第五章4『「白き女王」のコピー』
「いずれにせよ、二十二時間余りでこの世界は終わっちまう。それくらいは理解して貰わないと困るってもんだぜ」
ゴードンの言葉に、彼らは頷くことしか出来なかった。
ゴードンの言葉に、ただ従うことしか出来なかった。
「……でも、どうすれば良いんだ?」
言ったのは、前に立っている魔導師だった。
「お前、名前は?」
「ラルスだ」
「ラルス、お前魔法は使えるか?」
「当然だ! 私は魔術師スキルを持っているのだぞ!」
「なら、お前は先頭だ。良いな?」
「な……!」
そう言って。
ゴードンは次々に人間の立ち位置を決定していく。
「ちょ、ちょっと待った! いくら何でも急すぎやしないか!?」
私が止めに入ると、ゴードンは踵を返した。
「何が、だ?」
「何が、って訳じゃないけれど……。少し考える余裕を与えてくれても良いんじゃないか、という話だ」
「それをしている暇が、果たしてあるのか?」
「それは……」
私は何も言えなかった。
私は何も言い出せなかった。
言えるはずが無かった。
通用するはずが無かった。
「……だろ?」
溜息を吐いたゴードンは、そのまま踵を返すと、行動を再開した。
やることは変わらない。彼にとってやることと言えば、人数の振り分け。ただそれだけなのだから。
「後は、あいつに任せときましょ」
言ったのは、ゴードンと一緒に居たメディナだった。
「何故だ?」
「あいつはそういうのが上手いんだよ。……現実世界でも学級委員を任されているだけはあるって話」
学級委員、ということは学生になるのか。
学生――ふふ、懐かしい響きだ。いつかの何処かでは、間違い無く私も学生だった訳だが、気づけば学生という身分から離れて随分経過してしまったような気がする。それは私が年を取ってしまったからか、私が社会から隔絶してしまっていたからか。いずれにせよ、良いことでは無いと思うのだけれど。
「……よしっ! これで取り敢えずまとまったな!」
ゴードンの言葉を聞いて、私は我に返った。
今、ゴードンはなんと言った?
取り敢えずまとまった、と言った?
「……何ぼーっとしている訳? 俺は言ったはずだぜ。まとまった、って」
「いや、それは分かるんだが……。あの暴動じみた連中を、どのように押さえ込んだというのだ?」
「企業秘密だ!」
「企業秘密、って……」
企業もクソもないような気がするのだが。
「それはそれとして! これからどうする、リーダー?」
「り、リーダー?」
「そうだ、あんたがリーダーだ。あんたが唯一レベルカンスト級でこの戦いに参戦した存在。ともなればあんたがリーダーになるのは当然の摂理だろ? あ、ちなみにこれは全員が了承した事実だからそのつもりで」
マジか。
いつの間にそんなことをまとめ上げたのかはさっぱりだったが、そう言われてしまっては仕方が無い。
そう思い、私は息をすうと吸った。
空気がぴりりと引きつったような感じがした。
それでも、やるしかない。
それでも、頑張るしか無い。
「諸君!」
ひくついた空気がさらにぴりりと引きつった感覚があった。
しかしそれで狼狽える私では無い。
そんなもので狼狽えてしまっては、リーダー失格だ。
「リーダーに任命された、アリスだ。私はレベルカンスト級の存在であって、君達よりも多くの戦闘を経験していることは認めよう! しかしながら、これから行われる戦闘は誰も経験したことのない戦闘だ。もしかしたら、死者も出るかもしれない。相手は『管理者』だ。何をするか分かったものではないからな」
一息。
「しかし、だからといって、それで諦める私達では無い! 必ずや『管理者』を打ち倒し、我々の手に『アビスクエスト』を取り戻すのだ!」
うおおおおおおおお! と雄叫びを上げる連中。
どうやら士気を上げることには成功したようだった。
◇◇◇
それを映像で見ていた人間が居た。
「……幾ら士気を上げようったって無駄だというのに。それに気づかないんだから、人間というのは面白い生き物だよ」
画面から視線を外して立ち上がると、試験管に触れる。
試験管には、大きな人間のような何かが緑色の液体に浮かんでいた。
「……私が直接手を下す事は無い。手を下す必要は無いのだよ。だから、『これ』を使う。だから『これ』を用いる。完璧な作戦だ。完璧な内容だ。……なあ、そう思うだろう?」
こつり。
音が聞こえて、人間はそちらを振り返る。
そこに立っていたのは、白いワンピースに身を包んだ少女だった。
「……『白き女王』、今日から君がその名前を引き継ぐんだよ」
「私が、ですか?」
首を傾げた少女に、人間は話を続ける。
「先代は失敗したからね。今度こそ、新しい世界を作り上げるためには、『白き女王』の新世代が必要となる。ここにある『コピー』を使っても構わない。今からやってくる『反乱軍』を徹底的に潰せ。私が出す使命は以上だ」
「……畏まりました、ご主人」
そう言って、二人の会話は終了した。
それから始まる戦争が、静かに幕を開けるのだった。




