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木漏れ日の中の出会い

OPテーマは「ダイノミック・アサルト」です。よろしくお願いします。(大嘘




 拝啓

 春風の候、母上様と父上様、幸香(さちか)におかれましては、ますますご健勝にお過ごしのこととお喜びもうしあげます。


 少し気は早いですが、幸香ももうすぐ小学生ですね。

 幸香、前にも言いましたが、もう寝過ごしたとしても、君を起こすようなことはしません。あの日の朝も、しっかりと目覚ましが鳴る前に起きられていたようなので、大丈夫、きっと続けていけます。

 しかし、急に私がいなくなったため、きっと幸香も戸惑っているでしょう。兄はそこそこ元気です


 母上様と父上様には申し訳ありませんが、幸香を私の分まで愛していただけますようお願いいたします。


 ところで、冷蔵庫にあった私のプリンを食べたのは、幸香とお父さん、どちらでしょうか? 大学から帰ったら食べようと楽しみにしておいたものだったので、あの日、眠る前まで気落ちしていました。

 戻ったら、どちらが食べたのかをしっかりと問いただしますので、そのつもりで。

 お母さん、戻ったら、手料理が食べたいです。切実に。


 それでは、いつの日かまた出会えるその時まで、お元気にお過ごしください


                                          敬具




              ‡




「それまでに、生き残れていたらいいよなー!」


 カイトの絶叫が森の中に響き渡る。


 四本(・・)の足を必死に動かして、頭が自然と導き出した最適な走行ルートを、必死の思いで突き進んでいく。薄暗く、足場の状態が良くない森の中でも、一度も躓くことはなかった。


 躓いたら、その瞬間、追いつかれる!


