表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ダンジョンマイスタ~黒い剣と竜の少女~  作者: 七瀬楓
第1章『ドラゴンと伝説の勇者』
9/11

第9話『格上の男』

 カイゼルはその果たし状を乱暴にポケットへしまうと、靴を履き替えて格技場へと向かった。


 格技場には前回のデュー戦とは違い、ギャラリーはいない。そこで、カイゼルは舌打ちをした。


 なんだよ。せっかく俺が盛大な花火を打ち上げようとしてるのに、ギャラリーなしかよ、と。


 内心でそう毒づくと、カイゼルは格技場の中へ足を踏み入れた。


「よう、カイゼル。待ってたぜ」


 不敵に笑う遊乃の顔は、まるでライオンの餌場に自らやってきたシマウマを見るようだった。カイゼルはその態度と言葉に不快感を抱き、


「僕は先輩だぜ。先輩か、さん付けで呼べよ。風祭クン」


 と嫌味ったらしく吐き捨てた。

 だが、嫌味が通じるような性格は持ち合わせていない遊乃は、それを無視して「俺が勝ったら、リュウコとあの黒い剣は返してもらう」と言い、剣を抜いた。


「君にはその市販品があるだろ。イイモノは先輩に譲れよ」

「アホか。イイモノは早い者順だ。無理矢理奪うもんじゃない」


 カイゼルも剣を抜く。

 だが、腰に差した鞘からではない。空中に穴が空き、そこに手を突っ込んで、そこから遊乃の黒剣を抜いた。


 そんな魔法、見た事がない。だから遊乃は固まってしまう。


「これは僕のオリジナル魔法で、『ドロップ・ボックス』っていうんだ。取っ捕まえたキャファーの魔法と応用して作った。だから、教師も僕が奪った物を探し出せない」


 本来、魔法はスキルカードで覚える物。だが、スキルカードというのは、誰かが開発した魔法を簡易化し、その魔法式をQRコードに圧縮。それを脳に刻み込む事で覚えるのだ。


 つまり、最初に魔法を作った人間が存在している。カイゼルも、そういった才能を持つ一人だという事。


「でも、これからはこの剣を、こんな所にしまわなくていい。だって、今日からこの剣について文句を言う人間はいなくなるんだからさ」

「俺が負ければだがな」


 カイゼルからすれば、現実逃避に強がりを言っている様にしか見えなかった。

 レベル差は倍以上。装備もカイゼルの方が整っている。これで負ければ、カイゼルの方が学校を辞めるくらい負ける事はありえない。


「お先にどうぞ」

 剣を抜くと、カイゼルはそう言って腕を広げた。遊乃が先手をとっても勝てるという、絶対的な自信があるからだ。


「なら、お言葉に甘えてやるか」


 遊乃は剣をしっかりと握り、頭上で構えた。

 そして飛び上がると、思い切りカイゼルへ向かって振り下ろした。


「へぇ」


 一年生にしちゃ、いい感じに力が込められた一撃だ。

 カイゼルはそう感心すると、遊乃の一閃を剣で受け止めた。ずしりと、手首に重しでも乗せられたような感覚が襲う。だが、所詮は一年生。在学中にずっと冒険して鍛えられ、年期の入ったカイゼルの肉体を脅かすほどではない。


 遊乃が岩石だとしたら、カイゼルは鉱石。それくらいの違いがあった。


「遊んでやるぜ、一年生」


 遊乃を空中に押し返すと、彼の手つきはまるで風に揺れる木の葉みたいにゆったりとした物になる。そして、そっと物を投げ渡すくらいのスピードで斬撃が放たれたのに、何故か遊乃の視認よりも多く斬りつけられていた。


