表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
超・妹は天使  作者: 夜雨
3/9

第2話【茶会】

「続・妹は天使」と寸分の狂いなく一緒です。

「決闘だゴルルァァァァァァ!!!」


 素晴らしい巻き舌だった。

 私は巻き舌の仕組みがよくわからないので、あんなに綺麗な巻き舌ができる妹はやはり凄いと思う。……けれど、それが令嬢として必要なものかと聞かれれば否である。


「上等だァ! 表でやがれェ!!!」


 妹の巻き舌に応じたのは第二王子殿下である。細かい巻き舌を挟み長文を喋るという技巧を披露している。


 突然勃発したヤンキー行為に令嬢方は驚いていないだろうかと周りを見回せば、全員が妹の後ろで腰を落としていた。妹やその舎弟がよくやる、ヤンキー座りである。あんな座り方をしてはスカートがシワになるのではないだろうか。先ほどまでの柔らかな愛らしい表情ももはやなく、威嚇するように歯をむき出しにしている。いつの間に感染したのか、彼女らはどう見てもヤンキーの軍勢であった。


 よく見れば第二王子殿下の方も何やら従えている。肩には金のモール、腰には長剣を吊り下げ、黒を基調とした揃いの服を着た――騎士たちである。たぶん、この茶会の警護の騎士たちだ。一人残らず第二王子殿下の舎弟と化しているようだ。


 何故警護する側とされる側がガンを付けあっているのだろう。相変わらずヤンキー界隈は不思議な法則がまかり通るものである。


 さて、表情筋が死んでいくのを感じながら妹を止めなければと思うものの。

 私は横の彼を一瞥した。淡い金髪に紫紺の瞳を持つ無表情の彼は、二週間ほど前に私の婚約者となった第一王子殿下ティードさま。


 私の同類()である。


 *


 二週間と三日ほど前、学園である騒ぎが起こった。それは最早今となっては日常茶飯事のことだが、その当時は非常に大きな騒ぎであった。

 ヤンキーが暴れたのである。


 最初に第二王子殿下が兄を侮辱した生徒に喧嘩を売り、次に何故か私の妹がその喧嘩を買い、最後に喧嘩を止めるために私とティードさまがそれぞれ弟妹を撫でて収束した。

 そのあと私と彼は婚約を結ぶこととなった。その間、三日である。スピード婚約にもほどがある。


 おそらく王位を継がないとは雖もれっきとした王族である彼が、パッとしない貴族令嬢である私と婚約したのは、きっと彼が未だに期待されていないからなのだろう。今日の茶会に招待されて、それがはっきりわかった。茶会の目的は「第二王子殿下に相応しい婚約者を定めること」であった。そして集められたのは高位の貴族令嬢。その差を見せつけるかのように招待された私とティードさま。推測でしかないが、国王陛下の目的は第二王子殿下を太子にすると対外的に示すことだ。高位貴族とはいえない私と、ここまでじっくり選考されずに婚約が決まった彼。その差は歴然としている。


 だから正直私は乗り気ではなかった。しかし王命とあらば逆らえない。早く済ませて家に帰って妹と遊ぼうと思っていたが、今朝になってその当の妹がついていくと言い出したのである。というか元々その気だったらしい。私と彼を見せしめにするかのような茶会に連れて行きたくはなかったが、いつもより着飾った妹が可愛かったので思わず許可してしまった。不覚である。


 家まで迎えにきたティードさまが無表情ながら困惑したような瞳で私を見つめたが、妹の威嚇でその視線はそらされた。そして何も言われることなく、そのまま会場まで来てしまったのだが。

 会場である中庭まで行く最中通りすがりの貴族に無遠慮に見られ、どこかの令嬢だろう少女には鼻で笑われと既に帰りたい気持ちでいっぱいだった。


 そんな憂鬱な気分で始まった茶会は、最初から型にとらわれないものだった。


 本来は、主催者側となる第二王子殿下が開始の言葉を述べるのだと思う。が、第二王子殿下が来て最初に発した言葉は



「俺の神から離れやがれ女ァ!!」



 だった。

 注目を浴びることとなった神ことティードさまの目は死んでいた。


 私にとってはそう言われることは予想の範囲内であったので、そのまま流すつもりだったのが、黙っていられない子がすぐそばにいたことを失念していた。



「決闘だゴルルァァァァァァ!!!」


 そう、今日はお姫様のような薄紅色のドレスを着ていつにもまして可愛らしく、天使のような、私の妹である。



 *


 きょうもそらがあおい。あ、ちょうちょだ。


 そんな風に暫し遠くを眺めて心を落ち着けた私は、妹に歩み寄った。


「ミシア」

「姉御!!! 待っててください、今このクソ野郎をぶちのめしますから!!!!」


 妹はにっこり笑った。天使のような笑顔であった。ただし目は獲物を狙う猛禽類のように鋭い。


「ぶちのめしてはいけないわ」


 不敬罪になって投獄される危険性がある。


「ですがあいつ、姉御を!!!!」


 屋外だと妹の声は比較的耳に優しい。音量を絞れば可愛らしい声なのにと残念に思いつつ、ミシアを抱き寄せる。さらさらのストロベリーブロンドの感触を楽しみながら妹を諭した。


「私は気にしていないもの。それよりも、ミシアの可愛い姿をもっとよく見せて?」


 妹ははにかんで私から離れ、くるりと一回転してみせた。今日も私の妹は可愛い。


 ひと段落ついたので、王子兄弟の様子はどうかと振り返ればティードさまが第二王子殿下の髪を編んでいた。無表情であるが弟へ慈愛の眼差しを向け、複雑な編み込みを施している。手先が器用な王子さまである。妹も私も手先は器用な方ではないので羨ましい。


