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ダンジョンマイスタ~黒い剣と竜の少女~  作者: 七瀬楓
第1章『ドラゴンと伝説の勇者』
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第6話『魅惑の力』

 放課後になり、遊乃は一人で格技場でデューを待っていた。周囲から向けられる訝しげな視線をまったく気にせず、岩に腰を下ろして空を見上げていた。


 まるで、ぼんやりと動かない動物園の動物が動き出すのを待っている様に、周囲がイラつき始めた辺りで、デューが格技場へと入ってくる。そして前日の様に遊乃の前へ立ち、「待たせたわね」


 と、不機嫌そうに眉間へシワを集めて言った。


「俺様を待たせるとは、けしからんな」


 遊乃は岩から降りると、腰から剣を抜く。その剣は、リュウコを拾った場所にあった物。そのオーラに、デューのアンテナも反応したのか、彼女は警戒心を露わにする。拳を挙げてファイティングポーズを取ると、そこでやっとある事に気づく。


「……あの、リュウコって子はどこにいったの」

「ちゃんといるぜ。今回は、俺とリュウコのリベンジマッチだからな!」


 遊乃はそう言うと、跳んでデューの頭上から斬撃を一閃。彼女はそれをグローブの拳頭部分の鉄で防ぐと、背後に立った遊乃からのもう一閃を前方へ転がる事で躱す。すこし大袈裟に飛んだので、距離も充分取った。拳でも剣でも届かない距離。


 ここから一気に間合いを詰めて、拳を連打してやる。

 懐に潜ってしまえば、剣なんて邪魔なだけ。だからこそ、デューは早急に接近戦へ持ち込む事を優先した。


 一歩地面を蹴り出すと、遊乃は剣を頭上へ掲げ、振りかぶっていた。


「リュウコ! 光のブレス!」


 そう言うと、遊乃の刀身が淡く白く発光する。まるで、その場だけ白く塗りつぶされていくみたいに、刀身が消えていく。


(マズイ――ッ!)


 実力で培われた経験という名の勘が、デューの中で危険信号を鳴らす。遊乃が剣を振り下ろすより早く、デューは右へ転がり込む。


 遊乃が剣を振り下ろすと、刀身が光で伸び、デューがいた場所に亀裂が走った。遊乃から一〇メートル以上離れたフェンスを両断するほどの光。デューは思わず、その光景を見てゾッとした。あれが今、自分に向けて放たれたのか、と。


「ちっ。リュウコ、もうちょいチャージ早くできねえか?」


 剣に向かって話しかける遊乃に、デューは何をやっているんだとその様をジッと見つめていた。

 すると、剣からリュウコの身体が生えてきたのだ。デューはさすがに驚いてしまった。


「光のブレスはちょっと早いのは無理かなぁー……」


 その光景には、周りで見ていた生徒達も驚いていた。悲鳴をあげる者、マジックショーでも見た様な歓声をあげる者。とにかくうるさくなっているのは間違いなかった。


「あ、アンタ……それなによ……?」


 デューが、指先を震わしながら、リュウコを指差す。


「これがリュウコの力だ。リュウコは、自分が封印されていた剣に戻る事ができる。こうしていれば、俺様が使えるレベルでリュウコの力を使える事ができるのだ」

「――それはつまり、リュウコって子の力を、全部は使ってないって事かしら」


 デューのこめかみに、青筋が走る。彼女は自分が短気だとわかっているし、それを抑える努力もしていた。しかし、その努力は大抵の場合無駄に終わる。自分が侮られるという事が何よりも嫌いな彼女は、そう思った瞬間に頭が真っ白となるのだ。


