始まりからの好敵手
第四話、完!
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リチュア曰く、街に入ってから、二十分が経過したそうだ。
街の門に戻ってきた俺たちは、人魚の門番二人に見送られて、オルカディアが待つ外へと出た。
透明なターコイズブルーの輝きに照らされる海底で、オルカディアは大人しく待っていてくれた。
不機嫌そうなのは、もう仕方がない。むしろ、今まで暴れず、リチュアの言う通りに待っていてくれたことに感謝したい。
『お待たせ』
『ちっ、約束は守ったようだな。で? 何か収穫はあったのかよ?』
『えぇ、あったわ』
『へぇ?』
探るようなオルカディアの目、そして、体を通り抜けていくような感覚(恐らく、エコーロケーション)を受けても、リチュアと俺は毅然としていられる。
それだけの証拠をこの目で見て、そして話し合ってきた。
『結論から言うわ。アンタの妹は生きている。ちゃんとね』
『……そうか』
ぶっきらぼうで、そして短い言葉だったが、オルカディアは確かに心の底から安堵していた。それは、一瞬だけだった。
『妹が無事なら、いい。それで、アイツをいつになったら返してくれるとか、そう言う情報はあったりするんだろうな?』
『今、妹さんは療養中で、後、ひと月は面会謝絶よ。私たちが会わせてもらえたのは――』
『療養中だぁ?!』
面会謝絶のあたりで、オルカディアが怒声を発した。
まずいな、変なスイッチが入っているかもしれない。
リチュアもその辺りを感知したようだが、狼狽えることなく説明を続ける。
『アンタが街に飛び込んで来ないように、人魚の医者が聖域魔法を張った治療院で治療を受けているのよ。だから、アンタの声や歌が届かなくって』
『どういうことだ?! アイツは何も悪いところなんてなかっただろ!』
食って掛かってきたオルカディアに、俺が額の角を、リチュアが杖を突きつけた。
『あったのよ。何があったのかは知らないけれど、体の中がボロボロだったのよ。治療が遅ければ助からなかったって言われているくらいにね』
『嘘だ! 回復魔法はちゃんとかけてあった!』
リチュアの威圧に、しかし負けることなく、オルカディアが言い返す。そろそろ、慣れて来たかのかもしれない。
タイムリミットが迫っている事を実感しながら、どうかこの説得で全てが上手くまとまることを祈った。
『そうだ。私自身にかけた傷は全部消えたんだ……アイツだって!』
『種族が違うでしょ。ただ回復魔法をかければいいってもんじゃないのよ』
冷たい、しかし怒気がしっかりと籠ったリチュアの『意志』がオルカディアへと真っ直ぐ向けられた。
それは言の刃となって、彼女を突き刺したのか、オルカディアは少しだけ後ろへ下がった。
『担当医から伝言よ。突然、妹君を連れて行った事は申し訳ない。だが、ひと月待って欲しい。そうすれば、元気な彼女と会わせるから、ですって』
『嘘だ……』
『大丈夫よ。一命は取り留めている。最初にアンタがかけた回復魔法があったから、医者の治療が施せたって』
『レイラが助かったのなら、どうして私が会っちゃだめなんだ! どうして私に一言も断りがない!?』
オルカディアの周囲の水に変化が表れ始めた。
風呂を焚いた時のように、彼女の周囲の海水だけが揺らめいている。
『それは、アンタに――――』
『お前たちも、奴らも……妹をどうするつもりだぁ?!! ああッ?!!』
瞬間、激しい水流と熱水が襲った。耐えられない程ではないが、熱水はリチュアではキツいはずだ。
見上げれば、リチュアはシールドを使って、熱水から身を守っていた。
彼女が無事な事に安堵するが、オルカディアとの交渉はどう見ても決裂だった。
揺らめく熱湯と化した海水を纏いながら、オルカディアが牙を剥いた。
『レイラを返せぇぇぇぇぇぇぇ!!!』
突っ込んできたオルカディアの頭に、リチュアがシールドを叩きつけるが、
『しゃらくせぇんだよ!』
オルカディアに触れる前に、シールドが破壊された。甲高いクリック音が聞こえていたため、エコーロケーションの化け物で破壊されたのだと理解した時には、奴はリチュアを食い殺すように、体を横にして口を開けていた。
だが、そうはいかない。
交渉決裂となった時点で、こちらも準備を終えていた。
俺の周囲に、眩い輝く玉が瞬時に三つ出現し、オルカディアの顔面を打ち据え、その巨体をカチ上げることに成功した。
『アースショットォ!!』
『がぁぁぁっ?!!』
予想外の攻撃を受けたせいか、オルカディアは体勢を立て直すことなく、数メートルの距離をぐるぐると舞い上がっていた。
手を緩めるな、緩めたらダメだ!
