第三章1『酒場に現れし救世主(二名)』
「お帰りなさい……。あら? 他の方は帰ってこなかったんですか」
『アビス・ファースト』のオンラインカウンターにて。
私はその言葉を聞いて、ただ、頷くことしか出来なかった。
「……もしかして、何かあったんですか? ほら、一緒についてきている、あの少年の姿も見えませんし」
「良いか」
私は、気づけば彼女の両肩をがっしりと掴んでいた。
彼女は何も言わず、ただ私の両の眼をじっと見つめている。
「『作戦』は失敗した。だが、未だやり直すチャンスは残っている。絶対にこれを『口外』するな」
「は、はい……」
「へえ。【剣聖女】様も失敗することがあるのかねえ」
「!?」
声を聞いて、私は振り返る。
そこに立っていたのは、緑髪の青年と、金髪の女性だった。
「お前達は……! 確か作戦会議には出ていたはずだが、」
「ゴードンだ。そんで、こっちはメディナ。ちょいと野暮用があったものでな、『会議』には参加したがほんちゃんには出なかった。……まあ、あんたの慌てぶりを見た限りだと、どうやら参加しなくて良かったっぽいけれどな」
「……強請るつもりか?」
「何が?」
「私が失敗したことを言いふらさない代わりに金を支払えというやり方だろう。分かってる。お前達みたいなやり方は」
「まあ待て。落ち着け」
ゴードンといった男は、私の前に手を差し出し、
「そんなことを言っている場合か?」
「は? 何を……」
「あんたはとても慌てている。そして、さっき言った感じからして『未だやり直せるチャンス』がある。そうだろう?」
こくり、と私は頷くことしか出来なかった。
「だったらやり直せよ、【剣聖女】。お前にはそのチャンスが与えられているんだから」
「……! 貴様、分かったような振りをして」
「分かっているさ。分かっているとも」
「くっ……」
「俺も一度失敗した。そして、そのチャンスを逃した。だが、あんたには未だチャンスが残っているじゃないか。チャンスが残っているだけで儲けものだろ?」
「お前……、言ってることはどうやら正しいようだな」
「そうだろ? んで、本題はこっから」
「本題?」
「あんたは、チャンスを逃したくない。そして俺たちは、参加するべき『チャンス』に参加しなかった。だから、その手助けをしてやろうじゃないか、と思っている訳さ」
「ちょっと、ゴードン。あんた何を……」
メディナは少し慌てた様子を見せていたが、ゴードンはそれを手で制した。
「どうする? 一応俺たちはレベル100までは行かずとも、それなりに実力はあると自負している。そんな実力者二人が手を組もうと言ってきているんだ。あんたなら、手を組まない手はないだろ?」
「報酬は? まさかノーギャラで働くとか慈善事業的なことは言い出しまい?」
「まあ、そうだなあ。……今回の【アビスロード】討伐について、ギャラを少し多めに貰えればそれで構わねえよ。どうだ?」
ゴードンが差し出した手を、私は受け取る。
「乗った!」
「よっしゃ。それじゃ、早速作戦会議と行こうぜ。えーと」
「アリスで良い。そっちはゴードンとメディナで良いな?」
「ああ、良いぜ。特に畏まる必要もねえからな」
そうして、急ごしらえで作られた三人のチームは動き出した。
先ずは、邪神ヤルダバオトを討伐するための作戦会議を行うため、奥のカウンターを利用することとした。
◇◇◇
「……という訳で、ヤルダバオトの首が必要になった」
「……マジかよ。ヤルダバオトと言ったら隠しボスも良いところ。レベル120ぐらいあれば何とか倒せるかも、と言われているレベルのボスだが……」
「120あれば倒せるのか?」
「ああ。だが、あくまでパーティの平均レベルが、って話だぜ。俺が75、メディナが72、あんたが170ってことを考慮したらこっちのパーティの平均レベルは……えーと……」
「105、あまり1」
「そう。105だ。だから僅かに……いいや、圧倒的に足りやしねえ。だから、あんたに頼ることになっちまうな。道中のモンスターは何とかなるだろうけれど、ヤルダバオト戦になったら、そのときは……」
「分かってる。もとより私が決められたことだ。私がやらないで誰がやる」
「言うねえ。じゃあ、どうするつもりだ? いくら何でもあんた一人でヤルダバオトを倒せるほどの戦力には満たねえだろうよ。……まあ、俺は盾師だ。少しは何とか無茶が出来るかもしれねえが、それも限りが有る。ポーションガン積みで行くか?」
「いや、それだとお金がかかる。もっと何か良い方法は無いか? 例えば、白魔導師を雇うとか」
「白魔導師となると、レベル100以上の魔法使いが必要だな……。そんな簡単に集まるか?」
「そのときのための酒場だろうが」
私は酒場を指さし、カウンターの裏にあるボードを見た。




