第3話【夫婦】そのに
女子寮に戻った私は、玄関にずらりと並び「お勤めご苦労様ですッ!」と叫ぶ女子生徒たちに頷き、「ミシアはどこに?」と尋ねた。
「ボスは神姉御の部屋におられますッ!!!!」
またあの子は勝手に入ったらしい。合鍵を渡している私が言えたことではないが。
実家にいた時は一緒に寝ていたためか、妹は寝る前によく来る。しかしもう子どもではないから私と就寝の挨拶を一言二言交わしただけで満足して帰るのであるが。
今日はそこを引き止めて、一緒にごろごろしながら尋問をするのだ。
答えてくれた女子生徒にお礼を言い、私は自分の部屋へ向かった。
「ミシア、入るわ」
自室であるが一応声をかけてから入室する。
この学園は貴族の子女しか通わないのだが、部屋の構造はとてもシンプルだ。扉から入ると、ソファーや勉強机に本棚などが置かれたリビングがあり、部屋の規模にしては大きめのクローゼットへの扉もある。本棚の陰に寝室への扉が設置されていて、ベッド一台と姿見を置けばいっぱいになる程度の寝室に入れる。
洗面所はあるものの風呂やキッチンなどはなく、共用のものを使うことになっている。貴族が使うにはちいさく不便な部屋である。
私に不満はないが、ミシアは「姉御にはもっと大きな部屋が」とこぼしていた。実家でも自室は同じくらいの規模だったから、むしろ慣れた狭さに安心するのだが。
リビングに妹はいない。ならば寝室だろうか。扉を開けると、寝台の上で妹が誰かと話していた。
「ア? だから姉御の形容詞が少なすぎるって言ってンだよ。……いや、オレはてめえみたいにポエムは読まないからわからん」
妹が耳に当てているのは通話機器だ。誰と話しているのだろう。話し方がヤンキーなので、実家の使用人か学園での知り合いのどちらかだろうが……私の形容詞とは。
妹は私に気づいていないようで、寝そべりながら会話を続けている。私はできる限り気配を消して、はしたないが盗み聞きすることにした。
「姉御は確かに太陽みたいな方だ。でもそれだけじゃねえ。優しくて清らかで笑顔が素敵な女神だ、もっと何かあるだろ」
この妹は私を美化しすぎではないか。
妹が通話相手に私の形容詞とやらの件で文句を言っているが、相手も文句ばかり言われて機嫌を損ねたようだ。音量がだんだん大きくなり、遂に私にもその声が聞こえた。
『あの女……ちッ、あねうえより兄貴の方が神なんだから仕方ねェだろうが!!!』
「ア!?!?!? てめぇ今なんつった!!!!」
そして妹もキレた。
「確かに義兄さまは姉御に相応しい人だが、姉御の方が素晴らしい!!!! 綺麗だし笑顔も可愛い!!!!」
『兄貴の笑顔も可愛いからな!!!! すごいぞ!!!!!』
おかしなところで張り合っているが、これ、ルードさまとの通話か。ということは、まさか形容詞とは女神関係の……。
――女神は地上に顕現された太陽のごとき方であると言われているようで。
アレか。
あと、一言反論しておくと、妹の笑顔の方が可愛い。
『表でやがれ!!!! 直接ケリつけてや……兄貴!?!?!? いや、ちがッ』
そこで通話は切れたようである。ティードさまがルードさまの元へやって来たのだろう。そして喧嘩を売っていることを怒られていると思われる。うちの妹にも日頃から言い聞かせてあるが、所構わず喧嘩を売らないことを条件に私の部屋の合鍵を渡している。ティードさまもそうしているらしいが、もしやルードさまは兄の部屋から通話していたのか。妹といい、ルードさまといい用事があるなら自分の部屋でやれと言いたい。自分の部屋があるのはなんのためだと思っているのだろう。
わざわざ兄や姉の部屋でやるから、こんなことになるのだ。
「ミシア、何のお話をしていたの?」
「あっ……姉御……?」
飛び起きた妹が青い顔をして私を見ている。そんなに怯えなくても私は怒っていない、だってミシアは喧嘩を売っていたわけではないから。ただ、私を女神と喧伝していただけだから。
まあ、そのことについてはきちんとお話しする必要はあるようだが。
「ふふ、今日はのんびりお話ししましょうね。……徹夜で」
「ハイ」
妹はこくこくと何度も頷いた。
*
翌日、昼。
「如何でした?」
「しっかり叱っておいた」
