古代の血、魔王の縻
縻:①つな。きずな。ウシをつなぎとめるなわ。 ②つなぐ。しばる。
――――――――goo漢字辞典 - goo辞書
『すまないリチュア君! 私は実の所、君の事はそこまで恐るべき脅威だとは思っていなかったんだ!!
訂正しよう、謝罪しよう、尊敬しよう!!
君はまさに、魔王だとも!!』
『言葉が軽いわね』
リチュアが杖を振るうと、周囲の水が激しく動きだした。それは激しい流れを作りだしてマトへと迫り、渦を巻いて彼女の巨体を囲った。
これにはマトも流石に警戒したようで、興味深そうな口調だが、油断のない様子の声をもらしていた。
『これは……一体……?』
リチュアは答えず、新たなポーションを服していた。回復後、まだ一回しか魔法を使っていないが、理由は事前に教えられているので、驚きはしない。
そして、さらに杖をもう一振りすれば、渦の中に無数のきらめきが生まれた。リチュアは、またポーションを飲んだ。
驚きはしない、中毒性が低い事もわかっている。だが、それでも、
『リチュア。ペースが速すぎないか?』
『これでも遅いくらいよ』
言いながら杖を振るうと、俺たちの周囲にリチュアの武器が半円を描くように浮かび上がった。マトに就き刺し、その後外れて海底に沈んでいた銛や、俺の両脇にぶら下がっていた二つの牙もその中に入っている。
それらの先端は全て、マトへと向けられている。
杖をまた振って、もう一度振って、ポーションを飲んで。
手早く行動しているが、マトにとってはきっと隙だらけだろう。なのに彼女は軽快しつつ、リチュアの行動を見守っている。
『準備は整った……と言うところかい?』
『わざわざ待っててくれてるなんて、お優しいこと』
『いや、動きたくても中々動けないじゃないかい? 渦の中に氷の刃を無数に仕込んでいるうえに、渦自体が水流の刃と化している。分かっていて飛び込む気はないよ』
加護のおかげで、トリトナの声が周囲のあらゆる影響を無視して頭に響いてくる。
彼女の声は落ち着いていて、そして、楽しそうだった。
『それで、何を見せてくれるんだい?』
『焦らなくても見せてあげるわ……』
リチュアは両手を祈るように組みながら杖を持ち、頭上に高く掲げた。
『……カイト、ごめん、多分、勝てないわ』
小さな、囁くような声が聞こえてきた。
そして俺が何かを言う前に、それは始まった。
『魔法付与!』
周囲に浮かぶ武器の中で、銛に雷が走り始めた。かと思うと、弓と矢の周囲の海水が氷だし、氷の欠片が海底に落ち始め、骨刀周辺の海水は揺らめき出した。
更に、それぞれの武器に、同じように何かしらの変化が出始めた。
これはまさか……。
『魔法武装? い、いや、違う、これは!!』
マトがこれまで見た中で、一番の驚きの声を出した。
そこに余裕はなく、最大限の警戒と、戦慄があった。
渦の向こう側で、眩い光が現れたが、リチュアはそれを見て笑っていた。
『ようやく出したわね!! いいわっ、シールド毎ぶち破ってあげる!!』
『グランドシールドだぞ!?』
『マト、アンタが言ったのよ? 私が魔王だって』
またポーションを飲んで、空になった小瓶を実は毎度、律儀に道具入れに戻しているリチュアが、俺の背中から降りて、目の前に立った。
小さな体がマト側からの光を受け、不思議な威圧感を醸し出していた。
『がんばりなさい、カイト』
『リチュア……!』
『さぁ行くわよマト! アンタがチャンスをくれたから、私もアンタの防御の準備を待った! これまではアンタのステージだったけれど……ここからは私のステージよ!!』
そして、リチュアは、杖を前へと突き出した。
『魔力は巡る、命は巡る、運命の導き、糸車を回す女神の御手は時代を紡ぎ、野を駆ける人の子はそれを穿ち超える!!