「ティードさま」

「……エリシア、そちらも終わったのか」

「はい、問題ありませんわ」


 ただし妹の後ろでヤンキー座りのままのご令嬢がたはいないものとする。


 ティードさまはご令嬢がたをちらりと見たが、兄に髪を結んでもらってご満悦な第二王子殿下の後ろにもまだ騎士達が並んでいるさまを見ると、何も言わず頷いてみせた。


 私たちの心は一致していた。――彼らは見なかったことにしよう、と。


 ティードさまと事情を聴取したところ、第二王子殿下は神と崇める兄が婚約したことが嫌だったらしい。すぐに別れさせてやろうとしたものの、無表情が常の兄が愛おしそうに(と第二王子殿下からは見えるらしい)見る女とあれば無理強いはできない。婚約破棄させるに足る理由を見つけなければと思い悩んでいたところ、面倒な見合いが入り辟易していたので兄にエスコートされた私を見て感情が爆発してしまったという。

 兄が大好きなことが強く伝わってくる供述だった。


「ルード……わたしは彼女との婚約を破棄するつもりはない。余計なことをしないでくれ」


 ティードさまはきっぱりと言う。弟を溺愛している彼だが、唯一の同類である私を手放すものかという気迫が窺えた。同感である。私も婚約破棄など考えられない。

 当初はそこまでする必要があるのかと思っていたが、他人の目を憚らずに会って語り合えるというのは随分と楽しいものだ。


 兄に怒られてぶすくれている第二王子殿下に微笑む。


「申し訳ございません、第二王子殿下。私もティードさまと離れる気はございませんの」

「姉御……!?」


 何故か妹が愕然とした顔をしていた。第二王子殿下も顔を赤らめて私と彼を交互に見ている。一体何があったのだろうとティードさまと顔を見合わせるが、彼もわからないらしく首を振られた。

 妹が泣きそうな顔でティードさまにガンをつけていたのでとりあえず撫でておく。いつもはすぐに笑顔になる妹は、今日は不安げに私を見上げた。


 *


 帰り際、ティードさまが申し訳なさそうに私を呼び止めた。


「エリシア、今日は済まなかった」

「いえ、ミシアもご迷惑をおかけしてしまいましたから」


 喧嘩を売ったのは第二王子殿下だが、買ったのはあの子である。彼が謝るようなことはない。そう伝えてもティードさまは悲しげな雰囲気を纏っていた。その様子になんだか怒られた時の妹を連想してしまい、自然と笑みが浮かぶ。


「そんなに悄気ないでくださいませ」


 彼は背の高い方で、私は平均的な方だったから手を伸ばすのには苦労した。けれどもその絹糸のような金髪に触れるのには成功して、指先で撫でる。


「あなたの笑った顔が私は好きですわ」


 とくに弟を語る時の顔は少し幼く見えて可愛いと思う。普段もどこか儚げで綺麗だけれど。


「……ティードさま?」


 手首を掴まれて胸元に引き寄せられる。しっかり鍛えられた彼の身体は私とは違いちゃんと男のそれだった。雰囲気が儚げなものだから、細く見えるけれど女とは全く違うつくりをしているのがわかる。

 こうやってくっつくと彼の背の高さもよくわかる。せめて彼の肩あたりまでは背が欲しいものだが、現実は厳しい。


「エリシア……」


 彼の手が腰のあたりに回り、頭上で名前を呼ばれる。どうやら抱きしめられているらしい。私が彼に妹を重ねたように、私に彼の弟を重ねているのだろうか。それにしたって、ヤンキーなきょうだいを持った同類というだけの女に向けるにしては甘い声のように聞こえるが。


 ありがとう、と言われた気がした。しかしそのすぐ後に彼は離れていってしまい、普段通りの無表情をしていたものだから確証はない。


「それではまた、学校でお会いしましょう」

「また今度、エリシア」


 一つ確かなことは、彼の髪は妹に匹敵するレベルにさらさらだということである。さすが王族、いい洗髪料を使っている。


 今度分けてもらおう。私はそう決心し、妹の待つ馬車へと向かった。

第2話登場人物


*エリシア(主人公、姉御)

妹のことしか頭にない疑惑が浮上してきている。恋愛は?

貴族としての常識があるので、自分より上の貴族が次々に妹の舎弟になっていく現状に心が折れかけるも、妹の暴走はエリシアにしか止まられないのでがんばって現実に復帰した。


*ミシア(妹)

エリシアに撫でられるのが大好き。姉よりは恋愛関係に鋭い。

婚約で姉の環境が激変したため姉を守るために気を張っている。城内で姉を侮辱した貴族たちは後で処す。


*ティード(第一王子殿下、兄貴)

弟の舎弟が増え、今までとは違う意味で城での居心地が悪い。表情筋は死ぬ。

恋愛に対して鋭いのか鈍いのか?何も考えずに行動している疑惑あり。弟とのスキンシップが影響し、懐に入れた他人に触れるのを躊躇わない。でも流石にキスはしない。


*ルード(弟)

兄が大好きすぎて暴走した。「妹VS弟 第一ラウンド」は終了したものの、これからはどうなるかはまだわからない。次はきっと平和な衝突であると兄は信じている。

そろそろ厨二病の気配がある。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