ローゼローズの錬金譚
感想・ブクマ全裸待機です!
ローゼローズ・フォン・ルルスが前世の記憶を取り戻したのは6歳の時に、ジェビア侯爵家次男のグレンバルムと婚約が成立した時だった。
その時、初めて自分は別の人間だったことを認識したローゼローズは同時にこの世界が乙女ゲームの世界観と一致していることに気付く。そしてローゼローズ・フォン・ルルスという人間が悪役令嬢という役割を担っていることにも。
そして、ローゼローズは決心する。
前世は平凡なサラリーマンで、サービス残業漬けの日々の中で命を失ってしまったが、現世こそは生きたい、と。
だがしかし、ゲームの中のローゼローズはヒロインを虐めまくってのちに両想いになる攻略対象に処罰されてしまう。牢に入れられ、暗く冷たい場所で1人死んでいくのだ。
どうせ婚約破棄される運命。恋に生きるのではなく、自らの好きな事に挑戦し続ける人生を歩もうとする。婚約成立した1年後、ローゼローズの読み通り破棄された。
理由は父が話したがらなかったが、憤慨している様子を見るにおそらく相手側と揉めたのだろう。地位も向こう側が上、いつか権力で潰されて路頭に迷った時、生きていけるように彼女は王立学院に入学したのをきっかけに、勉学は勿論、剣術、そして前世から憧れていた錬金術を学び始めた。
そこで彼女は頭角を現しはじめた。
錬金術師になるには、ランクごとに定められた難易度の試験を受けて合格する必要があるが、彼女は歴代最年少で最高ランクである『グランド・アルケミスト』に合格する。
やがて、学院を卒業した彼女はまだ錬金術ではなく、剣術に生きることを選び王太子帰属の騎士団へと入団した。そこでは兄が副団長を務めていたが、兄のコネクションを使うことなく、実力で騎士団入りを女性で初めて果たす。
そして、ローゼローズが15歳になった時、副団長にまで上り詰める。既に彼女の噂は騎士団や城の人間だけでなく、城下の人間にまで知れ渡っていた。
女性でありながら男性と同じように活躍する彼女を、貴族の夫人、令嬢だけでなく庶民の女性達も尊敬と憧れを抱いていた。
そしていつの間にか彼女は、女性たちの間で「自由と自立の象徴」として人気を博す。
ローゼローズは、王太子帰属騎士団の副団長になって半年と少し、錬金術を極める為、休業しヴェレトロム王国でも貿易都市として有名なオディバの街へとやって来ていた。
副団長を休業し、錬金術に身を置きたいと告げた時は団長である兄を始め、団員たちは涙を零しながら「行かないでください、姐さん」と縋り付いていたが、理由を話すと号泣しながら応援してくれた。
海と共に人々の生活が営まれているこのオディバでローゼローズは、簡単な魔法を誰でも自動発動できる夢のような石を錬金するため、日夜研究している。
これは、いつかヒロインと仲良くなりたいと願う1人の令嬢の奮闘記である。
□■□■
貿易都市として有名なオディバを選んだのは、国内だけでなく海外からも貴重な品物が行き来するので、素材を集めやすいという点もあるが、本心はヒロインがここに住んでいるからである。
この世界が舞台となっている乙女ゲームのヒロイン、アリス・オルキリカ。
彼女は幸運にもローゼローズの工房の常連だった。毎日決まった時間に来ては錬金術で精製した金属製の花を買っていく。
今日も同じ時間にやって来て、受付を担っているローゼローズのホムンクルス、ブラウリリーと談笑している。
(ああ……何て可愛いんだ、花が綻ぶような可憐な笑顔……仲良くなりたい!!)