超魔法武装ッ!
偽ッッ! カテゴラル・ランチャァァァァァ!!!』
リチュアの宣言が響き渡り、浮かんでいた武器から雷撃や氷の礫などがマト目がけて飛んで行った。
それはとどまる事を知らず、渦へとぶつかっていく。
その度にマトが作りだしたシールドらしき光は揺らぎ、数秒と経たず、甲高い音と共に砕け散り、消えた。
『な、何ッ?! ぐ、あああああああ?!!』
『魔王、魔王なんて! 別に嬉しくもなんともないわよ!! 邪神のっ、先兵って言われてるも同然で、腹立たしさしかないわよっ! 私は、魔王とちゃうわぁッ!!』
『!? リ、チュ、ア君、き、君は……! 一体っ、何者何だぁッ!!?』
『通りすがりのッ、超越者やぁぁぁぁぁぁぁ!!!!』
ついに目を開けていられなくなるほどの眩しさに俺は目を閉じた。瞼をキツく閉じても透かしてくる光に、顔も背ける。
その中で、耳や肌を通じて振動と熱などを感じ、思わず叫んだ。
『リチュアッ!!』
返事はなく、やがて、瞼に暗闇を感じて目を開けると、うっすらとした魔照石に照らされて、儚く浮かび上がるリチュアの姿が目に映った。
『……覚えて……おきなさい……』
力をなく膝から崩れ落ち、前へ倒れるようにゆっくりと傾いていくリチュア。
そして、その向こうに佇む、マトの姿を見て、愕然とした。
その巨体は、傷だらけで、所々皮膚が抉れている箇所や、中には骨らしきものが見えている場所があった。
痛々しく、見ていられないほどの惨状なのに、目を離すことができなかった。
本能が警鐘を鳴らしている。
まだ、戦いは全く終わっていない、と。
『……やっぱり……こうなった……かぁ……』
リチュアの薄れゆく意識が、掠れた声となって聞こえてきた。
悔し気に、でもどこか諦観したような口調だった。
『顔を上げて……胸を張って戦いなさい……カイト……』
『お前、治療……!』
『ポーション飲みまくったから……大丈夫……もう……意し……マト……回復……無理……』
リチュアの意識が、完全に途絶えた。シーシャドウの戦いの時にも同じ事があった。
魔力の過剰消費により、気を失ったのだ。
リチュアが意識を失ったことにより、周囲に浮かんでいた武器たちも海底に次々と落ちて行った。
今立っているのは、俺と、マトだけだ。
『…………ふぅ』
竦みそうな足を感じて、息を吐いた。わざと、深く、大きめに。
そして、荷物入れを降ろして、そこにリチュアを寝かせてやる。ベルトは、俺でも外せるようにと、人魚の職人が作ってくれた口元のスイッチを舌先で長押して外した。武器は、後で回収できるだけ、回収しよう。
それは、三十秒ほどの出来事だったが、マトは回復もせず、またもこちらの行動を待っていてくれた。
そう言えば……さっき、リチュアがマトの回復が無理、みたいなことを言っていた気がする。きっと、そう言う意味だと、思いたい。
身軽になった俺はリチュアから離れて、マトと向き合った。
『待たせたな』
『……いや、こちらも一息入れたくてね。問題ないさ』
苦笑気味に、まるで疲労も傷も感じさせない穏やかさで、マトは返してきた。
やせ我慢……ではなさそうだ。
人間だったら命に係わるような怪我も、彼女にとってはそうでもないらしいことを、野生の勘が教えてくれた。
『もう気付いているとは思うけれど、私はもう回復魔法を使えない。さっきの攻撃でシールドを破られてから、ずっと使いっぱなしでね……おかげで、魔力は底を尽きかけている。あまり大きな魔法は使えなくなってしまった。
私をここまで追いつめたのは、この世界じゃ君たちで二番目、かな』
『追い詰められたって割には、元気そうだな』
アースショットを周囲に展開し、撃ち出していく。マトはそれを避けずに、全て受け入れている。
傷に当たり、血が流れているのに、奴は呻き声一つ上げず、俺を見ている。
