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竜の大陸  作者: ブリーク
序章
4/10

序章4

「ふっ!」

 飛びかかってきた狼を、一息で貫く。それでも狼はしばらくもがき続けていたが、完全に動かなくなったのを感じとり、狼の骸を槍から振り落とす。

 これが三匹目。直接追ってきていた狼は殺しきったが、未だどこかに潜んでいるはず……。などと考えていたところで、胸元でゴソゴソと動き始めた殿下……いや、アーノルド様が私に話しかけてきた。


「終わった? ダレット」

「いえ、まだ終わっておりませぬ、アーノルド様。とりあえず追いかけてきた三匹は倒しましたが……。気を抜くことはできません。再び狼共が近づいてくればお知らせ致しますので、その時は私の指示に従って下され」


「分かった……。ダレット、母上達はどうなったかな」

「それは、私如きの口から申せることではございません。ただ言えることは、奥方様はアーノルド様を逃がすために残られたのです。それを無為にしてはなりませぬ。私は未熟者ですが、陛下の勅命を受けた父より奥方様とあなた様を託され、更に奥方様からはあなた様を託されました。であれば、我が身命を賭してあなた様をお守りするのみにございます」

「そっか……。じゃあダレット、僕からも命令。絶対、死なないでね」

 わざわざ絶対、というところを強調しなさった。幼心に不安を……、いや、大人心でも不安だな。


「命令とあらば、決して死ねませんな。承知しました。共に山の国まで参りましょう」

「良かった。じゃあ、またしばらく大人しくしているよ。狼が来たら教えてね」

「分かりました」


 そして私は一人、アーノルド様を前に乗せて馬を走らせる。

 そう、一人だ。

 何故私とアーノルド様のみが山の国に向かっているのかは、数十分程前まで遡る……。



「ダレット殿、ダレット殿!」

 ん? なんだ? どこからか声が……。

「風です、ダレット殿! 隊長からの連絡です!」

 おっと、呆けている場合ではない!


「す、すまない。それで連絡とは?」

「ようやく届いた……。そして、連絡の内容ですが……隊長の推測をお伝えします」

「父上の推測?」

「はい。で、隊長曰く、「百ほどそっちに向かってるだろう。多分影の属性を持ってるから気をつけろ」と……」

「影? そうか。ちなみにそちらの状況は?」

「間もなく戦闘が始まるかと。では、一秒も惜しいのでここで失礼します。ご武運を」

「ああ、ありがとう。そちらもな」


 言葉を返したところで風の流れが途切れる。しかし影、か。影……。ふむ。まあ良い、考えるのは後だ。まずは殿下方にお伝えせねばな。少し馬を進め、先を行っていた馬車に追いつく。


「奥方様、馬上から失礼致します。追撃に来た狼三百の内百ほどが、こちらに向かっているとの事です」

「あぁ、ダレット殿ですか……。しかし、私達を? 何故でしょうか?」

「分かりませぬ。もしかすると奴らにも目的があるのかもしれませんが……。ご無礼を承知でお聞き致しますが、身辺に何かお変わりはございませんでしたか?」

「いえ、特には……。アル、あなたは何かあったかしら?」

「僕も何もありませんでした、母上!」

「そう? なら良いのだけど……。ではダレット殿、これからどうするのです?」

「はっ、まずは……」と言いかけた所で、


"アォォォ……ン!"


  という狼の遠吠えが聞こえた。背筋が凍り、喉が一瞬で干からびる。まさか……もう来たのか!? 早すぎる!


「奥方様、ここはお逃げを。私共が足止めします! では……!」

 と、私が駆け出そうとした瞬間。

「いいえ、待ちなさい」

 奥方様の声が響いた。


「はっ?」

「待ちなさい、と言いました。ダレット・グレイン殿。あなたが行く必要も、私が逃げる必要もありません。あなたの代わりに私が行きます」

 奥方様が、先程までとは全く違う、どこか突き放すような空気さえ漂わせながら、私に話しかけられた。しかし、奥方様が仰っていることは、まるで……。


「まるで、私の代わりに奥方様が戦われる、ということを仰ったように聞こえたのですが……?」

「その通りです。私も魔法をそれなりには使えます。戦うに不安は無いでしょう?」

「そうですが……。しかし……」

「では聞きましょう。相手は百、こちらも百。しかも相手の方が大分強いのです。これで私とアーノルドが馬車で逃げることの出来る時間を稼げますか?」

 馬車では無理だ。馬に乗る、といっても奥方のみならばともかく、アーノルド様も前に乗せて、などというのは難しい。

「っ……。それは……」

「できぬのでしょう? であれば、取るべき道は一つです。あなたよりも幾らかは敵を殺すことの出来る私が、ここに兵達と共に残って足止めをする。あなたがアーノルドを抱えて馬で逃げる。私達では殲滅はできないでしょうから、食らいついてくる狼共を打ち払いながら。できますね?」

「それならば、何とか……」

 それならば出来る、出来るが……。それでは奥方を死なせることになってしまう。それは臣下としてあるまじき行為であるし、何よりも父を裏切ることにすらなる……。


「あなたの考えていることは分かります。大方、それでは私を死なせてしまう……。とでも考えているのでしょう?」

「その通りでございます……。ですが、そこまでお解りならば何故……!」

「先程から言っているではないですか。それしか道が無いと。あなたが残って私達が逃げられるのならば、私はそうしています。しかし、現状ではあなたが残って私達が逃げても、途中で追いつかれて殺されるのが関の山……。そのぐらい、あなたも分かっているはずです」

