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エピローグ:果たされなかった悪霊払い

 以上が、私がハロウィンの一夜に体験した恐怖の記憶である。

 残る話は特に深く語るまでもないので、簡単な事実だけを述べよう。

 あの後、気を失った私は、通りがかったナースさんに発見された。

 起こした瞬間に再び悲鳴を上げたりと恥は晒したが、どうやら身体に乱暴された形跡はなく。五体満足な状態だった。

 それだけが、せめてもの救いだったと言えるかも。

 問題は、その後に起きた。坪井さんの遺体が、部屋から忽然と消えてしまったのである。

 これに関しては、当然ながら結構な騒ぎになり、最終的には警察に捜査を依頼する事となった。

 焦点は勿論、誰が死体を持ち去ったか。あるいは隠したか。

 だが案の定、容疑者の特定は難航した。

 動機は分からず。施設の出入口に設置された監視カメラには誰も映っていない。一応、二階ではあるので、ベランダから飛び降りればあるいは……。なんて話まで出てきたが、それもまた、すぐに無理だと結論が出た。

 死体を抱えているのである。それで飛び降りたならば、地面が柔らかい土ならばともかく。施設の周辺はコンクリートで舗装されているので、そのまま着地したら大怪我は必至。

 ならば死体を先に落とせば。という理屈になるが、その場合、脆い老人の死体から、何らかの痕跡が地面に残らないのは不自然である。

 仮に全てが偶然にクリア出来たとしてその後は? 私やその日にいた職員全員は、仕事に従事していた。こっそり抜け出す事は出来ても、戻ってくることが出来ない以上、私達に犯行は不可能だ。


 結局、坪井さんの死体の行方は今も謎のまま。

 ご家族の反応は……お察しだ。私を責めることもなく、そうですか。とだけ。寧ろブルブル震えている私の心配をされる始末だった。あと、末っ子の中年の目が何かいやらしかった。


 ※


「……何というか、ヒデェな。その家族」

「若い頃の坪井さん。結構な暴力親父だったんだって。だからかな。こうなっても、誰一人積極的に探そうとしてないみたい」

 私から、全てではなくとも大体の話を聞いた兄は、顔をひきつらせながらそうコメントする。

 私の両親は、控え目に言わなくても優しい二人だった。だから、坪井さんの家族が彼へ行う仕打ちは理解できない。逆をいえば、親から暴力をふるわれた彼らの気持ちも。

「つまり、その暴力親父の死体が動いたって事だよな」

「………………うん。そういう事になるんじゃ、ないかな」

「それが彷徨いてるかもしれなくて、外に出れないと」

 少しだけ考えてから、私はコクりと頷いて、そういう(てい)を装った。私のおかれた今の状況を省みれば、〝どうなるか本当にわからないから〟だ。

 坪井さんが動いているから怖い。としておいた方が、兄は納得して引きさがってくれるだろう。

「……信じるの?」

「信じるさ。じゃなきゃお前がそんなに怯えてる理由に説明がつかない」

「なら、もういいでしょ? 兄貴に出来ることは何もないから、ほっといて……」

「嫌だね」

 再び毛布を被ろうとすると、兄の凛とした声が部屋に響く。私が思わずポカンとしていると、兄は無駄に男前な笑顔を浮かべた。

「なら、死体見つけて、その家族に葬式上げさせれば解決だ。流石のゾンビ爺さんも、寺生まれな坊主のお経には勝てねえだろ?」

 待ってな。

 とだけ言い残し、兄はその場を後にする。後に残されたのは、真っ暗な空間に戻った部屋と、そこに佇む私。そして……。

「……何だよアイツ。バカじゃねーの?」

 そんな声を上げる私の目の前で、ソイツはギリギリと歯ぎしりしながら私を見る。

『どうして……。あの人はあなた方に暴力をふるわないの? どうして、あの人がお世話されてるの? どうして、あの人は……貴女を慕って……慕ってぇ……!』

 憎い。憎い。せめてもの救いすら許さない……! 私にしか聞こえない、そんな恨み節が部屋に反響する。

 高そうなダークネイビーのコートを着込んだ老婦人だった。

 右脚が悪いらしく。ステッキをつきつつ、私の前をのそのそと落ち着きなく歩く彼女は、檻の中に入れられた老ライオンを思わせた。

 名前は……。もう知っている。

 あの夜の元凶にして、今は多分、私に所謂取り憑いたというべき〝幽霊〟だった。

「格好いいでしょ? 私の兄貴」

『憎い、あの人の救いが憎い……!』

「モテるんだよ~。本人は昔、お熱の人に告白してフラれてから、恋は封印してるみたいだけど」

『どうして……! あれだけ好き放題しといて……! 憎い。憎い憎い憎い……! あの人なんてほっとけばよかったのに! 貴女が綺麗に……! なんで苦しみもせずに死ぬのよぉ……! なんで私に悪いとも思わずにぃ……!』

