OP前のプロローグ的な一幕
モン〇ンしながら麻雀をするという最高に牌な配信を見て沸き上がった衝動に駆られて書きました。
少しでもお楽しみいただけましたら幸いです。
その日、森に住まう巨大な魔獣熊レッドハンドの討伐に、四人の討伐者が挑んでいた。
その中の一人、ミーナ・ストライフは、持ち前の身軽さと高い身体能力を駆使して、レッドハンドを翻弄し続けていた。
素早い動きを妨げないように、最低限の防具しか着けていない彼女では、レッドハンドのスウィングを一撃でも食らえば、大怪我どころでは済まないだろう。
黒色のボブカットの髪を揺らし、汗を周囲にまき散らしながら、踊るようにレッドハンドの猛攻を掻い潜り、持っている剣で少しずつ傷を作っていく。
「もう少しだ! 踏ん張れ!」
クロスボウで的確にレッドハンドの動きを阻害する女性、ライラックがミーナたちを鼓舞する。
彼女の鼓舞を聞いた槍使いの少女ベルルと、医療班兼鋼糸使いの少女アリアが攻撃の手をさらに増やし、より苛烈にしていく。
並の魔獣であればすでに何十体も屠っているであろう彼女たちの攻撃を受けてなお、レッドハンドは元気に暴れまわっている。
力任せに振るわれた剛腕が空気を切り裂き、たまたま近くに立っていた木を真っ二つにする。
アリアの鋼糸でも、その動きを阻害することはできず、その体を切断することはできなかった。
レッドハンドは、国軍が動いて、ようやく討伐できるかどうかの化け物なのだ。その名前の由来となっているのは、その前腕部の毛の赤黒さだ。それは、数々の獲物や敵を屠ってきた、周辺地域一体で最強の座に君臨している魔獣の証である。
それを、たったの四人だけで討伐しようと考えるのは、討伐者と呼ばれる魔獣退治の専門家たちだけだ。
ミーナは意識せずとも自動で最適解を出して動く体と、それなりに詰んできた経験から来る勘に従いながら、確かにレッドハンドの気を引き、少しずつダメージを重ねていた。
(疲れなんて一切見せないけれど、もう限界が近いはず)
レッドハンドの状態を冷静に分析しながら、左腕を剣で切りつける。すると、その鋭くも長く伸びた、鉄のような爪が何本か折れた。
敵の攻撃方法を減らし、更なる攻撃を仕掛けようと体勢を整えていたミーナだったが、レッドハンドが自分を見ていないことに気が付いた。
その視線の先にいたのは、アリアだった。
鋼糸使いは、防御の薄い相手には無敵の強さを発揮するが、分厚い毛皮と筋肉などに覆われ、並の鎧を凌ぐ防御力を持つレッドハンドのような魔獣とは、非常に相性が悪かった。
それでも彼女がここにいるのは、レッドハンドの足止めやダメージの蓄積もあるが、一番の仕事は回復である。各種ポーションや、いざとなれば遠距離からでも味方を回復できる魔法をパーティで唯一持っている彼女は要である。
アリアは自分が狙われていることに気が付いたようだが、冷静に回避行動を取りつつあった。しかし、レッドハンドは彼女の動きをまるで読んでいるように、その回避先へと移動していく。
ミーナは急いでレッドハンドへと駆けより、斬りかかろうとしたが、
「危ない!」
ベルルの悲鳴と、視界の左側から赤黒い腕が伸びてきたのは、同時だった。
咄嗟に剣と、盾代わりにしている左腕を覆うプロテクターで防御したが、強い衝撃を覚え、大きく吹き飛ばされてしまう。
姿勢を整えることもできず、そのまま地面に背中から落ちてしまったミーナは、一瞬の息苦しさを堪えながら、早く立ち上がらなければと顔を上げる。
そして、死を悟った。
レッドハンドの大きな足が、ミーナの胴体目がけて振り降ろされようとしているところだった。
レッドハンドの恐ろしさは、何も剛腕だけではない。たった今、アリアを襲うフリをして、助けるために近づいて来たミーナを罠にはめた狡猾さ。そして、その巨体を支え、猛烈な速度で野山を駆け回る足もまた、恐るべき武器なのだ。
