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深海の砲煙弾雨

烏賊が鏡に映る自分の姿を認識できている話を聞いた時の衝撃を少しだけ思い出して。

           ‡




『あぁ、任されたぜ』


 俺はトリトナが目を閉じるのを視界の後方で見届けながらも、意識は前方の超巨大な烏賊へと向ける。


 ジョストの槍のように鋭く尖った頭(胴体)の先端から、一番長い二つの触腕の先まで、真っ直ぐ伸ばせば恐らく五十メートルを優に超越する、まさに海の大王がそこに浮かんでいる。

 魔照石が輝き、薄らと輝く海底に浮かぶ様子は、夜の闇夜に現れた巨大怪獣を想像せせた。


『ディープ・シーシャドウ……半ばオーシャン・レクスになりかけているけれど、想像通りの相手だわ』


 警戒する大王烏賊を見上げたリチュアは、得物を構えて不敵な笑みを浮かべた。その口から漏らされたのは、どちらも力がありそうな響きだった。


『どっちもヤバそうな名前だけれど、結局、アイツは倒せるのか?』

『弱気にならなければね』

『善処する』


 だが、リチュアがやると言ったのだ。

 こいつは勝ち目のない戦いはしないし、挑まない。こいつは行けると言ったら、行ける。


 その時、大王烏賊改め、シーシャドウが足を広げて突っ込んできた。たなびく十本の足と、大きく開かれた鋭い烏口が向けられる様子は、触手を持った化け物が襲い掛かってくるようだ。

 だが、それに怯むことなく、冷静に対処する。


『アースショット!』


 地球の力を借りて放った無数の輝く魔力弾がシーシャドウを打つと、奴はその巨体を震わせ、後ろへと飛びずさった。


 それで終わらせる訳はなく、アースショットで追撃すると、シーシャドウは十本の触手を体格に似合わない俊敏さと器用さで古い、防いでいく。まるで嵐のような防御だが、何発かはそれをすり抜け、巨体の各所へ命中していく。


『攻撃の手を緩めないで続けなさい! 決して奴を近づけない! 墨を吐く隙を与えるな!』

『了解!』


 魔力の残量に気を付けながら、アースショットを撃ち続ける。


『奴の弱点で一番当てやすいのは目よ! 目を狙いなさい!』


 リチュアの指示通りに目を狙うと、シーシャドウの防御がより激しくなった。そして、弾幕が途切れる一瞬の隙をついて、俺たちから見て左側へ泳ぎだした。

 その時だった。

 奴の体が瞬時にして消えた。


『どこ行きやがった?!』

『透明になっただけよ。魔力の流れを察知しなさい!』


 魔力の察知と言われてもやり方がわからない。

 だが、奴の場所を見つけたいと考えると、何となくだが、あの方角にいるのではないか、とおぼろげながら感じ取れるようになった。


 そちらの方角へ向けてアースショットを撃ってみる。魔力弾が弾けるのと同時に、ダメージを受けて怯んだシーシャドウが姿を現した。


『当たった!』

『その調子で頼むわ!』


 再びシーシャドウが体を透明化し、さらに物凄い勢いでこちらへ突っ込んできた。

 アースショットで迎え撃つのと同時に、目の前が真っ暗になった。


『何!?』

『避けなさい!』


 手綱が引かれた方角へ飛びずさると、先ほどまでいた場所に巨大な物体がぶつかり、勢いに煽られた。

 体勢を立て直しながら暗闇から脱出すると、黒く染まった海底の姿が目に入ってきた。


 イカ墨だと理解するのと、シーシャドウがこちらへ向けて何本もの触手を伸ばしてきたのは同時だった。


『ちぃっ!』

『っ!』


 アースショットで迎え撃ち、直撃は避けられたが、周囲にぶつかった触手で再び海中へと体が巻き上げられてしまう。

 そこへ、新たな足が伸びてきて、俺たちを絡め取ろうとしてきた。

 新しく放とうとして用意したアースショットをぶち当てたことで、俺たちの目前で勢いが失った足へ、


『っらぁ!』


 気迫と共に、リチュアが銛を放った。奴の体の大きさからすると、木の破片が刺さったくらいにしか感じないだろう一撃だが、リチュアはそこで終わらない。


『ネイチャー・ブラストッ!』


 リチュアの小さな手から銛を伝い、シーシャドウの足へと迫ったのは、電気だ。これには流石の奴も驚いたようで、足を急速にひっこめ、俺たちから大きく距離を取った。


『逃げられると思わないことね!』


 しかし、リチュアが使った銛は、彼女がマトの海底洞窟で造った新しい武器だ。タクティカル・ボアの残っている骨の一つを削り、魔照石を矢じりの近くに埋め込んである。

 そして、手を離すと穂先が飛び出るタイプであり、その紐はゴムの代わりにタクティカル・ボアの強靭かつ伸縮性のある筋を使っている。それによって得られた力で射出された穂先は、シーシャドウの赤白い足に深く刺さっている。