 自分の想像で肝を冷やし、落ち葉や泥を跳ね上げながら走るカイトから、約十メートル離れた場所を走る影があった。


 木々の間をすり抜けるようにしながら、猛烈な速さで追いかけてくる、巨大な蛇だった。

 全長は十メートルを裕に超えるだろう。黒に近い青色の鱗が森の闇に紛れ、その体躯からは想像もつかない素早い動きで近づいて、獲物に襲い掛かる。

 カイトが、数分前に体験した出来事だ。


 視界の端で僅かに木々の影が動いた気がして警戒したことで、敵の存在に気が付いて、いち早く逃げることができたのだ。

 それから数分、森の中を追いかけっこしているのだが、一向に距離を開けることができず、ずっと付きまとわれている。

 今日の獲物であるカイトを、絶対に逃がさないという執念を感じさせた。


「俺よりももっと美味しそうな奴いるだろー! 例えばでっかい熊とかさぁ!」


 息切れしながら、体力の無駄使いだと思いながら、一縷の望みにかけて後ろへ呼びかけてみるが、蛇が追跡を止める気配は微塵もなかった。

 だよな、と内心でぼやくカイトの耳に、希望の音が届いた。


 カイトはもう少しだ、と自分を奮い立たせ、速度を上げる。体力と精神の消耗が激しさを増すが、死ぬよりはマシだ。

 やがて、カイトは森の中を流れる、大きな川の畔に辿りついた。水深は一メートルほどだが、わざわざ入るつもりはない。

 それよりも、遮蔽物が無くなった今、カイトの運命は風前の灯火も同然である。あの蛇が森から出てくるよりも前に、目的の場所へ急がねば。


 カイトは森から飛び出してきた勢いをほとんど殺さず、巧みな足と体裁きで、綺麗な直角カーブを行い、そのまま川に沿ってその下流へと急ぐ。

 そして、背後で土が抉れる音が聞こえ、蛇が森を出てきた事を悟ると、カイトはラストスパートをかけた。


 目的地は見えてきた。後、十五メートル、十メートル、五メートル。

 ゼロと言うところで、カイトは川に飛び込む。


 そして、水しぶきが舞い上がって虹を作りだす巨大な滝を落ちて行った。

 水の流れに飲み込まれる前に見えたのは、鎌首を持ちあげ、悔しそうにカイトを睨む蛇の姿だった。


 果たしてまた数分後、滝から少し離れた下流をどんぶらこと流れていたカイトは、無事に岸辺にたどり着いていた。


「し、死ぬかと思った!」


 川岸へ上がるなり、その場に寝そべったカイトは、生き残れた安堵を精一杯、言葉に表した。

 巨大蛇から逃れられ、滝つぼに飲み込まれることがなかった幸運を噛みしめる。


 荒く息をつきながら、周囲に危険が潜んでいないかを確かめながら、よろよろと立ち上がる。ここで突っ伏していても、川から別の脅威が襲い掛かってくる可能性があった。


 案外しっかりとした足取りで、川辺に生い茂っていた木々の間に身を隠し、カイトは座り込んで目を閉じた。聞き耳を立て、臭いに注意しながら、回復のために軽い睡眠をとることにした。

 疲れすぎていたためか、夢を見る事はなかった。




          ‡




 誰かが呼んでいる気がする。

 人間の言葉だ。

 いつもみたいな、俺に“わかる言葉に変換された意思”とは全く違う。

 現実逃避に、家族の事を強く思い出したからだろうか。だったら、これは夢?


「――さい。ちょっと、起きなさい」


 何かが二つ、頭に触れた気がするが、とても小さいという感覚がした。


「起きなさい。ねぇ、ねぇってば」


 幼い女の子の急かす声に合わせて、体に触れた小さな感覚が若干の圧に変わる。どうやら、揺さぶろうとしているようだ。

 そんな力じゃ、俺を動かすことなんてできないぞ、と思ったところで、違和感を覚えて、急速に頭が働いてきた。

 あれ、夢じゃない?

 まだ少し重たい瞼を開けると、小さな影の主と目がバッチリ合った。両腕を壁に押し当てるように伸ばして、まるで壁に追い詰められているようだ。


「君、こんなところで寝てたら死んじゃうよ?」


 そう言って、少し怒ったように顔をしかめたのは、小学校に上がったかどうかくらいの女の子だった。

 人間の、女の子だ。


 そう気が付いたら、驚きのあまり、声が出なくなってしまった。


「どうしたの?」

「わっ?!」

「わっ?!」


 やっと声が出たら大きくなってしまい、女の子を驚かせてしまった。ワンピースを纏った小柄な体が後ろ向けに倒れ、尻餅をついていた。


「ご、ごめんっ、大丈夫?」

「何よいきなり、驚いたじゃないもう! って君、しゃべられるの?」


 ころんと上半身を起こし、両端を広げてペタンと座った女の子が、今度は驚いた。

 パッチリした目を更に大きく見開く姿に、何となく、ふわふわとした森の大きな妖精が出てくる映画のワンシーンを思い出してしまった。


「君、何者なの?」

「見ての通りだけど……」

「見ての通り?」


 女の子が首を傾げる。


「……何?」

「――おぉろ」


 予想外の返答に、自分でも情けなく聞こえてしまう声が漏れてしまった。

 だが、俺の姿を見ても怖がらずにいる理由にも納得がいってしまった。


「あぁ、そうだわ! それよりもここを早く離れた方がいいよ!」

「さっきも言ってたな。何か危ない奴でもいるのか?」


 それらしい気配は感じられないが、危ないって言われてのんびりとしている訳にはいかない。ダル重さを感じる体を起こすと、俺を見上げて口をぽかんと開ける女の子に頭を下げた。


「起こしてくれてありがとよ」

「うぅん! いいってことだよ!」


 腰に手を当てて誇らしげにする女の子の姿が、妹と重なって、微笑ましく思えた。

 しかし、こんな森に幼稚園くらいの、薄手の緑色の服を着た女の子がいるのはおかしいな。今更気付くようなことか、と言う話だが、それくらい彼女の存在に驚いていた、と言う事だ。

