第三章13『決戦、ヤルダバオト(中編)』
「そもそも人間は、神に頭を垂れるだけの存在に過ぎなかったではないか。それを突然、何だ? 私を邪神などと言って、討伐するようになった。それは間違いではないか? 人間に、たかだか木よりも小さい、獣よりも小さい存在が勝てるとでも思っているのか? 否、否、断じて否だ。答えは否としか言い様がない。そんなことが有り得る訳がない。神として、私が負けるはずがない」
「でも、私たちは勝たないといけないのよ。だから、その首貰い受けるわよ。ヤルダバオト」
「……ほう、大方『白き女王』にでも言われたか? 彼奴にとって、私は目の上の瘤。そう思うのは致し方無いのかもしれないがのう」
「……分かってるなら、さっさとやられてくれると有難いのだけど。どうせデータに過ぎないんだから、死生観なんて存在しないはずでしょう?」
「でも、お前達には存在しているはずだ。死生観が。生きること、そして死んでいくことが」
それは、まるで。
AIのくせに、外の世界を認識しているような言い回しだった。
邪神ヤルダバオトは【アビスロード】と比べれば、一つグレードの下がった存在である。しかしながら、形態は変わらないただのAIだ。AIに出来ること、AIに出来ないことをここで羅列する必要性は皆無だと思っているが、簡単に言ってしまえば、AIには外の世界を認識することが出来ない、ということが考えられる。
例えば、私たち人間が暮らしている世界があったとして、その世界に神の居る外の世界があるとしても、それを認識出来る人間は居るだろうか? という話だ。もし居るとしたら、その人間は変わり者か何かだと思われてしまうことだろう。
「……どうした、人間。怖じ気づいたか?」
「そんなこと……!」
ある訳ない、と言いたかった。
だが、確かに、私の身体は感じていた。
こいつは強い、と。
「何を考えている、アリス! 今は、あいつを倒すことだけを考えるんだろうが!」
言ったのはゴードンだった。
「そ、そんなこと、言われなくても分かってるわよ!!」
分かってる。
分かってるけど。
その強さは、じんじんと感じてくる。
「……さあ、行くぞ。人間!」
轟!! と叫び声が上がった。
ヤルダバオトと人間の決戦の幕が、切って下ろされるのだった。
◇◇◇
ヤルダバオトの右腕が、ゴードンに襲いかかる。
しかしゴードンの盾がそれを封じた。そしてその隙を狙うように、メディナが太刀を横腹に当てる。
だが、それだけでは攻撃力が足りなかったのか、にっ、と笑みを浮かべるばかりだった。
「……なっ」
「避けろ、メディナ!! こいつは俺たちのレベルからすれば若干……いや、大分格上だ!!」
メディナはそれを思い出し、急いでゴードンの居る場所まで後ずさる。
ゴードンの横まで到着して、メディナは肩で息をしつつ一口。
「助かったぞ、ゴードン。そういえばそうだったよ、こいつは私たちにとっては格上だということを!」
「そうだ。だから、ここで攻撃が適うのは、」
「うりゃあああああああ!」
ゴードンの頭を土台にして、そのままふわりと浮かび上がる。
剣士の上位ジョブ、【剣聖女】アリスがヤルダバオトの頭めがけて飛びかかった。
しかし、それを左腕で制するヤルダバオト。
「何っ……!」
「そう簡単にいくと思っているなよ、人間!」
「か、固い……! 剣が通らない……だと! バカな、ダメージは確実に通っているはずなのに!!」
「ああ、そうさな。ダメージ自体は確実に通っているとも。だがな、私と君たちとは体躯の大きさが違う。魔力の保有量が違う。戦術の幅が違う。君たちが戦ってきた下等の【アビスロード】や、雑魚モンスターとは違うのだよ」
「ぬぬぬ……!」
だが、それでも諦めない。
諦める訳にはいかないんだ!
私は力を込めて、何とか傷がつかないか、何とか左腕でも切り落とせないかと力を込めた。
そして、その瞬間は訪れる。
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!」
ヤルダバオトに生えていた左腕。その一本を部位破壊した。
破壊されたものはデータ化し、インベントリに自動的に採集結果がウインドウに表示される。
「よしっ! 部位破壊!」
私はゴードンの元まで戻り、ガッツポーズをする。
「お前、蹴るなら蹴るって最初から言っとけよ……」
「言ったところで許可して貰えるかどうか謎だったから言わなかった。それだけの話よ」
「そりゃ、そうかもしれないがな……」
話はほどほどに。
左腕を破壊されたヤルダバオトは苦しみ、悶えながら、私たちを睨み付けていた。
「ぐおおおおお、ぐおおおおお。に、人間め…………。まさか、私の左腕を一発で破壊することが出来るとは……」
「伊達にレベルカンスト勢を名乗ってないわよ?」
「いや、それ通じるのか……?」
邪神ヤルダバオトに、レベルカンスト勢なんてこと言って知ったこっちゃないかもしれないけどね!