前世が男性だったせいか、ローゼローズは異性となった男に興味がなかった。
その代わり、美しい女性を愛でるのが趣味だという変わった嗜好がある。(恋愛対象ではない。)
線の細いアリスは『可憐』という言葉がしっくり来るほど愛らしい。
透き通った白い肌に、血色のいい頬。形の良い桜色の唇。誰が見ても頷く美少女だ。
工房の裏に隠れてアリスを見守るローゼローズは、ほうっとため息をつく。
本当はこんな風に隠れてないで、彼女とたわいのない話をしたり流行について盛り上がったり、いわゆる女子トークをしてみたいのだ。
だが、悪役令嬢とヒロイン。越えてはならない線がある。
ローゼローズが剣術と錬金術を磨き、どちらの道でも成功している時点で世界軸は大きく異なっているのだろうが、それがヒロインに出会った所でいつ元に戻ろうとするか分からない。何も考えずにヒロインに話しかけて世界が『悪役令嬢』としてローゼローズを排除しようとするかもしれない。
まだ死にたくないローゼローズは慎重になるしかなかった。
「お嬢様、アリス様はもうお帰りになられました」
抑揚のない声音で教えてくれるブラウリリー。銀色の絹のような髪をシニヨンにし、人形かと思うような、息を飲むほど整った顔立ちをしている。ブラウリリーを精製する時は、もちろんローゼローズの好みが入っている。所謂「お姉さま」のような雰囲気を持つ女性型のホムンクルスである。
「そっか、今日も可愛かったなぁ、今頃は魔法の修行かなぁ~」
「お嬢様、呆けている所、恐縮ですが、お客様がお見えでございます」
機械的に話すブラウリリーだが、その口調にはどこかローゼローズを馬鹿にしている節がある。
ローゼローズが工房の方へ出て行くと、2人の男性が立っていた。
1人は、輝くほど眩しい金髪に森を思わせるような緑の瞳。微笑みを浮かべながら工房内を興味深そうに眺めている。
そしてもう1人が視界に入った瞬間、嫌な記憶が蘇った。
会いたくなかった人物と目が合うと、彼は無表情のままローゼローズの元へ歩み寄る。
「失礼、レディ・ルルスでお間違いないでしょうか?」
「ええ……」
「俺の事を覚えておいでですか?」
「はい」
金髪緑眼の男性が知り合い? とローゼローズに対峙する男性に問う。
彼は頷くと、
「元婚約者です」
淀みなく答えた。
ローゼローズが6歳の時に婚約をしていたグレンバルム・ド・ジェビアは、現在ヴェレトロム王国第二王子であるゼル王子の護衛兼側近をしているらしい。
そして、金髪緑眼の彼こそがヴェレトロム王国第二王子ゼルだった。
「ゼル殿下が私にどんな御用でしょう?」
工房の奥に2人を通し、ブラウリリーが彼らの前に紅茶を用意する。
「この街に凄い錬金術師がいるって噂を聞いてね、依頼をしに来たんだ」
「わざわざオディバまで……」
王都リーヴァからオディバまで馬車で3日くらいだ。日数を掛けて王子がわざわざ来たことにローゼローズは大層驚いた。
「僕の依頼は、雨風に強い石材をざっと1000個精製して欲しいんだ。この間の暴風雨でシャガルガの建物が半壊してね、どうせ修繕するなら雨風に強い材質に変えよう、ということでルルス嬢にお願いしたいんだ。それにグレンから聞いたよ、ルルス嬢は誰でも魔法が使えるようにする為に、新しい魔法石の開発をしているのだろう? 加えて騎士団時代のルルス嬢も錬金術で何かと貢献しているらしいし、是非ともお願いしたいな」
そう言ってゼル王子が提示した報酬金の額を見て、ローゼローズは即決する。
あれくらいあればしばらくは研究費用の心配はしなくても良いし、材料から考えても十分すぎるほどだった。
「分かりました、完成次第シャガルガまで運送いたします」
「ありがとう、期日は設けないけど復旧に間に合う程度でお願いするよ」
ああ、それと、とゼル王子は思い出したかのように言う。
「前払いってわけじゃないけど、グレンを置いていくよ。働き手でも何でも使うと良いよ」
「王子!」
グレンバルムの抗議の声と、ローゼローズの困惑の顔色も気にすることなく王子は工房を出て行った。
(え、何でこの人と……?)
10年も前とはいえ、元婚約者。そして、乙女ゲームではヒロインの攻略対象の1人。
本音を言えば、こいついらねぇ! という所だが、冷静になって考えてみる。
彼がヒロインの攻略対象だというなら、毎日やってくるヒロインに惚れてもらえばいい。そうすれば、王子の側近ルートが開拓され見守っていけばそのうちヒロインとお近づきになれるのではないか。
逡巡したあと、ローゼローズはとびきりの笑顔でグレンバルムに言った。
「明日からよろしくお願いいたします」
□■□■
グレンバルムは工房近くの宿屋に泊るらしく、今日は何もないから明日の朝に集合することを伝えるとローゼローズに気を使ってなのか早々と出て行った。
邪魔者が帰ったところで、ブラウリリーと『ヒロインとくっつけよう作戦会議』を始める。
