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ダンジョンマイスタ~黒い剣と竜の少女~  作者: 七瀬楓
第1章『ドラゴンと伝説の勇者』
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第4話『目立ちたがり屋エルフ』

「ババア! どういう事だコラァ!」


 遊乃は、何度試してもデバイスから魔法が削除できない事を確かめると、すぐにリュウコを連れて校長室へやってきた。大声を出しながらドアを蹴破る遊乃に驚き、読んでいた書類を机の上にバサバサと落としていた。


「あ、あのね、風祭くん。まずノックしてちょうだい……それと、ババアはやめて……」


 もう半ば諦めた様な顔で、校長は落ちた書類を拾って綺麗に重ねて、机の端に置く。


 遊乃は机に手が置ける位置まで近寄ると、「俺様の魔法記憶容量が召喚魔法とやらで埋め尽くされてて、魔法が覚えられんのだ!」と、机を叩いた。


「え、どういう事です? 討伐騎士は、入学して最初の試験を終えるまで、魔法を覚えてはいけないという決まりでしょう」

「そんな覚えがないからババアのところに来てるんだろうが!」

「で、デバイスを貸してください」


 校長にデバイスを渡し、校長が操作するそれをジッと見つめる遊乃。そして、しばらくそれを見たままで居ると、校長は「あぁー……」と納得した様に溜息を吐く。


「なんだ。一人で納得するな。俺様にも説明しろ」


「いえ。これは全くの仮説なのですが――。おそらく、あなたが剣を引き抜いた直後、リュウコちゃんとの契約が成立したのではないでしょうか……。

 キャファーの召喚は本来、キャファーを調教し、無理に契約を結ばせるか、あるいは知性のあるキャファーと交渉し、力を貸してもらうかの二種類です。

 どちらも、一応はお互いの了承があって初めて、脳に魔法を刻み込む事ができるのですが――」


 リュウコの方から一方的に、それも一人の人間の魔法記憶容量をここまで食い潰せる程の契約。それはリュウコが、相当に強いキャファーであるという証明。だが校長はそこまで言わなかった。


 遊乃の性格上、それを言えば「なんだ、ならやはり俺様は相当運命に愛されている様だな!」と言いながら大笑いして、調子に乗ると思ったからだ。


「ってことは、リュウコが居る限り、俺様は魔法を覚えられないってことか!」

「いえ。初級呪文の一つだけなら覚えられますよ」

「そんなもん雑魚呪文だろうが!」


 遊乃は、歯を食いしばり、拳を握り、悔しさをその身で表現していた。しかし、一〇秒もしない内に、


「ま、いいか」


 と言って、ケロッとしだす。


「え、あの、魔法を消してあげられない私が言うのもなんですが、いいんですか?」

「あぁ。よく考えたら別に俺様は魔法使いじゃないし、剣さえ振るえれば大した問題にはならん。逆にそれくらいのハンデがなくては面白くもない」

「あなたのその自信はどこから来るのか……。単位レベルは一四……この時期でそのレベルは、逆に低いくらいですよ」

「そんなもん俺様の実力があれば、後から嫌でも上がる」


 じゃーな、と遊乃はリュウコを引き連れ、校長室を出て行く。本当に嵐の様だ、と校長は思いながら、その背中を見送った。


 リュウコを引き連れて廊下を歩いていた遊乃。校長室から離れてきたところで、リュウコが突然、遊乃の袖を引っ張る。


「あん?」


 立ち止まって振り向くと、リュウコにいつもの元気はなく、俯いていた。


「お、おとーさん……。おとーさん、わたしのせいで魔法、使えないんだよね……?」

「なんだ、もしかして気にしてるのか。さっきも言ったが、俺様にはちょうどいいハンデだ。一つは覚えられるわけだし、全く構わん」

「ほ、ほんとに?」

「俺様は嘘など言わん。ナーッハッハッハッハ!」


 学校の廊下であるにも関わらず、まったく躊躇わないで大笑いをする遊乃。そして、その様子を見て遊乃がまったく気にしていないのを悟ったらしく、リュウコも遊乃の笑いを真似し「ナハハハハー!」と大口を開けた。


