第二章4『白き女王との過去(1)』
半年前。
未だレベルが130ぐらい(アビスクエストにおけるレベルカンストは170である)のとき、私は『師匠』と呼ぶべき相手とペアを組んで行動を共にしていた。
師匠と言っても、それ以外の交流はない。オフ会があったとしても参加したことはない。師匠がリアルでどんな存在なのかは分からないし、それをゲーム上で聞くのもタブーだ。
「師匠、今日はどんなことをしますか?」
いつものように、『アビス・フィフス』のオンラインカウンターで集合。
既に師匠は到着している様子だった。
黒い、魔女が被っているようなとんがり帽子に、ぼたっとしたローブを身に纏った彼女は、誰に言われるでも無く『魔女』の格好をしていた。勿論彼女のジョブが【魔導師】だからかもしれない。
「そんなに畏まる必要はないんだぞ、お前だって最近漸く【剣聖女】のジョブにチェンジすることが出来たんだからな」
「そうですけれど。私にとって『師匠』という肩書きは変わりませんから」
「まあ、お前がそう言うならそれで構わないけれど、ね」
師匠はそう言いながら、ホットミルクに口をつける。師匠は酒が飲めない。
ちなみにVRMMORPG上に味覚って存在するのか、ということだが、電気信号を脳内に送り込んでいるため、味覚どころかそれ以外の感情も送り込むことだって容易である。
「ところで、師匠は今日は何を?」
「……その様子だとお前何も知らないでログインしてきたんだな。クエストボードに一面張り出されている『あれ』に気づかなかったのか?」
「あれ?」
クエストボードを見ると、そこには一面ある【アビスロード】についての記載が書かれていた。
白き女王。
三日で島を作り、五日で島を滅ぼしたと言われている創造神と破壊神を組み合わせたような存在。ジョブ的には魔導師に近く、たくさんの魔法を使いこなすことが出来る。体力は他の【アビスロード】に比べると少ないが、その多種多様に放たれる魔法から体力以上の恐怖を味わうこととなる。
その、【アビスロード】が、『アビス・フィフス』に来ている。
それを聞いて彼女の胸が高鳴った。
「……師匠! もしかして今回は!」
「うん。依頼があってね。『白き女王』を討伐することとなった。討伐することで報酬金は一億ダイス。他の【アビスロード】が数千万ということを考えると、破格の値段だと言えるよ」
「一億ダイス!? それって、破格の値段じゃないですか!!」
「だから言っただろ、破格の値段だ、って」
師匠は女性なのだけれど、どこか男っぽい口調になる傾向が強かった。
ネカマ(ネットで女性を演じる男性のこと)ではないか、と疑ってしまうこともあったけれど、リアルのことを詮索してはならない。VRMMORPGにおいて、それは決まりだと言っても良いだろう。
「……まあ、一億ダイスと言ってもそれが何十人も含まれれば、割られる価格になるから実際は五十万ダイスぐらいかな。それでも良い儲けにはなると思う」
ということは参戦するのは二十人ぐらいなのだろうか。
「うん。二十人ぐらいだね。それぐらい参戦しないと、やっぱり【アビスロード】を倒すことは出来ない。残念だけれどね。ほんとうならもっと少数で倒して一人当たりの報酬を増やすという手もあるけれど、残念ながら、相手が【アビスロード】だ。【アビスロード】を狙うということはどういうことか、ということを分かって貰わないとね」
「私も参加して良いんですよね? 良いんですよね?」
「ああ、構わないよ。君も頭数に入れているからね。……それとも、【アビスロード】と戦うのは怖いかい?」
「怖いです。……正直言うと。けれど、頑張って戦います! 【剣聖女】になったばかりですから!」
師匠は数少ないレベルカンスト勢だった。ベータテストの時代より参加していて、そこから常に第一線を走り続けていた。だからレベルカンスト勢としても一目置かれていたし、他の仲間からも彼女のことは注目されていた。
私はそんな師匠を追い越したかった。早く強くなりたかった。早く先を見たかった。
師匠と共に強くなることも良かったけれど、早く師匠と同じ『レベルカンスト勢』に向かいたかった。
「……じゃあ、今すぐ『オンラインカウンター』で受付をしてきなさい。急がないと定員一杯になる可能性があるからね」
「はい!」
そうして私は、オンラインカウンターへと走って行った。
「すいません! 【アビスロード】『白き女王』の退治クエストに参加したいんですけれど!」
「ああ、はい。未だ定員まで余裕がありますね。大丈夫ですよ」
にっこりと笑みを浮かべた受付員を見て、私も嬉しくなって笑みを浮かべていた。
それぐらい、【アビスロード】と戦うことにワクワクしていたことは確かだった。
とどのつまり、【アビスロード】と戦うことがどういうことだったのか分からなかったのもまた事実なのだけれど。
私にとって、それが運命を位置づける戦いになろうとは。
そう気づくまで、時間がかからなかった。




