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超・妹は天使  作者: 夜雨
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第1話【同類】そのに

 私と妹の通う学園は王侯貴族を集めた格式高い学校である。一三歳で入学し、成人年齢の十八歳までの六年間を過ごすのだが、女生徒にとっては結婚相手探し、男子生徒は人脈を築くことこそが最大の目的となっている。元々は画一的な教育を男女や身分の別なく施すことで、女性の社会進出をはじめとする先進的な策の基礎として、国力の底上げに貢献すべく建てられたのだが。


 私も婿を取り家を継がねばならないが学園で結婚相手を探すのには消極的である。今は勉強が楽しいし、妹が私に男子生徒を近づけようとはしないのだ。両親は婿に爵位を渡すつもりのようだが、私は女当主を目指しているのでその辺りの話し合いが面倒だというのもある。


 だが女生徒同士の付き合いというものもあり、そして話題はやはり理想的な結婚相手というのが多い。総合的に優良物件なのはどこぞの侯爵家の次男だそうだが、家格がいちばん高く見目も良いのは王子兄弟である。


 その兄の方、第一王子殿下が眼下にいた。


 授業後、他に誰もいない教室である。

 いつも一緒に帰る妹は舎弟達との集会があるらしくいない。そのため、すこし復習をしてから帰ろうと思った私は教室に残っていた。

 夕焼けの赤い光が差し込む中、窓の外――中庭だろうか?――に佇んでいる。淡い金髪を風に靡かせ紫紺の瞳を細める彼は、誰に対しても冷淡かつ無感情に接するため氷の王子と呼ばれているらしい。その名の示す通り彼は無表情だった。それでも麗しいそのかんばせは魅力を損なうことはなく、寧ろ増しているように見える。美人は得であると妹は勿論、彼に対しても思う。


 私は胸にあるもやもやとした感情に内心首を傾げた。何故だろう、彼を見ていると何か……。

 彼と廊下ですれ違うようなことはあれど、しっかりその容貌を目にしたのはこれが初めてだった。だから、その美貌に見惚れてしまっているのだろうか。


 私が顎に手を当て考え込んでいると、いつの間にか殿下は去って行ったようだ。人影など影も形もない中庭に、もやもやとした感情を置いて私も教室から去った。



 *



 騒がしい、と思いながらその場に近寄ったのは、好奇心のためではなく妹が起こした騒ぎかもしれないと懸念したからだ。


 人混みをすり抜けて、妹のストロベリーブロンドを探すが見当たらない。彼女ではないのだろうか……この音量の具合はてっきりあの舎弟たちだと思ったのだが。


 最前列のあたりまで来たために、叫びは存外はっきりと聞こえた。


「テメェ、兄貴のこと馬鹿にしたな!?」


 ああ、これはうちの妹ではない、と私は確信を抱いた。

 妹が怒るのは私――姉御のことに関してのみである。兄貴という誰かのことは聞いたこともない。そんな私と同列に置くくらいの大切な人がいたら妹は必ず私に紹介すると確信する程度には、妹からの愛情を疑っていない。伊達に毎日女神と言われていないのだ。


 それに、この叫びは男の声だった。まだ声変わり前なのか子供特有の高さはあるものの、妹とは全く違う。

 そういえば妹はこの学園では女のみを舎弟とし、何故か男には手をつけなかったのだが……。

 なるほど、他にも妹の同類(ヤンキー)がいたのか。


 騒めく観衆のひそひそ話に耳をすませると、どうやら妹の同類(ヤンキー)はこの国の第二王子殿下であるらしい。……この国はもうダメかもしれない……。

 そして、第二王子殿下が兄貴と言うならば該当人物は一人だけだ。この間中庭で見かけた第一王子殿下その人である。馬鹿にしたというのは、実は第一王子殿下は平民の血が入った庶子であることから侮辱されることがあるようだ。兄をたいへん大切に思っている第二王子殿下は、舎弟を率いて兄を馬鹿にした者を恫喝する活動をしているとのことである。

一見兄弟愛を窺わせる経緯であるが、結果としてはただのヤンキー行為であった。


「オラ兄貴に謝れェ!」


 言葉遣いも妹に似ている。私はすこし和んだ。第二王子殿下の目線を追うと、第一王子殿下がひっそりと彼らを見守っていた。氷の王子は無表情なまま、紫紺の瞳で絡まれるものを見据えるだけである。

