疾風怒涛の大砂漠
「くっ?!」
「リチュアっ!」
その時、真下の砂漠に異変があった。
大穴が空いた場所から、鰐のような口が現れ、サメのような鋭い歯が並んだ口内を見せつけるように開いた。
『捕まえたァッ!』
闘志と歓喜の宿る意思が伝わってきた。
このサンドストーム・ケタス、女性か!
「ふっ!」
リチュアがクロスボウを撃った。タクティカル・ボアの骨のボルトが、巨大な口へと入り込んで、
『い、いったぁぁぁぁぁぁぁい?!』
サンドストーム・ケタスが大音量の咆哮を上げながら口を閉じ、砂から這い出てのたうち回り始めた。
リチュアが俺から伸びた手綱を掴んで帰還、俺も体勢をできるだけ立て直したところで、着地。柔らかい砂に足がめり込むが、こちらに衝撃はなかった。
急いで足を引っこ抜きながら、のたうち回り続けるサンドストーム・ケタスを見やる。
全長は三十メートルはあるだろう。シロナガスクジラと同等か、それよりもデカいかもしれない。
その姿は先ほど遠くから見た時よりも、クジラっぽくは見えた。鰐鯨だ。
『よくもやってくれたね! ウルフたちにもこんな仕打ちを受けたことないのに!』
「甘ったれるな! 狩猟しようとして仕返しを受けずにいられたハンターがいるかぁ!」
頭に流れてきたサンドストーム・ケタスのふざけた言い分に、思わず返してしまった。
かなり頭に来たので、思わず人間の言葉で。
「何言ってるの、アンタ」
「いや、獲物にも打たれたことないみたいなこと言い始めたからつい」
「なるほどね」
リチュアが半眼になって呆れ声を漏らした。
ようやくそこで脱出できたので、急いで走ろうとしたが、
『逃がさないよ!』
「うわぁ?!」
ぞわりとした感覚がしたので飛び退いたら、つい一瞬前までいた場所の景色が揺れ、砂がジャッと音を立てて爆ぜた。
「超音波で攻撃してきたわね!」
「当たったら切断されるか?」
「アンタならちょっとした怪我で済むでしょうけど、私は大怪我確定ね。人間だったら、バラバラになって即死」
「いやこぇわ!」
昔に見た映画に出てきた怪獣みたいな力も持ってるのかよ。
なるほど、砂の中を泳いで進んでいるのかと思ったら、超音波も利用しているって感じか。実際は知らないが。
「こうなったら逃げられないわね……ざっと見たところ射程距離はそこまでないけれど、多分、距離が開いたら魔法を使ってくるわ。そうなったら、今の私たちじゃただの的ね」
「地中に入る時に攻撃してこなかった理由は?」
「地上に入る時にしか攻撃できないからよ。それと、この距離で撃ってこないのは、私たちの力を見ているから、でしょう」
「げっ、最悪じゃないか」
「ま、竜種は頭がいいし、サンドストーム・ケタスとなると、人間よりも頭いいから。
そうでしょう、貴女?」
リチュアが声をかける。
何を言っているんだ、と思っていたら、サンドストーム・ケタスが突然笑い出した。
『あははははっ! いやー、ばれっちゃてるかぁ。参ったな』
『お前、人間語がわかるのか?』
『分かっているよ』
サンドストーム・ケタスはあっけらかんと答えた。
ワイバーンの亜種であるリーンも人語を理解していたから、おかしくはないのか?
「そして、喋る事もできる」
「何っ?!」
「なるほど、へぇ」
リチュアが意味深な言葉を漏らしながら、クロスボウを仕舞って、杖へと持ちかえた。
「アンタ、名前は?」
「クロウ。ここ数十年、この砂漠で暮らしているよ。君たちは?」
「リチュア」
「カイトだ……」
あまりの事態に、俺は着いていくことができなかった。どうにか、名前を告げることだけはできた。
「ふぅん? リチュアちゃんにカイト君かぁ。妖精……多分、ドライアドかな? それもかなり力のある。どうやって憑代の樹から離れられたのかな」
こいつ、リチュアの正体を見破った!
「カイト君、ポーカーフェイスを学んだ方がいいよ。リチュアちゃんなんか微動だにしていないもの」
くっ、確かに狼狽えてしまったが、何か腹立つな。
「それより、クロウと言ったわね。アンタに頼みがあるわ」
「何?」
「こっちには、タクティカル・ボアの干し肉が大量にある。それをアンタに渡すから、私たちのことは見逃してもらえないかしら?」
「へぇ、どれくらいの量があるの?」
「この荷物入れに半分」
「それじゃあ足りないかな。それだったら、君たちと一緒に食べればいい話だし」
「どうしても逃すつもりはない?」
「うん、最近ずっと水しか飲んでないから、お腹が空いちゃってるもん」
水?
こいつ、まさかオアシスにまで出向いて水を飲んでいるのか?
