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超・妹は天使  作者: 夜雨
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第4話【側近】

ティード視点

 不思議な女性だ、と思う。


 婚約者の話だ。彼女は妹とは違い深い色合いの赤毛である。燃えるような、というわけではない。深く、時として黒にさえ見えるその髪は日差しの加減で様々な色を見せてくれる。それを見るたび彼女に触れたいと……そんなことを、願う。



「ティード殿下」


 苦笑するような響きを伴った自らの名は、近しいものにしか呼ばれないものだ。それはティードが許さないのではなく、恐れ多いから「神兄貴」と呼ばせてくれと言ってきた訳のわからない思考回路を持つ者たちがいるためだった。

 目の前の男は、側近と言うべきか。彼の母が幼いティードの侍女であったことから、彼もまだ物心もつくかと言った幼い頃に共に過ごし、しかし近年までそばには寄ってこなかった男だった。彼のせいではない。それは分かっている。けれど、どうやって接したらいいのか未だに掴めない。特に、


「殿下、ティード殿下……かみあに、おっと」


 とか言っているときは。

 返事をしない自分が悪いのだろう。しかし咄嗟に出たようなその呼び方は、弟の舎弟とやらがする呼び方なのだが。何故彼がそれを口にするのかがわからず――いやわかりたくないので、ますます内心の距離が遠ざかってしまう。


「さっきから、なんだ」


 内心怯えながら問えば、彼は優しい笑みを形作った。神を崇めるような狂信者じみたものではなく、子供を諭すような大人びた笑みだった。


「婚約者さまのことですよ」


 エリシアのこと、と言われても首を傾げてしまう。


 エリシア。彼女はとても稀有な女性であった。彼女の妹のことはもちろん、ティードにやさしく笑いかけてくれるという点でも。

 だから婚約者にした。他の誰にも取られたくないから。


 彼女の反応が予想できず怖かったが、彼女は婚約を案外あっさりと受け入れており、この間城で開かれた茶会の際には「ティードと離れたくない」という趣旨の発言までしてくれたのだ。あれにはティードは勿論、弟のルードや彼女の妹――ティードにとっては義妹であるミシアも驚いていた。

 何を考えていたのか、そのあと弟はエリシアをちらちらと見ながら顔を赤くしていた。ちいさな弟が、まさか不埒なことでも考えているのかと聞けば、彼女がティードに恋愛感情を抱いていると勘違いしたらしかった。彼女はティードのことをよく同類や同志と呼ぶ。それは、彼女にとって近しい人という意味でしかなく色めいたものはない。


 ティードにだって恋愛感情はない。ただ、エリシアと生涯を共にしたいだけである。

 そういうと、この側近は「それが恋情じゃないのかっていう話なんだよなあ、この鈍感」とぶつぶつ呟いていたが。


「このまま婚約者さまと結婚していいんですか?」

「……ダメなのか?」

「ダメですね、いやもうほんとダメ」


 力強く肯かれる。六つ年上の彼はティードと違い男女のあれそれにも詳しいから、彼がここまでいうのならきっとそうなのだろう。


「結婚したら普通は一緒に暮らすんですよ。後継も必要ですしね。想像してみてください、殿下。婚約者さまの婿として暮らすご自分を」


 エリシアの家は姉妹しかいないから、長女である彼女が婿をとって家を継ぐと聞いたことがある。


 彼女と一緒の家で暮らす、か。穏やかな生活が送れそうだ。その頃には弟も義妹も、誰かと結婚……できるのかはともかくとして、とにかくあの騒がしいふたりが常にティードたちにくっついているような状況ではなくなるわけだ。家がだいぶ静かになるだろう。けれど、あの弟たちのことだ、ことあるごとに遊びにきてくれそうだ。そうしたら王となった弟の子供も抱ける時が来るのか。弟はティードの子と自分の子をくっつけようとするかもしれない。その時はしっかり止めなくては。


 孫ができたら懐いてくれるだろうか。彼女もティードも玩具をありったけ買い与えてしまいそうだ。自分の子にはちゃんと教育を施すが、ティードは年下に甘いことは自覚している。彼女も子ども好きのように思えるので、孤児院でも作ってそこの院長夫婦として余生を送るのもいい。