「でもね、最近、アルバイトで行ってる家庭教師先の女の子と怪しいのよね。凄い大人びた感じの子とはいえ、女子中学生だよ? ロリコンだよ。妹は心配です」

『憎い、あの人が憎い……! あの人が憎いからぁ……!』


 貴女も、憎い。老婦人はそう言って、あの時のように私の両手首を掴み、親の仇とばかりに睨み付ける。

 私はそれを冷めきった目で見つめてから……静かに目を閉じて、現実から意識を逸らす。

 ……酷いとばっちりもあったものだ。

 この幽霊について知ったのは、全くの偶然だった。

 翌朝に到着した坪井さんの家族へ事情を説明して。その時、何気なく毎日面会に来ている〝ご友人さん〟の話になった。

 その時の家族は、心底不思議そうな顔をしていたのを覚えている。「親父にそこまで親しい友人はいない筈だ……」と。だが、私がご友人と思っていた人の容姿を伝えたら……その顔は瞬時に青ざめて、恐怖に歪む事となった。


「……母さんだ」


 その一言で、あの場は凍りついた。

 誰もが信じられないという顔をして。

 すぐに面会者リストや監視カメラがチェックされ……結果、あの老婦人の痕跡や映像が、全く残されていないということが判明した。

 幽霊の名前は坪井 莉子(りこ)。正真正銘、他界した筈な坪井さんの奥様だった。

 胃ガンで入院する直前まで、当時はまだ寝たきりではなかった坪井さんに暴力を震われていたそうだ。右足が悪くなったのも、夫に原因があったのだとか。

「親父は、酷いものでした。母に自由はなかったと思います。俺達は昔から親父が怖くて。就職や進学で逃げるように家を後にしました」

「最後まで、母さんは親父を恨んでました」

「父が脳梗塞で倒れたの、その翌年だったわ」

「そこから年々、親父は色んな病気で身体が弱っていって……」

 震えながら語る家族達。彼ら彼女らは、〝何に〟怯えていたのだろう。今となっては確かめる術はない。

 手首に圧がかかるのを感じながら、私は横になる。

 去り際に、悔しげにしていた。

 毎日来る律儀な人だ。外面はよかったのだろう。わざわざ夫の他界で挨拶回りするくらいには。あるいは、したかったのか。

 そして、坪井さんの『助けてくれ』と、夜中に響いた引きずるような音……。つまり、そういうことだ。

 コイツはきっと、誰でもよかったのだろう。ただ、坪井さんが拠り所にするもの全てを壊したい。それだけだったのである。


 だからもう、我慢比べだ。私の精神がイカレるのが先か。こいつが飽きて成仏するのが先か。……幽霊に飽きがあるかなんて分からないけど、家族に手を出されないなら……。


『ああ憎い。貴女が憎い。貴女が憎い! 〝貴女を慕う〟……全てが憎い……!』


 それを聞いた時、私は反射的に目を開いて、老婦人を睨み付ける。彼女は弱点見つけたりと言わんばかりに……嗤っていた。

「何、言って……」

『ああ憎い』

「ねぇ、止めて。止めてよ……!」

『なんて憎い……! ケヒヒッ』

「ふざけんな……アンタがクソ女だったから……あんな暴力旦那に引っ掛かったんでしょ! あんなショボい息子や娘が産まれたんでしょ……!」

『ヒヒ……ヒヒ……ああ、憎い』

「兄貴は……凄い奴なんだ……! 妹だって、私と違って天使なの! お父さんとお母さんだって、こんな私でもいっぱい優しくしてくれて……!」

『貴女の全てが憎い。憎い。憎い。暖かい家庭が……憎い……!』

 ブチンと。私の中で何かが弾けた。

 ああ、〝憎い〟こいつが憎い……!

