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ダンジョンマイスタ~黒い剣と竜の少女~  作者: 七瀬楓
第1章『ドラゴンと伝説の勇者』
8/11

第8話『欲望の獣』

「琴音!」


 デューの叫びに、琴音は「はい!」と返事をして、呪文を詠唱する体勢に入る。


「させるかよっ!」


 補助呪文、妨害呪文、なんであれ唱えられてはまずい。遊乃はまず、琴音に狙いを定めた。

 だが、そこへデューが割って入り、遊乃に剣を振るう。完全に意識の外から飛んで来た一撃に、躱すのではなく剣で受ける事を選択してしまい、遊乃の足が止まった。


「『インバイトホール!』」


 そこで、琴音の詠唱が完了する。

 遊乃の足下から、黒く染まった女性の腕が何本も生えて来た。それはまるで、遊乃を地獄の底へ誘っているような手つきで彼の足を掴んだ。


 女性の細腕なのに、まったく足が取れる様子はない。ズボンをがっちりと掴まれていて、その場に封じられてしまった。


「くそっ!」


 遊乃の悪態が漏れる間も、琴音は続けて詠唱を行っていた。


「デューさん! 『ブレーカブースト!』」


 先ほども使った、攻撃力増加の一撃が放てる呪文。それをデューの剣に宿し、デューは遊乃へと突きを放った。


「食らってたまるかッ!」


 遊乃は、急いでベルトを緩めてズボンを脱ぎ、その拘束から脱出した。


「はぁッ!? あ、アンタなに考えてるわけ!」


 思わず突きを中断して、見開いた目で下半身パンツ一丁の遊乃を見るデュー。彼女の後ろに立っている琴音は、顔を真っ赤にして両手で顔を押さえていた。


 そよ風で揺れる遊乃のパンツは、アロハ柄のトランクスだった。


「ウハハハハッ! これで拘束を脱出したってわけだな!」


 とーっ! そう叫んで、遊乃はデューへ向かって突っ込んだ。

 パンツ一丁なのになんでそんなに普段通りで居られるのか、デューは遊乃の頭がどうなっているのか気になったものの、しかし剣を水平に構えて、迎撃の体勢を取る。


 デューの剣術は突きが主体。つまりフェンシングの様なスタイルだ。


「琴音っ! 呪文を!」

「はいっ!」


 銃に願うようなポーズを取り、呪文を詠唱しはじめる琴音。だが、今度こそ遊乃は彼女に魔法を使わせる気は無かった。


「させるかっ! 二度目!」


 なんと、今度はズボンばかりか、自らの武器である剣を琴音の足下に向かって投げたのだ。地面に刺さった剣に驚いた琴音は、思わず詠唱を中断。代わりに、小さな「きゃぁ!」という悲鳴が上がる。


「嘘でしょッ!」


 まさか剣術師が剣を捨てるとは。目の前に自分だっているのに、とデューは内心混乱していた。


 だが、それでも一瞬で頭を冷やせるのは、彼女の集中力が成せる技である。確かに呪文は封じたけれど、しかしだからと言って、状況はまったく良くなっていない。武器を持っている人間を相手に、武器を捨てるなどとは、どういう脳みそをしていればそういう発想が出て来るのか。


「驚かされたけど、もうこれで終わりよっ!」


 デューの突きが、まるでショットガンのように一瞬で何発も突き出された。拳闘師としての実力も持ち合わせながら、ここまでの剣技が繰り出せる彼女の努力は、並大抵の物では無い。