 そうやって彼女とふたりでのんびりと生きて、いつか子や孫に見守られながら、彼女と共に静かにこの生を終えると言うのはとても良い人生であると思えた。


 そう話せば、目の前の男が頭を抱えた。


「それは先を見据えすぎですね、逆に。逆に。もっと短期的にお願いします」


 短期的にとは。


「殿下はまだ十五ですよ。なんで今から老後のこと考えているんですか」

「年なんてすぐに過ぎるものだ」

「そこまで早く過ぎませんから」


 つまり、側近は三年後、五年後といった直近の未来について考えろと言いたいようだ。


 今ティードとエリシアは十五歳で、学園を卒業する頃には十八になる。結婚は学園を卒業して一年ほど経った頃らしいから、十九の時だ。彼女は自分自身に自信がないようだが、純白のドレスを纏った彼女はきっと世界一綺麗だろう。恥ずかしそうにはにかむであろう彼女の姿を見るのが楽しみである。

 弟や義妹は号泣するのは確定だが、その頃にはふたりも十七か。子どもが大きくなるのは早い。


「そうそう、そういう感じです。……つかそれで恋愛感情ないと仰るかこの方は」


 側近の後半の言葉はよく聞こえなかったが、こんな感じでよいらしい。


 しかしこのあとを考えると先ほどの幸せ老後生活になるが。


「飛びすぎです。初夜とかありますよね。というか婚約者ができたばかりの年頃の少年というものはそこを考えて挙動不審になるのが普通ですよ」

「そんな普通聞いたこともないが……」

「普通です」


 側近が普通だと言い張るので考えてみる。まず式が終わったら真っ先に弟と義妹が抱きつきに来るだろう。僅かな可能性として十七になったら落ち着くかもしれないが、晴れの日に落ち着くような性格でもない。彼女のドレスが汚されないよう注意せねば。

 結婚すれば臣籍降下し王族ではなくなるので、王都中をパレードとして回ることはない。とすると世の中に結婚の報告をするのはしかるべき日に開く夜会になるので、式が終わればエリシアの家の屋敷に移動することになる。そこで彼女とティードは着替え、寝台を共にする。


「どうです」

「エリシアはわたしを受け入れてくれるだろうか」

「そのために婚約期間に距離を縮めるんですよ!!!!」


 側近は突然叫んだ。どうしたんだ、この男。


「ああここまで長かった……!! 無駄に遠回りした気がしますが、とにかく、今のままでは結婚生活がうまくいきません」

「そ、そうなのか……」

「ですから、エリシアさまとデートをしましょう」


 デート。デートとは。


「お出かけです、素敵なお出かけをするんですよ」


 側近が言うには、婚約した未成年の王族は成人した王族に準ずるため、公務として近々城下町へ視察に行く予定が組まれているらしい。視察といっても、これはそこまで大げさなものではなく王族ならば一度王都を見ておけといった程度のものだそうである。

 なので、デートの口実として最適だと側近は熱く語った。


「城下町のおすすめスポットも押さえてありますから、デートプランを練らないと」

「まず、エリシアが頷いてくれるのかどうか」

「婚約者さまは義務や権力に弱いと見ました。常識人ですね。だから婚約者が一緒に行くのが通例だとでもいっておけば付いてきてくださるでしょう」


 それは、デートに誘っているとは言えないのではないか。しかし側近の押しが強すぎたので思わずその案で採用してしまった。


 側近に誘うシチュエーションなども教えられたが、そんな状況に陥ることはないと断言できる。悪漢から彼女を助けた時、いじめられていた彼女を慰めた時が最高と言っていたが、実際にそんなことがあったら義妹が暴走するに決まっているのだから。


 結局彼女を誘えたのはこの会話からひと月近く経った頃で、弟たちの変な喧嘩が明るみに出た時であった。


 「今度、城下街に視察に行くことになったんだが、エリシアも一緒に行かないか」‬


 色気も何もない誘い方だとはわかっている。‬

 彼女はしばし呆然としていたようだが、こくんと頷いてくれた。やはり視察という言葉が効いたのか。彼女はデートとは思っていないだろうが、誘えただけいいことだ。‬



 側近に向けてデートプランの調整を頼む手紙を書きながら、ティードは婚約者とのデートを思い描いてしあわせそうに笑った。‬

第4話登場人物


*ティード

恋愛感情のあるなしにかかわらず、エリシアを大切に思っていることは間違いなさそう。


*フォゼン(側近)

ティード至上主義であるがヤンキーではない。ティードのエリシアに対するのんびりした態度を心配している。情報通。

六つ年上の二十一歳で、普段は城にいる。

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