アイツは強い。もしも反撃されれば、この海の中を自由に動き回らせたら、俺たちの勝ち目は薄くなる!
『アースショットォ!』
今度は五つ生み出し、適当にぶつけてやり、オルカディアの行動を封殺する。
アースショット。
マトから教わった魔法で、星の力を借りて放つ魔力弾の一種らしい。
名前にアースとついているが、大地属性でもなければ、地上でしか使えないなんて制約は一切ない。
故に、使い勝手も使い時も良く、これを知る者は手数を増やしたい時や牽制のために使うのだという。
だが、威力が決して低い訳ではなく、使用者の技量などによって、必殺の威力にもなる。
もちろん、俺にはそこまでの威力はないのだが、岩を破壊するくらいはできることを、海底洞窟で確認している。
オルカディアに決定的なダメージはなくても、身動きがとり辛く、鬱陶しく、そしてダメージが蓄積していくタイプの攻撃だ。
これを、ギリギリの段階まで使わずに取っておく。
それがリチュアと俺の作戦だ。
『が、あぁぁっ?! てめぇ、何だ、これは?!』
『人の質問に――――』
そして、ようやく体勢を立て直したばかりのオルカディアの頭に、リチュアの左掌が添えられていた。
『答えてから言いなさい』
『このっ!!』
オルカディアの頭からエコーロケーションが放たれたのだろう。クリック音が一瞬聞こえたが、
『ネイチャー・ブラスト』
リチュアがダメージを受けることなかった。
逆に、彼女の左手から突如として猛烈な縦の渦磯が生まれ、オルカディアを飲み込んだ。
『がああああああ?!!』
『そして、これで終わりよ……カイト!』
『了解!』
俺は飛び上がり、リチュアの作った渦潮、その中央へと飛び込んだ。
使ったのは練習で五回だけだが、広さに限界のあった海底洞窟と違い、障害物がないため、心置きなくやれる。それが、余計に俺の全身の力を抜いて、成功率を高めていることを、何となく感じていた。
『ちくしょう、ちくしょう……! レイラを取り戻さなくちゃいけないのに!!』
『レイラちゃんは無事だって言ってるだろ!』
渦潮に翻弄されながら呻くオルカディアのわからず屋加減に苛立ちながら、それでも、彼女を嫌いにはなれないのは、こんな状況でも、やり方はどうであっても、妹の事を大切に思っているからだ。
だから、
『ちょっと頭を冷やせ!!』
回転の勢いに乗った四足ドロップキックが、オルカディアの右ドテ腹に突き刺さった。
『がはっ?!』
『リチュアァッ!』
俺の叫びに応じて、リチュアが渦潮の中に飛び込んできた。
驚くべきコントロールで回転の中を進み、その勢いを保ったまま、俺の背中へと飛蹴りをしてくる。
俺にダメージはない。
だが、オルカディアには、追撃で衝撃が入った。
ネイチャー・ブラストによる回転が消え、穏やかさを取り戻した海の中を、気を失ったオルカディアが落ちていき、やがて淡く輝く海底に沈んだ。
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『はっ?! レイラァッ!』
目が覚めるなり大声を出したオルカディアに、俺とリチュアは顔を上げた。
奴はきょろきょろとあたりを見回し、警戒を始めた。
『どこだ……ここは?』
『人魚の街の治療院、その入院室の一つよ』
リチュアが説明しながら、オルカディアの鼻先を押して、ベッド代わりの魔法陣へと戻した。
巨大なオルカディアが入っても十分な広さのある石造りの入院室にも、魔照石が使われており、明るすぎず、暗すぎず、いい照明度合で室内を照らしてくれている。
魔法陣以外には、石でできた机と椅子があるだけの部屋だが、壁に星砂と呼ばれる、キラキラとした素材を塗布しているため、照明と会わせて神秘的でありながら、夢見のするような雰囲気がある。
オルカディアはまだ動こうとしたが、俺とリチュアの後ろから現れた影を前に、動きを止めた。
透き通るような白髪と美貌の、妙齢の女性だ。上半身には薄手の白い薄手の服を着ているが、下半身は美しい鱗が煌びやかに並ぶ、魚のものだった。
海に住まう人種である、人魚族の医者だ。
「お目覚めになったのですね。気分はどうですか?」
海の中にいるのに、良く通る、凛とした声音が耳朶を打つ不思議な感覚がある。