「殺してやる――ッ!」


 デューの顔から、怒り以外の感情が消えた瞬間。

 彼女の姿その物が消えた。


「おとーさん! 下!」


 リュウコの言葉に、遊乃は視線を下へと移す。体勢を限界ギリギリまで下へ落とし、まるでレスリングのタックルと言わんばかりの姿勢制御。


 あらゆる武術の立ち技は、大方の場合立った相手の上半身を攻撃する為の技。今のデューみたいに低い体勢を取られてしまうと、剣では攻撃がし辛い。


 仕方がないので、遊乃は踏み潰して迎撃しようと足を上げるのだが、デューはそんな遊乃の足裏へ蛙の様な体勢から跳んで、アッパーで迎撃。


 全体重をかけて踏み潰そうとする遊乃には、重力の恩恵もある。だから、遊乃が競り勝つはずだった。


 しかし何があったのか、デューの拳が爆発した。

 空気を思い切り破裂させ、その推進力が遊乃の足を押し返す。


「うぉ――ッ」


 突如自分の体が宙へ舞っている事に気づいて、遊乃は空中での姿勢制御を行おうとする。その時、自分が一〇メートル以上は舞い上がっているのに気付き、一瞬思わず震えた。


「空中じゃ、身動きは取れないでしょ!」


 デューは地面を殴り、再び拳を爆発させて飛ぶ。まるでミサイルみたいに遊乃へと飛んで行く。


「あたしのお気に入り魔法(フェイバリット)、『爆撃拳』拳を爆発させ、絶大なる攻撃力と機動力を生む! これにあたしの拳が加われば、この通りよ!」


 遊乃と空中で射程距離を交えるデューは、そのまま拳を弓引き、放つと同時に爆発させる。それにより、地面を踏まずとも空中で拳に攻撃力を持たせる事ができるのだ。


「リュウコ! 炎のブレス!」


 遊乃は剣を横へ振ると、剣から炎が吹き出し、推進力を生む。それにより、遊乃は拳を躱す事に成功する。


「ちぃっ! だけど、あたしの方が機動力は高いようね! 逃げるには足が遅すぎよっ!」


 デューは空中を殴り、拳を爆発させ、遊乃を追った。デューの一撃は、ただひたすらに相手を倒す為攻撃力を磨かれた物。遊乃も、その攻撃力は素直に尊敬した。


「逃げるぅ?」


 遊乃は、ニヤリと笑った。


「俺様が逃げる事など、ありえんのだ」


 何を言っているんだ? いま、実際に逃げの動作を取ったじゃないか。デューはそう思ったが、彼女は決して遊乃を侮っているわけではない。何かが来ると、そう思った。


「これは、戦略的撤退と言うのだ!」


 遊乃は真上へと炎のブレスを放ち、急速に下へ降りる。そして、地面間際で再び地面に対してブレスを放ち、落下の衝撃を殺して着地した。


「そ、それは逃げたって言うのよ!」


 デューも、地面に拳を突き立てて着地し、二人は最初の位置関係に戻った。それに伴い、戦いもふりだしから。


「貴様のお気に入り魔法――爆撃拳と言ったか。確かにすごいな。少し驚いたが、どってことはない」

「防戦一方だったクセに……! よくそこまで言えたモンだわね……」

「今度は、俺様お気に入りの魔法を見せてやろう」

「魔法――?」


 デューは、遊乃と戦う前に彼の事を調べた。


 その中に特筆的なデータとして、彼はリュウコを使役する為に魔法容量スロットを大多数割いている。魔法は初級呪文一つしか覚えられないはずだ。


 今更大した物でもないと割れている魔法を使って、何をするつもりだ。

 そう警戒するデューを尻目に、遊乃は腰の鞘に拳を収め、リュウコが剣から出た。


「はい、おとーさん」


 そして、そのリュウコが、遊乃へ手に持っていたもう一つの剣を渡した。明らかに先ほどまで使っていた物よりも性能が落ちる、普通の剣だ。


「ほれ、リュウコは向こう行ってな。ここからは俺様がやるから」

「はーい!」


 リュウコは、黒い柄の剣を持って格技場から出て行ってしまう。

 残ったのは、普通の剣を持ち、初級呪文一つだけしか使えない、レベルもデューより格段に低い男だけ。


 そうなっては、遊乃がデューに勝てる道理など、本来はない。


 だがそんな事すら、デューの頭からは消え去る。今までだって激怒していた。彼を倒す以外の事が頭から消え去る程に。しかしデューは、自分最大の怒りを体験する事になる。人生でこれ以上ないほど怒っていたのだ。


「あ、ああん、アンタ……。あた、あたしを、デュー・ニー・ズィーだと、知って、そんな愚行を……」


 すでに言語さえ怪しくなるほど、自分がきちんと立てているのかさえもわからなくなるほどの怒り。デューは頭がどうにかなりそうだった。というより、どうにかなっているのに自分ではわかっていないのではないかと、彼女は頭のどこかで思っていた。


