第二章6『白き女王との過去(3)』
「師匠、何をし出すんですか。いきなり」
「いや、何か詰まっているような気がしたからな。こういうことは、大人に任せておけ」
師匠は私より三つぐらい上だったかな。だから『大人』という考えは、間違っていたかもしれない。どちらかといえば、部活動の『先輩』に近い考えだったかもしれない。
でも、師匠は私を子供のように熱かったけれど、子供のように見捨てたりはしなかった。
それが師匠の価値観であり、それは私が惹かれていく要素の一つだったかもしれない。
「大人、って。私十八ですよ」
「十八ならまだガキだ。選挙権を得ただけのただのガキだよ。年齢が引き下げられて、勝手に大人にされただけのガキだ。人口減少の割を食っただけに過ぎない」
「でも、それって」
「良いんだよ」
師匠はホットミルクを一口啜って、
「こういう面倒なことは大人に任せておけって。いつかお前もそんなことを言う機会がやってくるはずだ」
「それって、いつやってくるんですか。私は【剣聖女】になって、師匠と同じ最上級ジョブまで登り詰めたのに」
「さあ、いつやってくるんだろうな」
「また遊んでますよね、師匠」
「遊んでるとは心外だな。弄んでると言ってくれ」
「グレードが上がった!?」
「ははは。まあ、別に良いじゃないか」
師匠の年齢は知らなかった。
リアルな事を聞くのは、ゲーム内ではタブーと言われていたからな。
「私は、次の世代に引き継ぐことしか出来やしないよ」
「師匠……?」
「私は、次の世代に新しいことを引き継ぐことしか出来ないんだ」
アバターってあるだろ?
アバターの設定は三十代ぐらいまでしか出来ないんだ。このゲームの仕様だな。
だから、勝手に師匠は三十代ぐらいだと思い込んでた。
けれど、ほんとうはもっと年上だったのかもしれないな。
「さあ、ホットミルクで落ち着く時間はこれでお終いだ。後は戦いに備える時間だ」
「何を?」
「決まってるだろ。良い武器を買いに行くんだよ。お前の剣、もうボロボロだろ。いつから使ってる?」
「剣士ジョブを選択したときからだから……ええと、半年前から?」
「だったら、良い武器にした方が良い。いくら、+99まで上げたとしても攻撃力には限度があるんだよ。思い出があるかもしれない。けれどその思い出を攻撃力に昇華出来るかと言われると話は別だ。これはゲームだ。データ上のやりとりに過ぎない。良いか? 強い武器を使わない限り、【アビスロード】には勝てない。だから、お前の強い武器を、私の強い武器を買いに行く。お前が使える武器なら……レイピア辺りか? その辺りになるだろうな」
「か、買ってくれるんですか!?」
「バカ。自分の金で買え。それぐらいは貯まってるだろうが」
そんなやりとりを交わしながら、私たちは武器を買いにショップ街へと繰り出した。
普通、【アビスロード】と戦うのに、なんでこんな気の抜いたやりとりばかりなんだ、って思うよな。当然だ。それぐらい分かってるさ。
けれど、私と師匠のやりとりって、いつもこんな感じだったんだ。
いつも通りのやりとりだったんだ。
そこに何の違和感も覚えなかった。そこに何の違和感も無かった。
レイピアを買って、杖を買って、ローブを買って、鎧を買って、綺麗に新調して。
その時間が永遠に続けば、それで構わないと私は思ってた。
でも、そんな簡単に続く訳がなかった。
「……さあ、後は戦いの日まで待つばかりだ。準備は良いかな?」
「…………はい!」
そう言うしか無かった。
そう言うしか出来なかった。
師匠の期待を押し潰す訳にはいかなかった。
だから、私はそう答えることしか出来なかった。
◇◇◇
そして、その日はやってきた。
「さあ! 『白き女王』は目の前だ! 防御壁を破壊する!」
事前に行った作戦会議の通り、師匠が第一陣のリーダー、そして私が第二陣である剣士グループのリーダーとなり、音頭を取ってた。
先ずは詠唱を行い、魔法使いジョブの人間が防御壁に穴を開ける。
そうしてその穴を通って剣士ジョブのグループが直接『白き女王。』に攻撃を加える。
……はずだった。
はずだったのに。
「何故だ! 『白き女王』は魔法が効果的だったはず! まさか、攻略情報が間違っていたというのか……?」
魔法による攻撃が思った以上に通らないのだ。
それによる違和感は頂点に達していた。
何人かはうずうずしているのもまた事実だった。そしてそれを押さえ込むのも私の仕事だった。
だのに。
「いつまでかかってるんだよ! 待ちきれねえよ!」
剣士の一人が言ったその言葉を口火に、剣士グループの半数が直接防御壁に攻撃を開始したのだ。
「待て! 防御壁に直接触れると何が起きるか分かったものでは……」
そして、その予想は命中した。
刹那、防御壁から生み出された剣のようなものが、私たちに襲いかかった。