 もしも危険な相手なら、俺をわざわざ起こすなんてことはしていないはずだから、危険度は低いように思える。悪い感じもしない。

 なら、この子は一体何者なのだろうか。


「ところで、そう言う君は何者なんだ?」

「私? 見ての通りだよ!」


 くるんっとその場で回転して見せられるが、わからないぞ。


「人間じゃないのかい?」

「人間じゃないよ? こんな危険な場所に人間が一人で来る訳ないじゃない」

「だよね」


 むぅ、わからない。

 森の中で小さな女の子と出会うなんてパターンがあるとしたら、相手が妖精のパターンか。背中に羽がないが、そう言う種類の妖精かもしれない。


「うーん、妖精かな」

「わぉっ、正解!」


 両手を挙げて妖精少女は喜んだが、すぐに「あ」と声を漏らした。


「ごめん、早くここから離れないといけなかったね。ほら、行かなくちゃ」

「行くって言ったって、どこに行けばいいんだ? それに、何が近づいているのか教えてくれないか?」

「じゃあ、歩きながら教えてあげる。一緒に来て!」


 妖精少女はそう言って手招きすると、歩き出した。その後を俺ものっそのっそと着いていく。


 滝の上の森とは違い、何だか木々の生い茂り方がおとなしい気がする。例えるなら、滝上はジャングルで、今いるのは熊野古道の森、みたいなイメージだ。

 それでも、足場が悪いことには変わりがないのだが、妖精少女はまるで庭を散歩するように軽やかな足取りで歩いている。


「それで、君が知りたかった話ねー。この森には大きな大きな、熊の魔獣がいるの」

「熊の魔獣?」


 そう言えば、滝の上にもいたな、と思い出した。グリズリーみたいな姿をしているのに、普通の熊よりも強く、好戦的な奴だった。


「そう! この森で長い間、生き残っているの!」

「へぇ、そいつは凄いな」

「そう、それで、すっごく強いの! その両手はこれまで倒してきた強敵の血で赤く染まってるんだよ!」


 何だそのホラーは。と言うか、その熊、水浴びしていないのか。血が付いたままだと流石にバッチイぞ。それに、臭いですぐ居場所が分かってしまい、狩りをするにしてもやり辛いはずだ。


「中々ワイルドな野郎みたいだな」

「ワイルドなんて生温いよ~。君もアイツを見たらそんな事、言ってられなくなるよ!」


 妖精少女は、「もう!」と頬を膨らませた。そこには、茶化す雰囲気は微塵もないようだった。


「そんなにヤバい奴なのか」

「うん、とっても危ない魔獣! きっとこの森でアイツ以上に危ない魔獣はいないわ!」

「そこまでか」


 俺を追いかけていた巨大な蛇は、あの周辺で一番強い魔獣だったかもしれないが、その魔獣熊となら、どっちが勝つだろうか。多分、蛇が勝つんだろうな。大きさもパワーもヤバい奴だったし。