「え、なに? タン・タン・メン?」


 遊乃はわざとらしく、耳に手を添えて聞き逃したふりをする。

 それが安い挑発だとわかっていても、もうデューの頭は何を言われてもすべて怒りのエネルギーへと変換される。


「テメェェェェッ!」


 しゃがみ込み、デューは両手で地面を叩く。両手による爆発の推進力。先ほどよりも速く、一瞬で遊乃の腹を撃ち抜くはずだった。


 しかし、デューが飛び、遊乃を貫いたはずだと止まるも、その場に遊乃はいない。


「――あ、あれ?」


 あのスピードから逃れる事は、できないはずだ。

 彼女は周囲を見回すが、遊乃の姿はどこにもない。ふっ飛ばしてしまったのかと一瞬思ったが、それにしては手応えがなかった。


「どこを見てる」


 後ろからの声。遊乃は、デューの後ろに立っていた。今のデューは、遊乃を倒すために心まで武装しているような状態。遊乃の声がした方へ、反射的に拳を振るった。


「おおっと!」


 遊乃はその拳を剣で払うと、それ以上の追撃はしない。デューが体勢を整えるのを待っているみたいに。


「風祭、アンタ――今、何を使ったの……?」


 怒りで乱れた心は、一瞬で静かになる。自分が遊乃に翻弄されている事がわかったから。


「俺様が選んだのは、『脱兎の如く』素早さを上げる初級呪文だ」

「そ、それでなんであんなに素早さが上がるのよ! あれは、ほんの少ししか上がらない、それこそ雑魚呪文じゃない!」

「……俺様は考えた」


 まったくデューの話を聞いていないみたいに、遊乃は呟く。


「呪文が一つしか使えない場合、どういう物を覚えるべきか。回復魔法か、それとも短所を補う補助魔法か……。しかし、短所を補うでは、まるで逃げているようで嫌いだ。だから、俺は長所を伸ばす事にした。俺様のパラメーターで、一番高いのは素早さだったからな」

「あ、あんたの素早さなんて――」


 デューは、『――大した事じゃない』と返してやるつもりだった。

 しかし、初陣ではデューの拳を躱していたし、今までだって身のこなしは軽やかだったのは間違いない。


「だ、だとしても、それ使いながらあの子の力を使えばいいじゃないの!」

「アホか。それだと俺様が勝った事にはならんだろうが。お前を屈服させるには、俺様だけの力でやる必要がある」


 遊乃は肩に剣を乗せ、当然だろと言わんばかりに胸を張った。


 しかし、逆にチャンスだ。今、遊乃にはリュウコがいない。デューはそう思うや否や、「うぉぉぉぉぉっ!」と声を出し、遊乃へ向かって拳を突き出す。嵐の様に激しい拳打。しかし、遊乃は『脱兎の如く』を使い、そのすべてを紙一重で躱していく。


 素早さを強化された遊乃は、デューの首筋へ、剣を突きつけた。

 お互いの動きが止まり、勝負の余韻が辺りへと満ちる。そして、デューは舌打ちして拳を下げると、


「……あたしの、負けだわ」


 そう言って、地面へと座り込んだ。


「ま、当然だな」


 遊乃も剣を鞘に収め、小さく溜息を吐いた。


「おとーさーん!」


 そこへ、リュウコが走ってきて、遊乃へと抱きついた。


「お、とと……」


 遊乃は少しだけよろめきながらも、彼女をなんとか受け止める。リュウコに続いて、琴音と翼もやってきた。


「まさかデューに勝つとはなあ。さすがに驚いたぞ、風祭」

「す、すごいです遊乃くん……」


 翼、そして琴音の二人は、遊乃の功績を讃えてか、拍手をする。それがキッカケになったのか、フェンスの向こうにいたギャラリーからも歓声が巻き起こった。


「俺様の名誉も取り戻したというわけだな」歓声に応え、遊乃は周囲へ手を振る。「さ、て……忘れてねえだろうなあ、デュー・ニー・ズィー。俺様に負けたら、なんでもすると言った事を」


 遊乃の顔は、まるで圧政をする王の様に邪悪な物となっていた。正直勝負に夢中で、その後の約束なんてすっかり忘れていたデューは、内心慌てた。


「たっぷりエロい事をしてやるぜ! ナーッハッハッハッハ!」


 そんな彼に抱きついたままだったリュウコが、遊乃の体を思い切り締め上げる。サバ折りというより、腕力で遊乃を潰そうとするようなシンプルな技。


「いだだだだだだだだッ! りゅ、リュウコ貴様何をする!」


 遊乃はすぐリュウコを引き剥がして、彼女を睨む。だが、リュウコも何か含む所があるのか、遊乃の視線に屈しない。


「……はぁ。わかったよ。おい、デュー。さっきのは無しだ」

「え、い、いいの?」


 デューは自らの肩を抱き、体を守る様にしていたが、それを解いて立ち上がる。リュウコも、顔を綻ばせて、再び遊乃に飛びついた。それを引き剥がそうともせず、甘んじて受ける。