 何故か、また、もやもやする。その瞳の中の感情を知りたいと思ってしまう。私をその瞳の中に映して欲しいと……願う。


 そして、第二王子殿下が決定的な言葉を放った。



「兄貴はなァ、俺なんかより数億倍もすごい人なんだよ! つまり神!!!」



 同時に妹の声が脳裏に蘇る。

 ――『姉御は女神だ!!!』


 ああ、そうか。氷の王子の瞳を、私はよく見ている。そう、あれは、鏡の中の私の瞳だ。


 妹にひたすら賞賛されて目が死んだ私と同じだった。


 ……褒められるのは嬉しい。だが、何やらよくわからないうちに神として崇められたり、名前も知らない人や年上の人に姉御と力強く呼ばれるのは遠慮したい。そんな相反した気持ちは私の目のハイライトを殺すのである。


 このもやもやは、同志を見つけたという歓喜だ。彼は、私と同じ。だってほら、なんだかんだ弟を止める彼の顔には弟への愛情が見えるのだから。たとえその目に光がなく表情筋が死んでいても。


 話しかけたい、と思った。この想いを。

 語り合いたい、と思った。この喜びを。


 だが、私は一介の貴族令嬢。王族に軽々しく話しかけられる地位にはない。どうしようと思っていると――弟を宥めていた彼がこちらを向いた。

 まさか私の視線に気づいて、と驚く私をよそに、背後から勢い良く声がした。



「神は姉御だァ!!!」


「姉御万歳!」

「姉御は女神!」

「姉御のおかげで世界は回る!」


 新手の宗教だろうか。



 重なる賞賛の合唱に一体どんな恐ろしい有様なのかと振り向けず俯く私に、抱きついてくる妹。何故か第二王子殿下を威嚇している。「テメェどこ中だァ!」と言っているが、中って何だ。


 彼が私を見ている。弟の頭を撫でくりまわしていた手を止め、満面の笑みの妹に抱きつかれる私を見ている。その瞳は、すでに死んでいない。少しの戸惑いと、そして期待と歓喜の光を宿していた。彼の瞳の中には、同じく喜びを微かに表した私がいた。

 姉御姉御とはしゃぐ妹の髪を優しく指で梳きながら、私も彼を見つめ返す。


 その時の私たちは、目だけでお互いの気持ちを何となく理解した……今思い返しても、以心伝心すぎるが。


「私は……エリシア、この子はミシアと言いますの」

「知っているかもしれないがわたしはティード、弟はルードだ」


 自然と私たちは自己紹介を交わしていた。お互いにくっついてくる弟妹を撫でながら。私と彼は通じ合っていた。想いも全て共有された心地よい空間であった。氷の王子らしからぬ彼の穏やかな笑みに周囲が動揺していた気もするがどうでも良い。ついでに普段表情筋が仕事を放棄している私の方も久しぶりに表情筋が動いたことで妹が驚いていたが、とりあえず置いておく。


「君にはわたししかいないように……わたしには君しかいない」


 頷く。妹が第二王子殿下と睨み合いながら器用に私に向け不機嫌そうな顔をしていたが、妹はあくまでも私の妹であって、同志にはなれない。正直他にも妹の同類(ヤンキー)がいることは私にとって青天の霹靂であったため、これから先新たな同志に出会うかなどわからない。おそらく出会わない確率が高い。だからこそ彼はここで出会えた同志を逃してなるものかという気持ちでいっぱいなのだろう。私もである。


「私たち、とても仲良くなれると思いますわ」


 私と彼は歩み寄り握手を交わした。引きずられた弟妹が拗ねていなければ、その場で抱擁していたかも知らない。それほどに、私と彼は言いようもない幸福感に包まれていた。




 三日後、実家から書簡が届き、彼との婚約が結ばれたらしいことを知った。

 何故だ。

第1話登場人物


*エリシア(主人公、姉御)

どシスコン。妹が可愛い。しかし、妹の予想もつかない行動に驚くのに疲れ表情筋がストライキした。

親の影響で心中はいつでもかなり淡々としており、その感情に波ができるのは妹関連だけであった……今までは。


*ミシア(妹)

天使でヤンキーな妹。姉が大好きなどシスコン。

異世界転生者疑惑があるが、そこまではっきりとした記憶がなく、またその記憶を能動的に活用する気もない。全ては神たる大好きなおねえちゃんのため。


*ティード(第一王子殿下、氷の王子)

ルードとは異母兄弟でどがつくほどのブラコン。しかし周囲の人間がどんどん弟の舎弟になりビビっている。

婚約を手配した張本人。父は国王だが母は側妃のため王位継承権が低い。

無感情と称されるのは、あまり負の感情を出すと弟が暴走して原因を殴りに行ってしまうため。


*ルード(第二王子殿下、弟)

兄を神と崇めるレベルのブラコン。兄への悪意に敏感で地獄耳。常に威嚇状態。

いつか兄に王になってもらい、自分は兄の側近として働くのを夢見ている。

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