 そして、リチュアの手から離れた銛だが、彼女のネイチャー・ブラストはまだその効力と力を発揮し続けている。


 小さな手から飛び出した魔力の光は、遠く離れてしまった柄とリンクしており、


『スパークッ!』


 リチュアの意志により、銛からシーシャドウの体へ強烈な電撃が流れる。魔照石が増幅装置の役割を果たし、その破壊力を高めてくれるらしいが、詳しい事はわからない。


 ただ、疑似的に魔法槍を再現しているというこの一撃は、人なら即死、大概の魔物でも軽くて致命傷を受けるほどのダメージになるという。

 超巨大な大王烏賊を倒しきれるとはリチュアは口にしなかったので、まだ攻撃をする必要はあるだろうが、かなり有効かつ強力な手段であることには違いなかった。


 俺もアースショットで奴の目を狙う。

 シーシャドウは電気を通されているせいか、体を上手く動かすことができないようで、魔弾を目やその周囲にぶつけられ、より一層激しく蠢いた。


 奴の思考は、戦いの最初からずっと俺の頭の中に流れ込んできている。

 空腹、空腹、衝動、怒り、それが奴の動く理由だった。


 そして今は、そこに痛みが加わり、より一層怒りと空腹が増していた。


『やめ、ろ、食べさせ……ろ……!』


 冷たい声音が脳裏に響いてくる。

 苦し気で、一心不乱に食べ物を求める狩人の叫びだった。


 奴の気持ちが、直接響いてくるせいか、痛いほどに伝わってきた。

 もうどれだけ長く食べていないのだろうか。魔獣となったことで普通の生物とは比べ物にならない能力を手に入れているだろうが、空腹だけはどうにもできないだろう。

 できることなら、タクティカル・ボアの肉の余りを食べさせてやりたい。だが、それでは奴は満足しないだろうと、リチュアとは話をしてある。


 そして、それで回復した体力で、一気に腹を満たすべく行動すると、リチュアは予測していた。

 その前に、奴が俺たちの話を聞いてくれないだろうという話しもあった。そして、それは本当のことだった。


『攻撃をやめれば、食料を分ける準備がある!』


 そう何度も、魔獣同士の意思を疎通する力で伝えている。

 だが奴から返答はなく、あるのは食わせろと言う一方的かつ、そしてトリトナやレイラちゃん、人魚たち、俺たちを消して逃がさないという血走った”意志”だった。


『お前たちを、私に食べさせろぉぉぉ!』


 シーシャドウは電撃を食らいながら、またも姿を消した。そして、ふと、銛が海底へと落ちた。紐が揺らめき、数テンポ遅れて海底へと落ちていく。


 奴の気配は海底ではなく、未だ俺の視線よりも高い場所を高速移動している。


『まさか、切り離したのかッ?!』

『その切り離した足食ってなさいって話よね』


 状況を理解したリチュアが、枝を手に取った。


『奴の居場所は?』

『左三十度、上百メートルの付近あたりを泳ぎながら、俺たちの様子を伺っている』


 こちらから百メートル程離れた淡く輝く場所を、ゆらゆらと左右に揺れるような独特の動きで泳ぐシーシャドウの気配がある。

 恐るべきことだが、この狩人は、自分の足一本を犠牲にしてでも、俺たちを食べたいらしかった。


 ここから来るだろう攻撃は、水を噴射して超高速で突っ込んで来るか、イカ墨を煙幕にして襲撃してくるか、もしくはその両方を合わせてくるかの三択だ。


 奴の移動の前兆を読めれば、避けられる。

 地上と遜色ない動作をしながら、水中独特の浮遊行動もできる加護のおかげで、俺たちは、トリッキーな巨大烏賊と遣り合うことができている。

 後は、アースショットで奴を攻め続け、飢餓状態が最終地点にたどり着いたところで突撃してきた奴の烏口から体の中へアースショットを集中砲火させる。

 それで、全てが終わりだ。

 それまで、後ちょっとだ。


『踏ん張り時だな』

『えぇ』


 だが、その予想が覆される。

 アースショットを撃って牽制しようとした時だった。


 突然、ぞわりとした感覚を覚えて横っ飛びに避けたのと同時に、奴が超高速で突っ込んできたのだ。

 しかも、煙幕つきだ。

 ここまでは、別に予想通りだった。


 問題は、その速さが予想の倍以上だったこと、そして、予想外の攻撃をされたことだ。


『砕けろぉぉぉぉ!!』