 気がつけば、私は雄叫びを上げながら、手近なものを掴んで……。

 そこから先の記憶は、靄がかかったように思い出せない。

 ただ、微かに脳裏に引っ掛かっているのは、啜り泣くような誰かの声と。私を押さえつける沢山の手。そして……。かすかな血の臭いだけだった。



 ※


 カミングアウトさせて貰うと、私は……幽霊が視える。

 バカな話だと、笑いたければ笑ってほしい。けど、昔からそうだった。

 道行く先にそれらは普通にいる。ただ誰も気がつかないだけ。

 なんの変鉄もないコンビニの傍。

 歩道橋の階段に。

 スーパーの野菜売り場とか。

 ひょっとしたら、誰かのすぐ後ろに。

 最近視たので衝撃的だったのは、通学路でのこと。ランドセルを背負って、蟻か羊の群れみたいに道を行く私達をハァハァ息を荒げながら見つめている女性の霊を視た時だ。

 ……まぁ、そんな雑談はどうでもいい。私が今、心を潰しながら眺めているニュースの方が何倍も重要だ。

「……やっぱり、そうだったのね」

 二週間と少し前まで行っていた施設を思い出し、私はため息をつく。

 テレビで報道されていたのはハロウィンの夜に、死体が消えたと話題になった施設。その一連した事件の顛末だ。

 なまじ幽霊が視えるから、それが良いものか悪いものか。私は感覚で知ることが出来る。

 そして……。あの施設にいた老婆の霊は、間違いなく悪霊だった。

 それも、ああいった場所だからという関係もあるのだろうが、結構な数の人にも見えるようになってしまっている。とびっきり強くてタチの悪いやつだ。

 恨みがある相手が死んでも憎しみは消えず、行き場のない悪意はその人物が関わった者へまで向けられる。

 俗にいう、末代まで祟ってやる! と息巻く悪霊が、あの老婆だった。といっても、その標的は同じく暴力を受けていた自分の子どもには向けられず。今の彼を優しくする、あの施設にいた職員達に向けられているようだ。

 ああ、因みに。視えるなら教えてあげて。とか言われそうなものだけど、それは無茶な話である。

 あの手のタイプは告発なんてした日には、報復をしかけてくるのがオチ。だから視えるだけな私には、どうすることも出来なかった。

 不思議な力や術。あるいは武器でスタイリッシュに解決だなんて、映画や小説の世界だけ。

 私は幽霊観測者(ゴーストウォッチャー)ではあるけれど、幽霊退治者(ゴーストバスター)ではないのである。

 ただ、それでも流石にあんまりな話だと思ったので、奴にバレない。かつ私なりに出来る精一杯を実行した。

『Trick or Treat』

 その言葉に込められた本当の意味を、あのお姉さんが知っている事に賭けて。

 ハロウィンとは本来は宗教的意味合いが強い祝祭だ。

 収穫を祝うだけではなく、その時期に蔓延するとされている、悪霊達を追い払う為に存在した。

「お菓子をくれなきゃ悪戯するぞ」というアレにだって、ちゃんと深い意味がある。あの言葉はいわば儀式の一部なのだ。

 それは訪ねてくる悪霊の言葉を固定したもの。

「私をもてなせ。さもなくば悪いことを起こす」

 悪霊に仮装した子ども達にそう言わせ、その子らをもてなすことで、その目的を挫いたものとし。本物の悪霊に立ち去ってもらう。そういった背景が、あのフレーズには込められている。

 故に私は彼女にあの言葉を投げ掛けて……。結果はご覧の通りだ。


 当時担当していた施設職員は、心を病んで入院。今も尚、誰もいないところへ殴りかかり、罵声を浴びせる日々だという。

 そして……。

 消えた死体は、右足がへし折られ、全身が硬い棒状のもので滅多うちにされた状態で発見された。見つけたのは奇しくもその職員の兄だったとか。

 恐らくは、妹を苦しめる原因を必死に探したのだろう。それが悪霊の罠だと気づかずに。


「……酷い話だわ」


 身震いしながら、私はテレビでインタビューに答える、お姉さんの兄を視る。

 彼の背後には……。どこかで視たことのある老婆が歪んだ笑いを浮かべながら立っていた。

 

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