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超・妹は天使  作者: 夜雨
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第3話【夫婦】そのいち

「神のいる国?」


 目の前に座る令嬢が短く息を吐いた。


「はい、商人達が噂していて……どうやらこの国のようなのですが詳しくは……」


 困ったように眉根を寄せた彼女に充分だと頷いてみせる。私に情報をくれるだけでもありがたい。

 安堵を見せた令嬢からさらに聞き出したことによると神は二柱いるらしい。片方は男神、もう片方は女神であり、夫婦の神なのだとか。それぞれに使徒たるこの世のものとは思えぬ美貌を持つ天使が居り、神の意を汲んだ彼らはこの世の悪を殲滅せんと世界中を駆け回っている、と。


「男神は満ちる月の煌めきを宿した髪と夜の訪れを閉じ込めた瞳を持ち、その心に清廉なる正義と慈悲を宿している。すべてこの世の悪行を為す者はその使徒により神罰が下されるが、罪を悔い魂を浄化せしめんとすれば、男神はその慈悲の心で悪人を許されるそうです。

男神のエピソードは多いのですが、女神の方は少なく、地上に顕現された太陽のごとき方であるとだけ言われているようで……」


 意味がわかりませんよねと彼女は続ける。どうやら彼女に心当たりは全くないらしく、私は引きつった笑みを返した。

 明らかに男神の方に力が入りすぎている部分は気になるが、その正体は神々の色合いで察してしまう。



 情報をもたらしてくれた令嬢が帰った後、私は急いで男子寮に向かった。


 目指すは我が婚約者にして同類、淡い金髪と紫紺の瞳を持つ第一王子殿下、ティードさま。

 おそらくは、男神と噂されるその人である。



 *



 ティードさまと私が婚約してから三月ほどが経過した。第二王子殿下――ルードさま(名を呼ぶよう仰せられた)と妹の衝突後、二人は和解とは言わずとも小康状態に至ったようだ。学園で鉢合わせしても少々威嚇するだけで本格的な抗争は起きていない。平和だ。


 私などより遥かに高貴な血筋の方々までもが妹の舎弟になっている――つまり彼女らに私は女神として布教されているという気の遠くなるような事実が判明したが、平和である……きっと。

 学園でもさりげなく高位の方々が私を敬うような仕草を見せている。こわい。あくまでも妹のように直接的に示すのではなく、ごく自然にさりげない日常の動作であることが特にこわい。


 ……ティードさまは騎士たちの目が狂信者のように思えると無表情でこぼしていた。城に帰りたくないとも。そう言いつつ真面目な彼は週末には城に赴いていた。その目は出荷される子牛のようで(いたわ)しい姿であった。

 彼も学園の学生寮で暮らしているが、王族としての公務がたまにあるらしく、ルードさまを連れ何度か城に帰っているところを目にしたことがある。王族は多忙だ。


 彼の城での安寧を切に祈りつつ、私と妹は緩やかな日々を過ごしていた。

 どうやら妹とルードさまは学園の大半の生徒を舎弟にし終えたらしく、最近はずっと私やティードさまの隣にいる。大半の、とつけたのはやはり私と彼を神と崇めるようなことは出来なかった生徒がいたからで、その事実を私たちは心の底から喜んだ。


 褒められるのも、好意的に接されるのも嬉しいが、知らない人に「神の姉御」とか言われても目が死ぬだけなのである。妹たちはその辺りのことをわかっていない。あと、神の姉御とは一体。

 ティードさまは「神すぎる兄貴」らしい。神が過ぎるとはどういうことなのか。謎は深まるばかりである。



 最終的に略されて神姉御と神兄貴になっていたが。



 呼び名はともかく、舎弟にならなかった生徒たちは私たちに擦り寄る態勢を見せた。なんたって次期王と目されるルードさまが崇める兄とその嫁候補である。今まではティードさまが庶子ということもあり侮られていたが、侮辱すれば弟王子がすっ飛んできてシバかれると分かれば彼らの態度は素直だった。