 奴の周囲に薄らと光る円がいくつも現れ、そこから激しい水の螺旋が現れ、俺たちへ襲い掛かってきた。


『何ッ?!』

『ネイチャーブラストっ!』


 リチュアが本日三回目の魔法を使用し、襲い掛かってきた激しい水流を相殺した。

 その直後、先ほどまでいた場所が爆砕する音と水の動きを感じながら、俺たちは暗闇の中、その衝撃を近くで浴びて、身動きが取ることができなかった。


 まずい、と思った時には、少し離れた場所で強い打撃音が発生していた。煙幕が晴れていくと、うっすらと光るシールドが数枚、海の中に浮かび、シーシャドウの突進を受け止めていた。


 見れば、リチュアが枝を前に突き出していた。咄嗟にシールドを複数枚展開したようだが、それは本日四度目の、つまり、限界を超えた魔力を使用したということだ。

 その表情は疲労困憊で、今にも倒れそうなほど疲弊していることが見て取れる。


『まずったわ……飢餓状態だから、魔法使えないって予想していたけれど……まだ魔法が……水のブレスが使えるなんてね……!』

『リチュア!』


 アースショットで大王烏賊を牽制しながら、その場を離れた。

 背中に乗るリチュアは、手綱と杖こそ手放さなかったが、体から力が抜けかけており、小さな体が海中へ浮かび上がろうとしていた。


『リチュア、おい!』

『ごめ……後は……任せ……』

『もらったぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!』


 シーシャドウがシールドを全て破り、アースショットの弾幕を意に介さず突っ込んできた。

 ここで、俺たちを食べる。どれだけ傷ついても終わらせる。

 その気迫を感じた。


 リチュアが意識を完全に失い、ついに手綱から手が離れる。


 その二つの様子が視界の中で同時に展開される中で、もうこれはダメだと、悟った。




 でも。




 せめて、リチュアは逃がさなくてはいけない。

 捕まってもただで食われてやることなく、抗い続けなければならない。


 例え、どれだけ痛くて、怖くても。

 それが、フローチュアを死なせ、リチュアをこの旅に巻き込んだ俺の、やらなくてはいけない仕事だ。


 ただ、二つ、後悔があるとすれば。


 地球に戻って、幸香のランドセル姿を見られなかったこと。

 それから、


『フローチュア、ごめん……』


 フローチュアともう一度、話したかった。謝りたかった。また、名前を呼んでほしかった。

 あと、リチュアにも。


『こいっ、シーシャドウッ! たっぷりとトリケラトプスを味あわせてやるよぉ!!』


 目の前に広がる十本の足と、中央に開いた烏口。その奥の暗闇を塞ぐべく、俺は先ほどの衝撃で近くに転げ堕ちた海底の岩盤だった岩を足で蹴り上げた。

 寸でのところで最後の壁にすることに成功したが、岩板一枚の向こう側で、恐ろしい掘削音が聞こえている。

 更に、巻きついてきた触手に抱きしめられ、岩へと押し付けられる。触手の吸盤についている牙のような棘が俺の表皮を傷つけるが、頑丈かつ、加護のおかげで水圧にも耐えら得られるようになった俺の皮膚にダメージを与えることはなかった。

 それでも、凄まじい圧迫のために、このままでは圧死するか、岩を削り切られて食い殺される。


『まだだっ!!』


 アースショットを周囲に展開してやたらめったら撃ち込むが、シーシャドウが手を緩める気配はなかった。何が何でも俺を食べる気らしい。

 痛い死に方は嫌なんだがな、どうにかならないものか。必死に弱気になる心を奮い立たせ、せめて噛み付かれる前に角でつついてやろうと、自分を騙して鼓舞する。


 あぁ、怖い。怖い!

 踊り食いとかしたことないのに、こんな仕打ちってあるかよ。

 全く……リチュアの言う通り、逃げていればよかった? いや、それはない。そうなったら、トリトナやレイラちゃんが食われている。


 他はどうだっていい?

 残念なことに……そこを超えちまったら、流石に幸香のお兄ちゃんとして胸張って地球に帰られないし、何より、フローチュアに顔向けできなくなる。

 あの子は、俺を命がけで守ってくれた。

 なら、今度は俺が命がけでフローチュアと、彼女を助けてくれたリチュア、それからトリトナやレイラちゃん、ついでに人魚たちも守る番だぁ!!