ミーナは、遅くなる視界の中で、どうにか動こうと最期まで足掻きながら、しかし、同時にこれは無理だなと思った。
この討伐任務が終わったら、アリアの実家で誕生日パーティーをする予定だったのに。
死にたくないな。
切実にそう思い、迫りくる巨大な足裏を見つめるしかなかった彼女の運命は、そこで終わらなかった。
突然、レッドハンドの足が目の前から消え去り、猛烈な風と砂埃が吹き荒れたのだ。
腕で目を庇った彼女は、レッドハンドの気配が離れたことを察知して、慌ててそちらへと振り返り、またも言葉を失った。
巨大な岩を想わせる後ろ姿だった。
ごつごつとした外皮と、太く長い尻尾の持ち主の前方から、レッドハンドの咆哮が聞こえてくる。
竜種だ。
目の前の光景を観察しながら、とりあえず立ち上がる。右掌から感じる重さが消えていた。見れば、剣が柄を残して砕けていた。左手のプロテクターも似たようなものだろう。
そして、鈍く重たい感じから、左腕が骨折していることはわかった。今は痛みはないが、直に感じてくるはずだ。
それよりも、自分の命を救った、突然の乱入者に気が行ってしまい、応急処置も忘れてミーナは茫然と立ち尽くした。
乱入してきた竜種は、レッドハンドと押し比べをしているようだった。
しっかりとした逞しい四本足で踏ん張りながら、竜種は一歩、また一歩と前進していく。通常の熊など足下にも及ばない怪力を誇るレッドハンドに、押し勝っている。
レッドハンドが再び咆哮するが、先ほどよりも焦りが含まれている。
竜種は意に介した様子もなく、ぐっと後ろ足に力を入れた。
次の瞬間、レッドハンドが空高く舞い上がっていた。
その下には、後ろ二本足で立ち上がった竜種がいた。その頭には、闘牛のような大きな一対の角が生えている。雄々しい乳白色の角は、先端付近でさすまたのように近づいており、ともすれば矢じりのようにも見えた。
竜種は、空中で困惑し、悲鳴を上げるレッドハンドが仰向けに落下してくると、迷いなくその鋭い角を突き刺した。
ミーナたちが死力を尽くしてなお貫けなかったその巨体の胸からは、赤く染まった角の先端がしっかりと飛び出していた。
断末魔が聞こえてこなかったことから、即死だったようだ。
落下してきたレッドハンドの巨体と重量にも折れることのなかった角と、ぶれない肉体を持った竜種は、標的が事切れた事を理解しているのか、ゆっくりと体を降ろした。
そして、そっと後ろに体を引いてレッドハンドから角を引き抜くと、軽く頭を振って血を振り払った。
たったそれだけで、角は元の乳白色を取り戻していた。
ふと、竜種がミーナに気付いたように、振り返ってきた。
普通なら、次の標的は自分かと警戒するところだったが、どうしてだか、ミーナは竜種が自分を襲ってこないのではないか、という予感があった。
完全にミーナと対峙する形になった竜種の顔は、ドラゴンと言うよりも、どこか鳥のような雰囲気が合った。理由を考えて、口の先端がどこか嘴っぽいからだと気が付いた。
全高は、ミーナの身長の三倍以上はあるだろうか。
全身を岩のような装甲に包み、一対の美しい角を携えた、見たこともない竜種に、ミーナは心を奪われていた。
「綺麗……」
気が付けば、心に浮かんできた言葉が口をついて出ていた。
竜種は、そのつぶらな瞳でミーナの事を見つめている。
目が合った。
敵意は感じられない。
どうやら、ミーナの事を敵とは認識していないようだ。
やがて、竜種はミーナに興味を失ったのか、しっかりとした足取りで、森の方へと去って行った。
木々の中に消えていく後ろ姿を眺めていると、アリアたちが何時の間にかすぐ近くまで来ていた。