初めて聞いたとき、それは驚いたものだった。
しかし、オルカディアは声ではなく、問いかけられた中身の方に眉を顰めていたようで、
『最悪だよ。敵に情けをかけられるとはな』
『お前なぁ、この人たちは敵じゃなくて』
「何も言わずに妹さんを連れて行って、その後、音沙汰なしだったのであれば、誰だって怒ります」
俺を目で制して、女医はオルカディアの前で頭を垂れた。
「いらぬご心配をおかけして、申し訳ありませんでした」
『あんだよ……お前が連れてった訳じゃねぇのに、どうして謝る?』
「レイラさんを連れて行ったのは私の兄です。その兄はレイラさんにつきっきりで介護や治療を行っているため、私が代わりに」
『あぁんっ?!! 妹に何させてんだそいつはぁ!』
オルカディアが激昂して再び起き上がった。
『連れてった本人が出てきやがれってんだ! って言うか待て、そいつ、レイラにつきっきりだとぉ?!』
『落ち着けゴラァッ!』
とても予想通りの反応をしてくれたので、こっちも予定通りに前足で奴の面を押しとどめた。
『どけぇっ! レイラを助けに行くんだ!』
『その医者さんがレイラちゃん助けてるんだよ! 後、医者さんすっごくいい人だったから大丈夫だ!』
病院関連の施設で出しちゃいけない声量でバカスカ言い合う。
リチュアが呆れたように手を頬に宛てて俺たちを見やっている。その隣で女医が両手を掲げているが、何か魔法を使っているのだろう。
『ウチのレイラは可愛んだ! アイツを前にしたら男は皆、メロメロになっちまうに決まってるだろ!』
『お前は全世界の医者に謝れゴルァッ!! 医者さんそんな人じゃねーって言ってるだろ! 後、お姉さんに謝っとけ!!』
「あ、いえ、私も何も知らなければ、そう思いますよ? レイラちゃんを見た後なので」
女医の実兄へのコメントが辛辣過ぎる。
ま、まぁこれは場を軽くするための気遣いだろうから、問題はない。
『お前はまず落ち着け。レイラちゃんは十歳にもなってないだろ! 可愛いとは思うがお前が危惧するようなことにはならねーよ!』
『あぁぁんっ?! テメェウチのレイラにメロメロにならねーって言うのかよ?!』
『面倒くさいな君は!』
「あー、アンタら? レイラちゃんが入院してること忘れないよーにね?」
「防音魔法を張っているので大丈夫ですよ?」
またがっぷり言い合って数分後、俺とオルカディアは床に座り込んで、肩で息をしていた。
『てめぇ……やるじゃねーか……』
『何がだよ……』
『へっ……私を前にしてもビビらずに意見を押し通す奴だよ』
『あー、うん。いや、まぁな……それを言うなら、リチュアの方もだけど』
『いや、女子ども……なんて言うかな、人間種や近い奴の女や子どもにはあまり怖がられねーんだよ。魔獣の類は皆、私を見てビビり散らかして逃げるんだ』
なるほど……シャチ、基本的に手を出さなければ、見ているだけなら可愛いからね。
言葉が聞こえなかったら、キュイキュイ鳴いているだけだから、そりゃ怖がられないだろうよ。
そう言えば、人魚たちはオルカディアの言葉と言うか、意思がわかるんだよな。
リチュアも加護をもらった後はオルカディアと意思疎通ができているし、何か関係があるのかもしれない。
『まぁ、暴走してるし、やっていることは許されることじゃないけれどさ。妹が大切な気持ちは、よく分かったから』
『あぁん? お前にわかるのか?』
『俺にもいるからな、妹』
前世で残してきた心残りの一つだ。
できれば、入学式を見届けたかった。
『お前にも、妹が……』
『あぁ。だから、お前の気持ちは分かるんだ』
妹が攫われたらそりゃ心配するし、捕まっていると思ったら理由を相手に問いただすし、答えられなければ出るところに出るし、最終手段としてカチコミも辞さないというのは、わかる。
『妹は可愛いもんな』
『……そうか』
俺たちはどちらからともなく笑い出した。
つい三十分ほど前まで死闘を繰り広げていた相手なのに、何だか、居ると心地が良い関係になってしまった。
『私の起こした騒ぎに巻き込んで悪かったな』
『いや、これはもう、何と言うか……』