「カイト、覚えておきなさい。サンドストーム・ケタスは、地下水脈の近くをねぐらにしているの」
「は?」
「えっ、何でそれを知っているの?! 人間たち、まさかボクの家を探りあてたの?! まさか!」
俺もクロウも驚いて声を上げた。特にクロウのは咆哮に似ていて、砂漠中に響き渡ったかもしれない。
「違うわ。人間たちは、以前貴女が砂漠のどこに住んでいるのかさえ、まだわかっていない」
「じゃあ、どうして」
「企業秘密よ。私たちを逃してくれれば、教えてあげないこともないけれど」
リチュアが挑発すると、クロウはくつくつと笑い声をもらした。
「いんやダメだね。ここで君たちを倒さないと、人間たちにボクの情報がもらされる可能性がある」
「話すつもりはないわ」
「って言うか、もしもバレたとして、地下水脈がある深さまで掘り進められないだろ!」
「だとしても、懸念材料は消しておかないといけない。ボクが安心して暮らすためにもね」
クロウがぐぐぐと起き上がろうとしている。不味い、また砂の中へもぐられたら、今度こそヤバい気がする。
「……わかった。アンタをここで倒すわ」
「無理だね。確かに君はかなり力があるみたいだけれど、それは『格』としてだ。魔力はかなり弱まっているし、ロクに魔法も操れないでしょ?」
「お見通しって訳ね。アンタも、ただのサンドストーム・ケタス……長いわね、大砂塵龍じゃないわね」
「あははは、その名前、知っているってことは、君も『向こう』からやってきたクチかな?」
向こう?
大砂塵龍という二つ名っぽい単語といい、何か、こいつらにしかわからない、けれども重要そうなキーワードが出ている気がする。
何だ、今、ぞわりとした、この感覚は。
「さぁてね。ってか、サンドストーム・ケタスは大体が『向こう』出身でしょう? こっちで生まれた子以外は」
「あっはっはっ! そこまで知っているとなったら……余計に消すしかないね」
ぞわりと、また空気が揺らいだ。
超音波、じゃない。
何かが変わった。
クロウの目は、天然のゴーグルで覆われていて見えない。だが、確実に俺たちを見据えている。
殺気を纏って。
「……カイト」
「ぇ?」
リチュアが俺を呼んだ。
初めて、名前を呼んだ。
「これから三十秒……稼いで」
「どうにかできるのか」
「それはアンタ次第。ほら、また集中できなくなるから、これからまた三十秒」
なるほど、またしゃべられなくなるくらいに集中するのか。
それも三十秒と来たもんだ。
どんな魔法が来るのか、今は想像できないが、
「わかった、やってやる!」
「それが叶うことはないよ!」
クロウが宣言した、直後。
突如として、俺たちの周囲に、砂嵐が発生した。
吹き付ける砂と風により、目をロクに開けていられなくなった。
そして表皮に当たっている強さから、リチュアの方にダメージが行っていることが想像できた。
「リチュア!」
返事はないが、手綱を引く感覚があった。心配するな、そう言っているようだ。
その時、またぞわりと感覚があり、俺は急いでその場から駆け出した。
真後ろで、砂が大きく舞い、大きな影が黄色い視界の中に聳えていた。
『ちぇっ、逃げられたか』
『お前……!』
あいつ、いつの間に砂の中に潜りこんだ?!
まさか、砂嵐を起こしてすぐに潜ったのか!
『諦めなよ。見たところ、君も竜種みたいだけど、子どもじゃないか。リチュアちゃんがどんな力を使うかはわからないけれど、どうせボクを倒すことはできない。魔力も体力も尽きて、砂嵐に埋もれて、ボクのご飯になるだけさ』
『ふざけんな!』
倒れ込んできたクロウの巨体を避けたが、ぞわりとした感覚で右へ体を傾けたところ、左側で砂が一瞬吹き飛んだ。さらに、左前方に鋭い痛みが走った。
超音波がかすったらしい。動けないほどではない。
『惜しい』
ぞわりぞわりぞわり!
嫌な感覚がした分だけ、超音波が飛んできた。
よくわからないが、敵の攻撃の前兆が読めている……?
『あたらない……何で?』
怪訝そうなクロウは超音波を発しながら、俺へと近づいて来る。また地中に潜られると厄介だ。
何としても地上に縫いとめておかないといけない。
『おいクロウ! こっちだ!』
挑発したら、光る何かが顔の横を通り過ぎて行った。右真横の砂がしゅばっと爆ぜて、砂嵐の一部になった。
砂の鐘の中で、大きくそびえるクロウの影、その周囲に、ぼんやりといくつもの光が浮かんできた。
『おやおやぁ、年上にそんな口の利き方をするなんて。これはお仕置きが必要だねぇ』
『やば……!!』
よくわからないが、アレ、多分魔法のエネルギー弾みたいな奴だ。
威力的に、当たったらメチャクチャ痛いだろう。そして、その隙にクロウから攻撃を仕掛けられて、終わる。
ゾワリとする感覚はなかった。もしかしたら、魔法による攻撃は、感じ取れない?
