第三章3『白魔導師、レオン参戦』
『アビス・ファースト』の歓楽街を歩きながら、レオンはずっと考え事をしていた。
邪神ヤルダバオト。
まさかその名前を、また聞くことになるとは思いもしなかったのだ。
ヤルダバオトと出逢ったのは、半年前のことになる。
一緒にゲームをしていた友人が『ヤルダバオトの存在』に気づき、無謀にもその首を取ろうと挑戦した。
しかしながら、結果は無残なものとなってしまった。
食いちぎられた腕、引きちぎられた足、死ぬに死ねないその身体。
今も覚えている、その怨嗟の声。
白魔導師だった彼女は後方支援だったこともあり、無事だった。
だから、いや、だからこそ、彼女は二度とヤルダバオトと関わりたくなかった。
だのに。
彼女はその言葉を聞いてしまった。あの【剣聖女】から、ヤルダバオトの名前を聞いてしまった。
どうしてあの邪神を追い求める人が出てくるのか。
どうしてあの邪神に辿り着く人が出てくるのか。
ネットの世界は広大だ。たとえネットの海に沈めたデータであろうとも、そのデータはいずれ回収されてしまう。
ヤルダバオトという隠しボスがいるということ自体、無くしてしまわなければならないことだったのに。
「……見つけた」
彼女はその声を聞いて、思わず上ずった声をあげてしまった。
目の前に、【剣聖女】の彼女が立っていた。
◇◇◇
『アビス・ファースト』で逃げようたってそうはいかないのよねー。何せ『アビス・ファースト』は私の庭と言っても過言では無いぐらい歩き回ったのだから。だから裏道だって分かるし、どのルートを通れば最短でその場所に辿り着くかなんて簡単に分かってしまう。
「私にとって、この場所は庭と言っても過言じゃないんだよ。だから逃げようとしたって、無駄」
「それ、悪者の台詞じゃありませんか?」
「え? そうかな。ま、いいじゃない。たまにはこういう台詞を使ってみても」
「そういう問題かね……。まあ、いいや。とにかく質問!」
メディナがびしっ! とレオンに向けて指さした。
「な、何かしら?」
「どうしてヤルダバオトの名前を聞いて逃げ出したの?」
「そ、それは……」
「ヤルダバオトと何か因縁があるからじゃないの?」
言ったのはメディナだった。
メディナはさらに話を続ける。
「あなたがどういう因縁を持っているかは分からないし、分かろうとも思わない。けどね、今二十人もの命が絶とうとしているのよ。それを防ぐためには、ヤルダバオトを倒さないといけない。分かる? あなたのちんけな因縁を考えてる暇があるぐらいなら、ヤルダバオトを倒す作戦会議を開いた方が一万倍マシって言いたいのよ」
「ちょっと、メディナ! 流石にそれは言い過ぎじゃ」
「あなたたちなら倒してくれると言うんですか……」
レオンはぽつりと呟くように、言葉を返した。
「あなたなら、あなたたちなら! あのときの彼のように、無残にやられることなく! ヤルダバオトを討伐出来ると言いたいんですか!! あなたたちなら、それを!!」
「ええ。やってのけるわ」
私は、言ってやった。
そうでもしないと、解決しないと思ったから。
そうでもしないと、終わらないと思ったから。
だから私は行ってやったのだ。倒すことが出来る、と。
「え……」
レオンだけでなく、メディナやゴードンも絶句してた。当然だろう、こんなこと、シナリオにはないのだから。
けど、彼女が思ってることは薄々私にも気づき始めてた。彼女がヤルダバオトと何らかの因縁を持っているということに。そして、その因縁を打ち砕くためにはヤルダバオトを倒すしかないということに。
「ほんとうに、ほんとうに……?」
「ええ。出来るわよ! なんたって、私はレベルカンスト勢だからね!」
レベルカンスト勢であるということは、あまり口にしない方が良い。
理由は単純明快。自慢だと思われてしまうからだ。まあ、実際言ってるときって自慢してるケースが大半なのよね。レベルカンストって、滅多に居ないし。そしてレベルカンスト勢同士が交流すること自体も滅多に無いし。
「レベルカンスト勢……、ほんとうに居るんだ……。伝説とばかり思ってた……」
「いやいや、伝説って。何十人も居るんだからそのうち出逢うことだってあるでしょう? レベルカンスト勢は別に伝説でも何でも無い。あなたたちが別にかけた時間を、この『アビスクエスト』に費やしただけに過ぎないんだから。だから、はっきり言ってしまえば、レベルカンスト勢はここにしか居場所がない人間が殆どなのだけどね」
「え、今なんて?」
「さて! どうするの?」
私は手を差し出す。
さっきは手を差し出された。けど、今度は違う。今度は手を差し出してあげる番だ。
「あなたは、ヤルダバオトとの因縁を打ち砕く? それとも、これからもヤルダバオトとの因縁から逃げ続ける? どちらを選ぶかはあなたに任せるわ。でも、もしあなたが私たちと一緒に戦ってくれるなら、ヤルダバオトを討伐してくれるというのなら、この手を掴んで」
レオンは、ずっと考えてた。
私の方を、じっと見つめてた。
そして、レオンはしっかりと頷くと――私の手を握るのだった。
その手はほのかに温かく、そしてはっきりと意思のある、力のこもった握手だった。