「『脱兎の如く!』」


 だが、遊乃とて、努力していないわけではない。

 素早さ強化の呪文で、一気に射程外まで飛び出すと、攻撃が終わった瞬間の硬直を突いて、再びデューの懐へ飛び込む。


 そして、手刀に見立てた手をデューの喉元へ突き立てた。


「……うん。いろいろと難はあったけど、いい感じじゃない?」


 剣を降ろすデュー。遊乃も、彼女の喉から手を離した。


「ふむふむ。確かに、俺を思い出してきた気がするな」


 遊乃はそう言いながら、腰に手を当てて胸を張った。

 確かに、これが俺だ。リュウコに頼らない俺だ。自分にできることはなんでもする。それが俺だ。


 何か大事な物を取り返した様な遊乃に、背後から翼が「なんでもいいが、ズボンは穿け」と地面に放り投げられたままだった遊乃のズボンを彼に投げた。


「おっと、そうだったな」


 遊乃は、気だるい朝の着替えみたいに、まったく急いだ様子もなくズボンを穿く。


「あ、あの、遊乃くん、これも……」


 まだ顔が赤い琴音が、先ほど遊乃が投げた剣を持ってきた。


「おう」


 剣を鞘に納めると、遊乃は先ほど思い出した自分を忘れない様、しっかりと刻み込みながら、考えていた。

 確かに自分を思い出す事は大事だ。けど、なんの為に思い出そうとしていたか。それはリュウコと剣を取り戻す為だ。


「あ、あの、遊乃くん」


 珍しく深刻そうに顔をしかめていた遊乃が心配だったのか、琴音が遠慮がちに声をかけた。


「私も、一緒に……」戦います。そう言うつもりだったのだが、遊乃は「いらん」と彼女が言い終わる前に返事をした。


「これは俺一人の問題だ。パーティの問題じゃない。……というか、俺一人でやらなきゃいかんのだ」


 遊乃は、別にリュウコの保護者というつもりはない。

 確かに一緒にいるが、それは彼女が望んでいて、遊乃も拒んでいないからという結果に過ぎない。


 彼にとって、意思を無視されるというのは何よりも許せないことなのだ。リュウコがカイゼルの元へ行きたいというのであれば、別に構わない。だが、今回は完全に遊乃のルールを侵害した。


 だから遊乃は、カイゼルを倒さなくてはならないのだ。

 自分のルールで、彼を裁かなくてはならないのだ。


「アンタ一人でやるのはいいけど、正直勝てないと思うわよ」


 遊乃が決意を固めた所で、それに水を差すようなタイミングでデューが口を挟んだ。


「俺もそう思う。三年生は伊達じゃないぞ、風祭。何かもう一押し、必要だと思うが……」


 今度は決意を固める為ではなく、作戦を考える為に押し黙る遊乃。

 レベル差はデュー以上。そんな相手と戦うならリュウコは必須だが、リュウコはそのカイゼルの所にいる。つまり、勝ち目はほとんどないという事になる。


 さすがの遊乃も、辟易が隠せなかった。



  ■



 カイゼル・アーマイン。


 龍堂学園三年生。職業は剣術師であり、その才能は現在の三年の中ではトップクラスと言ってもいい。


 見た目だって悪くない。西洋の血筋なのか、金髪と青い目は、女子生徒の注目を集める。


 だが、何もかも完璧な人間など存在しない。まるで、何か一つくらい欠点がある事こそ、完璧な形であると言わんばかりに。


 彼の欠点は、その性格だった。欲しがりとでも言うのか、他人の物がうらやましく見えてしょうがないのだ。


 本来であれば、彼が周りから羨望の視線を受けるはずだった。しかし、欲望のダイヤルを設定し間違えたのか、彼は周りが羨ましく見えてしまい、他人の持っている物を欲しがってしまうのだ。


 あいつ、なんで俺より弱いのに、あんなにイイモノと巡り会えるんだ?

 あいつ、なんで俺より醜いのに、あんなにイイモノと巡り会えるんだ?


 そう考えたら、彼の中の獣は止められない。元より、彼に止める気など無いのだが。

 幸いと言うべきか、討伐騎士は力こそが物を言う職業であり、彼の行いは正統化される事は無くとも、大事にはならなかった。


「一年のクセに、こんないい物と出会えるっていうのが生意気なんだよ」


 彼は、廃ビルと思われるダンジョンに潜って、キャファーを切り倒した後、その死体の前であざ笑うみたいにそう言った。


 キャファーの血で濡れた、遊乃から奪った黒剣は、カイゼルが今まで奪ってきたどんな剣よりも素晴らしい物だった。切れ味も鋭く、今までならちょっと手こずっていた敵も一撃で切り伏せる事ができるし、この高貴なオーラはどう考えてもあの一年生にはもったいない。