「ま、とりあえず今日は帰るか。覚える魔法は、おいおい考えるとして」


 遊乃は、まるで風呂あがりに牛乳を一杯飲んだ後の様にさっぱりとした様子で言って、歩いて行く。


「はーい」


 リュウコもぱたぱたと軽い足音を鳴らしながら、遊乃の後をついていく。その二人は、傍目から見ていると親子というよりも、兄妹の様だった。



  ■



 そして、翌日。

 遊乃はリュウコと共に登校していた。


「どうでもいいんだが、リュウコお前……」


 学校の廊下を教室に向かって歩いている最中、遊乃は隣を歩くリュウコを見なが

ら、呟く様な声音で言う。


「なーに? おとーさん」

「こう、俺様の隣から消えるとか、できんのか?」


 召喚魔法は、キャファーをどこかに亜空間に収納し、そこから呼び出す事で使える。遊乃はリュウコにそれをしろと言っているのだが、リュウコはそれをどう解釈したのか、少し目を伏せ、「おとーさん、わたしにいなくなってほしいの?」と悲しそうにしていた。


「違う。だが、どうもお前は俺の召喚魔法でこの場に居る事ができているらしい。つまり、他の召喚獣みたいに、どこかに収納できるはずなんだが――」


 どうもリュウコには難しすぎたのか、リュウコは顔をしかめて首を傾げていた。


「ふーむ……。俺様も召喚術を勉強せんといかんのか……」


 同時に、遊乃も腕を組み、「めんどくさ」と呟く。


「ええい、俺様に勉強なんぞ必要ない。こういうのは自然と身につく物なのだ」


 そう言いながら、教室の前についたので、遊乃は教室の扉を開いた。


「おいーっす」


 軽く手を挙げ、遊乃は自分の席にまっすぐ向かう。だが、そこに何人かのクラスメートがやってきて、遊乃の行手を阻んだ。


「な、なんだお前ら」

「ねーねー! その子、本当にドラゴンなの?」


 遊乃を囲む内、一人の女生徒がリュウコを輝いた目で見ながら言った。


「本当かどうかは知らんが、似たような力は持っているな」

「ダンジョンの、先生たちも知らない部屋で見つけたってのは本当なのかよ!」


 興奮したように鼻息の荒い男子生徒。

 遊乃は顔をしかめて、「ええい、鬱陶しい。本当だ」とその男子生徒を押し退ける。


「お、おとーさん、こわい……」


 リュウコは、まるで小動物の様な仕草で、遊乃の影に隠れる。そんな仕草がクラスメート達の心を掴んだのか、歓声が巻き起こる。


「きゃー可愛い! この子、名前は?」


 女生徒は、遊乃へと詰め寄る。男子生徒もいるとはいえ、女生徒に囲まれるという経験はさすがに無い遊乃は、にやけながら「こいつはリュウコというんだ」と鼻高々。


「リュウコちゃんっていうんだー。ねえ風祭くん、私も風祭くんのパーティに入れてよー」


 猫撫で声の女生徒。おそらく、遊乃といればリュウコと触れ合えるという打算があるのだろう。しかしそんな物、遊乃は気にしない。


「ふふん、俺様のパーティは世界最強になるのだ。それ相応の力があるのか?」

「やだー風祭くんのいじわるー」


 安い酒場めいた空気に満ちる。しかし、その空気はまだ子供のリュウコにとって、あまり気持ちのいい物ではないらしい、遊乃の腕を握り、徐々に力を込めていく。


「いただだだだだっ!」


 さすが自称ドラゴン。遊乃の腕がミシミシと音を上げて、遊乃は必死に腕を振ってなんとか脱出する。


「コラ貴様! 一体なんだ! 父親と言っている割には敬ってる感じがまったくせんぞ!」

「うーっ!」

「うー、ってお前。サイレンか! なんで俺様の腕を折ろうとした!」

「うーっ?」


 まるで言わなくてもわかってほしい、と言わんばかりに頬をふくらませ、地団駄を踏むリュウコ。その仕草に、再びクラスメート達が心を奪われる。


「はんっ」


 そんな、楽しい雰囲気(少なくとも遊乃とリュウコ以外には)に似つかわしくない、鼻で笑う声が響く。皆がその主を探し、そして、見た先は教室の入り口、黒板側のドアだった。


