深海の危機
章付けしました。
目を見返して頷くと、リチュアも頷き返してくれた。
「うん、わかっているならいいわ。そう言う訳で、マト。貴女には悪いけれど、先を急がせてもらうわ」
「仕方ないね……わかった。引き留めて悪かったね」
俺たちはマトと別れの挨拶を済ませると、洞窟を出た。
照りつける太陽の下へ出て、草原がある方角へ砂浜を走り出す。
「なぁリチュア。大王烏賊の魔獣って、どんな奴なんだ?」
「マトの言った通りの奴よ。ただ、知能が滅茶苦茶高くなっているうえに、人語も理解できるわ。けれど、おとなしい性格の個体が多いから、下手に手を出さなければ攻撃はされないわ。空腹状態でなければ」
「最後の一文に不安しか覚えないよ」
つまり、件の大王烏賊は空腹状態になっている訳か。
トリトナとレイラちゃんが生き残れてよかった。
「アンタが戦ったら百パー負けるからね」
「いや、戦いたくないからな?」
「本当に今回は大丈夫なようね」
信用無いな……自業自得なのはわかっている。
「リチュアなら勝てるか?」
「無理」
さっぱりとした口調で即答された。
「一日、三回しか魔法が使えない今の私じゃ、五分と持たないわ」
「それでも五分持つのか」
ふと、気にかかったところがあった。
今の私じゃ、と言う事は、以前のリチュアなら勝てた、と言う事だろうか。
しかしそれを聞くのは、彼女のプライベートに土足で踏み込むことになる。結局、尋ねないことにした。
代わりに、何でもない話を振った。
「マトの洞窟なら、何度だって魔法が撃てたのになぁ。あれってどういう仕組みだったんだろ? 魔照石の魔力が満ちていたってところかな」
「さぁね」
リチュアは興味がなさそうな声音で返してきた。
俺は結構、気になっているんだがな。もしも魔照石で魔力回復が出来るなら、一個か二個、もらってきておいて、いざと言う時に俺かリチュアの魔力を回復するために使いたい。
そんな事を考えていると、海側を走っている視界の中、海面に動く縦線が現れた。そして、それは猛烈な速度でこっちに近づいてきている。リチュアが手綱を引いて急停止の合図を送ってきたので、止まった。
「あれって……」
「話しかけてみれば?」
もし魔獣間違いだった時のためにいつでも逃げられるように準備しておいて、近づいて来る背びれへと声をかけた。
『お前はまさか……?』
『魔獣の子と妖精の子、緊急の用件で話がある』
鼻先を出したサメの魔獣が、慌てた意思を投げかけてきた。
『巨大な烏賊が、人魚の街をめざし、暴れながら進んでいる』
『な?!』
「何があったの?」
俺とサメの様子からただならぬ気配を感じ取ったのだろう、リチュアが怪訝そうに尋ねてきた。
「大王烏賊が人魚の街へ向かっているらしい」
「……なるほど」
鼻から息を吐いて、リチュアは一言、静かに漏らした。
「で? 私たちにそれを知らせてどうするつもりなのかしら?」
「リチュア……」
リチュアは、このまま無視して通り過ぎるつもりらしい。
生き残る事の難しさを知っているが故に、今の俺は彼女を責めることはできないが、それでも思うところはある。
「いい、私たちの優先順位は自分たちよ。それに、私たちが行っても、できることはない。むしろ、人魚の衛兵たちの邪魔になる」
「俺たちがいなくても、人魚の街は大丈夫、なのか?」
『カイト、急いでほしい。奴は強い。人魚たちでも勝つことは難しいはず』
サメの言葉と、リチュアの言葉の間で揺れる。
俺が信じるべきは、リチュアだ。
けれど、もしも、もしもあの街が烏賊に攻撃されれば。
トリトナは大王烏賊に立ち向かい、レイラちゃんを守る。レイラちゃんを女医たちが逃がして、それで……どうなる。
『すまん、お前を襲ったシャチなんだけれど、アイツなら勝てる見込みはないか? 人魚の衛兵と一緒に戦って、勝つことはできるんじゃないか?』
『無理だ! 彼女たちだけで勝てるのであれば、今頃、奴はとっくの昔に討伐されている』
それは……そうか。
『けれど、それじゃあどうして俺たちに頼むんだ?』
『実は……あの狩人と戦っているお前たちの姿を見ていた。あいつを倒せたお前たちなら、奴を止めることができると思った』
トリトナとの戦いを見ていた、か。
だが、リチュアが無理、そして衛兵の邪魔になると言った手前、俺は――――。
(カイトは、どうしたい?)