「私の作戦はこうだ、明日の朝あいつが来たらこの惚れ薬を混ぜた飲み物を入れて飲ませるんだ。そして、いつも同じ時間帯にやって来るアリスと顔を合わせさせる為に、受付をやってもらう」
ここまでで何か質問は? と聞くと、真面目な顔でブラウリリーが指摘する。
「お嬢様、それは、犯罪なのでは?」
「大丈夫だ、これは私が生き残りそしてヒロインを愛でる為に必要な措置。全てはブラウリリー、あんたに掛かっているんだ」
そう言って肩をガシィと持つと、困ったように眉を下げた。
「しかし、惚れ薬を服用しても、お嬢様或いはこのブラウリリーの姿を見れば、アリス様ではなくどちらかに惚れてしまうのでは、ないでしょうか」
「それは大丈夫だ。私は朝から鉢合わせしないように出掛けているし、ブラウリリーはホムンクルスだし。あれは、ホムンクルスには効かないように調整してある。ブラウリリーは、口説かれるのが嫌いだろう?」
「なるほど、お嬢様、その才能を、他に使うべきです」
「余計なお世話だ!」
翌日、ローゼローズはブラウリリーと会議した通り、朝早くからオディバの隣町ファルノへ材料調達の為に出掛けていた。今頃は工房にやってきたグレンバルムに惚れ薬を飲ませている頃だろうか、と考えながら行きつけのお店へやってくる。
漁業が盛んなファルノでは、海でしか採れない薬草も容易に入手可能だ。
錬金術では、全く異なる素材同士から性質の違ったものを調合出来るのだが、素材に効果を付与することも出来るのだ。例えば、水に強い紙を錬金術で精製するには、紙と水に強い薬草を調合するなどだ。
そして、素材を強化する錬金術を『強化合成』と呼んでいる。
「おや! ローゼローズ様じゃないか! 久しぶりだなぁ」
ファルノでも大きな薬草屋の主人は、彼女の姿を見ると顔を輝かせた。
「久しぶりだね、ギガトの旦那。ミズ草を1500個お願いするよ」
「1500個も一体何に使うのさ?」
「依頼だよ、ゼル殿下の」
そう答えると、主人は大げさに驚いて見せた。
「ローゼローズ様は凄いなぁ……で、オディバにローゼローズ様の恋人がやって来たとか聞いたけど、結婚は近いのか?」
「はあ? 誰が?」
「ローゼローズ様のところのホムンクルスだが……」
あのブラウリリーめ、おかしな解釈をしやがって! と悔やんでも遅い。薬草屋の主人は、嬉しそうに語り出す。
「聞いたところ、王子様の側近だって? それでいて、大陸じゃ珍しい黒髪で美男子なんだってな? 良かったじゃねぇか、幸せにな!」
全くこちらの話を聞こうとしない主人に、ローゼローズは不服そうに答える。
「10年前の婚約者だよ、今は違うけどな」
「え……あ、それは、えっと。いや、でもローゼローズ様なら良い人見つかるって! 美人だし、おっぱいあるし、男らしいし、強いし! あとは巨乳だし!!」
転生して性別が変わってから思う事がある。
「男って胸しか見てないな!!」
しかも、令嬢に男らしいとは褒めていない。
□■□■
材料を注文した後、オディバに到着したのは日が沈んで少し経ったくらいだった。
工房の奥にある自室兼研究室に入ると、ブラウリリーと一緒に家事をするグレンバルムの姿があった。しかも、ご丁寧にエプロンまで付けて笑顔で「お帰りなさい」と言ってくる始末だ。
薬草屋の主人にからかわれたせいもあって、グレンバルムには一番会いたくなかったのだが、帰れとも言えない。困り果てていると、彼は椅子を引いてローゼローズを座らせてくれた。
「えっと……どういう状況?」
ブラウリリーに責めるような視線をやると、グレンバルムが頭を下げた。
「所持していた手持ち金が底をついてしまい、このままでは野宿になってしまう所をミス・ブラウリリーに助けられました。しかし、この部屋の主人はレディ・ルルス、貴方です。貴方には俺を拒否する権限があります、ご気分を害されたらいつでも放ってください」
元婚約者だからという理由で夜に放り出すわけにはいかないし、それにルルス伯爵家よりも格上の侯爵家の次男坊だ。彼を出て行かせるなら自分が出て行った方が早い。
(けど、まぁ、元婚約者っていうだけでこいつ自体嫌いっていうわけじゃないし)
お坊ちゃんのくせに作る料理はどれも美味しかった。
ローゼローズは少し考えると(惚れ薬を盛る機会が増えることもあり)承諾した。
「ありがとうございます、レディ・ルルス。お礼と言っては何ですが、今日オディバの街を散策した際に見つけた髪飾り、宜しければどうぞ」
そう言って無表情だった彼が頬を赤くし、嬉しそうに手渡してきた。
オディバでも中々見つけられない良い品だった。赤く綺麗に加工された珊瑚に、白くて光沢のある丸い真珠、小さく虹色に輝く貝があしらわれた海洋民族クラム風の髪飾りだった。
「わあ、綺麗」
素直に言葉に出てしまったのに気付き、慌ててグレンバルムを見る。
顔を赤くし、さっと目を伏せるグレンバルム。そこで、はたと気づく。
(もしかしてこれで宿代消えたのか……?)
