれど……」
ライラックとアリアは顔を見合わせる。二人とも、キールが自分たちには話せない何かに関わっていることを、薄々感じ取っているのだろう。
ベルルだけは、頬を膨らませている。彼女も、何かしらは感じているはずだが、キールと料理に関することになると、少しだけ感情の制御が効かなくなるのが、ベルルだった。
「もう少し待ってみて、戻らなければ我々だけで始めてしまおう」
「むぅ、叔父さんたち、早く~!」
ベルルの願いが果たして通じたのか、それから程なくして、キールとサエがアリアの家に到着した。
「すまねぇ、遅くなっちまった!」
「もう叔父さんたち遅―い! もうちょっとで料理が冷えちゃうところだったよ!」
文句を言いながらもベルルは嬉しそうだった。
「それでは、今回の依頼の大成功を祝して、乾杯!」
ライラックの音頭の後、全員で料理に手を付ける。否、一人だけ手を付けていない人物を、ミーナは確認した。
最初は、腹があまり空いていないのだろうと思っていたのだが、飲料も長く口にしていないところを見て、初めて、ミーナは彼の異変に気が付いた。
「食べないの?」
折を見て声をかけると、サエが振り返った。元々細い目が少しだけ開かれていたが、それは一瞬のことだった。
「戻って来る前に保存食を食べていまして。申し訳ありません、まだ何もいらないんです」
「腹持ちがいいの?」
「えぇ」
嘘だな。
彼の視線の動きと微かな気配の揺れから、ミーナはすぐに気が付いたが、指摘はしなかった。
ただ、折角のアリアの料理を食べないのはもったいないな、とか、一緒に仕事をしたのになぁ、だとか、そんな人なのかな、などと思った。
二人の様子を、ライラックとアリアが遠巻きに見ていることを、視線から感じ取った。きっと、キールも見ているに違いない。ベルルと談笑しているが、あの人が自分と、この少年の事を気に掛けないことはない人だと、知っている。
「そう言う訳で、俺は」
そこまで言いかけた彼のお腹から、音が聞こえてきた。
大きくはないが、空腹を訴える胃の声に、サエの言葉が止まる。
「お腹、鳴ってるよ?」
「……気のせいでは?」
乾いた笑顔で、頑なに認めないサエだが、そのお腹がまた鳴りはじめた。
「……ん?」
サエが自分の腹を見下ろして、疑問の声を上げた。
「……えぇ……何で?」
そして、顔を上げて、「うぐ」と呻き声を漏らしたので振り返ると、その先にはベルルの頭を撫でているキールの姿があった。
「……キールざん、『オドンルルラギッタンディスカ』……ッ?!」
「え?」
突然、異国の言葉(?)でつぶやいたサエに、ミーナは呆気にとられてしまった。どうしてだかわからないが、「裏切ったんですか?」と言う意味かもしれないと、直感がささやいていた。
「いえ、何でもありません」
謎の言葉に首を傾げて見せると、サエは頬を指先で掻いた。
「えと……すみません、俺、ちょっと訳ありで……料理を頂けな」
「えいっ」
突然、右斜め下からステーキの欠片が高速で飛び出してきて、サエの口の中に綺麗に入った。
一瞬、驚いたサエだったが、すぐに口に入ったものが何かに気が付いたのだろ。動きを止めて、咀嚼して、目を輝かせた。
「……美味しい」
それは、サエが恐らく初めて見せた、素の表情だ。
自分と同じ年頃の少年の無防備な、それでいて純粋な笑顔に、ミーナは少しだけ、不思議な感覚を覚えた。胸のあたりで息が詰まった、そんな気がした。
だがそれも一瞬のことで、元気な声がして、すぐに意識と感覚が戻ってきた。
「でしょー! アリアの料理は絶品なんだから!」
ベルルがソースのついた親指と人差し指、中指を伸ばした状態で、サエを見上げていた。
会話を聞きつけてきたのか、それともキールに唆されたのかはわからないが、彼女の行動で、サエが少し心を開いたように思えた。
「えぇ、美味しいです」
「ごめんなさい。もうベルル、いきなりそう言う事をしちゃダメよ」
アリアが窘めるが、ベルルはどこ吹く風と言った様子だった。ライラックは肩を竦めているし、キールは静かに見守っているだけだ。
「サエ兄は叔父さんの仲間なんでしょ? だったら、遠慮することないよ!」
「いえ、遠慮していたって訳じゃ」
「じゃあ何で食べなかったのさ?」
「……えと、その、俺が食べてもいいのかなって」
「ほぉらやっぱり遠慮してた!」
ベルルの厳しい視線を受けて、サエは項垂れて「すみません」と許しを乞うた。
するとそこで、キールが会話に入ってきた。
「いつものことなんだよ」
「いつものこと?」
「こいつは自分の所持品しか食おうとしないんだ。って言っても、別に毒を警戒しているとかじゃない。こいつにも色々あるんだ」
キールは、サエの事情を、何か知っているようだった。あまりそれ以上は踏み込むなと言外に注意していることから、自分たちが関わっていい内容ではないらしい。
サンドストーム・ケタスと会話できることと言い、支部長との会話に参加できることと言い、色々と気になることはあるが、ミーナはその忠告に従うことにした。
キールの言った事に、これまで誤りは一度としてなかったのだから。
「それよりサエ、アリアの料理は気に入ったか?」
「えぇ、とても」
サエがそう言うと、アリアは微笑み、小さく会釈した。
「すみませんでした、皆さん。俺も、料理、いただきます」
「そうそう、じゃんじゃん食べて、皆でお祝いしよー!」