ふと、脳裏に、フローチュアの声が聞こえてきた、気がした。
リチュアの方は、早くしろと、苛立った気配を漏らしている。彼女が何か言った訳でもなさそうだ。
俺が、どうしたいか。
「リチュア」
「ダメよ」
「レイラちゃんとトリトナを逃がしたら、逃げるって言うのでも、駄目か」
「トリトナは逃げないわ。そんで、残った衛兵もろとも、私たちは奴の餌食よ」
「……くっ」
「いい加減にしろって言ったわよね。アンタ、まさか自分が強くなったって勘違いしていないかしら?」
初めて、リチュアが厳しい言葉を投げかけてきた。底冷えするような声音だった。
「それを言っていいのは、そう言った役職にある奴か、自分も助かる見込みのある奴だけよ」
彼女の言う事は、正論だった。
これまで、格上たち相手に生き残れてきたのは、リチュアがいたからだ。彼女がいなければ、俺はとっくの昔に殺されている。
悔しい。悔しい……己の無力が、とても悔しい。
あの時の、フローチュアを助けられなかった、あの悔しさが蘇る。
「そのサメには悪いけれど、私たちは――――」
言いかけたリチュアの言葉が止まった。
どうしたのかと思ったが、顔が見えないため、何があったのか、どんな表情をしているのかがわからない。
やがて、彼女は大きなため息を吐いた。
「……は~~~~~~~~~~~!!!!!!!」
とても盛大で、やるせなさを含んだような、何とも言えないため息だった。
俺の背中に身を投げ出した感触があったあと、耳に近くなったリチュアの声が、鼓膜を震わせた。
「全く……やってくれるわぁぁぁ……そう来たかァァァァァァァ」
「どうした?!」
「ちょっと理不尽というか、あぁ、そういうギミック? って思っただけ……全く、どうして気が付かなかったのかって、なんて言うか、もう叫びたい気分」
よくわからないが、あのリチュアが八つ当たりしたいくらいまで怒っていることはよくわかった。
それは、あの、俺のせいなのか?
「リチュア、えと」
「あ? ああ、アンタじゃないから気にしなくていいわ」
どうやら、俺ではないらしいが、顔を右側へ出してくれたおかげで、彼女の表情が見えた。
自嘲しているかのようにも、起こっているかのようにも見えるが、どこか嬉しさも籠った笑みを浮かべていた。
彼女は俺と目を舞わせると、
「行くわよ」
一言告げて、体を起こした。もう表情は見えなくなった。だが、やる気だけは感じられた。
かつてない程の、覇気を背中から感じた。
「アンタの望み通り、大王烏賊をぶっ飛ばしに行くわよ!」
「ぶっ飛ばってえええええええ?!!」
勝つどころか、トリトナや人魚たちと一緒に向かってもダメだって言ってたのに、どうしたんだいきなり?!
「トリトナやレイラちゃんを逃がしたら、それで逃げれば」
「ぶっ飛ばすわよ、いいわね」
先ほどとは正反対の事を、有無を言わさない圧を以て押し付けられた。
どうしてそんなやる気を見せたのかわからないが、こちらとしては、助かる。
『カイト、背中の上の妖精が恐ろしい気配を出しているのだが……』
『すまん、待たせた。案内してくれ』
怯えながらも逃げないでいてくれたサメを労わる。
そして、俺たちは海へと飛び込み、彼女に案内されるがまま、海の中を進んで行った。
次回、VSダイオウイカです。