今日こそは惚れ薬作戦が成功しますように、と祈りながらローゼローズは港にいた。今日は一ケ月の冒険に出ていた自分の船団が寄港する日なのだ。
「姐御! わざわざ出迎えありがとうごぜぇやす!」
船から降りてきた恰幅の良い男は、ローゼローズを見つけるなり嬉しそうに近づいてきた。かなり伸びた髭を三つ編みにしている所からして、船乗りらしさというより海賊らしさがにじみ出ている。
「ご苦労だったな、船長。近いうち、シャガルガの島に依頼品を届けに行くから少しの間だけ航海は我慢しておいてくれ」
ローゼローズの言葉に船長は顔を曇らせる。
「ですが姐御、あそこのグンゾル海域には海賊がいますぜ」
シャガルガの島はオディバとグンゾル海域を挟むようにして位置している。その島に行くにはどうしてもそこを通らなければならない。
しかし、船長曰く最近、そこを縄張りとしている海賊たちが暴れているらしい。依頼品を納品するにあたって非常に厄介だ。
「そうだな、交戦に備えて武器を管理しておけ」
「了解! それと姐御、姐御の言っていた材料も持ってきましたぜ」
そう言って船長は小さな革袋を手渡した。受け取ると、実に良い笑顔でローゼローズはお礼を言い、去って行く。
その様子を見ていた船乗りの1人が船長に話しかける。
「さすがローゼローズの姐御っすね、いつ見ても美人っす」
「ああ、おれ達自慢の姐御だ!」
「俺も姐御みたいな人と付き合えたらな~」
若い船乗りの言葉を船長は笑い飛ばす。
「ははは! おめぇみてぇなちっぽけなヤローじゃ、姐御は捕まえられんぜ、何せ海賊すら倒しちまうとんだ令嬢だかんな!」
石の研究をするため、工房に戻って本を探していると、ブラウリリーがそっと耳打ちしてきた。
「本日も薬の効果はありませんでした」
錬金術で精製したローゼローズの惚れ薬は即効性だ。しかし、それが1日以上経っても効果が出ないということは、考えられることは1つだった。
「もしかして、他に好きな人がいるんじゃないか? それだったら、私との婚約を破棄した理由にもなるだろ」
「次の作戦は、いかがいたしましょう?」
「薬作戦は中止だ、他にいるならとっとと想い人と結ばれる事を祈って王子とアリスをくっつけることに集中するぞ」
その時だった。工房で錬金術の本を整理していると、聞き覚えのある声に話しかけられた。
「あの……ローゼローズさん、ですよね」
「え!?」
驚いて振り返ると、そこにいたのは憧れ、恋い焦がれたヒロイン、アリス・オルキリカだった。プラチナブロンドの美しい髪と、愛らしいピンクの瞳。今すぐにでも抱きしめて愛でたい衝動に駆られる。
「いつもこの時間帯に貴方がいるって聞いて……どうしてもお礼を言いたくてまた来てしまいました」
恥ずかしそうにはにかむヒロイン。鼻血が出そう、と思いながらも興奮を理性で制止する。
「いつも錬金術で花を精製してくださってありがとうございます。おばあちゃんも綺麗だね、って喜んでくれています」
めっちゃ良い子! 可愛い! 抱きしめたい!
「そ、そそ、それは良かったですん」
「ですん……?」
緊張のあまり噛んでしまった。
「あの……また会いに来ても良いでしょうか?」
断れるわけがないでしょう! とヘドバン並みに激しく首を縦に振る。
嬉しそうに微笑んだ後、ご丁寧に一礼をし、そのまま帰っていった。
「どうしよう……死亡フラグ建っているんじゃない?」
冷静になって考えてみるが、先程は、死亡フラグの方から話しかけてきたようなものだ。ずっと意図的に彼女を避けていたのに、誰かがローゼローズのいる時間帯を教えたせいで、嬉しさと恐怖の狭間に落ちることになったのだ。
「もしかして、ブラウリリーが教えた?」
澄ました顔のホムンクルスに問うと、いいえ、と即答された。
彼女はまた次もやって来るだろう。凄く嬉しいのだが、どのルートにも入っていない今の彼女と友達になってしまえば、死亡フラグが建築されるかもしれない。こうなってしまえば、さっさと王子とヒロインとくっつけさせねばならない。
頭を抱えて悩むローゼローズに、何故かグレンバルムがファルノの街を案内して欲しいと頼んでくる。
「えっと……ご自分で観光案内された方が宜しいかと」
「それだとただの観光ですよね」
「じゃあ、ブラウリリーにでも……」
「なるほど、お嬢様、ブラウリリーは、ファルノの街に詳しくありません」
2人きりになりたくないから断っているんだろうが! と思わず本人のいる目の前で言いそうになるが、真っ直ぐなグレンバルムの視線に負け、結局ファルノを案内することになった。
「どうしてファルノなんですか?」
「今日、レディ・ルルスがファルノで材料を取りに行くと言っていたので、デートしようかと……迷惑でしたか?」
あのホムンクルスは一体どちらの味方なんだ、と歯ぎしりするが、聞き流してしまった単語に食らいつく。
「デ、デート……ですか? は?」
「ええ、デートです。変ですか?」
「いえ? なぜ、私と?」
「俺がレディ・ルルスとデートしたかった、という理由だけではいけませんか?」
真面目に言ってのけるグレンバルムに、ローゼローズは固まる。
「グレンバルム様は天然ですか……?」
「? 養殖……ではありません」
噛み合わない話に終止符を打ち、気を取り直してファルノの街を案内する。
オディバとファルノは非常に近く、ファルノで獲れた魚介類をオディバに運び込み、オディバで加工され国内外へと運ばれて行くのだ。その密接な関係性の為か、ファルノの人々とオディバの人々は互いを兄弟のように認識しているほど仲が良い。
ファルノの有名なものといえば、新鮮な魚介類だろう。栄養豊富な海流のおかげで年中、様々な海の幸が獲れる。そして獲れたてのそれを港の目の前のレストランで調理してもらうのだ。
ファルノの観光名所をざっと案内した後、昼食として2人がやって来たのは、海が一望できるテラス席が人気のレストランだった。
それぞれ料理を注文し、来るのを待っている間、思い切って彼に聞いてみようと決心する。
「グレンバルム様は、お慕いしている方がいらっしゃるのですか?」
その言葉に何故か、気まずそうに目を伏せる彼に、ローゼローズはやはり想い人がいるのだな、と内心微笑む。
「ええ、俺は小さい頃に一目ぼれした方を今でも愛しています」
ガッツポーズを取りそうになるが、慌てて猫を被る。
「あら、どんな方なのでしょうね。でも、早いうちに捕まえておかないと、誰かに取られてしまうかもしれませんわ」
「そうですね。その人は色々な方から人気だから……」
「命短し、恋せよ乙女です! 行動は早い方が良いのですよ」
元婚約者に何を言っているんだろう、という思いはあるが、グレンバルムがさっさとその人とくっつきさえすれば、王子ルート開拓に全力を注げるのだ。
嬉しそうに笑うグレンバルムに、王子について質問してみる。
「ゼル殿下にはその想い人……というのはいらっしゃるのでしょうか」
「もしかして、レディ・ルルス。殿下のことが?」
悲しそうに眉を下げるグレンバルムに、ぴんと来る。
(こいつの想い人ってもしかして……王子!?)