 使いこなせるのは自分だけだ。彼はそう信じていた。


『出してよ……。ここから、出してよぉ……』


 突如、カイゼルの脳裏に涙で濡れた少女の声が響く。


「ふふっ。ダメに決まってるだろ。君はもう、僕の物になったんだからさ」


 カイゼルは、剣に向かって喋りかける。

 何度もカイゼルに対して剣から出せと言って来るのは、その剣の中にいるリュウコだからだ。


『あなたの物じゃないし! この剣もリュウコも、おとーさんの!』

「あの一年をおとーさん、ねえ。君らってどういう関係? まさか、本当に親子って事はないでしょ」

『本当に親子なの! これ、「ゆーかい」って言うんでしょ! 身代金とか、要求するんでしょ!』

「人聞きの悪い事を言うなぁ。そんなの要求しないよ、別に。僕は君を、あの一年に返す気はまったくないからね」

『出してよ! あなた嫌い!』

「剣に嫌われたって、別にいいさ」


 そう言って、付着したキャファーの血を振るい落としてから、カイゼルは剣を鞘に戻す。


 リュウコに嫌われていても、だからと言って彼女は自分の力をカイゼルの指示なしでセーブする事はできない。剣に意思なんて無い。仮にあっても、カイゼルはそれをすべて無視する。


 それだけの力が、自分にはあるから。


「ふふっ……。あの一年、今頃泣いてるのかな……」


 そんな事を呟いて、カイゼルはダンジョンの出口へと向かう。

 征服の扉から入ったダンジョンは、出口にも征服の扉が置いてある。そこから学園へ戻るのだ。


 一瞬で学園へ転送されたカイゼルは、自分のデバイスを確認。剣を手に入れてすこしはしゃいでしまったおかげか、レベルが一上がっていた。


「レベル五十四……。このペースなら、卒業も楽勝だな」


 自分の人生は順風満帆だ。僕の道を邪魔する事は誰にもできない。

 小石一つ落ちていない、綺麗に舗装された道。彼は毎日を送る中、自分の人生がそういう物だと考える瞬間がある。どんな事をしても、誰が来ても、僕を転ばせる事ができる人間なんていないんだ。


 ざまーみろ! カイゼルはそう叫びたくなった。

 お前らとは違うんだ! 僕はお前らみたいなバカ共とは違う!


 自分の横を通り過ぎて行く生徒達に、内心でそう叫び、カイゼルは自分の下駄箱へ向かった。上履きから靴へ履き替えようと、下駄箱を開けると、靴の上に手紙が乗っているのを見つける。


「……なんだ?」


 その手紙を取る。一瞬ラブレターかと思ったが、すぐにその予想は外れたとわかった。


 大きく、へたくそな文字で、『果たし状』と書かれていたから。

 果たし状を開いてみると、そこにはやはり汚い字でこう書かれていた。


『カイゼル・アーマイン。放課後格技場で待つ。リュウコと剣を素直に返すなら、痛い目を見なくて済む』


 差出人には、『風祭遊乃』と添えられていた。

 あの一年生か。カイゼルは、殴られた後の驚いた顔をした遊乃を思い浮かべて、笑った。


 正直言って、これを受ける必要性はまったくない。もう剣もリュウコもカイゼルの物であり、わざわざ遊乃の言う事に従って、物にする為の手順なんて踏む必要はないのだ。


 が、人生の潤いは無駄にこそある。それを忘れていない程度に、彼は遊び心を持っていた。遊乃に対して剣とリュウコの力を使って、完膚なきまでに叩きのめすのも面白い。


 それで再起不能になって退学するなら、もっと面白い。

 やらなくてもいいが、やらない理由はない。

■『用語解説』


・『インバイトホール』

相手の動きを封じる初級呪文。対象者の足元から無数の腕(術者の腕を模している)が這い出てきて、対象を掴んで止めるというモノ。特別強いわけではないが、ある程度の時間足止めする程度はできる。


・『ダンジョン』

地上にある建物、ビルや民家。あるいは自然にできた洞窟や森など、キャファーの巣であればそれがダンジョンとなる。基本的に学生の内はプロが攻略したダンジョンにしか入ることができず、言うなればキャファーの残党を相手にするのみとなる。



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