第二章7『白き女王との過去(4)』
「……、」
「……………………………………………………、」
「……………………………………………………………………無事か、アリス」
「ええ、無事です。無事ですとも。ところで、師匠? どうして私に覆い被さっているのですか?」
「それはだな、言わずとも分かると思っていたが…………、やっぱりお前には私がついていないとな…………」
「…………?」
私は嫌な予感がして、恐る恐る師匠の背中を見た。
そこには、無数の棘が突き刺さっていた。
「……! 師匠! 急いで手当をしないと! 誰か、【ゲームオーバー】していない人間は!!」
「居ないよ、誰一人として存在しない。全員が【ゲームオーバー】した。お前を除いてな」
「嘘、嘘、嘘、嘘! だったら、せめて急いで『オンラインカウンター』まで……」
「そこまで持つ余裕がないだろう。私もそう遠くないうちに【ゲームオーバー】する」
「師匠!?」
「ふふ、もとよりこの身体、あの『白き女王』にくれてやるつもりだったが、まさかその前線で負けてしまうとは思いもしなかった。さすがは【アビスロード】といったところか」
「師匠、師匠!!」
「騒ぐな、鬱陶しい。私はそんなことを教えたか? 人が死ぬときに、慌てふためくことを教えたか?」
「でも、師匠。あなたは、【ゲームオーバー】したときは引退するときと同じだと言っていた! ということはあなたはもう二度と『アビスクエスト』には戻ってこないということ!! そのことを忘れたとは言わせませんよ!!」
「はは。覚えていたか。さすがは若いから記憶力が良い、と言ったところか。ごふごふっ」
「師匠、師匠!!」
私は師匠の身体を横たわらせ、声をかけ続けた。
それの意味が無いことを知りながらも。
いつやってくるかも分からない救護班を待ちながらも。
「師匠、昔の話をしましょう。私のレベルが低くて、モンスター一匹にさえ苦労していたあの頃を」
「ああ、懐かしいな。私の魔法ナシではお前は戦えなかった。そして経験値を得てレベルが上がっていくうちに、お前が徐々に戦えるようになっていった」
「ええ、そうです。そうなんです。私のレベルが上がっていくのを、師匠は喜んでくれた。まるで自分自身のレベルが上がったかのように」
「そりゃあ、当たり前だろう。手塩にかけた弟子のレベルアップだ。自分のレベルアップと同じに見ないで何が悪い」
「そうか。……そうですよね。いつか、私も弟子を持ったら分かるのでしょうか」
「分かるさ。既に君は立派な【剣聖女】だろう?」
「そうか。そうですよね……。分かりますよね……」
「ああ、そうだとも……」
「…………師匠?」
師匠の言葉が聞こえなくなった。
師匠の身体が、光に包まれていく。
そして、それは別の人間の身体からも。
私以外が消えていく。
私以外の存在が消えていく。
私以外の誰もが、消えていく。
「ああ、ああ、ああ……」
白き女王に対面する前に。
白き女王と対面する前に。
私たちは――全滅した。
◇◇◇
それからの話を少しだけ。
【魔導師】マーリンが死んで、マーリンの遺産は他の冒険者に奪い尽くされた。そしてマーリン――師匠が復活することは無かった。別にこの『アビスクエスト』は【ゲームオーバー】イコール死という訳でもないのに。復活しようと思えば、いつだって復活出来る筈だったのに。師匠は復活することは無かった。
遺されたのは、師匠が最後に持ってた杖だ。私と一緒に購入して、結局一度きりしか使わなかったその杖。装備出来ないなら持っているだけ無駄だと言われてしまったけど、それでも私はインベントリに入れ続けていた。絶対にその思い出は、その記憶は、無くしてはいけないと思ってたから。
マーリンとの記憶は、僅か半年。
だけど、私と『師匠』との記憶はとても長いように感じられる。
その記憶は、必ずしも永遠に残る訳では無く、必ず風化してしまう。だけど、それは忘れてはならないことぐらい私にも分かってたし、分かりきってた。
だから、私が少年と出会ったときは、いつかやってくる【ゲームオーバー】に備えて、私の全てを教え込むつもりだった。まさかあれ程に才能が無いとは思わなかったけど。
私は、私のために生きてく。
後世のために遺していく物もあるだろう。
けど、私は、あくまでも私のために生きてく。
それが、師匠の遺言のような気がしたから。
それが、師匠の遺した言葉のような気がしたから。