「ミーナ、大丈夫だった?! あぁ、大変、すぐに治療するわね!」
アリアが左腕に治癒魔法を施してくれた。鈍かった感覚が薄れ、次に強い痛みを感じて、思わず顔をしかめてしまった。
「ごめんなさいミーナ、すぐに動けなかったわ」
「ううん、あれはもう、レッドハンドの狡猾さが上だっただけ。それよりも、アリアが無事でよかった」
本心から言い、アリアと笑い合った。
「それにしても凄かったねー、あの竜種! 見た事ない奴だったけど、新種かな?!」
安堵したからか、ベルルが竜種の去って行った方向を見ながら、明るく話を振った。
「ギルドに報告したら、報酬増えるかなぁ?」
「増えるだろうが、それほど期待しない方がいい額だろうな」
ライラックはあまり抑揚のない調子で言いながら、レッドハンドへと近づいて行く。
「即死……見た通りか。心臓と綺麗に一突き。これほどの正確さとは、魔獣ながら脱帽する」
本当に頭に被っていた帽子を取って、胸に抱えたライラックに、ベルルも頷いて同意した。
「本当に凄かったね、あれ! 槍使いとして悔しくもあるし、同時に憧れちゃうね!」
「しかも、放り投げたレッドハンドを串刺しだったから、体に相当の負荷がかかったはずなのに、全くそんな様子もなかったわ。それに、とても強かった」
「うん、強かった」
もう死ぬ、と言うところを助けられた時と、レッドハンドを屠る場面が、ミーナの頭の中で繰り返された。
「それに、綺麗だった」
「あぁ、あの頭の角? メッチャ綺麗だったよね!」
「ううん、あの竜種自体が、綺麗だった」
「えー? 綺麗って言うより、カッコいい、って感じじゃない?」
「お城を綺麗と思うような感覚かしら?」
「アリア、無理に合わせなくていいぞ。それよりも、レッドハンドを街まで運ぼう。ミーナ、怪我が治ったばかりで辛いだろうが、砕けた剣の破片をできるだけ集めるんだ。私も手伝う」
「わかった。ありがとう」
それから、撤収作業を行い、簡易拠点から運んできた荷台へ、手を尽くしてレッドハンドの巨体を乗せる。
「ふぅ! もしかしたら、これまでで観測された中で一番デカい奴じゃない? 私たち、一躍有名人?!」
「もしそうならな」
「でも、有名になるのはこのレッドハンドであって、私たちではないわよ?」
「ちぇー。まぁいいや」
ベルルが指笛を拭くと、どこからか二頭の馬が走ってきた。荷台と馬たちを繋げると、ベルルは御者台に座り、全員が乗り込んだのを確認してから、馬たちを歩き出させた。
荷台の間スペースに座ったミーナとアリアで荷物の整理と点検を行い、ライラックはクロスボウを手にして警戒を行う。
これが、四人の遠出する時の役割分担だ。
「それにしても、あの竜種は、どうしてレッドハンドを攻撃したのかしら? おかげで、ミーナが助かったから良かったのだけれど」
「縄張り争いかもしれないが、レッドハンドを倒した後に、我々を攻撃しなかった意図がわからないな。追い払うほどの脅威ではないと判断されたのかもしれない」
「あの鳥竜、メッチャ強かったもんね!」
「鳥竜?」
「そ。先端が嘴っぽい口してたし、何かそう思ったら顔も鳥っぽいなぁって。だから鳥で竜種の、鳥竜!」
「鳥竜ねぇ。ちょっと可愛いかも」
「いや、あれはカッコいいだよー!」
「可愛いでもカッコいいでもいいが、相手は竜種だ。また見かけたとしても絶対に手を出すなよ?」
アリアたちのやり取りを聞きながら、一人会話に参加せずに黙々と報告書を書きながら、ミーナは、竜種と目が合った時の事を思いだす。
円らな瞳がアリアを見て、どうしてだか、安堵していたようだったな、と考え、
「まさかね」
誰にも聞こえない程、小さな声でつぶやき、自分の想像に微笑んだ。
‡
あ、危ねぇぇぇぇぇぇ……!!!
