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超・妹は天使  作者: 夜雨
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第1話【同類】そのいち

姉妹のうち一人が周りから愛されてもう一人の好きな人あるいは婚約者も夢中にさせ、もう一人は貶められるみたいな話が好きなんですが、シリアスかつ鬱な話が多いのでコメディー寄りにしてみました。


第1話と第2話は短編と大体同じなので、しゃらくせぇ!という方は第3話からどうぞ〜

 妹は天使だ。


 しかし、勿論妹は人間であり、真白い羽が生えている天の使いというわけではない。比喩である。

 つややかなストロベリーブロンド、陶器のようなつるつるの白い肌、大きなサファイアの瞳にちいさなさくらんぼ色の唇。神の使いというのもあながち間違いではなさそうなほどに、計算され尽くした最適な位置にそれぞれのパーツがある。


 微笑めば老若男女問わず魅了されてしまうだろう美貌。礼儀作法もきちんと身につけた妹はいつもまっすぐ背筋が伸びていて、淑女と呼ぶに相応しい振る舞いを身につけている。

 元々が最上で、さらに貴族であるがゆえに惜しみなく金を使い磨かれた妹と、不快ではない程度の容貌の私。実の姉妹であると言うのに、その格差は歴然としたものだ。


 我が家は爵位を持った貴族であり、であるからには領地を有している。然程大きいものではないが、騎士団という名の私兵を持てるくらいには裕福で恵まれている。執務と生活を十全に熟せるくらいの大きさの屋敷もあり、家臣団やら使用人やらといった存在も身近であった。

 つまるところ、貴族令嬢たる私と妹には専属の侍女や騎士がつけられるのが当然なのだった。


 しかし、両親は私に騎士も侍女もつけなかった。この家を継ぐのはお前の役目だと勉学を課される日々。幼い私の手には分厚い学術書は重く、けれど落とせば「物を大切にしない子供」と蔑視され叩かれる。


 あるいは、彼らは蔑んだわけではなく私など眼中になかっただけなのかもしれない。彼らは昔から妹を愛するのに忙しかった。常に私は後回しで忘れ去られる存在だった。誕生日なんて私ですら忘れそうなほどに何もなかった。

 祝ってくれたのは、妹だけ。


 まだ片手の数に収まる歳でありながら、この世のものとは思えぬ美貌を持つ妹はたくさんの騎士や侍女に囲まれていた。十数人もの専属騎士、侍女がいたために。

 彼らは事あるごとに妹を持ち上げ、褒め、恭しく接した。私と接するときはどこか怯えるように、事務的で悲しげなものだったけれど。


 妹は誰にしも愛される天使だった。


 私とて、妹を恨むことなんてできなかった。妹が愛されるのはあの子が素晴らしいから。私はあの子みたいに美しくなくて、物覚えも悪い劣った子供だから仕方がないのだと……そう、思い込むことにして。


 あの子を可愛いと思う気持ちに嘘はない。

 当時、ちいさな妹はまだ四つを数えたばかり。私の後をちいさな足でよたよたと追いかけるのが好きで、片手にお気に入りのぬいぐるみを持って雛鳥のようについてきた。そんな妹が可愛くないわけがなかった。


 妹だけが私の味方をしてくれる。だからどれほど悲しくても、辛くてもいい。あの子が幸せならば。



 そんな風に息を殺して耐えた日々を――幼い私の妹は、許さなかった。






 ふぅと無意識に息を吐き、それから慌てて周りに誰もいないことを確かめる。淑女として溜息をつくなどしてはいけないことである。私はなおさら、しゃんとしていなければならないのだから。

 姿見に写る、制服を身につけた自分は冷たい眼差しでこちらを見つめていた。プリーツスカートやリボンタイが乱れていないことを確認しつつ、その目を見返す。妹のような可愛いらしい、柔らかな表情をつくることはとうに諦めていた。


 鞄を持ち、部屋から出ると妹がいた。

 ここは貴族が教育を受ける学園――その学生寮である。私と二つしか離れていない妹がここにいるのは当たり前であり、彼女が入学してから一ヶ月も経つ今となっては既に妹がいることには慣れていた。慣れることができたのだ、驚くことに。

 妹の周囲に広がるある種の異様な光景にも、人間は順応できるものである。


 私はその光景をあまり視界に入らないようにしながら、妹に向け口を開く。


「ミシア、おは……」



「「「おはようございます姉御ッ!!」」」



 大合唱であった。妹の後ろに跪いた女生徒達が一斉に叫んだのだ。腕を組む妹は心なしか不機嫌そうにサファイアの瞳を光らせている。天使のごとき美貌はそれでも損なわれることはないが、しかし。