その目には、光がなかった。魔照石に照らされて光は反射している。だが、心ここに非ず、と言った様子だ。
これまでもどこかしらで感じられていた彼女の胡散臭さのようなものが、そこにむき出しであるような気がした。
それでも、手を止めることなく攻撃を続ける。
『マト、俺はお前を倒す……』
『君の攻撃じゃ、私を倒すことはできない。傷の部分だって、血は出ているけれど大丈夫だし、骨も頑丈だ。君がぶつかってきたとしても、問題ない』
『だが、いつかは体力が尽きる……俺はリチュアが戦ってくれていたおかげで、魔力はまだあるんだ』
『ふふっ……元気だねぇカイト君。でも自惚れない方がいい。君程度の魔力、どうとでも私は対応できる……地上に行けば……人でも君に対応できる奴がいるだろう……魔族なんて……もう』
『知らない奴らのことなんてどうでもいい。マト、もう降参してくれ』
『……何でだい?』
『お前はトリトナたちに謝らなくちゃいけない。シーシャドウにもだ』
『その必要はないさ』
『いやある! お前がアイツらにやったことは、許されることじゃない!』
『その通りだ。殺されたって文句を言えないだろうね』
マトはくつくつと忍び笑いを漏らした。
『私が謝るとしたら、君たちさ』
『何?』
『確かに、追い詰められたとは言ったけれどね。
別に、これくらいじゃ私はどうにもならないんだよ』
そう、マトが言った直後に、奴の体に変化が起きた。
突然、傷口周囲が蠢いたと思った時には、傷が塞がっていた。剝き出しになっていた骨や神経も綺麗に筋肉や皮膚に取り込まれていった。
一瞬で、奴の体は元通りに戻ってしまった。
『回復した?!』
目の前の光景が信じられず、声を出すことはできなかったが、アースショットを止めることはなかった。
目だ、目を攻撃すればと思ったが、奴は今度は痛がる素振りすら見せることなく、こちらを睥睨していた。
『無駄だよ、カイト君。もう、君たちが私を倒すことはできない』
『何?!』
『私を倒すことができたのは、先ほど、リチュア君が攻撃した直後までだ。あそこで、リチュア君が同じような魔法攻撃を使っていれば、私は今度こそ死んでいた。それくらい、彼女の魔法は凄かったんだ。込められた力が違う。見た目よりもずっと苛烈だった』
湛えながら、だが残念だとマトは上を向いた。
『だがもう無理だ。私の中の、加護が働いてしまった』
『まさか、自動回復する加護か?』
『それも含めた、厄介な加護……いや、呪いだね』
再び俺を見下ろしたマトは、もう作り笑いすらしていなかった。
『加護と呪いは、ある意味、薬と毒みたいな例えができなくもない。厳密には表裏一体とまではいかなくても、似たようなものだ。専門的な話でもなければ、概ね、この説明で誰でも雰囲気と感覚で、何となくイメージできるだろう。
さて、君に一つネタばらしをするとだね、君たちに与えた加護は、私が頂いた加護の、複製物なんだよ。
正体は、海の王子トリトンの加護さ』
『何?!』
マトの思考から語られた名前に驚いたが、納得もしていた。
トリトナから加護の話を聞いたときから、どこかでもしかしたらという予想はあったが、実際にそうだと言われると、やはり驚かざるを得ない。
『お前も、トリトンから加護をもらっていたのか?』
『直接じゃないよ? トリトン様の知り合いがいてね。その方から分けてもらったんだ。私が君たちにしたように、ね』
だが、と続けられる。
『今、私の体を再生させた加護は、トリトン様の加護などでは、決してない。ありえない。トリトン様や、私に加護をくださった方は、このような事など望んでいない』
明らかな怒りの声が、マトから初めて発せられた。静かだが激しい怒気に、海が揺らいだ。
『じゃあ、その加護は一体、誰が与えたって言うんだ?』