「――ッ!」


 だが、それくらいはしてくるだろうと、遊乃も予測していたようだ。

 彼は悲鳴を噛み殺し、地面に降りる。切り刻まれた所なんて無いみたいに、カイゼルへ向かって突っ込んで行く。

 前に出るだけが剣術師の仕事であり、遊乃の性根でもあった。


「光のブレス」


 カイゼルが剣を片腕で振りかぶる。その力を知っている遊乃は、大げさに横へ飛んだ。

 剣が一文字を描く。そして、光が飛んだ。まるですべてを飲み込んでしまう絶望を体現したようなそれは、遊乃がいた場所さえも飲み込んで、遠くの岩場を薙ぎ倒した。


 リュウコの協力が無くとも、俺より強力な光のブレスを放てるのか。

 そう思うと、カイゼルの方がリュウコを使いこなしているのでは、という疑問が遊乃の頭に湧き上がる。


 だが、それは違う。頭を振って、その考えを吹き飛ばした。

 なぜなら、あれは無理矢理しているからにすぎない。使いこなしているのではない。


 対してカイゼルは、それとまったく逆のことを考えていた。

 僕はこいつよりこの力を使いこなせる、と。

 僕が使うのが正しいのだ。こいつが持っていたのは何かの偶然で、本来なら僕にこの剣と、リュウコが来るはずだった。


「どうだい、風祭クン。僕の剣は」


 僕の剣。

 なんて気持ちのいい響きだろう。見ろよ、あの風祭の悔しそうな顔。

 その顔をもっと楽しもうと、カイゼルは遊乃の顔を見た。だが、遊乃の顔は悔しそうではなかった。むしろ、カイゼルがするべきであるはずの楽しそうな笑みを浮かべていた。


「……なんで笑ってるんだ?」


 ここまで追いつめられて、そんな笑いが出来るのは、狂気の沙汰か、あるいはやけくそか。とにかくカイゼルは、遊乃に対して何か薄気味悪い物を感じていた。


「いや、俺って、前までアンタみたいだったのかなって思うと、さすがにちょっと面白いっていうか、自己嫌悪っていうか」

「……どういう意味かな?」


 不思議と怒りはなかった。遊乃の言動に対する純粋な興味が、その言葉を引きずりだした。


「いや、俺もリュウコ使って戦ってたけど、リュウコに頼りすぎてたんだなと思ってな。あんたの三年がリュウコよりも信頼に劣ると、認めてもいいのか、って思ってな」


 俺も気付いたのはついさっきなんだけど、と言いながら遊乃は笑った。

 だが、そう言われてもカイゼルにはピンと来なかった。あまりにも来なさすぎて、笑ってしまったほどだ。


「はっ、ははっ。はははははははッ! いいじゃん、どっちでも! 僕が勝てればそれで万事オーケーじゃん! なんか問題あんの!」


 まるで友人のバカ話を聞いた時の様に笑い、カイゼルはその余韻を楽しむみたいに溜息を吐いた。


「面白い話だ。君は、自分が強くないと我慢できないんだ。どんな強い兵器があっても、自分自身が強くないとダメなんだ」


 バカみたいだ。

 カイゼルは思った。確かに自分自身が強い方がいいかもしれない。だが、あくまで強さはあった方がいいというレベルだ。


 絶対的な兵器があればそれでいい。

 その起動キーを自分が持っていればそれでいい。

 それを自分以外に向けられればそれでいい。

 それだって強さだろ。


「でも君ってさ、今はリュウコちゃんっていう兵器どころか僕に勝てる力もないじゃん。どうやって勝つ気?」

「ふんッ! 見ておけ、世界一な俺様の奇策!」


 そう言うと、遊乃はカイゼルに背を向け――


「『脱兎の如く!』」


 素早さ強化の呪文まで使って、走り出した。

 つまり、逃げたのだ。


 あそこまでの大口を叩いて逃げる。カイゼルには絶対できない事だ。あの男にはプライドって物がないのか?