その予想が当たりだったのは、次々と魔法弾が飛んできた時に、何も感じなかったことで理解した。
リチュアに当たらないように、そして俺にも当たらないように逃げる。当たりそうだったら、タクティカル・ボアの牙を振り回して弾く。
だが、あまりクロウから距離を取れず、徐々にその差が詰まっていっていた。
残り、十五秒って感じか!
リチュアは手綱を握りしめ、振り落とされないようにしがみ付いている。この状態で、魔法を使うための術なり詠唱なりを、本当にできているのだろうか。
『すごいね、そんな戦い方ができるんだ』
『ついでにこんなこともできるぜ!?』
次に飛んできた魔法弾を牙でクロウへと弾き返してやった。
『痛ッ?! めっちゃくっちゃ痛ぁっ?!』
先ほど、口の中を攻撃された時よりも痛そうな反応があった。涙声だった。
『や、やったね、二度もボクを攻撃したね? パパにも攻撃されたことないのに!』
『あってたまるかオラァッ!』
もう一回弾き返してやった。
と言うか、お前、もしかして転生者じゃないだろうな。その台詞、さっき行って欲しかったよ、俺の台詞的に。
『いいか、お前、クロウ! 俺たちを食べようとしているんだから、反撃が来るのは当たり前、その中でお前が返り討ちにあうことだってあるんだ!』
『君たちよりもボクの方が強いのに?!』
『強いからなんだ! 窮鼠猫を噛むって言葉を知らないのか?!』
『知らないよ!! ネズミが猫を噛んだところで何があるって言うのさ!』
『そのまんまだ! ネズミが猫の手を噛んで反撃! ネズミ類の噛み付き攻撃舐めんな!』
ハムスターを昔、飼っていたことがある。
母さんが飼ってきて、まだ子どもの女の子だった。
連れてこられた当初、母さんも父さんも俺も、皆噛まれた。慣れてきたら噛まれなくなったが、それからも彼女を怒らせることがあったりすれば、容赦なく噛まれた。結構痛かった。それでも、彼女はとても俺たちに懐いてくれていた。いい思い出だった。
で、話を戻すが、それが猫に襲われた野生のネズミならどうか。
反撃しなければ文字通り死ぬ状況のネズミが繰り出す一撃は、恐らく、ウチのお嬢さんよりもヤバい威力を秘めているに違いない。
それを猫が食らったら……絶対に飛び上がるし、怯む。普通に出血していると思う!
と、まぁここまで考えておいてなんだが、言いたいことは一つ。
『追い詰められた奴はなりふり構わず反撃してくるぞってことだ!』
『な、何そぷぎゃっ?!』
お、次は顔に当たったか。
何か、変な声出してたな。
『~~~! き、君、容赦なさすぎ! 女の子を大切にしなさいってパパとママに教わらなかったの?!』
『自分と大切な人を殺そうとしている奴まで手加減しろとは教わってない!』
確かに教わったよ、女の子は大切に、暴力ダメってくらい、小さい頃にさ。そして、手加減云々のところは、普通、現代日本では教わらない……多分。
でもな、残念なことに、異世界というか大自然の中では、性別関係なく、食うか食われるかなんだ。
ほら、テレビでもあるでしょ。狩りをする方も、獲物の方も、性別、全く関係なしで全力デッドアライブしているし。アレだよ。
そう、今まさに、その状況だよ!!
『ちょ、やめ、痛っ! このぉぉぉぉぉ!!』
クロウがブチ切れ気味に吠えた。
魔法弾がより激しく振ってきた。
『もう怒った! リチュアちゃんも君も、多少バラバラになったって知るもんかー!』
滅茶苦茶サイコパスな事を叫ぶクロウに、俺は賛同した。
そうだな、これからお前がどうなろうと、俺も知った事ではない。
するっと、リチュアを横へ滑るように体を動かしながら、しゃがみこむ。
一瞬だけ手綱を強く握ったリチュアが、ふっと力抜いて、砂の上に着地した。
丁度、俺が盾になるような位置で。
魔法弾が次々と体を打ち据えていくが、耐えられない程じゃない。超音波の方が、まだダメージはデカい。
さっき、タクティカル・ボアの牙で弾き返した時に、威力を確かめられてよかった。
だが痛い。
滅茶苦茶痛い。
クロウの奴、俺よりも巨大で頑丈そうな皮膚を持っているのに、これで涙目になって喚いていたのか。俺なんか声も出さずに堪えられているぞ。
どんだけ今まで攻撃食らってなかったんだ。
どんだけ今まで反撃されてなかったんだ。
どんだけ、誰かを傷つける痛みを知って来なかったんだ。
少しでも、多少でも知っていれば……って、お前、そう言えば野性生物だったな。
人語をしゃべっているし、普通に会話できたから、人間相手のつもりでいたわ。
そうだ、ここではややこしいことは何一つ存在しない。
食うか食われるか、弱肉強食。
そして、盛者必衰だ!
今、リチュアの提示した、三十秒が経過した。