「テメェら姉御の挨拶遮ってんじゃねェ! ぶちのめされてェのか!」



 可愛らしいながらドスの効いた声が廊下に響く。誠に残念ながら、天使のような我が妹の台詞である。


「すんませんボス!」


 妹のすぐ後ろにいた女生徒が素早く謝った。続けて他の女生徒達も口々に謝罪している。大合唱の次は輪唱か。朝から彼女達はたいへん元気なことである。


「アァ!? オレに謝ったって意味ねェだろうが!」

「「「すんません姉御ォ!」」」


 大声の連続にそろそろ頭がクラクラしてきた。もう少し音量を下げて欲しいが、彼女らは声の大きさで誠意を表す慣習を持つらしく、注意すれば小さくなるがすぐに元の音量に戻る。

 心なしか頭痛を訴える脳を休ませるようにそっと言う。


「ミシア、遅刻してしまうわ」

「ハイ姉御!!!」


 妹は従順に天使のような笑顔で頷く。何も喋らなければ最高に可愛い私の妹は、口を開けば今日も元気にヤンキーであった。





 そもそも、昔の妹は無口で静かな少女だった。

 勿論舎弟(?)とかいうグループを作って同い年のご令嬢たちをヤンキーにしようなんてこともなく、実家の騎士たちに喧嘩を売って勝ち、同じく舎弟にしたりなんてしなかった。



 そのお人形さんのように淑やかな妹がヤンキーに覚醒した日のことは、今でも鮮明に覚えている。

 そう、あの春の日、妹が小首を傾げていった言葉を。



 その日、私は家庭教師について勉学に励んでいた。この家を継ぐためには幼い頃からの教育が必要だと言って、学園入学の半分の歳にも満たないながらも家庭教師がつけられたのである。

 けれども妹はまだ早いということで、両親とお茶を飲んだりしていたらしい。……私が妹の年齢の頃には勉強が始まっていたのだが。


 授業が終わり息抜きに庭に出た私をたまたま妹の部屋から出てきた両親が見咎め、「ミシアはあんなに可愛らしく、礼儀正しく、聡明だというのにお前は」とまくしたてた。

 妹は前に私の授業に付いてきたことがあるが、前提知識も何も学んでいないのにすぐさま理解し問題演習すらこなしたのである。我が妹は天使の上に神童だったのだ。流石私の自慢の妹である。


 妹の天才さは確かなものだが、今にして思えば六歳の子供と四歳の子供を比べるなど詮無いことである。しかしその時はひどく自分が劣っていてどうしようもない人間なのだと認識していた。物心がついた時から妹と比べられて蔑まれていれば当然の思考だろう。

 私は何も言い返せず、俯いて「申し訳ございません」と呟くしかなかった。


 だが彼女は違った。


 そう、俯く私と蔑む両親の間に割って入ったのは、ちいさく無口だった妹。

 彼女は私を庇うように両親に向き合い、息を吸い込んだ。いつもは眠たげに閉じかかっている瞳をかっと見開く。



「姉御に何いってんだクソアマとハゲジジイ」



 今の妹よりも甲高い子供の声でも、末恐ろしいヤンキーの脅しである。だが妹の容姿と言葉のギャップに思考が停止した両親は怯えるよりクエスチョンマークをいっぱい浮かべていた。同じく思考停止した私であったが、その時抱いた感想は「姉御より姉さまって可愛く呼んで欲しいな」というものである。姉バカここに極まれり。


「姉御は世界一美しくて可愛くて優しくて頭が良い素晴らしい人なんだかんな」


 妹に褒められるのは嬉しいが、「姉御馬鹿にするとぶち殺すぞ」という物騒な副音声が聞こえてしまった私はそれどころではなかった。

 そして両親は状況は理解できていなくても、言葉を表面上理解していた。条件反射で返答を紡ぐ。


「み、ミシアの方が可愛いさ」

「そ、そうまるで天使のようで……」

「オレが天使なら姉御は女神だ」


 私は神ではない。が、妹は天使であることには同意したい。

 しかし、妹自身はどうやら私を自分より上に置きたいらしく譲らない。妹としての分を弁えていると言いたいのだろうか。そんなこと気にせずとも良いのだが。


 結局、その後妹はよくわからないがヤンキーとして覚醒し、自分の専属騎士をヤンキーの序列的な意味で従わせたり私を姉御として彼らに敬うよう指導したりと好き放題やり始めた。年上の彼らに低い声で姉御と呼ばれるのは何とも奇妙な気持ちになるのでやめて欲しい。侍女達も軒並みヤンキー化していたときは一瞬意識が遠のいた。実家の使用人のほとんどがミシアの舎弟になっている状況は私には刺激が強すぎる。


 しかし妹を叱りつつも、最後には妹の好きなようにしてしまう私も私である。

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