「そう、ですな……」

「よろしい。では、少しそこで待っていなさい。アーノルドに別れを告げてから、ここに連れてきますので」

「はっ……」

  返事を返すと、奥方様は馬車の中に入られた……。



「アル、来なさい」

「はい、母上」

  努めて平静に、心の中の恐怖がアルに伝わらないよう注意を払いながら、アルに話しかける。

「私はここに残ります。あなたはダレットと共に逃げなさい。少し行けば、山の国の迎えが来るはずです」

「え……? 母上もですか?」


 あら。分かってしまっているの。ごめんね、アル。でも、これもあなたのためなのよ。不安げなアルを少しでも安心させるために、少し柔らかめな口調に変える。

「そうよ。そして何故残るのかは、賢いあなたなら分かるわよね」

「はい……」

 アルの綺麗な金色の目には、涙が浮き出ていた。賢いと言っても、まだ六歳。泣きたくなるのも当たり前だけれど……。

「アル、泣いてはいけませんよ……。あなたは良い子なのですから」

 自分がつられて泣いてしまうだろうから、息子に泣かないでと言うなんて、我ながら酷い母親。酷い母親で、それでもアルにとっては大切な母親。父親の代わりはダレッドがなってくれるでしょうけど、母親は……難しいわよね。アルへの心配とちょっとの心残りを手に乗せて、髪をなでる。

「はい……」

 うん、涙が止まったわね。

「偉い子ね。じゃあアル、ダレットの言うことをよく聞いて、生きるのよ。母からの最後のお願いです」

「母上……」

 口をぎゅっと堅く引き結んで、泣かないようにしている。そんなアルに対して、もう一つ重要なことを付け加えておく。

「ああ、あとね、アル、あなたはね、もう王族でもなんでもないのよ。だから……何にも縛られず、自由に生きなさい」

  ふふ、これには首を傾げてるわね。ちょっと難しかったかも。さてと、気持ちを切り替えて。

「ダレット殿」

「はっ。ここに」

「アーノルドを、頼みました」

「はっ……」


  まだ罪悪感が抜け切ってなさそうな顔してるわね……。それなら。あの老人の、不器用な息子への気遣いを彼に伝えるとしましょう。ついでに彼が、このような状況になるだろうことを予想していたことも含めて。


「ダレット殿。あなたの父、ファリス殿は恐らく私を「使う」ことまで見越していたでしょうよ。なのであなたが気に病む必要はありません。私を「使う」ことまで予測してあなたをこちらにつけたとすれば、全くもってファリス殿らしい老獪さです。次に会ったら、私を「使う」のが前提で物を考えていたこと、とりあえず叱っておきましょう」

  効いたかしらね?

「そ……そうですか。だとすれば真に父らしいことですな。ははは……」

 効いたみたい。乾いて力がない笑いだけれど、さっきまで見たくずっと陰気臭い顔をしているよりは全然良いわ。


「分かったなら、早く行きなさい。それと、アーノルドを落としてはいけませんよ」

「承知致しました。殿下、では参りますぞ!」

「殿下、じゃない。アーノルドって呼んで、ダレット」

「は……?」

「そう母上が言ってた。だからアーノルドだよ。ただのアーノルド」

 ダレッドはぐむむと唸った末に、自分の中で折り合いをつけたのか、はっきりと軍人らしく言い切った。

「分かりました。ではアーノルド様、とお呼び致します。では奥方様!これにて失礼!」


 二人の姿が闇に紛れて消えてゆく。ふふ……。それにしてもアルってば、やっぱり賢い子ね。あの子が言ったこと、ダレッドも驚いたでしょうけど私もよ。ただの。そう、ただのアーノルドなのよ。他の人はそうは言わない。そう思いもしないかもしれない。だけど、あの子はただのアーノルドなの。それを分かってくれる人に、逢えたら良いわね。

 山道の中でちょっと開けた場所に私たちはいるから、少し遠くまで見通すことができる。だから、しばらくは二人の姿が見えて、でもそれもすぐに森の木々にかき消されてしまった。


「ふぅ……」

 感傷に浸るのもこれぐらいにして、周りの兵士達に声をかける。

「二人が逃げるための時間を稼ぎます。私を狼の攻撃から守るように陣を組んで。魔力が尽きるまで魔法を使いますので」

「承知致しました」

  では、始めましょうか……。

  狼が見えてくる。火と水、風に地まで使いましょう。後先考えずに……ね。

  私が指を振るう度、狼を火が焼き、石柱が貫き、風の刃が切り刻み、水の槍が穿つ。でもその分、普通に使うよりも倍ぐらい魔力の消費も激しい。いつまで持つかしらね。






「っ……。はぁ、はぁ……」

 どのぐらい経ったのか、時間の感覚が最早無い。まあ、魔力が切れているから当然なんだけど。頭は割れるように痛いし、汗も変に脂っぽい。ここまで絞り出したのなんて、夫と若いころ旅をしていて無茶をした時くらいかしら。最もあの時は死ぬつもりなんてなくて、今は逆に決死の覚悟というか、もう死ぬ寸前というか。それでも、最後の一発を狼に食らわせる。ついに魔力が切れて、指先に慣れ親しんだ魔力が集まる感覚も消える。足が震えて、倒れそうになるけれども歯を食い縛り、ふと目を上げると……。


 大地の端から日が昇ってきていることを示す金色の光が見えた。


「ああ、日が……」

  綺麗ね。まるでアルの目。そしてあの子のこれからの人生のように。

「生きなさい、アル。あなたの人生を……」

  独りでに呟く。 次の瞬間。私の目の前に立っていた兵士が倒れ、視界が開ける。それでも太陽は変わらず、いっそ残酷なほどに美しく。その光景を最後に、私は微笑みながら目を閉じた。

 


  次の瞬間にはに訪れるであろう痛みを、死を受け入れるために。





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