 首を傾げるも、すぐに「逃がすか! 氷のブレス!」と、剣を振るって遊乃の足下へ絶対零度の斬撃を放った。

 だが、それは予想していたらしい遊乃は、躱してすぐに岩陰へと隠れた。


「なにやってんのさ風祭クン! 僕を倒すんじゃなかったの? 隠れてたんじゃ無理無理。ほら、出て来てみなよ。もしかしたら倒せるかもよー?」


 そんな風に、カイゼルは遊乃を煽った。別に出てこなくても、リュウコの光のブレスなりなんなりで追い出せばいい。それは赤ん坊を黙らせるよりも簡単な仕事だ。


 だからこそ、もう少し好き勝手言ってからという慢心が彼の中に芽生えた。

 なので、一瞬遊乃の代わりに出て来た物体への反応が遅れてしまった。


 岩陰から山なりにカイゼルへ飛んで来るそれは、饅頭ほどのサイズをした黒くて丸い物体。


 どこかで見覚えがあるなと思ったが、すぐには出てこなかった。思い出したのは、その物体が足下に転がってから。


「これって――ッ!」


 それは、購買で売っている対キャファー用爆弾。魔法を詰め込み、爆発すると一定範囲をその魔法効果で埋め尽くすという代物。


「やばいっ!」


 蹴り飛ばして、遊乃へ返そうとするが、その企みは間に合わなかった。足下で爆発する魔法爆弾。


 飛び出したのは氷結魔法。一瞬で吹雪がカイゼルの体を襲い、指先の痺れや皮膚のしもやけを起こさせる。


「く、そっ!」


 その魔法が治まって、元の暖かな日差しが降り注ぐ。だが、その温度差が酷く不愉快だった。やすりで皮膚を削られているみたいに痛い。


「ウハハハハハハッ! どーだ! 討伐騎士はアイテムも使いこなして一人前なのだ!」


 岩陰から飛び出し、その岩の上に乗り大見栄を切る遊乃。突然の爆弾とその態度に、カイゼルも冷静さを失う。


 無言で遊乃に向かって、光のブレスを飛ばすも、遊乃は再びそれを躱し、違う岩陰に潜った。


「逃がさないよッ!」


 その遊乃が潜った岩陰に向かって、カイゼルは再び光のブレスを飛ばした。岩が破壊の波に飲まれる。だが、そこに遊乃はいなかった。違う岩陰に潜ったらしい。


「……どこだ?」


 見失った。

 あいつはどこにいる。それよりも、ここってこんなに岩が多かったっけ?

 カイゼルは意図しない内に、遊乃の策というレールに乗っていた。


 空中から爆弾がいくつも飛んで来る。それが放たれた場所から遊乃の位置を推測。そこへ向かって光のブレスを放つが、すでに遊乃は居ない。舌打ちをしながら爆弾を躱した。炸裂音が辺りに響き、今度は暴風が吹き荒れた。風系の魔法が入っていたらしい。


 リュウコのブレスは、確かに強力な魔法ではある。だが、弱点がないわけではない。


 その弱点とは、攻撃範囲の狭さと連射ができないことだ。リュウコの口から、あるいは斬撃の振り幅から放たれるので、どうしても範囲自体は威力に比べるとどうしても劣ってしまうし、呼吸と連動しているのでそう連発はできない。


 遊乃の素早さで岩陰に隠れられると、モグラ叩き状態になってしまうのだ。


 遊乃はカイゼルをここへ呼び出した段階で、罠を仕掛けていたのだ。あらゆる場所に、自分が持てる以上のアイテムを仕込んでおく。そうすることで、リュウコもいない、レベルも届かないという力量さを埋めようとした。


 だが、逆に考えれば、そのアイテムは拾えばカイゼルも使えるということ。リュウコのブレスでは攻撃範囲が足りないというのなら、そのアイテムで補うだけ。


「作戦の詰めが甘いんじゃないの!」


 カイゼルも近くの岩場に飛び込む。

 だが、そこにアイテムはなかった。

 ここには偶然なかっただけか。そう思ったのだが、次の岩陰にもその次の岩陰にもなかった。


 こうなると偶然ではない。偶然で済むほど薄い確率ではない。


「くそっ! なんでだ! 僕の『ドロップ・ボックス』じゃないとあんなに大量のアイテムは持ち歩けない! ここに仕込んでおいてるはずだろう!」


 その答えは単純で、ただ岩の根元にアイテムを埋めているだけだったりする。

 だが、今のカイゼルは冷静さを失っていた。絶対的有利にあるはずなのに、こうして追い込まれた。


 盗みまでやったのに、こうして遊乃に追い込まれた。

 これじゃあ僕が格下みたいじゃないか。

 違う、僕は格下なんかじゃない。レベルも違うし、年季も違う。

 なのになんでこうなる? 僕は何かミスをしたか?


 そんな自問自答で彼はいっぱいだった。


 気付かないうちに崖の縁まで追い込まれたのだ。これがショックでなくて、何がショックだというのか。


 ヒザを突いて、四つん這いになって地面を叩く。だが、そうしている間も遊乃の攻撃が止まないのは当たり前の話。


 カイゼルの目前に、爆弾が一つ落ちる。


「うわぁッ!」


 逃げようとしても、遅かった。

 今度の爆弾は、電気魔法。全身を棍棒で滅多打ちされたような痺れが襲う。


「しくった……! 気を抜いた……!」


 僕は何をしているんだ。

 我に返って、泣きそうになった。かつてここまでのピンチはあっただろうか、と今までの経験を思い出すも、ここまで心が追いつめられた事はなかった。


「どうよ。堪能してもらえたか、アイテム地獄」


 カイゼルの前に立ち、倒れている彼を見下ろす遊乃は、そう言いながら黒剣を奪い返した。


「さて、リュウコを出せるかな……。それっ」


 その剣を振るう。刀身から光の粒が舞い、まるで蝶が花に引き寄せられるように一つの塊となっていく。その光がだんだんと輪郭を持って行き、一分もしない内にリュウコになった。