主と従者、禁断の恋。
「殿下にはそういった方がいるとは聞いていませんが。どうでしょうね、俺に言っていないだけで慕っている人くらいいると思いますよ」
寂しそうに告げる彼に、思わず応援します、と言いそうになるローゼローズ。
しかし、主と従者の恋なのだ。気軽に『応援する』と言える関係ではない。
涙を堪えるようにしてローゼローズは、精一杯の励ましの言葉を掛けた。
「グレンバルム様、相手がどんなに自らと違う世界に住んでいたとしても、愛はどんな壁をも越えてしまうと、それこそ世界をも越えると私は思っておりますわ。ですから、どうか真っ直ぐに想いをぶつけるのも1つの手かと――」
ローゼローズの言葉に、何故か首を傾げて暫く考えていたグレンバルムだったが、その瞳に情熱を宿し熱っぽい視線でローゼローズを絡め取る。
それがどういう感情を表しているのか、彼女には見当もつかなかったが、励ますことが出来たのだろう、と次の話題に移った。
「それとですね、ゼル殿下に紹介したい女性がいるのです」
「その女性とは?」
「アリス・オルキリカ。オルキリカ子爵令嬢で現在、魔法の修行をしているのですけれど」
うんうん、と聞いてくれるグレンバルム。これは作戦が成功するかもしれない、と手ごたえを感じる。
「彼女の才能を生かして伸ばすためにも、殿下の護衛として魔法の修行をしてみるのはどうかと考えているのですが、そこでグレンバルム様のお力を借りられないかと」
ローゼローズの作戦はこうだ。魔法士として活躍したいヒロイン、アリスをゼル王子の護衛として雇ってもらうのだ。これなら王子ルート開拓に近付けるのではないか、と考えての事だった。実際、ブラウリリーから魔法士としてもっと大きな場所で経験を積みたい、と聞いていたのでこの提案にアリスも乗ってくれるだろう。
言ってからしまった、と気付いてしまった。
グレンバルムは王子に想いを寄せているのだ。ローゼローズは恋敵の応援をしろ、と彼に言ってしまっているのだと。
(すまない、グレンバルム……これも私のヒロイン愛でライフの為……!)
全ては彼女のために。
グレンバルムは少し考えると、推薦だけなら良いですよ、と言ってくれた。
あとは王子が護衛を付けることに承諾するかどうかだ。
昼食を済ませた後、注文していたミズ草1500個と石材1000個を調達する為、先に来ていた船員たちと合流した。石材は重いので船でオディバまで運ぶことになっている。
「彼らは?」
ムキムキのマッスル団員たちを不思議に思ったのか、そっと聞いてくるグレンバルムに、ローゼローズは答えた。
「私の船団の構成員ですわ」
「レディ・ルルスの……?」
「ローゼローズ様、お待たせしました、注文の品ですぜ!」
薬草屋の主人が大きな革袋を2つ持って来てくれた。これで王子の依頼品を錬金する材料が揃った、と受け取ろうとすると、
「失礼」
横からグレンバルムが奪い取るようにして持った。
「あっ、グレンバルム様!」
「大丈夫です、俺も殿下の護衛係。これくらい何とでもありませんし、何よりレディ・ルルスの手を煩わせるわけにはいきません」
その憎たらしいほど爽やかな笑顔に、ローゼローズだけでなく、主人も感嘆の声をあげる。
(こいつ……婚約破棄した奴のくせに優しい……!?)