 まぁ、アイツはここまで来ることはないだろう。忘れよう忘れよう。

 それより、その熊の方は問題だ。

 この森を出るまで、気に留めておく必要がある。


「教えてくれてありがとな」

「いいよっ。たまたま君を見つけて、気になったから声をかけただけだし」


 振り返らずに妖精少女は言ったが、声が少し上ずっているようだった。

 照れているのかもしれない。やはり、微笑ましい。


「それでも、君は命の恩人だよ。えぇと」


 名前を聞いていなかった事を思いだして言葉を濁すと、妖精少女は手を後ろで組んで振り返った。その顔は、とてもいい笑みを浮かべていた。


「私、フローチュア! 君は?」


 名前を言いたくて、うずうずしていたのかもしれない。さて、俺も名乗らないとな。


「俺は、カイト。よろしくな、フローチュア」

「うん!」

「ところで、そろそろ前を向いて歩いた方がいいぞ?」

「大丈夫だよ! この森は私の庭だから!」


 庭みたいなものじゃなくて、庭と来た。

 自然と共に生きる妖精のイメージにぴったりの言葉かもしれない。


「ところで、カイト。君は一体何なの?」

「何なのって?」

「私は妖精だって教えたじゃない。君は一体何なの?」


 教えたって言うか、言い当てさせられたような気がするが、いいか。

 久しぶりに人間、ではないが、近い外見の相手と、言葉によるコミュニケーションを取れて、かなり気分がいい。舞い上がっていると言ってもいいくらいに。

 それに、実際の年齢は違うだろうが、妹と同じくらいに見えるフローチュアのことは放っておけなかったし、その人となりも気に入った。


 短い付き合いかもしれないが、彼女の友人たちへの土産話にもなるだろう。

 俺は、常に視界の中に映っている、眉間から二本と、鼻先から生えた短い一本の角を見せつけるようにして、こう名乗った。


「トリケラトプス。恐竜さんだ」




          ‡




 森を二つの世界に区切っている、大きな滝から続く、川の畔に降り立った、巨大な蛇がいた。

 ギガントボアと人間たちに呼ばれる魔蛇は、先ほど逃がした見たこともない四足の子竜を追って、滝の横の崖を、時間をかけて降りて来た。


 竜種をどれも強力な魔獣であるため、それを食らえる者は滅多にいない。そんな竜種も幼竜時代はか弱い。狙うなら幼竜だが、常に親竜に守られているため、これを食える者はさらに稀だ。そして竜種と出会えることは、前述二つに勝るとも劣らない、幸運中の幸運の出来事なのだ。

 だが、竜種の肉を食らえることは、よりもっと強い幸運の持ち主である証だ。


 その血肉を取り入れることで特別強くなる、という訳ではないが、人間にも忘れられない程美味と言われる程のご馳走であるためか、一度食べた者はまた竜種を食らおうとするようになり、力を付けようとする。

 一度だけ食べた者たちの多くは、次に挑んだ竜種に敗れ去る。確かな実力と運がなければ勝てない相手なのだ。


 このギガントボアは、一度だけ、森に墜落して死んだ竜種を偶然にも見かけ、食べたことがある。死してそれなりに時間は経っていたが、少しだけ舐めたその血は、味覚をあまり感じないはずの魔蛇を酷く興奮させる匂いだった。そのためか、自身の三分の一分程はある大きさの竜種の体を、巻きついて骨を砕くことで頭から飲み込んでいた。それからしばらくは空腹にならなかった。

 それ故に、たまたま見つけた、小さな竜種の子どもでも食らおうと襲い掛かったのだった。


 先ほどはまんまと逃げられてしまったが、絶対に逃がさないという、執念深さを、これまで降りた事のなかった滝の向こう側へ行くという事で照明したギガントボアが長い舌を出して引っ込める。すると、幼竜の匂いを確かに感じ取ることができた。

 しばらく行った下流の岸辺から森の中へと入って行ったということまで読み取り、ギガントボアはその巨体をするすると動かして森へと入っていく。


 幼竜はどうやら移動しているようだが、滝の上の森と違い、草木の生え方がギガントボアにとっては生易しく、追いつくのは時間の問題であった。

 舌をチロチロと出しながら、極上の獲物へと近づくギガントボアだったが、急に悍ましい臭いを察知し、動きを止めた。


 血の香りだった。それも、かなり時間が経っている上に、様々な生物のものが重なり、混ざりあっている、酷い臭いだ。

 さらに、猛烈な殺気も感じ取ったギガントボアだが、幼竜の追跡を続けるために動き出した。

 滝の上では敵知らずだった魔蛇は、どんな敵が現れようと返り討ちにし、飲み込むつもりらしく、動きに迷いが一切なかった。


 だが、それが、ギガントボアの最大の過ちであった。

 数分後、その悍ましい血と殺気の持ち主と出くわしたギガントボアは、出会い頭に巻きつこうと飛びかかり、その頭を潰された。

 骨と血が飛び散り、断末魔を上げる事なく、一瞬で殺された魔蛇の巨躯が、どぉっと音を立てて沈んだ。


 それを見下ろす巨大な影は、殴った左前足についた飛び血を気にすることもなく、倒した敵の体を持ち上げ、猛然と食らいついた。


 その両手は、森の枝葉たちから洩れた日差しを受けもなお、赤黒い色をしていた。





前半戦終了。次回、後半戦です。


なお、没になったサブタイトルは、「ヒロインと出会うけれど、Aパート終わりに不穏な演出がある奴」でした。


実際に地球にいたらしい巨大蛇は全長12m以上あるとされるティタノボアです。ヤバいですね!

あ、そういえば仮面ライダー三大発表がありましたね。ヤベーイ、スゲーイ!!(゜Д゜;)

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