『君は知らない方がいい。リチュア君は知っていたようだが……冥府で、彼女から直接聞くといいさ』
俺に向けられた声には、明らかな失望が込められていた。
『結局……君たちでも、私を殺すことはできなかった。
シーシャドウを倒した時みたいに、あそこで君が急成長していれば、追撃で私をもっと簡単に倒せていただろうに』
『お前、やっぱり見ていたのか』
『どうだってもういいだろう。あの奇跡が起きなかった以上、もう君たちは用済みだ。私はせめて、このダンジョンから出ないようにして、外の世界を壊さないようにしないと……それで、先生たちが来るの待つのみだ』
そして、マトが言い終わると、俺の周囲の地面から海底と同じ素材で構成された棘が何本も出現し、囲んできた。おかげで、アースショットへの集中が切れ、発していた魔弾は全て霧散してしまった。
『なっ!』
『さよならだ、カイト君。君はとんでもなく馬鹿で、浅慮で、どうしようもないほどに我儘だったけれど……そこまで嫌いじゃなかったよ』
マトが口を開く。
奴の口の中の暗闇に光が生まれたかと思うと、それはすぐに強まっていき、リチュアが最後に放った攻撃に匹敵するような、いや、それ以上の脅威となったことを感じられた。
逃げようにも、周囲の棘、確かランド・アイアンニードルがほぼ密着する形で周囲を覆っているため、全く身動きが取れない。
しかも、俺の後ろ、数メートル向こうにはリチュアがいる。
さっきのリチュアが放った以上の攻撃が来るとすれば……マトの攻撃が俺の予想通りのものなら、リチュアも巻き添えになってしまう。
そうなれば、フローチュアも……!
アースショットを再び展開したが、もう、遅かった。
『魔力切れじゃ、ないのかよ!』
『最後の手向けだ、教えてあげよう。これは魔法じゃなくて、スキルだよ』
そして、俺の予想通り、マトは首を少しだけ後ろに仰け反らせ、
『オーラル・エレクトリック・ブラスター』
静かな声と裏腹に、激しい光と熱を感じて、俺の視界と意識は、真っ白になり、そして消し飛んだ。
カイト、リチュア、敗北――――……!?
Rituaは力尽きました。
Kaitoは力尽きました。
Matは星海の邪神クッタクァの眷属として覚醒しました。
マト「無駄だよ……無駄なんだ……すべて無駄なんだ」
クッタクァ「あはっ! マトリックスったら、ついに私の眷属として覚醒してくれたんだぁ!! ふふふっ、アナタならリヴァイアサンの代わりになってくれるかなぁ? うふふ、あはははははは!!!」
【解説】
〇オーラル・エレクトリック・ブラスター:この時代では防げる者が非常に限定されている、必殺破壊光線。その威力は筆舌に尽くしがたく、人類側の発見者は真に誰もいない。魔法ではなく、技術であるため、魔法専用防御では防げない。また、スキルを奪う力でも奪えない。もちろん、使用回数にわかりやすい制限などが、あるはずもない。
――――この世界の、オーラル・エレクトリック・ブラスターを含むスキルとはすなわち、言語や経験、知識、研鑽の賜物、例えば体を動かして手に入れた武術の技巧などと同じものである。
それはすなわち、その者を構成しているもう一つの血肉と言っても過言ではないだろう。これを生きている者から“真に奪える”のは、生命活動の終わり、すなわち死のみであるが、死してなお、技術は魂に刻まれていることだろう。それを思い出させなくすることができるのはもはや――――
この世界は、わかりやすい盤上遊戯や、まして異世界の電子遊戯などでは決してない。
心せよ、異世界の使徒よ。
魔界のスキルは、汝らの知っているそれとは違う。
覚悟せよ、異世界の使徒よ。
魔界のスキルは奪えず、消せず、殺すことはできず、そして覚えることも容易くなどない。
見極めよ、異世界の使徒よ。
汝らが持つ技術を以て、これに挑め。