「お気楽そうね、C組」


 そこに立っていたのは、ライトグリーンのボーイッシュショートヘアー。制服であるのセーラー服を胸元までばっくりと開いた着崩し、バストは全体的にスレンダーな体の中で自己主張するかの様に大きい。


 赤い瞳は凛々しく、猫の様に丸い。そして、彼女の体で一番の特徴は、その長い耳だった。まるで三角定規の様に尖っている。


「貴様、エルフか」


 遊乃の言葉に、彼女は「ええ、そうよ」とほくそ笑んだ。


 世界に毒素が満ち、人類が空で生活する様になってから数十年経ったある時から、生まれてくる赤ん坊の髪の色や耳の長さが、常人とは違う事が多々あった。


 そして、その人間は魔法の才能や身体能力が生まれ持って高く、人類から進化した存在、エルフと言われる様になったのだ。当然、まだ普通の人間より数は少ないが、この龍堂学園にも何人か在籍している。彼女はその内の一人だろう。


「あたしの名前は『デュー・ニー・ズィー』自慢じゃないけど、中間試験で成績トップよ」

「へぇー」


 遊乃は対して興味も無さそうに力の抜けた声。自慢じゃない、とは言ったが、明らかに自慢しているつもりだったデューは、そんな遊乃の態度が気に入らなかったらしい。


「なによその態度! アンタなんか、ズルで注目集めてるだけじゃない!」


 真実を見抜いた名探偵みたいに、遊乃を指差すデュー。


「俺様はズルなんてしておらん。実力だ」

「そんなの運でしょ、運!」

「英雄に必要不可欠な物だな」

「キィーッ!」


 先ほどリュウコがしたのとは違い、まるで地面を抉る様に力強い地団駄。さすがに女子がそんな事をするのは、周りの男子生徒達が引くのに充分な光景だった。遊乃を言い負かせないのがよほど悔しいらしい。


「で、えーと……『タン・タン・メン』だったっけか」

「『デュー・ニー・ズィー』よ!」

「そうそう、それ。貴様は一体何が言いたいんだ。なんか用があるから来たんだろうが」

「ふんっ。当然、アンタに勝負を挑みに来たのよ! あたしとアンタ、実力がどーも誤解されてるみたいだし。当然、そのドラゴン? の子と一緒でも構わないわよ」


 遊乃は、面倒くさそうに頭を掻く。そして、デューを観察。


(このタイプは、首を縦に振るまでしつこいタイプだな……。仕方ない)


 ふぅ、と小さく溜息を吐き、遊乃は「いいぞ、遊んじゃる」と頷いた。

 その言葉に、クラスメイト達もリュウコの力が見れると期待が高まる。だが、あまりにも簡単に遊乃が頷いた事は、逆にデューにとって気に入らない展開だったらしい。


「アンタ、その自信満々な態度を打ち砕いてやるんだから! 放課後、格技場で待ってるわよ!」


 大股で大きな足音をさせながら、デューは扉を勢いよく閉めて去っていった。


 そんな後ろ姿を見て、遊乃は「なんだあの女」と小さく呟く。強烈すぎる印象に、クラスメイト達全員胸焼けを起こした様に空気が落ち込んだ。というより、落ち着いたと言うべきか。


「あ、あのー……」


 そんな中、まるで夜逃げするみたいにこそこそと遊乃へ近づく琴音。


「なんだ、お前いたのか」


 遊乃は、まるで合コンに意外なメンツが揃ったというような顔をして、琴音に「よう」と手を挙げる。


「お、おはようございます……。って、そんなことよりも、大丈夫なんですか遊乃くん……」

「なにが」

「い、いえ。あのデューさん、もうレベル二一……。二年生に匹敵する実力を持ってるんですよ……?」

「ふん。俺様なら大丈夫だろ」


 遊乃のレベルは一四。レベル差は五もあれば勝負にはならないと言われている。授業を真面目に受けてさえいればそれなりに上がるレベルではあるが、一年生が始まってすぐに二年生に上がる為に最低でも必要な二〇を越えているというのは、相当な実力があるという事だ。


