第五章8『最終決戦(後編)』
面と向かって、二人が向かい合う。
このような真剣勝負は、案外久しぶりのような感覚がある。
「……剣が震えているぞ、冒険者」
「五月蠅いわね、創造主。あんたこそ、汗が止まらないように見えるけれど?」
お互いが、お互いに、緊張している。
はっきり言って、冒険者よりも開発者の方が全般的にゲームは上手い傾向にある。実際問題、ゲームのデバッグをしている以上、ゲームのシステムについては全てを理解しているというのが開発者の利点だろう。裏を返せば、リリースしてからしばらく経過した場合にとっては、デバッグしてからの『間』が生まれてしまい、それにより誤差が生じることもあるが、それも僅かの可能性になってしまうだろう。
問題は一つ。
至ってシンプルな問題だ。
「……一撃。一撃であんたを仕留めるわ、創造主」
「ふん。出来るものかね? それが出来るなら苦労しないと思うがね」
「いいや、絶対にやってみせるさ。そうでなければ、私もレベルカンストまで極めたとは言い難いものだからね」
「ふん……、レベルカンスト、か。はっきり言って胡散臭い称号の一つだよ。この欠陥品じみた『アビスクエスト』においてレベルカンストまでやってのけるということ自体が珍しいことだというのに」
「欠陥品……ね」
確かに、欠陥品なのだろう。
何せ、この『アビスクエスト』は、人間の魂を格納するためのプログラムを、MMORPGという簔で隠したものだったのだから。
ならば。
だったら。
アビスクエストは、開発者が無視できる程のクオリティだったのではないか?
アビスクエストは、開発者がテストプレイを放棄する程のクオリティだったのではないか?
そんなことを考えてしまう。
だとすれば、こちらにも勝機はある。
今言ったあの発言も、ただのデコイかもしれない。
だとすれば。
「……さあ、行くぞ。レベルカンスト勢とやらの実力、見せて貰おうか」
「良いわ、ならば教えてあげましょう。貴方を倒す人間の名前を。私の名前はアリス。良く覚えておくことね」
「アリス、か……。ふふふ、覚えておくことにしよう。しかし、倒れるのはお前だ!」
そうして。
私は走り出した。
同時に、創造主も駆け出していく。
それだけだったのに。
それだけだったのに。
それだけだったのに。
ガキン、と。
剣がぶつかり合う音がした。
そうして、私と創造主は背を向ける形になる。
私は、勝った、と思った。
創造主の方を見ると、ゆっくりと崩れ去る身体が写っていた。
「……勝った」
「ぐふっ」
創造主は血を吐き出して、そのまま倒れ込む。
「おじいちゃん!」
少年は、創造主の横に駆け寄る。
「向かうな! 少年!」
言ったが、聞く耳を持たず。
少年はそのまま創造主の元へと走って行った。
「流石に……、現役プレイヤーには適わないものがあるな……」
「おじいちゃん! 死なないで!」
「死ぬことはない。何せ、これはただのアバターだ。だが、もうこれ以上、私はこの『アビスクエスト』に関わることは止めよう……」
そう言って、創造主は立ち上がる。
剣を杖の代わりにして、ゆっくりと立ち上がった。
「アリス、と言ったな」
「ああ」
「お前に、管理者権限を授けよう」
「何だと?」
「私はもうこれ以上、このゲームに関わるつもりはない。ならば、管理者が新たに必要となるだろう。だとすれば、新たな管理者として、君を選択するのが一番だと私は考えているのだ」
「断る!」
「そうか、引き受けてくれるか……って、え?」
「そんなものを引き受けたら、ますます私が忙しくなるじゃないか。確かに私はこの『アビスクエスト』が好きだ。だが、管理者になる程、興味がある訳じゃない」
「ならば、管理者は……」
「引き続き、あんたがやれば良いんじゃないか? 但し今度は、プレイヤーに影響を与えない程度で」
「……そうか。そう言って貰えると、大変有難いのだが……。それで良いのか?」
「アリスが言うなら、それでいいんじゃねーの」
言ったのはゴードンだった。
「ゴードン……」
「別にあんたのことを許した訳じゃねえよ」
ゴードンはさばさばとした性格だということは理解していた。
だが、ここまでさばさばしているとそれはそれですがすがしい。
「でも、管理者が居ないゲームというのもどうか、と思うだろ? だったら、あんたが引き続きゲームの管理者を引き継げばそれで良い。国が何をしでかそうとしているのか分からねえけれど、国のことはあんたに任せるよ」
「良いのか、ほんとうに……。私は君たちのことを、実験台に使おうとしたんだぞ……」
「だとしても、悪いこととは思わないね」
「そうか……。ありがとう、ありがとう……」
こうして、一つの戦いが終わった。
私達は、創造主に勝ったのだ。