「お、おとーさぁーん!」


 リュウコは泣きじゃくりながら、遊乃に抱きつく。さすがに遊乃も今回ばかりは冷たく引き剥がすのではなく、受け入れてやった。


「よう、久しぶりだな。カイゼルのとこは居心地よかったか?」

「よくないよっ! こいつ最悪! 無理矢理ブレス吹かせるんだもん! 頭くらくらしてたよっ! ……あ、またきた」


 酸欠状態から回復して、またすぐに叫んだ影響か、リュウコは頭をぐらぐらと揺らしていた。


「く、くそ……っ」


 まだ麻痺の魔法が効いているカイゼルは、そう呟くと、勝てるかどうかの計算をしようとしてやめた。麻痺が解けるまでにはまだある。その間に一撃――どころではない攻撃を叩き込まれる。


「なあ、先輩。アンタさ、もう一度チャンス欲しい?」


 それは、日照りの土地に降った雨の様な言葉だった。


 どういう意図があって遊乃がその発言をしたのかはわからない。だが、それは間違いなく僥倖とも言える物だった。


「チャンス、っていうのは……?」


 痺れて呂律を保つのも大変だったが、なんとかそう言った。


「この回復薬と麻痺取り薬をやるから、リュウコと戦うっていうやつ。やる?」


「……」考えるカイゼル。だが、実際考えるまでもない。もうここまで恥を晒しているのだ。それを取り返せるチャンスがもらえるのだから、拾わない手は無い。

「当たり前だ。やる」


「そか。んじゃ、これ」


 遊乃は、カイゼルの口に錠剤を二つ押し込んだ。


 それを水無しで飲み込む。体の中に溶け込み、全身の痺れや怪我、疲れが流されて行くような感覚に包まれる。それを満喫していたら、実際に体の痺れはなくなり、しもやけも治っていた。


 立ち上がって、拳を握るカイゼル。体の調子は元に戻った。後は武器だが、遊乃は今まで使っていた市販の剣をカイゼルに投げて、それを受け取り、振るう。おかしな細工がされているという事はない。


「リュウコ、お前もお返ししてやりたいと思って、舞台は整えてやったぞ」


 そう言って、遊乃はリュウコの頭に手を置いて、三回ほど頭を軽く叩く。


「へへっ。任せてよっ」


 リュウコの腕が、黒い鱗に包まれる。指が伸び、ついでに爪も伸びる。そこだけ見れば、まさにドラゴンの腕だ。しかし、それ以外はまだ一〇歳ほどの少女。


 カイゼルは、慢心していた。先ほどまで彼女の力に溺れていたにも関わらず。


「一瞬でケリをつけてやる!」


 流れる水の如く緩やかな動きから、濁流が襲って来るような剣閃。先ほど遊乃はすべて食らってしまった。

 だが、リュウコは腕で受け止めた。


「バカなっ!」


 カイゼルの間抜けな声。だが、遊乃もそう思ってしまった。彼女の鱗は、鉄さえも通さないのかと驚いたのだ。

 開いた方の腕で、カイゼルの腹を突く。まるで杭を打ち付けるような威力に、カイゼルの体が折れ曲がった。


「ご、ぁ……っ!」


 腹を押さえ、よたよたと後退していくカイゼル。

 もう無理だ、やめてくれ。勝てないのはわかったから。

 言おうとしても、腹をやられて酸素を取り入れる事に必死で言葉が紡げない。


 その間にも、リュウコは大きく息を吸い込んでいた。


「や、めて……っ」


 光のブレスが、来る。

 あんなの食らったら死んでしまう。


 いや、こいつは俺を殺す気だ。嫌だ、死にたくない。こんな所で死んでいい俺じゃない。


 そんな思いも、当然言葉にはならない。いや、言葉にしていたら本当に殺されていただろう。


 リュウコが放ったのは、ただの吐息だったのだから。

 とは言っても、大木くらい簡単に持って行きそうなほどの突風ではあったが。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