思わずときめきそうになる胸に、警告を発する。
(もしかしたらこの優しさの裏には何かあるかもしれない……、あいつが好きなのは王子のはず……)
ローゼローズはそんな事を考えながら1人、勝手に怖くなっていた。
工房に帰り、夕食を済ませた後、ブラウリリーとグレンバルムの2人に手伝ってもらいながら王子の依頼品を調合する。錬金釜に石材と調達した薬草を入れ、少し魔力を込めながらゆっくりとかき混ぜる。
完成するまでずっとこの作業を繰り返す。時折、ブラウリリーと交代しながら調合する。
錬金が完成するまでおよそ30分。額の汗を拭いながらかき混ぜていると、グレンバルムが唐突に言い放った。
「初めて出会った時は淑女らしい女の子でしたが、今は強い女性になりましたね。それも、女性たちの『自由と自立の象徴』と呼ばれるくらいに」
「それは、お嬢様に、喧嘩を売っていると解釈して宜しいでしょうか」
ブラウリリーがすっと目を細めるのを見て、グレンバルムは慌てて付け加える。
「ち、違います! 俺が言いたいのは……その、心から尊敬しているということで……」
「ですが、そう言ってくださるのは一部の方だけです。社交界へ行けばきっと変わり者の頭のネジがとれた令嬢だ、ってこれでもかというくらいに陰口を叩かれますわ」
王立学院時代でも、女性が錬金術をやっていることに難癖つけてくる輩はいたのだ。
そんなローゼローズを少しだけ寂しそうにグレンバルムが見ていた事を、彼女は気付いていなかった。
王子の依頼品は期待以上に良い出来具合で完成した。
調合を行った日、グレンバルムに王子へと連絡してもらい、翌日からシャガルガの島へ向かうことを伝えていた。
「おらおら、おめぇら! 大事な依頼品だ、傷1つ付けるなよぉ!」
船長の指示に従い、船員達は丁寧に石材を運んでいく。重いはずなのに、ガタイの良すぎる彼らが持つと途端に軽そうに見えるから不思議だ。
「あの……本当にわたしも一緒で良いのでしょうか?」
「問題ありませんよ、レディ・ルルスたっての希望ですから」
甲板で話す2人を横目にローゼローズは王子がアリスの護衛を承諾するように祈った。
「姐御! 出航準備が整いましたぜ!」
「よし、船長。合図だ」
「船を出せー! 取舵いっぱいだぁ!!」
「了解!」
船乗りたちは船長の合図を受け、帆を出し、風を受けながら右へと前進していく。船は大きく揺れ、甲板に立っているアリスとグレンバルムが抱き合うようなハプニングもあった。
(いいぞ、いいぞ、この航海でぜひとも距離を縮めてくれ! 例えあいつが王子の事が好きでも、ヒロインと仲良くなるのは悪くないからな)
オディバからシャガルガまで船で約2日かかる。最終日までの航海は実に順調だった。(途中、グレンバルムが船酔いして吐きまくっていたことを除けば)
「姐御、島が見えてきましたぜ!」
船長はそう言い、自身が見ていた望遠鏡を手渡してくれる。肉眼ではうっすらと影が見えていたが、望遠鏡で見てみるとシャガルガの島だということがはっきりと分かった。
この風なら今日中に着くだろう、と言おうとした瞬間だった。
1人の船員が慌ててやって来て言った。
「グンゾル海賊団が現れました!」
「何?」
「まずいな、左右に一隻ずつ……後ろにあれは親玉か」
ローゼローズ達の乗っている船の左右をつけるようにして、海賊の船が一隻ずつと後ろに大きな船が一隻追いかけてきていた。
既に海賊団たちは乗り込む準備をしているらしく、戦闘は避けられないようだった。
「全員、戦闘準備に入れ!」
ローゼローズの指示を受け、船員達は各自の持ち場へと急いだ。甲板にいたアリスと、船酔い中のグレンバルムも事態に気が付いたらしい。
しかし、厄介なのがローゼローズの大事な姫がいる時に限って海賊が現れたことだった。グレンバルムに見られるのはどうでもいいが、あの可憐なアリスに血生臭いのを見せたくない。
ブラウリリーに船室へと避難させようかと思った時にはもう、海賊たちが乗り込んで来ていた。
「船長、敵の数は?」
船尾楼にいるローゼローズと船長は状況把握を急いでいた。
「そんなに多くないですぜ、雑魚ばっかりだ」
「そうか、親玉が乗り込もうとしているなぁ」
後ろにつけていた船はいつの間にか、左側に上がって来ている。
