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叫べランナウェイ

お待たせいたしました。


 タクティカル・ボアのおかげで、当分の食料事情を克服できるほどの肉と、さらに山のような素材を手に入れたため、リチュアは毛皮を使って荷物入れを作り、それにほとんどをいれていた。

 だが、そそり立つ大きすぎる二つの牙は俺の腹の左右に吊り下げられている。

 それなりに重量があるが、トリケラトプスになった俺の力は人間を遥かに超えるため、全部背負ったままでも、それほど苦も無く走り続けることができた。

 たまにリチュアが折を見て休憩を挟んでくれることも、動き続けられる理由の一つだった。


「ほら、飲みなさい」

「ありがとうな」


 そうやって、たまに小休憩をはさみながら、走り続ける事しばらく。

 太陽が真上に差し掛かる頃、リチュアが背中を叩いてきた。


「ストップ!」


 急停止するが勢いが止まらないため、体を真横に向けて少しだけ滑り、どうにか止まることができた。


「どうした?」

「ワイバーンの鳴き声が聞こえて来たわ。多分、あっちの方」


 リチュアが指を差したのは、俺たちが進もうとしていた道から、僅か右へ三十度ほど逸れた方角だった。


「ワイバーンって、こんな荒野にワイバーンがいるのか?」

「そりゃ、そう言う環境に適応した種類ならいるでしょ。例えば狼も砂漠で」


 と言いかけて、目を見開き、言葉を止めたリチュアが、明後日の方角を指差した。


「今すぐ逃げなさい! 早く!」

「え? あ、ああ!」


 戸惑いながらも指示通りに走り出した矢先、俺の耳に、聞き覚えのない咆哮が聞こえてきた。


「な、なぁ、これって」

「ワイバーン! いいから早く走りなさいっ!」


 リチュアは咆哮が聞こえてきた方角を睨みながら檄を飛ばしてきた。

 その小さな手には、急ごしらえのクロスボウが握られている。子どもの力でも簡単に装填できるように工夫されているらしく、それでいて威力も高いと言われたが、ワイバーン相手に通じるものなのかはわからない。


 やがて、俺の耳に届いた咆哮から、ワイバーンの感情が読めるようになってきた。


 絶対に逃がさない、生きることへの強烈な執着と、獲物への必殺予告が込められていた。

 ワイバーンの実物はまだ見た事がないが、会っても碌な事にはならない。

 会えば最後、俺もリチュアもペロリと平らげられてしまうに違いない。


 必死に岩場を跳び、駆け抜けていると、やがてリチュアが肩を叩いてきた。


「そこの岩場に身を隠して!」


 指差さされた方角には、俺が十分に隠れることのできる大きな岩が鎮座していた。

 勢いがよくてすぐに止まれず、少しだけ行き過ぎてしまったところを急いで戻り、岩影に飛び込んだ。


「これで大丈夫なのか?」

「えぇ、多分」


 声を潜めながらやり取りしてから、リチュアが俺の背中から降りて、そっと岩の向こうを覗き込んだ。

 その間にも、ワイバーンの声がこちらへ向けて近づいてきていることを耳が捉え、恐怖心が顔を覗かせ始めた。


「……なぁ、ここに隠れていても、空から見られたら丸見えじゃないのか?」

「大丈夫。そこまで高く飛んでいない。それに、狙われているのは私たちじゃないから」

「は?」

「狙われているのは別の生き物。そいつがこっちに向かって逃げてきているようだったから、巻き込まれないように離れたって訳」


 事情を説明されて、なるほど、と思ったのと同時に、へたぁとその場に座り込みそうになった。


「本当に本当にここで身を潜めていれば大丈夫なのかい?」

「多分ね。できれば、こっちじゃなくて別の方角へ行って欲しいけれど」

「そうだな……」


 ところで、追いかけられているっていう生物は何だろう、とふと疑問を抱いた。

 こういう砂漠地帯にいる生物と言えば、例えばトカゲとか、蛇か?


