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疾風怒涛のネゴシエイション

「チェーンッ!」


 リチュアが叫んだ。

 直後、砂の中から細い紐のようなものが飛び出し、狼たちを瞬く間に捕らえた。

 近くにいるのも、遠くでもがいている狼も、八頭全てが簀巻きにされ、口も封じられ、焦りと困惑と恐怖に襲われている。


 最初、カイトは蛇かと思ったが、違った。


「鎖……?!」


 鈍色に輝く鉄製の鎖が、狼たちを封じ込めていた。

 こんな砂漠で、本来見かけるような物では決してない。


「ふぅ……さて、トドメ刺すわよ」


 軽く息を吐いただけで、リチュアは次の行動に移ろうとしていた。疲弊の色は先ほどよりも濃く、顔に出ていた。しかし、その闘志は消えていない。

 カイトは、それに反論する気はなかった。

 こちらを食おうとしたのだ。

 反撃されて死ぬ覚悟くらいしているだろう。


 野生のライオンが、シマウマに蹴り殺されて死ぬように。


 後、リチュアの体力がそろそろ冗談抜きで限界そうなので、後腐れなくするためにも、今回は自分の足で片を付けることにした。

 せめて一思いに殺そうと、手身近な一頭の頭の上に右前脚を上げた。数百キロは確実にあるストンピングに耐えられる生物は、まずいない。


『ま、待ってくれっ!』


 少し離れた場所で倒れている狼から、待ったの声がかかった。他の狼より、少し大きい体をしているし、どこか顔つきや雰囲気も違う。恐らく、群れのリーダーだろう。

 渋い男の声は、そう言えば、戦いの最中、よく聞こえていた。


 カイトは足をギリギリのところで止めた。狼の横顔に触れた足裏の感触を覚えながら、カイトはリーダーの狼に注視した。


『待てって、どういうことだ?』

「どうしたの?」

「待てと言われた」

「素直に従ったの?」

「ちょっとでも気を抜けば、足下の奴は死ぬ」

「そ」


 しっかり、油断することなく対応していることを告げると、リチュアは納得したようにあっさりと会話を切った。そのまま立ち上がって荷物入れに手を突っ込んだかと思うと、中から小さな弓と矢を取り出し、それを番えてリーダー狼へと向けた。


「アイツがリーダーかしら」

『お前が群れのボスか?』

『そうだ』

「らしい」

「OK」


 立場がすっかり逆転したカイトたちの様子に、狼のボスは諦めたように苦笑を漏らした。


『随分と容赦のない娘だ』

『食い殺そうとした相手の待ったに耳を傾けてやってる時点で、かなり容赦あると思うぞ? 違うか?』

『それもそうだな』

『で? 何の用? 下らないことだったら、アンタもアンタの仲間も皆あの世行きだけど』

「六十数えたら強制的に始末するから、急いで」


 リチュアからの宣言をカイトが翻訳して伝えると、ボスはぐっと歯噛みした。


『わ、わかった……話す、お前たちを襲ったが、どうか見逃して欲しい。そうすれば、せめて私の一族は、お前たちに攻撃しないと約束しよう』

『嘘つけ。腹ペコでもうどうしようもないくらいに飢えているのに、お前たちが折角のチャンスを逃す訳がないだろう? 俺が今踏み潰そうとしている奴と、アンタの後ろにいる奴、そうだろ?』


 カイトが声をかけてやると、足下でぶるりと震える感触があった。くすぐったくて、上げていた足が少し落ちそうになった。下から悲鳴が上がったが、どうにか押しとどめることができた。

 そして視界の中で、ボスの後ろで倒れている狼がくぅんと鳴き声を漏らして地面の上に顎を置いて観念していた。


『な、何故……我らの作戦を……』

『企業秘密だ』

「三十~」

『折角話を聞いたのに、裏切られた。残念だ。相棒が珍しく賛同してくれたのに、コイツの顔に泥塗っちまった。これで二度目かな』

『何を……言っているのだ?』

『そんなことよりも、早くしないと、俺はともかくとして相棒が確実にお前を殺すぞ』

「二十っ」

『腹が減っている! 何か食べる物を持っているだろう。匂いでわかるぞ! それを、我らに分けてくれ。頼むっ!』

『量は?』

『贅沢はいわん。お前たちが納得する量を……だが、せめてお前の前足くらいの量の肉をくれ! 頼むっ、この通りだ! 今度こそ攻撃はしない、これは絶対だ!』


 ボスが顔を伏せた。

 本当の、願いだろうか。

 また騙されていないだろうか……カイトは疑うが、すぐに大丈夫だと悟る。

 今のボス狼は、本当にカイトたちに頼みごとをしていた。


『理由は?』

『子どもたちと若い者を助けるためだ!』

「はい、十秒経った~八~」

「リチュア、ストップ」


 リチュアが弦を引き絞ろうとしたところで、カイトは待ったをかけることに成功した。


「ギリギリね。交渉は纏まった?」

「あぁ。食い物を分けてくれれば、もう襲わないって」

「信用できる?」

「これで嘘なら俺が責任を持ってこいつらを潰す」


 カイトは精一杯の殺気を込めて狼たちを睨み上げた。

 すると、ボス以外の狼たちが揃って尻尾をまた下へ入れようとしていたが、後ろ足も縛られているため、丸くまった尻尾は鎖を撫でるだけだった。


 リチュアは荷物入れを漁り、中から水筒を取り出して飲んだ。


「ちょっと腰を降ろしてくれる?」


 指示を受けたカイトは、足下の狼が潰されないように足を引っ込めた。

 カイトが座り込むと、リチュアは荷物入れを固定していた紐を外して砂の上に置き、中から余った毛皮に包んだ干し肉を取り出した。

 三回に分けて干し肉を大量に取り出し、砂の上に敷いた毛皮の上に置いた。

 狼たちは目を丸くして、干し肉にくぎ付けとなっていた。


 荷物入れをカイトと力を合わせて、彼の背中に戻すと、リチュアは落ちていたクロスボウを拾ってボルトを装填、狼たちへ向けた。


「今から鎖を外す。もし攻撃してきたら撃つ」


 鎖が外れると、狼たちはよろよろと立ち上がり、目の前に用意された干し肉へと近づいてがつがつと食べ始めた。

 そして、ある程度落ち着いたところで、狼八頭はカイトたちへと振り返り、お座りの姿勢を取った。


『大変世話になった。これから我ら一同、貴方がたを襲わないことを約束いたします』


 ボスのしっかりとした意思を感じ取り、カイトは頷いた。


「問題ないみたいだな」

「そうね」


 リチュアは荷物入れにもたれかかり、長い息を吐いた。


「それより、まずは一度、オアシスに戻らないとね。今日一日、あそこで休むわよ」

「そうした方がいいな」

『オアシスへ戻られるのですか?』


 ボスの渋い声の意思が丁寧な言葉遣いで尋ねてきた。、


『あぁ。そうだ』

『わかりました。それでは、オアシスでは我々が貴方がたの警護を行いましょう』

『いいのか?』

『はい。それに、我々のねぐらもこちらの方角なので』

「通りで……。リチュア、狼たちがオアシスで休憩中に守ってくれるらしい」

「そいつは重畳ね。是非お願いしようかしら」


 こうして、先ほどまで死闘を繰り広げていた俺たちと狼の群れは、仲良くオアシスへと足早に戻ったのだった。





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