 遊乃はもちろん、そんな事知らないのだが。


「おいリュウコ、放課後は一仕事あるぞ。――今までの話、理解できたか?」

「うーっ」

「なんだ、お前それしか言えんくなったのか。ま、なんでもいいが。放課後はサクッと頼むぞ」


 それだけ言うと、遊乃はリュウコの頭に手を置き、ぽんぽんと軽く叩いた。なんだか不安そうな琴音の顔は、当然ながら彼の目には入っていない。



  ■



 校舎の裏には、バスケットコートみたいにフェンスに囲まれた長方形の空間がある。地面は荒野の様にゴツゴツとした岩が並んでいるそこが、格技場だ。


 遊乃は、リュウコと琴音を引き連れて、そこへやってきた。すでにギャラリーが格技場を囲んでおり、遊乃は口笛を吹く。


「ふふん。俺様、注目されてるな」

「それはもう。学園始まって以来の珍事でしょうし……」


 琴音は、遊乃に「気をつけてくださいね」と言うつもりだったのだが、遊乃と琴音はそれよりも早く、フェンスの扉を開けて中へと入っていった。


 格技場の中心で、腕を組んで遊乃を待っているデュー。彼女の前に立ち、遊乃は「待たせたな」と不敵に笑い、彼女の装備を確認する。


 関節部のサポーター、そして、拳を包む無骨な黒い鉄製のグローブ。それをガキンと鳴らして、彼女はステップを踏みながらシャドーボクシング。


「あたしの職業は『拳闘師パンチャー』この拳が武器よ」

「そか。――ま、俺様には敵わんって事だけわかれば、それで充分だがな」


 遊乃は腰に差していた自分の剣を引き抜き、両手で握ると、だらりと力を抜いてもっとも力を抜いていられる体勢で構える。


 対して、デューは左拳を前にした、一般的なボクシングのファイティングスタイル。まず突っ込んだのは、そのデューだった。

 軽やかなフットワークですぐさま距離を詰めると、左ジャブの連打を遊乃に浴びせる。


「おっと」


 だが、遊乃は軽やかにそれを躱すと、詰められた分の距離を開く。


「うむ、確かに。あれだけの大口を叩くだけはあるな、ナハハハ」

「チョーシくれてんじゃないわよッ!」


 右拳を握り、遊乃へ渾身の右ストレートを放つ。まるで弾丸が放たれた様に、遊乃の目では捉えられない程のスピード。横へ転がり、大袈裟にそれを躱すと、遊乃は彼女を油断してはならない敵だと判断を改める。


「仕方ない。リュウコ! お前の出番だ、ブレスを食らわせてやれ!」


 と、リュウコの方を見るのだが。何故か、リュウコは遊乃を見ていなかった。見ていなかったというより、そっぽを向いているという感じだが。


「な、何をやっているんだお前は! いいから、俺様に協力せんか!」

「やだ!」


 やっと向き直ったかと思えば、今度は拒否の言葉。さすがに、ここへ来てその態度は遊乃も怒髪天を突いた。


「貴様――ッ! 誰が面倒見てやってると!」

「よそ見してる場合じゃないでしょうが!」

「げっ――」


 いつの間にか目前へと迫っていたデュー。そんな彼女の流れ星みたいに鋭い右が、遊乃の顎を抉った。

 思い切り脳を揺らされ、混濁する視界。そして彼は、ふらふらとしながら、ついには倒れた。頭の中では、リュウコに対する恨み事ばかりを唱えながら。

■『用語解説』


・『初級呪文』

討伐騎士はレベルによって使える呪文には制限があり、それは主に呪文の効力の強さと範囲によって決まる。当然、初級はもっとも弱く、範囲は誰か一人に限定される。


・『亜空間』

この世界ではないどこか。基本的に召喚術師は亜空間を作り出すことができ、そこに契約したキャファーを囲う。


・『エルフ』

人類が空世界にその住み処を移してからしばらくした後、突然変異的に生まれた人類。耳が尖ったように伸び、髪の毛の色も通常の人類とは違った色で、身体能力や魔法記憶容量、毒素の耐性がが普通の人類よりも優れている。まだ数こそ少ないが、年々増えてきている模様。キャファーや毒素に対する人類の進化した姿というのが定説。

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