「なら手っ取り早いですな、姐御! ボスを捕えれば終了だ!」
「だと良いけどな……」
ローゼローズは船長らしき人物を探す。しかし、人がそれなりに多く、交戦中で捜しだすのは難しかった。
「いた、あいつか!」
ようやく見つけた海賊団の親玉に走って向かおうとすると、いかせまいと下っ端が邪魔してくる。
「姫が危ないんだよ!」
一瞬で鞘から抜いた剣で斬りつけると、間をくぐって一目散に向かう。彼の目的はすぐ分かった。非弱そうなアリスを人質に捕えるつもりなのだろう。
「船長の元へは行かせないぜ!」
「邪魔だ、お前ら!」
次々に現れる下っ端を峰うちで倒れさせていく。
しかし、一歩遅かった。
「はっはっは、おい、こいつがどうなっても良いのか!」
海賊団の親玉は、アリスの白い首筋に刃を突きつける。かぁっと全身の血が熱くなるのを感じた。
「お前……」
剣を抜こうにもおそらく親玉がアリスの首を掻き切る方が早いかもしれない。躊躇している中、アリスだけは冷静にローゼローズに向かって言った。
「大丈夫です、ローゼローズさん」
状況に似合わない笑顔を見せると、アリスは掛け声と共に、親玉の腕を捻りその隙に脱出する。
人質が逃げると思っていなかったのか、海賊団の親玉はアリスと自分の腕を見比べ、そして歯を震わせながらローゼローズを見やった。
ローゼローズの手には、船員達の言葉を借りるなら小型の砲台があった。銃がないこの世界で、前世の記憶を持つローゼローズだけが錬金できる銃だった。
「私が……触りたくても死亡フラグが建つのが怖くて触れられなかったヒロインに……お前のような下卑た野郎が先に触りやがって……ちくしょう」
「え、え、死亡フラグ? 何の事か分かりません、許してください」
「私の事はご存じ? オディバのローゼローズって」
彼女の鋭く尖ったような殺気に、親玉は涙と鼻水を流しながら甲板に顔をつける。
「オディバのローゼローズは、海賊潰しのロゼの隠喩なんだよ」
撃鉄が下ろされる音と共に、親玉のこめかみに銃口が向けられる。
□■□■
グンゾル海域を縄張りとしていた「グンゾル海賊団」は、呆気なくローゼローズ率いるセイレーン船団に捕縛され、そのままシャガルガの島へと上陸した。
丁度、シャガルガにはゼル王子がいるため、ついでに引き渡そうというのだ。
自らの船員に加えて、捕縛した海賊団も利用し、次々に依頼品を運ばせていく。
「グレンから聞いたよ、途中海賊団に襲われたんだって?」
「ええ、そうなのです、ちなみに船長は捕縛しております」
「凄いね! 戦える錬金術師!」
拍手と賛辞の言葉をくれる王子に照れてしまうローゼローズ。そんな雰囲気を壊すかのように、グレンバルムが眉間に皺を寄せてアリスを連れてきた。
「ゼル殿下、ぜひ殿下の護衛をと申す者を推薦させて頂きたいと」
「へえ、その子が?」
「はい。名をアリス・オルキリカ。魔法士の修行中ですが、腕は確かです」
グレンバルムの言葉に、唸っていた王子だったが、くるりとローゼローズの方を向いた。
「ねえ、宮廷錬金術師にならないか?」
「へ?」
「ルルス嬢は錬金術師としての腕も確か。それでいて、今やっている研究が成功すればもっと国は発展するだろうし、援助しやすくなるし、ルルス嬢にとって利点ばかりだと思うよ」
グレンバルムの推薦は? と聞こうとするが、王子が食い気味に答えた。
「ルルス嬢が宮廷錬金術師になってくれるなら、オルキリカ嬢の護衛の件も頷くよ」
そう言って王子はにやりと微笑んだ。外堀が埋められていく音にローゼローズはこめかみを押さえた。
「宮廷錬金術師になったからと言ってルルス嬢を縛るつもりはない。ただ、離宮の錬金部屋で研究するってだけで、後は自由に航海してくれて構わない。海賊だって倒して自らの船団にしてしまうルルス嬢は、鳥かごの中より外の方が美しいしね」
確かに提案としてはとても美味しい。だがしかし、それでは死亡フラグであるヒロインの近くにいることになる。嬉しいのだが、同時に死の恐怖がまとわりつく。
葛藤していると、グレンバルムがこっそり提案をする。
「王宮にレディ・ルルスも行けばミス・アリスと殿下の仲を持ちやすくなると思いますよ」
そういう見方もあったか! こいつ頭良いな! あれ、でも王子の事好きじゃないの?
