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超・妹は天使  作者: 夜雨
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第5話【視察】そのに

 うん? と、フォゼンは耳に届いた遠い喧騒に内心首を捻った。


 視線の先の主君はと言えば、随分長い間もたついていたが漸く手を繋いだところである。遠目からでも主君の頰が僅かに緩むのがわかる――まったく幸せそうで結構なことだ。つられて自らの口元も綻ぶのを自覚して、照れて頰を掻く。イユレがこちらを見て興味深そうにしているのが羞恥心を煽る。じっと見上げてくる従妹を強引に主君たちの方へと向かせて、周囲に視線をやった。人々はルードとミシアに見惚れながらもこちらに近寄ってくるようなことはない。また特別喧嘩などは起きておらず、珍しいことに馬車がほとんど姿を見せていなかった。


 眉根を寄せ、かじりつくように敬愛する兄や姉を見守る流麗な男女(ヤンキー)が喧騒に気を払っていないのを確認して耳を澄ませる。すこし遠い所のようだが、フォゼンの聴覚はいともあっさりとそれらの声を捉えた。



 ――今すぐそこで止まれオラァ!

 ――今日はここを通せないぜ! 我らが神が降臨されているんだからなァ!!


 ああ……。

 深い納得と、何もかも聞かなかったことにしたいという切実な気持ちを抱えたフォゼンは研ぎ澄ませた聴覚を緩めた。



 そう言えば今朝は随分城が静かだったが、ルードの舎弟たちが軒並み交通規制に走っていたからだったのか。おそらくは、交通規制といっても些細なものだろう。誰も通さないとなれば今すぐ舎弟たちをぶん殴りに行かねばならないが、聞いた限りでは馬車などだけのようだ。馬車が万が一暴走などして神が怪我をしないかという彼らの懸念は理解できる。理解できるが、自重を求めたい。


 しかしそれが結果としてフォゼンの目的に寄与しているのは疑うべくもない。邪魔をしないのならまあ許してやろうと頷き、すっぱりと頭から彼らの存在を消し去った。



 *



 まずは市場を見ようということになった。


 ティードは脳内で王都の地図を展開しつつ、彼女の手を引く。市場はいくつか種類があるようだが、この時間帯に開催されるのは陶器やアクセサリーの職人たちのものだ。

 先代国王、ティードにとっては祖父にあたる人が職人たちをあらゆる面から手厚く保護したため、彼らは王都では貴族と聖職者に次ぐ特権階級と見なされるほど待遇が良い。そうなると職人たちは自然と王都に集まってきて、市場を定期的に開くようになったという。現在では彼らの存在が王都の経済に必要不可欠となったゆえに、手厚すぎる先代の庇護はそのまま当代にも受け継がれている。


 聞きかじりの知識を披露すればエリシアは感心した風に頷く。

 彼女は自身が着飾ることは少ないものの妹を飾るのは好きなようで、ティードが弟の髪を結った時にはそのやり方や髪紐の店を詳しく聞かれた。ただ彼女は恐ろしく不器用だったので、結局義妹の髪は彼が編んだのだが。


 市場に出てくるアクセサリーは、宝石を始めとした高価な物よりも髪飾りなどの気軽に買えるものが多い。小さなものなら宝石も出てくると聞くが、市場は職人見習いたちの作品発表会としての性質も併せ持つのでそこまで仰々しい商品はない。


 側近は言った――そう、婚約者さまにプレゼントする絶好の機会です!!! と。


 彼女は必要最低限ではない高価なものを贈ると遠慮して受け取らないタイプの人間なので、こういうちょっとしたプレゼントなら喜んで受け取ってくれるはずだ。そして学園でたまにつけてもらえると良いなと夢想している。

 ついでに弟妹へのお土産も買えると良いのだが。弟だけではなく義妹も今日は留守番をしているらしいが、ちゃんと良い子にして待っているだろうか。


「賑わっていますわね」


 威勢のいい声が飛び交う市場に気圧された彼女が呟く。頷き、アクセサリーの区画へと彼女をさりげなく誘導する。さりげなくというか、普通に手を引いて先導しているが彼女は素直についてくる。