間が悪いというか、とりあえず治療に専念しっぱなしでオルカディアを放ったらかしな女医のお兄さんもそうだし、仕方なく説明にやって来た人魚の話を聞かなかったオルカディアもそうだし、何なら俺たちに事情を説明せずに討伐してくれだのと依頼してきたマトも……うん、皆、反省して欲しい、マジで。
一番の被害者は多分、何の罪もない街の人魚たちと女医だ。
『とりあえず、君たち姉妹が再会できて、何よりだよ』
『……お人好しめ。けど、まぁ、嫌いじゃないぜ』
オルカディアがニヒルに笑った、気がした。
『これから、ケジメを着けてくる。それから、レイラが元気になったら、改めて礼を言いに行くよ』
『別にいいって。その頃には俺たち、もう別の土地に行ってるし』
『そいつは仕方ないな。
そうだ、名前だけでも名乗らせてくれ。
私はトリトナって言うんだ』
『俺はカイト。よろしくな、トリトナ』
俺たちは握手はできない。
だから代わりに、視線を交わし、頷き合った。
話してみて、悪い奴でないことはわかった。後は、人魚とコイツとの問題になる。
俺はせめてがんばれって応援するだけだ。
罪を償った後に、もしもまた会えたら、元気になったレイラちゃん共々、話をしてみたい。
さて、後はマトに報告するだけだな。
なんて考えながら、振り返ると、リチュアと人魚の女医が目を見開いて固まっていた。
『あれ、どうしたの?』
『え? あ、あぁ……ちょっとね』
「えぇ……気にしないでください」
二人とも、何でもないと笑った。
いやいや、何でもありまくりだろう。何か今のやり取りで、不味いことでもあったのか。
すると、トリトナがキュイキュイと笑い始めた。
『あっはっはっ! カイトはまだガキだから何も知らないんだよ』
『もしかして、俺、何か粗相をしちまったのか?』
『いや、違う違う。そうだな、心配させるのも可哀そうだし、教えてやるよ。
私の名前で驚いているのさ、こいつらは』
『名前?』
トリトナ……何となくトリトンっぽいな。
『まさか、トリトンっぽいから?』
『まさかも何も、私の名前はトリトン様から来ているのさ』
『へぇ? 神様由来の名前なんだな』
魔獣でも、神様とか、そう言う文化とか、理解があるんだな。
『カイト、人魚はな、トリトン様を信仰しているんだ』
『あ、もしかしてお前の名前が人魚たちにはタブーだったのか?』
『タブーとまでは言わないが、ってところか』
トリトナが女医を見やる。
「彼女がその名前を名乗っているという事は……つまり、トリトン様から名前を付けていただいた、ということです」
『は?』
トリトン自らが名付けた?
あ、あれか! 神託とかそんなんでつけられた的な! シャチに巫女がいるか知らないけれど!
『この場合の名付けたって言うのは、トリトン本神が名付けたってことだからね』
リチュアの捕捉に、今度は俺が固まった。
この世界、本当に、神様がいるのか……。
『そう、私はトリトン様から名前をもらったんだよ』
どこか照れたような声で笑うトリトナに、女医が頬に手を当ててため息をついていた。
「しかも、トリトン様の加護まで頂いていますね。海に延々と潜っていられる訳です」
『おうよ。おかげで、ずっとレイラと一緒にいられるぜ』
『ここまで加護を私的な理由で乱用している奴は珍しいわね……前例がない訳じゃないけれど』
三人が楽しそうに話しをしているが、俺は衝撃が抜けきれず、しばらく部屋の置物と化していたのは、言うまでもない。
そう言えば……俺とリチュアも海の中で呼吸ができるが……何の加護をもらったんだろうか。
クビナガリュウの加護か?
いや、アイツらも空気中の酸素を吸うタイプだったはず……。
本当に、何の加護をもらったんだ?
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「ふふふ……カイト君、そんな事で驚いていたら、この先、持たないよ」
自らが造りだした海底洞窟で、マトが笑った。
「君はもう答えを得ているのに……まぁ、気が付かなくてもいいかな。
ふふふ……それにしても、本当にトリトナに勝つとはね。おめでとう。私は、何も知らぬふりをして、報告を聞かせてもらうよ」
マトは一人ごち、そして目を閉じた。
アニメで言う所の第四話が終わりです。
次回、第五話、参ります。