 その時、耳に、ワイバーン以外の生物の微かな鳴き声が届いた。

 あれ、どこかで聞いたことがあるな……。


「まずいわね、こっちに来たわ」

「もし上から見られても、俺の体色なら、カモフラージュできるか?」

「動かなければ、ごつごつした岩にしか見えないでしょうね。私は荷物入れの中にでも隠れていようかしら」


 口調だけは呑気にリチュアが言った直後、ついにワイバーンの咆哮が空気を揺らすほどまでになった。

 それに合わせて、聞こえてきた鳴き声の必死さが際立ってきた。

 そして受け取れた感情は、


『うぉぉぉぉぉぅ来ぅぅぅるなぁぁぁぁぁぁっ!!!』


 必死な大絶叫だった。


「来るわね……!」

「マジか……」


 気になり、立ち上がって岩陰から顔を出すと、空を猛スピードで飛翔する、大きな影を捉えた。


 一瞬、大きな蛾のように見えたが、すぐに違うとわかる。

 羽を広げた姿は、昨日戦ったタクティカル・ボアよりは小柄だが、俺よりも一回り大きい。

 前足の代わりに、被膜の付いた大きな一対の羽を持った、大きなトカゲ。

 雄々しく、荒々しく、同時に洗練された鋭さもどこか感じさせる。

 見るだけで、本能が戦ってはいけないと全力で警告してくる。


 あれが、ワイバーン。

 地球で、漫画やゲームの中でしか存在していない、空想生物。


 この世界では、本当に生きている存在だ!


「っ!」


 そして、そのワイバーンの目線の先にいるのは、地上を走る影。

 周囲の岩の大きさから比較すると、俺とほぼ同等の体高だろう。

 そしてその必死に走る姿は、サイズも毛皮の色合いも違うのに、間違いなく昨日戦ったタクティカル・ボアと重なった。


「タクティカル・ボア?!」

「そのようね」


 リチュアはつぶやきながら、俺の顔を岩陰へ戻すように手の平で押してきた。


「もうじき、ワイバーンは食事で動かなくなるわ」

「あ、あぁ……」


 この世界に転生してまだ日は浅いが、弱肉強食の掟は嫌と言うほど目にしてきた。

 実際に、レッドハンドや大蛇、タクティカル・ボアと死闘を繰り広げてきた。

 だが、それでも未だに慣れない。


 別に、珍しい事じゃない。俺が人間だった時にだって、近所の山では野生動物たちが同じような営みを繰り広げていたんだ。

 生きるために、誰かが狩りをして、誰かがそれから逃げていたんだ。

 だから今更、こんな感傷でフローチュアとリチュア、俺自身を危険に晒すような事はできない。


「……そろそろね。私が合図を送ったら、そっと行くわよ」

「わかった」


 無理やり自分を納得させようとしたところで、ふと、風が吹いた。

 何気ない、乾いた風だった。


 それが、俺たちの、今後を左右することになるとは、その時は思わなかった。


 風が吹き終わった直後だった。

 リチュアが、勢いよく振り返りながら、俺の顔に乗っかってきた。その表情は、若干の焦りを見せていた。


「走りなさい!」

「え?」

「いいからっ!」


 少しキツめの掛け声に圧され、俺はその場から駆け出した。


「な、なぁ、ワイバーンに気付かれないか?!」

「すぐに気付かれることになっていたわよ!」

「は、はぁ?! 何でだよ!?」

「今、風が吹いたでしょ? アレで、気が付いたのよ! 猪の方が!」

「え?」


 ワイバーンにバレたんじゃなくて、タクティカル・ボアの方に存在がバレた?


「な、んで?」


 言いながら、リチュアの纏っている装備に目が留まり、遅まきながらその事実にたどり着いた。


「まさか、そのタクティカル・ボアの臭いを?!」

「嗅ぎ取ったんでしょうね。とりあえず逃げるわよ!」

「そうしたいが……」


 俺の広い視界が捉えた背後の光景は、タクティカル・ボアが俺たち目がけて突っ込んで来る、さらにその上をワイバーンがさらに追いかけて来る、というものだった。

 しかも悪いことに、ワイバーンが俺たちの存在に気が付いて、一際大きな咆哮を上げた。


『運がいいわね。もう一匹……いえ、二匹、ごちそうをみつけたわ!』


 なんて言う感情が伝わってきた。


「見つかったわ!」

「ごちそう扱いだよ、俺たち!」

「竜種に妖精ときたら、ワイバーンでなくてもごちそうでしょうね!」

『うぉぉぉぉっ! ま、待ってくれよ~!』


 言い合っていると、ついにタクティカル・ボアが俺たちに追いついてきた。こいつ、昨日の奴より速い?!