「おっと、すまんね」

「こちらこそ」


 人混みの中をうまく避けて進むが、どうしてもぶつかることはある。弟と同じくらいの歳の少年が慣れた様子で一言謝り足早に通り過ぎていく。すぐに人混みに紛れて見えなくなった少年は酷く痩せているようだった。まだあんなにちいさな子供がお腹いっぱいご飯を食べられない世の中なのだ、と知識としてわかっていても衝撃はあった――物理的にも衝撃があった。

 また人にぶつかったのである。しかも今回はかなり強く。


「げふっ!?」

「アッスミマセンかみあ……げふんげふん、なんだかすごく素晴らしいお方! いやあ今日は混みますねえ!」


 ぶつかってきた、というより最早体当たりを仕掛けてきたガタイのいい男がわざとらしい笑い方で誤魔化し素早く消え去る。聞き慣れてしまった呼称が聞こえた気がしたが気のせいだろう。気のせいだと信じている。

 騎士団では見たことのない男だと思うが……人の顔を覚えるのが苦手なティードは自信が無かった。


「ティードさま、お怪我は?」

「いや、わたしもそれなりに鍛えているから、あのくらいでは何ともない」


 心配そうな彼女に首を振る。ちいさな弟にも華奢な義妹にも側近にも負けるが、それでも一応下っ端騎士くらいの強さはあるのだ。護身術くらいは修めているのである。彼女にか弱い男とでも誤解されたらたまらない。


 ……それともティードはか弱いのだろうか。実は騎士団のみんなはすごく手加減をしてくれていて、彼の弱々しい動きに大げさにやられたフリでもしてくれているのか。

 いや、騎士団は現在ではティードを神兄貴と呼ぶわけのわからない集団だが、元々は国の厳しい試験を通過して地獄のような訓練を積んでいる戦闘のプロだ。それほど鍛えた男達になぜか圧勝できる弟妹は例外としても、食い下がれるティードはそれなりの強さがあるはずだ。きっと。


「よかったですわ」


 彼女が安堵したように目尻を下げ、微かにその唇が弧を描く。


「かわいい……」

「はい?」


 うちの婚約者の笑顔、可愛すぎないか。


 *


 色ボケした主君は全く気づいていないようだが、突如発生した事件にフォゼンは必死にルードを羽交い締めにしていた。


「離しやがれェ! 俺は兄貴の財布スった野郎をボコりに行かなきゃならねェんだ!」


 ばたばたと暴れるルードを押さえ込みつつ、同じくミシアを止めているイユレの方を見る。従妹はごく普通の貴族令嬢なのでヤンキーの腕力には勝てない。しかし彼女の頭脳は頼れる。意味もなく連れてきたわけではない。


「今出て行ったらエリシアさまがお怒りになります。それに、エリシアさまがこのことを知って城下町に対して嫌な思いを抱くのはよろしくありません。こちらで処理しておくべきです」

「ぐ、ぅ……!」


 ぐうの音も出ない――いや言っているが――様子のミシアは諦めたらしく肩の力を抜いた。がるるると威嚇しながら暴れていたヤンキー王子も落ち着いたのか抵抗しなくなった。拘束は解くが、飛び出していかないように首根っこは掴んでおこう。


 すすすっと寄ってきた男が耳打ちするには、先ほど主君の財布をスった瘦せぎす少年を捕まえ、騎士の一人がぶつかった振りをして主君の懐に財布を入れに行ったという。これできっと色ボケ主君は気づかない。


「何も起こらなかった。それでいいな?」

「はっ、フォゼンさまのご命令通りに」


 首肯した騎士が敬礼して下がる。まだ幼い少年は重い罪には問えないが、騎士の見習いとして地獄の訓練に放り込むことはできる。ついでに、もうこんなことができないようティード至上主義を刷り込んでおけば完璧だ。


「頑張ってくださいね、殿下。邪魔者は消しておくので」


側近は穏やかに微笑んだ。

次回 第5話【視察】そのさん 6/18 17時投稿

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