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2017年に捧げるステッキな物語

作者: 爪隠し


コツ コツ コツ


今日も私は地面を叩き、頭を押さえつけられながら仕事を果たす。

長年使われているが、いまだにまっすぐな姿勢で、握りも味わいが出てきたと自負している。


「今日も、天気がいいのぅ」


それに引き換え、我が主は随分と老いた。

若かった頃の筋肉質な体も、今ではヨボヨボで皺くちゃである。

私が働く機会も減って久しい。


「はぁぁぁ」


僅かな距離であったが、お疲れの御様子。

近所の公園で子供たちが雪遊びをするのを眺めては微笑んでいる。

きっと、これから会いに行く孫の姿を重ねているに違いない。

おや、今度は私を見てどうされたのか?


「お前とも長い付き合いだな」


そうですね、今でも覚えてますよ。

貴方が私を買った理由を友人たちに自慢するところを。


「おい、どうした。足でも怪我したのか?」

「違う違う、カッコいいだろ?」

「なんだ、ファッションかよ」

「それだけじゃないさ、子供の頃を思い出してごらんよ。雨の予報が出たら傘を片手に通学してただろ」

「懐かしいな。今では雨なんて鬱陶しいだけだが」

「あの頃はそれでも、傘を剣に見立てて楽しんだじゃないか。あの頃の楽しかった思い出を忘れたくないんだ。それに………」

「それに?」

「その時にいっつもお前が勇者の役をやっていただろ? 俺はずっと羨ましかったんだ」

「そういえばそうだったな。でも、よく覚えていたな。そんなに羨ましかったのかよ」

「あぁ、そうさ。これからはずっと俺が勇者だ。誰にも渡さない」

「この歳になって誰も杖を持って勇者なんて主張しないだろ」

「さて、どうかな。人は皆自分が主人公だと思っている」


我が主はそう言って、生まれたての私を振り上げていた。

正直、怖いったらありゃしない。

買われる相手を間違えたと思わずにはいられなかった。


だが、そんなことは杞憂であった。

活動的な我が主は様々な場所へ出かける。

私もそのお供としてついていく。


「山の空気は美味しいな」

「なぁ、本当にそのステッキでいいのかよ。ちゃんとしたやつ買った方が」


何と無礼な。

そう思った私は抗議したかったが、樫の幹から削り出された身では音を出すことはできなかった。


「おいおい、こいつは高級品だぞ? どんな場面でも大活躍って店員さんも言ってたし。実際、なかなか使い勝手はいいぞ」


おぉ、さすがは我が主。

私の言いたかったことを全て言ってくれた。


「でもどう見ても老人用じゃないか」


プッツン


「いてっ」

「どうした?」

「今なんか脚に当たったような」


ふん、ちょうどいい位置に石があって良かった。

完璧な弾き具合だな。


今思えば、主に負けず劣らず私もヤンチャだった。


あるときは海にも行った。

とんでもなく地面が柔らかく、足がすべて埋まって驚いたことを今でも覚えている。


「いやぁ、眼福眼福」

「子連ればっかりだけどな」

「おい、あっちはフリーっぽいぞ」

「よし、行くか」


我が主は別のことに夢中だったが、それもまた楽しかった。

私の存在を話の種にしていたことには少々不満だったがね。

私は決して釣り竿ではないのだから。

まぁ、それが奥様との出会いなので結果的には良かった。


「あなたー、ステッキ置きっぱなしよぉー」

「手入れしておいてくれないか? 今日は仕事で疲れたんだ」

「もぅ、仕方ないんだから」


そう言いつつも丁寧に拭いてくれた奥様の優しさは今でも忘れない。

最近は主が自らやってくれるが、その姿を幸せそうに眺める奥様の顔も私を幸せにする。

そういえば、今日もまたお孫さんは私で遊んでくれるだろうか。

その後の手入れは私の数少ない楽しみの一つだ。


「僕は勇者だぞ! シャキーーン」

「親父、怪我させないように気を付けてくれよ」

「何を言う。お前だってこのくらいの歳では私の杖をこっそり持ち出して遊んでいたくせに」

「あれ、ばれてたの?」

「親はちゃんと子供のことを見ているもんだろう」

「あぁ、言われてみれば確かに」

「お父さんみたいに遊んだまま片付けないなんてことはしてはいけないよ。ほれ、これでちゃぁんと拭くんだよ」

「はぁ~い」

「父親の威厳を壊すようなこと言わないでくれよ」


そうそう、ご子息も私を振り回して遊んでいたっけ。

お隣の家の傘さんと何度もぶつかり合ったのは、今でもよく耐えられたと思う。

ぶつかる度にお互い棒状の道具の苦労を分かち合ったものだ。

はたして、傘さんは今でもご健在だろうか。

何でも輪廻転生のサイクルが早いという、無色の傘が最近多いから心配でならない。


けれど、私も他人の心配ばかりしているわけにはいかない。

外見には自信があるが、中身まではそうはいかなかった。

つい先日、ミシリという不吉な音が私から鳴った。

我が主は気づかなかったくらい小さい音だったが、はたして後どれだけ仕えることができるのか………


「さて、行くとするか」


あぁ、私も随分と長いこと思い出に耽っていたようだ。

遊んでいたはずの子供たちが、既にいなくなっている。

きっと今頃、冷え切った体を暖かい部屋で労わっているに違いない。

我が主も早くお孫さんに会いたいだろうし、私も精いっぱい仕事をせねば。


「これからもよろしく頼むぞ」


雪が降った道も慣れた様子で、私を使い黙々と歩く我が主はそう言った。

今年も遂に年の暮れ、残りの寿命が短い私達は後どれだけ年を越せるだろうか。

だが、ここで返す言葉に迷いはない。


コツ コツ コツ




宜しければ、拙作「これはきっと異世界変異~地球はファンタジーに侵蝕されました~」もよろしくお願いします。

https://ncode.syosetu.com/n4684dl/

休載中ですが、近いうちに更新します。

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