それから、サエも食事に参加して、祝賀会は大いに盛り上がった。
‡
その日はキールとサエもアリアの家に御厄介になることになり。二人はミーナたちが寝泊りする部屋からかなり離れた客室に案内されていった。
いつもの四人だけでアリアの部屋に集まり、就寝前の談笑に花を咲かせていると、ベルルがぽつりと、
「サエ兄、強かったなぁ」
そう零した。
「叔父さんに早く追いつきたい。それは今でも変わらないけどさ、そのためには、サエ兄みたいな強さを手に入れなきゃ、いけないんだって思った」
いつかキールと肩を並べて冒険したい。
ベルルの目標だ。
ミーナも討伐者として強くありたいと思っているため、キールの強さや戦い方を学んでいる。
しかし、ここで新しい課題、越えるべき相手を見つけた。
サエだ。
彼は、キールとは立ち回り方が違っていても、強者に違いなかった。身体強化を使って身軽に動き回り、魔法を疲れ一つ見せずに操って見せる姿は、噂に聞くエルフのようであった。
「魔法使いになりたい訳じゃないけど、私、サエ兄より強くなりたい! 私は槍で、叔父さんの隣に立てるくらい、強くなるんだ!」
「そうなのね」
「なら、訓練の中身も、少し考え直すとしよう」
ベルルの熱い決意を聞いて、アリアとライラックがほほ笑む。
ミーナも頷きながら、自分ももっと強くなりたいと、言葉にせず、心の中で考えた。
ふとその時、あの鳥竜の事が脳裏を過った。
(そう言えば、あの竜はどうしているんだろう……)
眠りにつきながら、あの時、自分を助けてくれた竜を思い出した。
(……こんな風に強くなろうって思えて、皆と一緒にいられるのも、あの竜がチャンスをくれたから……もし、また……会えたら……)
‡
目が覚めてから、俺は両親と末姉に出立の挨拶をした。
両親は寂しくなると言いながら俺に顔をこすり付けてきた。親愛の証だ。俺も二人にそれぞれ同じ事をして、それから元気のない末姉に振り向いた。
『姉さん、行ってくるよ』
『また、帰って来なさいよ?』
『わかってるよ』
末姉と顔を擦り合わせ、別れを惜しむと、踵を返して駆け出した。
ここからは時間の問題だ。
本当は昨日のうちに出立したかったのだが、リチュアがまだ少しだけ余裕があるかもしれないと言ったので、一晩明かしたのだ。
そのリチュアは、ずっと俺の額の上に寝転がって、のんびりと空を見上げている。時折方向転換などの指示はあるが、それ以外は喋らない。
レッドハンドを倒した時の方が、口数は多かった。
口を開けば、いつものように憎まれ口という奴を叩いてはくるが、何だか、覇気というものを感じられなくなっていた。
理由はわからない。もしかして、これかな、というものはあるが、確証はない。
問いただすこともできず、こうして今に至る。
無言のまま走り続け、あの大きな渓谷を迂回し、これまで走ったことのないルートを通る。これは、両親たちに助けられた飛竜から教えられた場所を元に、リチュアが組み立ててくれたものだ。
だが、リチュアはもちろん、森の外に出た事がないフローチュアも、通ったことがないはずなのに、どうして道がわかるのだろうか。
昨日はリチュアがさっさと寝てしまったので聞けなかったが、丁度いい。
「なぁリチュア。どうしてこっちの道だってわかるんだ? あのワイバーンはフローチュアの森の上を通ってきたんだろう? こっちは全然道が違うのに」
リチュアは、しばらく無言だった。待っていると、やがて、
「妖精たちから聞いたのよ」
眠そうな声で返答があった。
「妖精って、いたのか?」
「えぇ、いたわよ。アンタは見た事ないの?」
「俺が知っているのは、フローチュアだけだ」
トリケラトプスになってから数か月経つが、フローチュア以外の妖精は見たことがない。
「ふぅん?」
「もしかして、普通の妖精って見えないものなのか?」
「普通に見えるわよ? 人にも魔族にも魔獣にも。もちろん、アンタだって見えるはずよ」
「じゃあ、俺が見つけるのが下手なだけか」
「アンタ、自己評価低ない? もしも見たことがないって言うなら、それは向こうがそうしているからってところかしら」
「ん? どういうことだ?」
「つまり、まぁ要するにかくれんぼしながら、アンタの事を見ていたってことね」
「それは見た目が怖いから?」
「道を教えてくれた子たちは、見たこともない竜種で、タイラントバードと仲良くしているアンタに興味津々だったわ」
「じゃあ何で」
「もしかしたら、ちょっと恥ずかしかったのかもね。キャリバーって魔界じゃ騎士の異名を持っているってマトも言ってたでしょ? 知っている子が周りに話して、皆遠巻きにみてた……って事にしときなさい」
最後に何とも投槍な言葉をくれたリチュアの声には、やはりどこか距離があった。
「ほら、次に分かれ道が見えたら右折して」
「うっす」
その正体に触れられないまま、俺はリチュアの指示に従って走り続けた。
それからしばらくして程なく……視界の中に、防壁が見え始めた。
お読みいただきありがとうございます。
時期は過ぎてしまいましたが、ハロウィンと言えば鬼灯さんで、昔はカボチャではなくカブだったという話あって、それがほんの少し衝撃的でした。
この世界には知らないことがたくさんありますね。毎日、いろいろな事を知れる楽しさを少し感じつつ、今日もまたいろいろと学んで過ごしています。たぶんっ。




