古代の血、日葵の時
大変長らくお待たせいたしました。
前回に引き続き特殊OPなので、主題歌流れない回ですが、
スポンサー紹介時のBGMは『ダイノミックワールド』ピアノバージョンです(超大嘘)
「―――起きて、起きて~」
聞き覚えのある声がして、何もなかった視界が薄暗くなる。
自分が瞼を閉じて、眠っていたという事実を理解して、あぁ朝だと覚醒し始めた頭で考える。
次のこの声の人物が、俺を起こすために声をかけながら、体を揺さぶっていることに気が付く。
小さな手が、横向きになった俺の脇腹当たりを揺らしている。力は、それほど強くはないが、本人はそれなりに力を入れていることだけは理解できた。
「起きて、お兄ちゃん」
「……おう」
体を起こしながら目を開くと、見慣れたベッドと掛布団、自室の風景が目に飛び込んできた。
「おはよ、お兄ちゃん」
隣に目を向ければ、幸香がベッドの上に膝立ちになっていた。
母さんが結ったのであろう、短めのツインテールが動きに合わせて小さく揺れている。髪留めは、お気に入りのイチゴのゴムバンド。去年、祖母がくれたもので、幸香はこれを付けるために髪を伸ばしている。
くりくりとした目と、子ども特有の丸い顔立ちは、身内びいきを除いても、とても愛らしい。
いつも通り、可愛い大切な妹だ。
何故かその時は、幸香も、この部屋の風景も、何故か懐かしいような気がして、違和感を覚えた。
寝惚けているのだろう。
昨晩、酒を飲んだ覚えはないが、こういう日もあるのだろうと結論付けた。
「おはよう、幸香。起こしてありがとう」
「私も、もう小学生だもん」
得意顔で胸を張る幸香は、大変に微笑ましかった。
着替えるからと部屋を出てもらい、さっさと着替えて寝間着を畳んでいた時だった。
「あれ?」
ふと頭を過る違和感があった。
何だか、こういう当たり前の作業すら、懐かしい気がする。
たまに、起き抜けにそう言うこともあるから、今回もそう言う状態なのだろう。
食卓へ向かうと、トーストを齧っている母さんと、味噌汁を啜っている父さん、そして、壁際でランドセルの中身を弄っている幸香が目に飛び込んできた。
「幸香~、早く朝ごはん食べちゃいなさい。昨日のうちにちゃんと準備したでしょ?」
「コンパス入れ忘れてたの」
「まだ必要ないでしょ?」
「でも、せっかくお兄ちゃんがプレゼントしてくれたし」
「使わないものは持って行かないって、先生にも言われたでしょ?」
「え~」
やんわりと窘める母さんと口を尖らせる幸香を尻目に、父さんがのんびりと口を開いた。
「僕も、母さんがくれた腕時計は、外出時に肌身離さず持っているからな」
「茶化さないでったらもう」
そのやり取りを聞いた途端、これまでにないほど、胸にこみ上げてくるものがあった。
嬉しいような、悲しいような、悔しいような、不思議な気分で、どう言葉に現していいのかわからない。
「おはようってどうしたの?」
母さんが疑問の声を上げ、椅子から立ち上がって近づいて来た。それに父さんが反応してこっちを見て、少し驚いていた。
「どうしたって?」
「泣いてるじゃない」
「え?」
言われて、目がじょぼじょぼになって、視界も濡れている事に気が付いた。涙が頬を伝っている感触もあって、我ながら慌てた。
「あ、え? あくびが出た? から?」
「あくびが出たくらいで目ぇ真っ赤になるほど涙が出る訳ないでしょ?」
「どれ、見せてみなさい」
立ち上がった父さんが母さんと入れ替わるように俺の前に立って、顔を覗き込んできた。普段は無愛想な表情ばかりだが、中身はかなりはっちゃけている人だ。それでも、いざと言う時はこうやって冷静に対応できるこの人を、俺は尊敬している。
父さんは断りを入れて来てから、下瞼の裏を見たりしてから離れた。
「うぅん、特に異常はないな。何だ、怖い夢でも見たのか?」
「え、いや」
夢は特に見ていない。見ていない、よな?