「もう少しで喋りかけるところだったわ。大丈夫? って」
「しゃべりかけても、きっと、ぐおっぐおっ、てしか聞こえないわよ?」
「だとしてもいきなり鳴き声上げて、話しかけるような素振りしたら怪しまれるだろ! 何、コイツ、私に気があるの? って思われるかもしれねーじゃん!」
「ないない。それこそない」
「ピンチのヒロイン、助けに入ってきたのは何とドラゴン! 見詰め合う一人と一頭、何も起こらないはずもなく」
「珍獣か新種発見で大騒ぎされることは確定で、下手したら解剖されるがオチよ。上手くいって、そのヒロインちゃんにテイムされて、従魔としてこき使われる竜生でしょうねー」
「こき使われるのは嫌だけど美少女と一緒に過ごす人生は楽しいかもしれない」
「人生じゃなくて竜生だって言ってるでしょーが鳥頭」
「だぁれが鳥頭じゃい!」
ちょっと口の先っぽが嘴なだけじゃないか!
それと、鳥は意外と頭いいんだからな? カラスもそうだが、鶏も実は頭いいぞ! 鳥を馬鹿にすんなし!
「はいはい。鳥は賢いわねー。鳥は」
「俺は?!」
「馬鹿」
バッサリと斬り捨ててきた、角と角の間にちょこんと座っているニクいあんちきしょーを、上目で精一杯睨んだが、無視された。
そろそろ泣くぞ、俺。
「勝手に泣いてなさい。それより、人間助けてどうするのよ。下手したら、さっき私が言ったような事になるかもしれないのに。そうなったら、本当に泣く羽目になるわよ?」
「仕方ねーだろ、そう言う性分なんだから」
「人間の可愛い女の子だったから、と言う下心もあった?」
ノーコメントとさせていただこう!
「……まぁいいけどね。でも、これだけは覚えておきなさいよ。アンタはドラゴン。この世界でたった一体の、古竜種が一角、キャリバーの子孫。人間たちとは、分かり合えない」
「わーったよ。けど、お前はいいのかよ?」
「いいのよ。私は人間じゃないから」
そう言って足をぶらぶらさせる姿は、どう見ても人間の幼女です本当にありがとうございました。
だが、コイツの言う事は本当だ。
今の俺は竜種で、しかも太古の昔に生きていたドラゴンの一種、その卵から生まれた、この世界では超が付くほどの希少種なのだ。
けどなぁ……。
「俺、ドラゴンとか古竜って言うガラじゃないんだよなぁ……」
丁度、綺麗な池に差し掛かったので、水を飲むために顔を近づける。
澄んだ水面に、俺の顔が綺麗に映った。
「何言ってるの。確かにアンタは馬鹿だけど、立派な古竜種よ。そこは自信を持ちなさい」
「お前そろそろ俺を馬鹿にするのやめない? それよりも、確かに俺は竜種だ。認めるよ? うん、そこは別に問題ない。けど、そんな大層な竜なのかと言われると、首を傾げたい」
だってよ……竜は竜でも、恐竜だよ?
ごつい体に一対の角、そして鳥や馬っぽさのある少し長っぽい顔と、口の先端についている嘴。そして……実は首回りについた、若干の襟巻っぽいパーツ。
どこからどう見ても、俺、トリケラトプス(亜種)じゃん!!