「よ、よかった……」


 人知れず安堵の溜息を吐く琴音。その隣に立っていた翼は、「お前も酔狂だねえ……」と呆れていた。


「……アンタの事、少し誤解してたみたい。風祭、アンタすごいよ」


 デューはグローブを取ると、遊乃へ手を差し出す。仲直りの握手。人と人の交流は、手から始まる。しかし、遊乃は「何を勘違いしている」と言い、彼女が差し出した手を見つめる。


「……はい?」

「お前は俺様の奴隷だ。俺様が勝ったのだから、当然の権利だ」


 再び、デューのこめかみに青筋が走る。

 彼女は地面をおもいっきり踏みつけ、派手な音を鳴らし、「アンタ、やっぱり最低だわッ!」と言い残し、格技場から去っていった。


「い、いいんですか……遊乃くん……。彼女、遊乃くんを見直しかけてたのに……」


 本当はそれでいいと思っているのだが、一応琴音は遊乃へそれを進言した。


「いらん。あいつはあれくらい跳ねっ返り強い方が楽しいからな」


 遊乃はリュウコを引き剥がし、「ナハハハハ」と笑いながら、格技場を後にする。


「あ、まってよーおとーさーん」


 その後をリュウコも追いかけた。気持ちのいい勝利を遂げた所為なのか、遊乃の背中は酷くごきげんそうに見えた。



  ■



 格技場を出て、校庭へ戻る最中の道。格技場は校舎裏にあるので、必然的に校舎の横を通って行く事になる。薄暗く、人通りの少ないそこは、周囲にリュウコと遊乃以外の人間はいない。


 校舎の外壁と、学校の敷地を隔てるフェンスに挟まれた狭い道。人が三人並べばそれで埋まってしまいそうだった。


「さて、今日は疲れたしな……。リュウコ、今日は干し肉でも買って帰るか」

「やったー!」


 二人はそんな話をしながら、その狭い道を歩いて行く。

 このまま何事も無く家まで帰れる。今日のトラブルはすべて片付けた。遊乃の脳裏には、無意識にそんな思いがあった。


 だから、背後に誰かが立った事に、遊乃は一瞬気づけなかった。

 何か硬い物で後頭部を殴られ、意識が昏倒する。


「おとーさん!」


 リュウコが振り向くと、そのリュウコも、遊乃を殴った黒い鉄の棒――よく見れば剣の鞘だった――で顔を殴られ、気絶していた。


「な、何者だ――!」


 遊乃は、ぐらぐらと揺れる意識をなんとか保ちながら、その犯人の顔を見た。

 金髪にオールバック、青い瞳に白い肌。学ランをワイルドに着崩したそいつは、彫りの深い顔をしていた。


「見せてもらってたよ。さっきの戦い。――いやぁ、すごいね。このドラゴンの子」


 そいつは、ヘラヘラと笑いながら、遊乃の腰から剣を引き抜く。


「あと、この剣。俺の心を射止めてくれたんだよねぇ……。これももらってくから」


 そう言うとその男は、遊乃から奪った剣を振るう。

 すると、リュウコが光の粒へと変わり、剣へと吸い込まれていった。


「よし。やっぱり俺の能力で代用できたな。――それじゃ、風祭くん。この子と、この力は、僕が大事に扱ってあげるから」


 遊乃から剣とリュウコを盗んでいき、鮮やかに立ち去るその男。そんな背中を見つめながら、遊乃は意識を保っていられず、気絶した。


 俺の召喚魔法じゃなきゃ、リュウコを剣に入れられないのに、なんであの男はできたんだ。


 遊乃が思考したそれは、気絶から目覚めた後も続く事になる。

■『用語解説』


・お気に入り魔法

とっさの時に判断に迷わないよう、討伐騎士は自らが頼る魔法を決めておくことがあり、それがデューの場合「爆撃拳」遊乃は魔法を一つしか使えない性質上、必然的に「脱兎の如く」になる。


・『脱兎の如く』

初級呪文。素早さをほんの少しだけ上げる呪文だが、元から素早さの高い遊乃が使うと、高い威力を発揮する。名前の由来は「経験の浅い討伐騎士が逃げるために使う」呪文であるため。ちなみに遊乃は、当然そんなこと知らない。

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