「もしかしてあれか、昨日、僕と幸香がお前のプリンを食べたから、そのショックで……」
「パパっ!」
幸香が慌てた声を上げた。
プリンを食べた? いや、それってずっと前の、それこそ幸香が小学校に入る前の事で。
「泣く程ショックだったか、すまん、今日、帰りに好きな奴を買ってくる!」
「私が作るわ」
呆れ顔の母さんが俺を見上げた。その顔は、少し心配をしているようだった。
「で、プリンを食べられて悲しくなった海音君」
名前を呼ばれた途端、胸がとても苦しくなった。
どうしてだかわからなかったが、それでさらに涙がこぼれてきた。
「え、ちょっと、本当にプリンで泣いている訳じゃないわよね?」
「う、うむ、すまん海音! この通りだ!」
「お兄ちゃん、ごめんね! 幸香、もうお兄ちゃんに内緒でパパとプリン食べたりしないよ!」
慌てた母さんと父さんが俺の肩を掴み、半泣きになった幸香が抱き着いてきた。
それが余計に悲しくて懐かしくて、涙だけでなく、嗚咽まで漏れてしまった。
「ごめ、皆、違、そうじゃなくて……」
言葉にできない、胸につっかえて出てこない感情に戸惑っていると、母さんが俺を抱きしめ、父さんが俺の肩を叩いてきた。
「何か辛いことがあったのね。ゆっくりでいいから、海音」
辛いことがあった。
とても悲しくて辛くて、苦しいことがあった気がする。
でも、ゆっくりなんてしていられない気がする。今すぐ、何かしなくちゃいけない気がする。
「ありがとう、母さん、父さん。幸香も、大丈夫だから」
涙を掌で拭って、皆から離れる。
まだ、あの温もりに埋もれていたいけれど、そうも言っていられない。
何かが俺を突き動かす。
何かを思い出しかけていて、それがどんどん強くなってきている。
そう言えば、プリンを食べたの、本当に父さんと幸香の二人だったか? どっちか、わからないから、あの日、帰って聞いたはずなのに。父さんと幸香もあぁ言っているのに。
どうしても、その場面が、浮かばなかった。
その時、インターホンが鳴った。
母さんがそれに出ると、しばらくして、俺へと振り返った。
「海音、お客さん。お友達だって」
「……わかった、出るよ」
玄関へ向かおうとしたところで、母さんがちらと俺を見て、にっこりと笑ってきた。
気にせずドアを開ける。そこで、あ、そう言えば誰か聞いていなかった、と気が付いた時には、相手の顔が見えていた。
玄関門前に、妙齢の女性が立っていた。
外出用の青パーカーとジーンズに、スニーカーというラフな格好をしている。
俺と同じ、大学生かな、とも思ったが、ほんの少しだけ年上にも見えた。
とても、綺麗な顔立ちだったが、全く見知らない人だった。やはり、一度確認を取るべきだったかと思いながらも、いきなり戸を閉めてしまうのは失礼なので、そのまま話しかけてみることにした。
「お待たせしました。えと、どちら様ですか?」
尋ねると、彼女はにこりと俺へと笑いかけてきた。かと思うと、門の格子の上に手をかけて、颯爽と玄関前に飛び込んできた。
突然の事に驚いていると、彼女が俺の手を取った。
「行くわよ、カイト」
「え?」
意志と芯の強さを感じさせる言葉が、力強くも綺麗な声音が紡がれる。
そして、彼女の呼ぶ俺の名前に、違和感を覚えた。イントネーションが違うとか、そういう訳ではないが、何かが違う感じがしたのだ。
それよりも、不法侵入ギリギリをかまし(いや、アウトか)、さらに俺を引っ張って外へ連れ出そうとしている女性に、一言ツッコミを入れなくてはならないと思い直して、
「ちょっと待った! アンタ、一体誰なんだ?」
どうにか言葉を発した直後、彼女は俺の手を掴んでいる方とは反対の手を、ピストルの形にして、俺の額へ突きつけてきた。
すると、俺の焦りや困惑と言った感情が落ち着いた。まるで、雪が解けるように。そのことにも、それほど戸惑いを感じなかった。
「どう、落ち着いた?」
「えぇ……」
返事をしながら、女性の顔をまじまじと見てしまう。大人びていてるが、どこか愛嬌のある顔立ちで、綺麗な人だという以外にも、不思議な魅力がある。もしも街中で偶然見かけたら、二度見していたかもしれない。
すると、後ろから母さんの声がした。
「海音―、どうかしたの? あら、お邪魔だったかしら?」
振り返ったら、にこにこ笑顔の母さんが俺たちを見ていた。さらに、食卓の方から父さんと幸香が覗き込んできていた。