 先の令嬢もその一人で、家の商売の関係上商人との繋がりが深く情報収集に優れることを武器にして自分を売り込んできたのだ。たまに何故か城の情報も持ってきてくれるが。私を神と呼ばない貴重な人物、しかも頭が回る優秀な生徒となれば是非もない。私などに仕えようとする生徒がいることは驚きだったが、ルードさまの機嫌を損ねないためとあらば納得できた。そう言うと彼女は何故か悲しそうな顔をするけれど。


 とにかく、彼女が定期的に持ってきてくれる情報は殆どは私に関係ないものであるが、今回は聞き逃せない。


 日が傾いてきているこの時間に男子寮に入りたいと言うと寮監はいい顔をしなかった。しかし聞き耳を立てていた男子生徒たちが素早く「神姉御のお通りだ、神兄貴を呼べ」と伝達し始めたので、仕方なさそうに談話室へと通してくれた。

 寝転がったりお菓子を食べたりと自由に過ごしていた生徒たちが私の姿に「か、神姉御……!?」と目を剥いていたのには申し訳ない気持ちになる。今度からはきちんと約束を交わしてからにしようと思う。


 私を神姉御と呼ぶ生徒たちによりせっせと片付けられた談話室で婚約者を待つ。先ほどまで転がっていた生徒が恭しく給仕してくれた紅茶や茶受けに思わず笑ってしまう。ヤンキーになっても貴族らしい常識を捨てたわけではなかったようだ。これでヤンキー流の歓迎と言ってひたすら大声で賞賛されるだけならば速攻帰っていただろう。たとえ急ぎの用事があるとしても、私は鼓膜の耐久実験をするつもりはない。


 話すべき内容を頭の中でまとめつつ数分ほど経ったころ、彼は姿を現した。男子生徒に神兄貴と連呼され死んだ目の、月のような淡い金髪と日が沈んだ直後のような紫紺の瞳の彼。


「どうした、エリシア」

「ティードさま、突然の訪問申し訳ございません。ですが、急ぎお伝えするべきことがありますの」


 お耳を貸していただける? と、立ったままの彼に言った。本来ならば私より高貴な方に立ったままでいさせるのはよくない。だが談話室は扉がなく、いくらでも声が外に聞こえてしまう作りになっている。私がこれからする話はできるだけ舎弟(ヤンキー)たちに聞かれたくない話だ。彼らに聞かれないようにする配慮は当然のことだった。

 ティードさまは怪訝そうな顔をしながらも私に逆らわず膝を折った。その形のいい耳に唇を寄せる。


「この国は神のいる国と呼ばれているそうですわ、男神さま」

「……!?!?!?」


 弾かれたように彼は後ずさった。無表情が常の整った顔は蒼褪め、目は死んだ魚のように濁っていた。

 顔色の悪さはともかくとして、彼の容姿は男神と同じだ。女神の方は私の暗い赤の髪から来ているのだろう。太陽というほど鮮やかな色ではないので、少し戸惑ったが。


 察しの良い彼は私の一言で理解したようだ。



 そう、ヤンキーの感染は国内だけではなく……大陸中に広まっている可能性が高いと。



 あるいはヤンキー感染ではなく、ヤンキーたちが私たちのことを神と呼んでいることから、神のいる国と勘違いされているのかもしれない。そうだったらいいなあ。


 さらには神の使徒とされる美貌の天使が神のために暗躍しているという情報。完全にうちの妹とルードさまのことである。いつの間にあの子たちは国外に行ったのだろうか……。最近はずっとそばにいたのに。


 血の気の引いた顔であるが真剣な表情で、ティードさまが私の向かいのソファーに座る。


「エリシアもか」

「ええ、もちろん」


 夫婦神だそうです。

 実際はまだ婚約者なのだが。あの子たちが私たちのことを夫婦と喧伝していると思うとすごく恥ずかしい。口づけすらしていない関係で夫婦呼ばわりはやめてほしかった。


「如何なさいます?」

「止めなければならないだろう」


 今更止めたところで意味はあるのか。いや、これ以上広めないように……令嬢があげた国はこの大陸内のものだった。ということは、まだ大陸外にまで広まっていない可能性があるということだ。

 たいへん優秀なあの子たちのことだ、この大陸を掌握したと判断したならばすぐさま他に手を伸ばすことだろう。その前に止めなければならない。


「すぐに動いた方がよろしいですわね」

「ああ、今夜中にでも」


 そう、お泊まり会の実施である。

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