今度はきちんとお伺いを立て、学園の一室を借りての話し合いである。目の前に座るディードさまの憂いを帯びた顔は美しいが、よくよく見ると目が死んでいるあたり、ルードさまのアレを聞いたのだろう。
結局妹は全部吐いた。
これは他国を巻き込んだ妹とルードさまの壮大な喧嘩だったのだと。
「私たちに怒られないように直接喧嘩じゃないものにしたと言っていましたけれど……」
「殴り合っていた方がまだ良かった。こちらは質が悪すぎる」
全くである。
確かに、私と彼は目の前で喧嘩を始めたら怒るだろう。それが口喧嘩でなかったら尚更。しかし、口喧嘩でなく、殴り合いでもなかったら大陸を巻き込んでいいとは言っていない。あと私たちの黒歴史を増やしていいとも言っていない。
妹たちはそのあたりのいちばん大切なことが抜けているようだ。
お互いに溜息を吐き、切り替える。
「ルードさまの……その、アレは?」
「ああ……ポエム的な、アレか……」
妹の言葉を借りれば中二病というやつだった。ルードさまは最近冒険小説にハマっているようで、その小説の格好良い言い回しをよく使うようになったとのこと。
何よりも重要なのが、あのこっぱずかしい夫婦神の形容は、ルードさまの考えたものであるということだ。
小説をあまり読まないうちの妹には荷が重かったらしい。あの子は勉強はできるけれど、会話の中でとっさにうまい言い回しが出てくるような類の力としての語彙力はあまりない。
「まあアレは……他人に迷惑をかけなければ、放っておいた方がいいだろう」
「よろしいのですか?」
「きっと、数年後には悟る」
ティードさまはいつもの死んだ目とは違う、慈愛のこもった瞳である。しかし、ルードさまが何を悟るのかは聞かないほうがいい気がする。
とにかく、これでこの件は無事……ではないが、解決としていいのだろう。相変わらず妹たちは面倒事を起こしてくれるが、私たちが直接止めに行けばやめる素直な子たちである。贅沢を言えば、止めに行く前に私たちの意を汲んで自ずとやめてほしい。
茶会に始まった今回の一連の騒動は言って仕舞えば、妹とルードさまによるどっちが正しいか対決である。つまり、私たちのどちらがより素晴らしいかというある意味あの子たちらしい勝負だった。
それの原因は互いの神を認められないことから来ていたようだ。しかし私とティードさまは婚約していて、その血縁であるふたりはこれからも親戚として顔を合わせることになるだろう。婚約を破棄するつもりは毛頭ない私たちは、妹たちにある程度の歩み寄りを望んでいた。親友になれとまでは言わない。けれど、顔を合わせれば喧嘩する関係ではなく、穏やかで平和的な関係を築いてもらいたかったのである。
あの時盗み聞きした会話では妹もティードさまのことを認めていたようだし、あんなに反抗していたルードさまも嫌そうにしながらも私をあねうえと呼んでくれている。……あねうえが嫌ならねえさまでもいいのだが。
妹はティードさまのことを義兄さまと言っていたけれど、私は姉さまと呼んでくれないのに彼はにいさまでいいのかとちょっぴり嫉妬したのは秘密だ。
あんなにリラックスして通話するくらいの仲であるのだし、もう即座に喧嘩とまではいかないだろう。友達にすらなれるかもしれない。
最近私の頭を悩ませていたこの妹たちの問題に片がつき、ホッと肩の力を抜き紅茶を啜った私に、我が婚約者さまは「そういえば」と爆弾を落とした。
「今度、城下町に視察に行くことになったんだが、エリシアも一緒に行かないか」
瞬間的に蘇ったのは、情報を持ってきてくれる令嬢が勧めた恋愛小説における場面と、その時のヒロインの心情である。
ティードさま……それは、もしやデートというものなのでしょうか。
第3話登場人物
*エリシア
怒ると怖いおねえちゃん。
生まれてからこのかた友達がいたことがない。
*ミシア
友達はいなかったけど舎弟はいっぱいいる天使な妹。ルードが初めての友達になりそうである。語彙力は死滅。
*ティード
真のぼっち。キングオブザぼっち。でも最近は近くに兄貴ヅラしてくる乳兄弟がいる。
男神の説明を聞いて一週間くらい引きこもりたくなった。
*ルード
コミュ力高。舎弟もいっぱいいるが友達もいっぱい。友達は他国のがほとんどのため、神のいる国の噂はその友達から流れた。国内にいながらにして暗躍。
中二病発症中。
*イユレ(情報収集してくれる令嬢)
エリシアにある意味片想い。