その目は、俺と女性、それから、彼女が掴んでいる俺の手へと向けられている。
ダメだ、何か勘違いされている。
幸香、ちょっと、その目、やめようか。何か怖い。小学一年生がしていい目ではない気がする。
「え、いや、この人は」
「照れなくていいわよ。ほら、待たせちゃ悪いでしょ?」
母さんが俺にリュックを押し付けてきた。
「えとだから、いや、朝飯……」
「あぁ、そうね。それならほら、これでそちらの子と一緒に食べてきなさい」
そう言って、母さんが俺に二千円を渡してきた。いや、しかも二千円札って。
「ごめんね、待たせてぇ」
「いえいえ。あ、申し遅れました。私、ユィーハです。朝ごはん、ごちそうになりますね」
「あらあら、いいのよ。さ、行ってらっしゃい!」
母さんに背中を押される。その時に見えたのは、むくれた幸香を父さんが食卓へ連れて戻る光景だった。
そこで俺は思い出したことがあった。
「帰ったら、さ。父さんと幸香に、聞きたいことがあるんだ」
「あら、まだ何か隠していたの、あの二人? わかった、伝えておくから」
「ありがと、母さん。行ってきます」
最後の一言の時に、どうしてだか目頭が熱くなったが、どうにか堪えて、すぐに前を向いた。
そこには、ユィーハと名乗った彼女が俺を見上げて、微笑んでいる姿があった。彼女は俺の手を引っ張ると、門を開けて俺を外へと連れ出した。
振り返ると、母さんがドアから顔を出して、手を振ってくれていた。
しばらくユィーハさんに連れられて走っていると、気が付いたら、見たこともない山の中にいた。
さっきまで、家の近くの道を走っていたはずなのに、と思っていると、ユィーハさんが俺の手を離して、うぅんと背伸びをし始めた。
「ここまで来れば大丈夫かしらね」
「あの、ここはどこなんですか?」
「ここ? うぅん、あえて言うなら、特撮でよく使われている場所、かしら?」
「はい?」
「あ、そっか。じゃあ気にしなくていいわ」
ユィーハさんはそう言うと、「それじゃ、本題に入ろうかしら」と切り出した。
そして、俺の胸に手を当てて来た。
いきなりのことで驚いたし、こんな美人な人が近くにいてドキドキするし照れるしでかなり焦った。それに、さっきからこの人、何だか近いんだけれど!
「あの、近っ」
「少し我慢しなさい。ほらっ」
ユィーハさんの掌から、何かが体の中に流れ込んできた。物質的なものではなくて、温かい、熱の流れと言い表せばいいだろうか。
それが胸から全身に広がっていく。
それに合わせて、頭の中に色々な記憶が溢れ出した。
「あ……!」
起きてから、ずっとどこかに引っかかっていたものが、ようやくわかった。
そうだ、俺はトリケラトプス(亜種)になって、異世界に転生したんだった。
「ああ、俺……」
そして俺の目の高さと、体の感覚が変わる。人だったそれから、蘇った記憶にある、四本足の竜種のものへ。
「どうして忘れていたんだ? ここは夢? そうだ、俺は!」
最後に浮かんだ記憶の中で、俺はマトの攻撃を浴びていた。
とても熱くて、痛くて、そこから先の記憶と感覚がなくなっていた。
「俺は死んだのか?」
「いいえ、生きているわ」
冷や汗を流していると、ユィーハさんが答えた。
視線の高さは先ほどよりも低くなっていて、彼女と丁度視線が合った。
「これはアンタの夢と、私の魔法で創造した世界。けど、私は夢でも、アンタが作りだした夢の人物でもないわ」
厳しさと優しさを兼ね備えた、力強い視線だ。
その目を、どこかで見た気がする。
「貴女は、一体何者なんですか?」
「まぁそれは置いておきましょう。ちょぉぉっと急いでいるから、全部終わった後に、教えてあげる」
そう言うと、彼女は指を弾いた。その途端、俺の中で更に何かが弾け、爆発したかと思うと、目線が瞬時に、人の時とは比べ物にならない程に高くなった。
「ほら」
ユィーハさんが俺の前の前に手を翳すと、空中に鏡が現れた。そのことにも驚いたが、そこに映ったものに、さらに驚かされた。
鏡に映っているのは、長く立派な三本の角を持った、トリケラトプスだった。
この状態には覚えがあった。シーシャドウと戦った時に、一度だけあった奇跡だ。
今、俺は恐らく、トリケラトプス(亜種)の大人の姿になっているに違いない。
もう一話アップします。




