第二章1『白き女王と最強の朱の記憶』
「【アビスロード】?」
「そう。知らないとは言わせないわよ。この『アビスクエスト』のフィールドにおいて、最も被害を与えている『怪物』、それが【アビスロード】。人々はその【アビスロード】を倒すことによって報酬を得て、それを現実貨幣にするって訳ね。……ま、私みたいなカンスト勢にはあまり興味の無いことだけれど」
「何故ですか?」
「だって、報酬を受け取ったところで今まで貯めた『ダイス』の数量には遠く及ばないもの。あなた、【アビスロード】を一体倒すことで得られる報酬が幾らか知ってる?」
ぶんぶん、と首を横に振る少年。
アリスは溜息を吐いて、さらに話を続ける。
「ざっと三千万よ」
「三千万……」
「でも、【アビスロード】は一人で倒せるような代物じゃない。言ってしまえば、レイドバトルのようなものね。だから、それを倒せるのはカンスト勢が居ない場合なら百人ぐらいになる。それじゃ、三千万を百で割ると?」
「……三十万?」
「ご名答。意味が分かったかな? 私みたいなレベルカンスト勢はそんなものじゃ満足出来ないぐらいのお金を既に蓄えている訳なのだー。あっはっは」
笑っているところだが、笑っている場合ではないこともまた事実。
彼女たちがいる『アビス・ファースト』は、主に冒険者の初心者がやってくる場所だ。たまにレベル50くらいの人間がやってくることもあるがレベルカンスト勢と言われている、レベル170クラスがやってくることは滅多にない。というか有り得ない。一応オンラインカウンターに居る人間はレベルカンスト勢を把握しているものの、それでも『アビス・ファースト』にやってくることは、滅多に有り得ないのだ。
しかし、今。
『アビス・ファースト』のオンラインカウンターに付属している酒場に二人の男女がやってきていた。
一人はレベルカンスト勢、【剣聖女】アリス。
そしてもう一人はどうしてレベルカンスト勢と付き合いが出来ているのか、他のユーザーすらさっぱり分からない、レベル1の少年。
二人はジュースを飲みながら、次の任務について考えていたのだが――。
「それにしても、少年が【アビスロード】に興味を持つなんてね」
「えへへ。でも、アビスクエストに居る以上、【アビスロード】に興味を持つのは当然じゃないですか。レベル1でも参加出来るレイドクエスト! 聞くだけで断然やる気が出てくるというか何というか」
「【アビスロード】に期待するのは分かるが、そう簡単に出現するものでもないぞ? それに、私も【アビスロード】には少々因縁が……」
「皆さん! 【アビスロード】が出現しました!」
嘘だろ、と言う感じで目を丸くする私。
対して少年は、目を輝かせてこちらを見ていた。
「来ました! 来ましたよ、アリスさん! 【アビスロード】の情報が!」
「あ、ああ……。でもまさかこんな偶然……」
そんなことを言っている場合ではない。
少年は急いでクエストボードへと向かう。それを見た私も追いかけるようにクエストボードへと向かうのだった。
慌ててクエストボードの掲示が張り替えられていく。すべて【アビスロード】の情報に挿げ変わっていた。
「【アビスロード】の出現情報です! 『アビス・ファースト』の北方に『白き女王』が姿を現しました!」
それを聞いてざわつく冒険者達。
「白き女王だって……。あのレベル170(カンスト)勢でも倒すことが出来ないと言われているあの……!?」
「嘘だろ。そんなのに俺たちがかないっこないじゃんかよ……」
「おい! でも確かここにはレベルカンスト勢が居たよな!?」
ふと、誰かが。
そんなことを口にし出したのだ。
「ちいっ。誰だ、面倒なことを言い出したのは」
ボードから急いで離れようとする私を、少年の腕がしっかりと押さえ込んだ。
「少年!? いったい何を」
「アリスさんなら、絶対に倒してくれますよね! だって、レベルカンスト勢なんですから」
「おお! この人がレベルカンスト勢か!」
「頼もしい! あなたが居てくれれば、白き女王なんて倒すことも出来るはずだ!」
「……果たしてどうだろうね」
首を傾げる冒険者達に、私は言い放ってやった。
「白き女王は確かに強い。それは私も良く分かっている。私が数年前、サービスインからしばらくしたときに見つけて戦って、敗れたことのある存在だ。私の『師匠』に当たる存在が、私が負けないようにしてそのまま【ゲームオーバー】した。レベルカンスト勢のゲームオーバーがどういう意味を成すか分かるか? 僅か数十分のログインの間に、彼の持っていた資産の七割が持って行かれた。火事場泥棒というやつだ。プロテクトをかけなかった彼が悪かったと言われればそれまでだが、しかしながらそこには私の中に『絶望』という価値観を植え付けるのにそう時間はかからなかった。私がレベルカンスト勢になったときは、絶対にこのような二の足を踏まないと決めた。だからはっきりと言ってやる。『勝てない戦には挑まない方が良い。たとえ、「うつけ者」と言われてもね』」