『って、誰アンタ?!』


 タクティカル・ボアは隣に並ぶとこちらを見て、目を見開いた。


『それはこっちのセリフだよ!』


 相手の驚愕を、素っ頓狂な声として俺の頭が捉える。実際のところは、フゴゴッ?! みたいな感じで鳴き声が漏れていたりするが、同時にそう頭の中で変換されるのだからしょうがない。


『な、仲間だと思ったのに……んまぁいいや! それよりも、アンタ、助けてくれよ!』

『助けられるなら、とっくの昔に君を助けてるよ!』


 残念なことに、俺にはあのワイバーンを倒すための力がない。空を飛ぶ相手に、俺はあまりにも無力だ。


 そんな事を考えていたら、後方のワイバーンに動きがあった。

 開いた口の中に、明るみが生まれたのを見た瞬間、俺は叫んでいた。


『避けろっ!』

『わわっ?!』


 タクティカル・ボアへと体当たりしたことで、互いに反動で大きく横へ逸れることができた。そして、先ほどまで俺たちが走っていた場所に、空から火球が降ってきて、地面を焦がしている後ろの光景を見た。


「ナイス回避よ!」

「いや、何も言わず、いきなり悪かった」

「仕方ないわ。それに、あっちも助かったみたいだし」


 確かに、少し離れてタクティカル・ボアは走り続けている。


『あ、危なっ! 助かった!』

『油断するな、今は』

「止まりなさい!」


 リチュアが一喝したので、俺は急ブレーキをかけて止まった。

 タクティカル・ボアは俺を置いてそのまま走り抜けて行った。


『ってアンタ! 何で止まったんだぁぁぁぁぁ?!』


 ドップラー効果を残しながら去っていくタクティカル・ボアも、十数メートル走ったところで、急に直角に曲がって、こちらへ戻ってきて、俺の隣で止まった。


『あ、危なかった!?』

『どうしたんだよ、お前らいきなり?』

「どうやらその子も見たようね。この先は崖になってるっぽいのよ」


 リチュアの説明に、軽く眩暈を覚えた。

 何故なら、俺たちが今いるのは、左右が岩に囲まれ、そっとやちょっとじゃ踏み越えられなさそうな場所だったからだ。

 後ろには崖、左右は岩の壁、出口は今俺たちが来た道だが……こちらへ向かってくるワイバーンへ自ら突っ込んでいくことになる。


 ワイバーンの口元に、また輝きが宿った。


『焼かれなさい!』


 そんな勝利宣言の意識が聞こえてきた。


『い、いやだっ! そんなの絶対に嫌だ!』

「くっ!」


 タクティカル・ボアの悲鳴と、リチュアの歯噛みする声を聞きながら、俺は――――。





リチュア(フローチュア)

武器:アサルト・クロスボウ

   タクティカル・ストライカー

   フローチュアの杖

頭装備:魔猪の額当て

胴装備:魔猪のマント

腕装備:ボアグローブ

足装備:ボアブーツ

アクセサリー:加護の指輪


カイトの持ち物

魔猪の荷物袋:中に道具や食料が詰まっている。急造品だが丈夫。


武器解説

アサルト・クロスボウ:タクティカル・ボアの体のパーツだけで作ったミニクロスボウ。急造品な上に、生体部品のみで構成されているが、耐久性はかなり高い。タクティカル・ボアの骨を削って作った専用のボルトを撃つ。装填は子どもでも楽々にできるの対して、威力はこれでも鉄製の鎧を貫けるほどにはある。リチュアのメイン武器。


タクティカル・ストライカー:タクティカル・ボアの一番小さな肋骨から削り出した骨刀。これでもリチュアにとっては大きくそこそこ重たい。フローチュアの身体能力と自身の技量でこれを補い、戦うことができるが、長期戦はできない。メインの戦法はカイトに乗ったまま、彼の走る勢いを利用して、撫で斬るようにぶち当てる。

リチュア「太刀のはずが大剣扱いなのよね、私の場合は」


タクティカル・ファング:タクティカル・ボアの牙そのもの。売却のために持っている。武器として使う場合、重くて通常は使えないため、カイトの上に乗ったリチュアが賢明に固定して野太刀のように扱う。普段はカイトの左右背中に吊り下げられている。

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