と思わない事も無いが、そこはヒロインを愛でる日々の為、ローゼローズは頷いた。
かくして、1年も経たないうちに王都へと戻ってきたローゼローズだったが、宮廷錬金術師としての日々は悪くは無かった。研究の進捗を知りに来る王子は別として、何故かやって来るグレンバルムと、アリスが王子ではなく自分に興味を持っていること以外は今までの日々と変わらない。惚れ薬ならぬ惚れ香水をアリスに渡したり、王子の良い噂を吹きこんだりするも未だ効果は現れてはいない。
そして、のちに王宮での生活を続けていくうちに、どうしてかグレンバルムとの婚約が再び成立し、めでたくゴールインすることになる事も彼女はまだ知らない。
◇◆◇◆
俺の父が縁談を持って来たのは、俺が10歳の頃だった。ジェビア侯爵家の次男である俺は、家を継ぐ必要もなく別に婿養子に出しても良い存在だった。親は俺を貴族の女性のように、政略結婚の道具として見ていただろう。俺もそれは知っていたから、顔を見るまでは相手なんて興味なかった。
一度、ルルス伯爵家に行ったことがある。そこで彼女に初めて出会った。
一目見た瞬間、体に雷が落ちたかのような衝撃を受けた。
赤茶色の癖毛は気ままな猫のようにあっちへ、こっちへ跳ねていて、透き通るヘーゼルの瞳は俺を警戒していた。
お前達は庭で遊んで来なさい、と大人達に言われ俺はまだ幼かったレディ・ルルスの手を取り、庭へと連れて行った。
「あなたは……誰?」
庭で咲き誇る花々に囲まれながら、初めて彼女の声を聞いた。
怖がりながらも俺に聞こうとする様子が、小動物みたいで可愛いと思った。
「おれはグレンバルム・ド・ジェビアだ! 将来のおっとになるんだ」
「……」
ぷくりと膨らんだ小さな頬にちょんと指で突いてみると、風船のように空気が萎んだ。
「あなたの名前をきいてもいいだろうか」
俺がそう問うと、彼女はじりじりと後退しながら怖気づくように言った。
「ローゼローズ……」
「赤い薔薇か、良い名だな!」
素直に思った。まだ幼いが、成長すれば妖しさをも醸し出す美女になる、そう感じた。
「ふふっ、でしょう?」
先ほどまで俺を怖がっていたのに、名を褒めると途端に得意げに笑う。そんな彼女のくるくると変わる表情が好きだった。
時は流れてその1年後、父から婚約を破棄した事を伝えられた。
「何故です、父様! 俺はあの子と結婚がしたい!」
初めて駄々をこねる俺に、両親は困ったように顔を見合わせていた。
「良いか、グレン。あの伯爵令嬢は市井の出なのだ。だから我々と住む世界が違うのだよ」
そんなのは嘘だった。レディ・ルルスは正真正銘ルルス伯爵家の娘である。
しかし、それが父の方便だったことを知ったのはもっと後になってからだ。
俺も、レディ・ルルスも王立学院に入学した。学院のパーティで成長したレディ・ルルスを見た時は息を飲んだのを今でもよく覚えている。年齢を感じさせない大人びた体付きに、仕草。全てが目を釘付けにし、奪われていく。
俺の同級生や後輩達が話しかけていくのを見て、歯がゆく感じた。
俺が話しかけた所で何になるんだ。先に婚約を破棄したのは俺じゃないか。
だけど、彼女には本当の事を話したかった。本当は、父がルルス伯爵家の領地であるライゼンにある鉱山地帯を狙って、婚約を餌に領地を分け与えろと伯爵家に言い寄っていたということ。貴族たちの間でそれはタブーとされていることを破ったのは、俺の父親だ。
ルルス伯爵家は悪くない。だけど、ジェビアは酷い事をした。そんな家の俺が彼女に何て声を掛けられるだろう?
結局、学院時代は言葉を交わす事はおろか、出会うことも無かった。これが神の与えた罰なら俺は受け止めよう。そう思って、卒業してから次々にやって来た縁談を全て断っていた。
卒業してから王太子帰属騎士団に所属していた頃、幼馴染でもあったゼル殿下に再会した。殿下は久しぶりに会う俺と昔話に花を咲かせたり、近況を報告したりしていた。
「グレンは……気になった子とかいるの?」
ゼル殿下は自分に舞い込んできた他国の姫との縁談を俺に話してくれた。好きでもない相手と結婚して大切に出来るかどうかが不安らしい。
「俺は、いますよ。10歳の時に婚約して11歳で破棄されちゃいましたけど」
「今もその子が好きなんだ?」
「はい」
彼女は王立学院で剣術を磨きながら錬金術をも学んでいるらしい。グランド・アルケミストの試験にも最年少で合格するなど、活躍は耳に入って来ていた。
「だけど……婚約破棄したのに俺に好意を寄せられても困るだけですよね」
「婚約破棄したのはグレンじゃなくて、グレンのお父さんだろう? ジェビア家のグレン、じゃなくてただのグレンとして好きになれば?」
その言葉に俺は心が軽くなった。今まで彼女を好きでいたけど、気持ちを告げられる立場じゃない、そう感じていた。確かに周りから見れば「婚約破棄したくせに」となるかもしれないが、俺の恋心を認めるにはそれだけで十分だった。
それから数年後、彼女が騎士団を抜けてオディバの街で錬金術師として生活していると小耳にはさんだ俺は、客として会いに行くため少しの休暇を申請した。
だが、ゼル殿下は俺の考えを読んでいたらしく、自分に良い考えがある、と作戦を教えてくれた。
「彼女を宮廷錬金術師に、ですか?」
「ああ、そうすればグレンも僕を護衛しながら彼女に会えるんだ。一石二鳥だろう?」
「ですが……」
「つべこべ言うなって! ただのグレンとして君の良さをルルス嬢に知って貰って惚れてもらいな!」
そうして俺は10年振りレディ・ルルスに会った。
「失礼、レディ・ルルスでお間違いないでしょうか?」
「ええ……」
「俺の事を覚えておいでですか?」
「はい」
あの時のように怖気づきながら俺を見るそのヘーゼルの瞳が懐かしく思うと同時に、愛おしいと思った。
最後までお読みいただき、ありがとうございました!