第二章10『決戦準備(後編)』
次に向かったのは武器屋だった。武器屋には様々な武器が並べられており、私はどの武器を使うかずっと悩んでいた。そろそろ今使っている武器も古くなってきているし、新しい武器にしたいところもあるのだが、しかしながら、この武器は、半年前に『師匠』に買って貰った大事な武器だ。売る訳にもいかない。しかしこのままではインベントリを圧迫する恐れがある。さて、どうしたものか……。
「よう、嬢ちゃん。いい武器、持ってるじゃねえか。打ち直して立派な武器にすることも出来るぜ」
それを聞いて私は目を丸くした。
「武器を……打ち直す?」
「簡単に言えば、一度武器の鉄を溶かすって訳だな。そんでもって、もう一度成形し直す。簡単に言ってしまっているけれど、なかなか難しいことなんだぜ? でも、今持っている武器に愛着を持ってしまって、インベントリを圧迫してしまうから新しい武器を買えない人にはうってつけのプランって訳よ。どうだい、嬢ちゃん? そのプラン、ちょいと試してみようとは思わないか?」
「お願いして貰いましょうよ、アリスさん!」
言ったのは少年だった。
少年はこの武器について何も知らないはずだ。だのにどうしてそんなことを簡単に言ってのけるのか。私にはよく分からなかった。けれど、今このまま放置するのも悪い話ではない。
「……お願いして貰おうか。いつまでに出来る?」
「なあに、そんな時間はかからねえよ。一日もあれば簡単に出来るさ」
そう言われて私は安心して武器を武器屋に手渡した。
一日で済むならば、問題はあるまい。
出歩けなくなることはあるが、それでも三日後の決戦に間に合うならば問題は無い。
そう思って、私は武器を――ゆっくりと手放した。
◇◇◇
同じように防具屋へと足を運んだ。
防具屋でも防具の鋳造を依頼し、それもまた一日で出来るという報告を受けて、問題無い旨を伝えた。なお、予備の防具と武具があるとはいえ、無防備の姿になるということだ。まあ、それを知っているのは数少ない人間だけだし、何も問題はあるまい。それに【ゲームオーバー】をしたところで私は資金を別の場所に隠してある。絶対に見つからない場所に、だ。『師匠』から預かった分も合計して十億ダイス。その資金は絶対に見つからない。もはや人によっては埋蔵金か何かのように思われてしまっていることもあるのだけれど、そんなことはどうだって構わない。私にとって、その資金が無くなってしまうことは、【ゲームオーバー】することよりも大変なことなのだから。
少年と『アビス・ファースト』のオンラインカウンターで別れ、私は家のあるハウスフロアーへと向かう。『アビス・ファースト』の歓楽街から少し離れたところにあるハウスフロアーは、多くのプレイヤーが居住している。そのプレイヤー全員がレベルカンスト……とまでは言わなくとも、レベル130以上の『強豪勢』がそろい踏みしており、警備面では問題無い。それに、レベル130越えのプレイヤーが夜間警備のバイトをしているし。『アビスクエスト』にはそのようにモンスターを倒さずとも普通にアルバイトをして生活する人間も多いのだ。
ハウスフロアーの奥地にある小さな一軒家。そこが私の家だ。後はこの身体を眠らせて、ログアウトすればお終いだ。私の家自体にもプロテクトがかかっており、簡単に立ち入ることは出来ない。だから、自分の家が一番安心といえばそれまでなのだけれど。
「それにしても、今日は疲れたな……。『疲れ』のセンサーはHD001型ヘッドマウントディスプレイには搭載されていないはずだったけれど」
VR疲れ、というのも聞いたことがあるし、その類いなのだろう。ちなみに『アビスクエスト』が六時間以上の連続プレイで警報を発するようにしているのも、その『VR疲れ』によるものらしい。私にとってはそんなことどうだっていいのだが、やはり身体が鬱陶しいというものだ。
家に入り、料理をする。正確には料理をするというプログラムを走らせる。そうして十分もすれば美味しい和風ディナーのできあがりだ。
塩鮭に、味噌汁、ご飯とほうれん草のおひたし、それに豆腐というメニュー。ここまで来ると『西洋風の世界観は何処に消えた?』と思われてしまうかもしれないが、こういうゲームでも和風の食事を食べたいというユーザーの意見を投影したものだという。まあ、その意見を出したうちの一人は私なのだけれど。
食事を取ると、ゲーム上の身体の健康状態が改善される仕組みになっている。だから、食事を取らなくても良いという人も少なくないし、そういう人はゲーム内サプリメントを使って健康状態を維持しているのだ。
食事を取っても太らない、というのは便利な身体だと思う。まあ、栄養素もクソもない訳だし、そりゃ当然と言えばそれまでなのだけれど。
テレビみたいな娯楽も無いし(そもそも、これ自体が娯楽だ)、そのまま食事に使った皿を片付けて、ベッドに入る。私の身体が眠りに就けば、自動的にログアウトされる仕組みになる。
『このまま就寝モードに入ります。ログアウトしますが、宜しいですか?』
私はその言葉にイエスと答え、ベッドに横になる。
そうして、私の精神が――現実世界へと戻っていく。
戻りたくない世界へ。
戻っても意味の無い世界へ。
生きていく意味の無い世界へ。
ゆっくりと、ゆっくりと、戻っていく。




