第五章3『ゴードンの言葉』
「おい、アリス。何をちんたらしている暇がある。そんなことをしている暇があるなら、さっさと作戦を決めてとっとと取りかかろう。何せ二十四時間しか無いんだ、俺たちに残された時間はよ。だったらさっさと勝ってさっさと新しいワールドを築く! これが俺達のやり方だ、ってね」
声が聞こえた。
その刹那、ぽかっ、と殴られたような感覚が私に遅いかかってきた。
「おい、誰だ私を殴ったのは! 一応レベルカンスト勢にも、ダメージというものはあってだな……。おー、痛い痛い」
「あ? そうなのかよ、そいつは悪いことをしたな」
「ん? ……その声は」
目を開ける。
私の目の前には、ゴードンが立っていた。
「ゴードン……、やはりお前か」
「何だよ、俺じゃなきゃ何か問題でも?」
「あるに決まっているだろ。仮にもレベルカンスト勢を殴りつける暴挙、普通なら出来る筈があるまいて!」
「えーはいはい、そうですかよー」
正直そんなことはどうだっていい、って言いたそうな表情を浮かべていた。まったく! しでかした方はそっちじゃないか!
「……えーと、取り敢えず、作戦についてはそれで了承して貰えますか? ほら、マルスも」
「えー、何だよ、メアリー。そんなこと言ったって、俺たちのことを何も考えちゃくれてないぞ」
「どうして?」
マルスの言葉に、何処か引っかかった節があった。
……まさか、とは思うのだが。
この二人はレベルカンスト勢に対して悪いイメージを抱いているのでは無いか?
いや、この二人に限った話ではあるまい。私のようなレベルカンスト勢は、殆ど『遊び』と言える部分が無くなっており(とどのつまりが、『稼ぎ作業』と言われるようなもの。つまり、遊びが遊びではなく、ただの作業と化しているのでは無いか、ということだ)、それが現実になっているならば、わざわざレベルカンスト勢が出しゃばる必要性など皆無では無いか、という点だ。その点については私も幾度となく出会ったことがあるから、別に珍しいことじゃない。
だが、問題は。
これが我々人間と創造主の間で行われる戦争であるということ。
そして期限が二十四時間後に迫っている、ということ。
それがどうした、という話かもしれないが、『どうでも良いと思っている』と揶揄されているレベルカンスト勢が出しゃばっているから不愉快だ、と思っている人間がもし居るとするならば……という話だ。
確かに、そうかもしれない。レベルカンスト勢の中には、このゲームのことを『遊び』ではなく、『作業』として認識しており、マクロを組んで、実際にプレイすることは無くなってしまったのかもしれない。
「……どうしたってんだよ」
言ったのは、ゴードンだった。
「確かに、目の前に居るのはレベルカンスト勢だ。俺達にとってみれば、逆立ちしても逆らうことが出来やしねえ、このゲームにとっての『最高位』存在だろうよ」
だが。
「それがどうしたっていうんだ?」
ゴードンの言葉は、シンプルに、だがそれでいてわかりやすいものだった。
「レベルカンスト勢が仲間になってくれるって言うんだ。そして、今行われるのは、この世界が亡んじまうかもしれないっていう大切な戦い。それについて参戦してくれる、って言ってくれたのはとても有難い話だ」
一礼。頭を下げたゴードン。
何だ、素直なところあるんじゃないか。
私との関係性はどちらかというと、サイン波みたいな安定しているように見えて安定していない波形を描いているように見えただろうに。
さらに、彼の話は続く。
「レベルカンスト勢のことを信用ならねえ、という気持ちは分かる。俺だって、俺達二人だってそうだった」
突然そう言い出すと隣に立っていたメディナの肩を叩く。
メディナは少し恥ずかしそうな表情を浮かべていた。
「だが、だがよ。そんなこと言っている場合じゃないんじゃないか?」
「……レベルカンスト勢の意見を受け入れろ、って言いたいのかよ?」
「漸く、お前の本音が聞けて嬉しいよ、えーと、マルスだったか?」
「……俺達はレベルカンスト勢の為に、盾になれってことかよ」
「そんなこと言ったつもりはまったく無いんだけどなあ……」
「アリスは黙っていろ、お前が言いたいのは。いいや、こいつらが言いたいのは、もっと別の問題だ」
「別の?」
「そうだ。……なあ、お前達。レベルカンスト勢だってさ、一緒にゲームをしようと思っているんだぜ。この空間を失いたくないから必死に働いてくれるんだぜ。その気持ちを無碍にしたくない、とは思わないか?」
「しかし、だな……」
「しかしもクソもあるか。俺達一般ユーザーにとってみれば、だ。レベルカンスト勢だって、一般ユーザーだ。運営から何か経済的支援を受ける訳でも何でもねえ。そうだろ? アリス」
「え、ええ。確かにそれはそうだけれど」
「本当に?」
「ここで嘘を吐くつもりはありません。私は真実しか伝えていないわ」
「……だとさ。信じるか信じないかは各々の感性に任せるとして、だ」
ゴードンは私に背を向ける。
三十人程の視線が、ゴードンに向けられる。
彼は、その視線を浴びてどう思ったのだろう。
少し、気になってしまうくらいだ。