『食べさせろ、食べさせて、食べさせてっ!!』

『食らいやがれ! 弾幕のフルコースだ!!』


 少しでも長く、奴との戦いを続けるために、攻撃を仕掛け、偽りの勇気を振り絞る。


『お前は死にたくないから食べる。俺は食い殺されるのは嫌だし、できれば死にたくない。けれど、やるべきことはわかっている!』

『肉っ、にくっ、食べたいィぃ!!』

『シーシャドウ、俺で手を打てっ!』

『にくぅぅぅぅ!!』


 絶対に、こいつをリチュアたちへ向けさせてはいけない。

 魔力を全部絞り尽くす勢いで、アースショットを展開した。


 脱力と、疲労感に見舞われるが、構わない。

 だが、残念なことに、気を失う訳にはいかないため、気合を持って意識を保つ。


『俺と一緒に逝け、シーシャドウッ!』


 地球の力が籠った光が、俺ごと、シーシャドウを包み込む。

 その光の中で、俺は奴の絶叫の意思を感じながら、しかしそれでも止めることができないことを悟った。


 諦められない。角を使って、足を使って、嘴を使って、俺の全てを賭して奴を一分一秒でも長く止めてやる。


 恐怖も焦りも消えた俺に残っているのは、そんなちっぽけな意地だった。





           ‡




 それは、たまたま見つけることできた。


 三本角の、太古の昔に生息していた生物に近い容姿をした竜種の若い個体が、飢餓状態に陥り暴走した魔物の巨大烏賊へと死闘を繰り広げていた。

 あれはキャリバー……この世界には出て来ていないはずの竜種だ。何かのはずみで、こちらの世界へ流れてきてしまったのだろうか。

 それに、魂が、おかしい。

 あれは、人間……しかも、この世界の者ではない。


 謎を呼ぶ彼の背後には、流れ漂う妖精の少女、少し離れた場所には傷ついた魔獣化したシャチがいる。


 それは、この星で、毎日、どこかで行われている生物の営み。

 今日を生きるため、明日へつなげるため、食うか食われるかの狩場一戦。


 この場合、食われる側にいる者は竜だ。

 恐れながら、怯えながら、彼は戦う。


 だがそれも長くは持たないだろう。

 生きたまま食われるか、それとも運よく意識を失った後に苦しまずに食われるのか。

 どの道、もうその命は尽きるだろう。


 なのに、彼は戦う。

 自分が生き残るため……にしては、攻撃に無駄が多い。

 がむしゃらに、しかし相手の意識をこちらへ向けているような。

 ふと、疑問に思った時、辛うじて彼の『意思』を察知できた。


『俺と一緒に逝け、シーシャドウッ!』


 その“意志”だけで、彼の行動の全てを理解できた。

 竜は後ろにいる妖精を、そしてシャチや人魚たちを守るつもりなのだ。


『どうして、そんな風に戦える……?』


 届かない疑問が、ついに口を突いて出る。

 あぁ、こんなことをしている場合ではないのに。

 今自分も、必死に戦っている最中なのに。


 それでも、彼の姿を見て、傷つき、揺らいでいた精神が蘇るような気がした。


『……あ』


 さらに、彼の姿に、気が付くところが会った。

 あの竜の中に、二つの加護があった。

 一つは、知り合いが与えた加護、その一部を分けたもの。あれのおかげで、竜は深き海の中で苦もなく戦えている。これは最近、ついたものだとわかった。


 もう一つも、別の知り合いの加護だ。こちらは、彼の進む道を、良くするためのもの……と、言うよりも、彼にかけられた“運命”に対抗するためにつけられている。


『そっか……』


 ほんの、本当にゼロコンマ一秒にも満たない、彼を見つけることができた一瞬の縁と、幸運を噛みしめ、そして、“奴ら”の野望を阻止するために。


 私は、彼を祝福した。


 その直後、海の中の風景が、感覚から消える。

 自分の戦いに戻る。

 どこにでもいる、ありふれた風景の、しかし気高い魂の一端を見たことで、勇気を得られた。

 あの竜に宿る魂がどこから来たのか、何者なのか、それはわからない。

 だが、何となく宿った原因は察しはしたが、それだけだ。

 後は、彼次第だ。

 それが今自分に出来る、最大の手助けだ。


『戦いなさい、守りなさい。貴方のために、貴方の大切な者のために』


 剣を握り直し、盾を構え直す。

 あの竜が戦いを終えた後、ささやかな休息を得るためにも、自分は仲間と共に、この世界を守る。





次回、深海の騎士


海の忍者と言えば蛸と烏賊。墨、擬態、色変化、etc、etc。

そしてどっちも頭がいいです。


後は関係ないですがダイナゼノンとVIVIの第十話が良すぎてあばばばば。

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