第2講 自己紹介
こんにちは、にとろんと申します。
今回は神様の塾講師 第二話でございます。
今回でとりあえず私の考えていたヒロインが全員集合します。まだまだ物語は始まったばかりなので増えるかもしれませんが……。
では、どうぞ
薄暗い部屋の中でスマートフォンのアラーム音が鳴り響く。
眠い目を擦りながら部屋の主、榊真司は体を起こしてアラームを止めた。朝である。時刻は七時半。バイトは9時半からなので少し余裕がある。
食パンをオーブンに入れ、冷蔵庫から卵とソーセージを取り出す。少し熱したフライパンに油をたらし、卵を割り入れる。少しして、ソーセージと一緒に蓋をして蒸し焼きにすれば今日の朝御飯の完成だ。
トーストにかじりつき、朝のニュース番組のよくわからない政治の話を聞きながらぼーっと今日からのバイトのことを考えてみる。神様に人間とはなんたるかを教える。いまだに信じられないが、昨日見せられた奇跡は神様という存在を真司が認めるには充分すぎるものだった。神様。神話だとかに出てくる超自然的な力を持った偉大なる存在で、人々は彼らを崇め、恐れた。そんな彼らに自分がいったい何を教えろというのだろうかと今さらになって不安な気持ちになってしまう。だが、自ら面接まで受けておいて合格したら行きませんなんてことできるわけがないので観念するしかない。トーストの最後のひと口を放り込んで真司は出かける支度をはじめた。
フレイヤ塾では特に服装に規定はないのだが、真司はスーツで通うことに決めた。この方が気合いが入るし、毎日服を選ばなくても良くなるという怠惰な理由もあった。カバンに携帯、財布、筆記用具などを詰め込んで革靴をはけば準備完了である。アパートの階段を降りて自転車に乗ると、まだ夏休みは始まったばかりだというのに容赦のない日差しが真司を襲った。
「うへぇ………。」
あちこちから聞こえる蝉の声に急かされながら真司はフレイヤ塾へと向かった。
塾内は冷房が効いていてとても快適だった。神様も暑さを感じてくれて良かったなんて思いつつ棚の資料を整理している赤茶色の髪をした緑眼の美女神、フレイヤへと挨拶をする。
「おはようございます、塾長。今日からよろしくお願いします。」
「おはようございますー、榊さん。塾長なんて言われると恥ずかしいですからフレイヤでいいですよー。」
ふと視線を下げると、彼女の白色のワンピースの胸元をその豊かな双丘が柔らかく持ち上げ、淡いながらも確かな存在感を放っており、思わず見とれそうになってしまう。なんとか会話に意識を戻して話を続ける。
「わ、わかりました!それではフレイヤさんと呼ばせてもらいますね。」
「はーい。それじゃあ、今日の授業の準備をしましょうか。」
「準備………ですか。昨日聞き忘れてしまったんですが結局オレはどういう風に授業すればいいんでしょうか?」
フレイヤの提案に素直な疑問をぶつける。
「そんなに難しく考えなくても大丈夫ですよー。彼女たち神様はそのままの人間を知りたいんです。変に意識するんじゃなくてありのままの榊さんを見せてあげてくださいね。私も隣でサポートしますからー。」
「ありのまま、ですか。」
ありのままというのはとても簡単であり、そして非常に難しいものだ。ありのままでいてください、と言われても普段意識してありのままでいるわけではないので、よし、こうしようとはならない。ましてや真司は真面目である。どんどん脳内は哲学模様になっていった。
「(ちょっと難しかったですかねー?)」
そんな頭を抱える青年を見ていたフレイヤは彼の両手を取った。
突然美女に両手を握られた真司は驚いたが、彼女の全てを包むような笑みに一瞬で心が上書きされる。
「大丈夫です、榊さん。あなたならできます。大丈夫です。」
普段の口調とは少し違う女神の確かな言葉は真司の心を落ち着かせた。握られた両手があたたかい。
「ありがとう………ございます……。」
「元気になったようで良かったですー。今日は自己紹介とかですから、そんなに考え込まなくてもいいですよー。」
まるで普通の女性と会話しているような気でいたが、やはり彼女は神なのであると真司は思い知らされた。
「あ、あの。もう手を握らなくても大丈夫ですから……。」
「あらー、ごめんなさいね。」
なかなかに失礼な提案であったが女性になれていない真司にはこのまま手を握っていることは難しかった。
「おはようございまーす。」
授業までの少しの間フレイヤにコピー機の扱いなどを習っていると、見たこともない少女が塾へと入ってきた。セミロングの灰髪の彼女は左が金、右が緑という珍しい眼ををしており、少し眠たげなその眼はまるで宝石のようで見ていると吸い込まれそうだった。
「オーディンちゃん、おはようございますー。」
「お、フレイヤ先生おはよう。あと、そっちの人は昨日言ってた新しい先生かな?」
オーディンと呼ばれたその少女の質問に真司が答える。
「はい。今日からここでアルバイトをします。榊真司です!」
「オーディンです。先生なんだから生徒に対してそんなにかしこまらなくてもいいよー。生徒側もやりにくくなっちゃうし。」
「ああ、すみません。」
「あははー。これは慣れるまで時間かかるかな?」
苦笑を浮かべながらオーディンは教室へと入っていく。それから少しして今度は黒髪の少女が塾のドアを開ける。
「ごきげんよう、フレイヤさん、それに………新しく入ると連絡のあった先生かしら?」
「あら、アマテラスちゃんおはようございますー。そうですよー。こちら、榊真司さん。今日から講師をしてもらうのー。」
「よろしくお願いします。」
「はい。私アマテラスと申します。こちらこそよろしくお願いしますわ、榊先生。」
先生という響きは良いものだと感じながらアマテラスと挨拶をかわす。彼女の艶のある黒髪とやや白い肌はまるで童話のかぐや姫のようだ、なんて思ってしまう。すると、次はやや乱暴にドアが開けられる。
「おはよう、フレイヤ。あと地味メガネ。」
挨拶がわりに暴言を吐いてくるこの金髪の少女には昨日出会っている。名前はゼウス、ここの生徒だ。
「おはようございますー、ゼウスちゃん。新しい先生にそんなこと言っちゃいけませんよー?」
「はあ?こんなの地味でメガネなだけなんだから地味メガネでいいじゃない。それじゃあフレイヤはコイツのこと他になんて呼べばいいと思うのよ?」
「うーん、確かにそれはなかなか難しいですねー。」
榊先生でいいじゃないですか、フレイヤさん。そう言いたい気持ちはやまやまだったが、目の前の敵意をこちらに向けている少女がその提案を承諾するとはとても思えなかったので口には出さなかった。
「あの、昨日も挨拶したけど、今日からよろしくお願いします。」
結局真司は
何も言い返せないまま微妙な挨拶を返した。
「あー、はいはい。別に今日からでも今日まででもどうでもいいわよ。」
真司の挨拶に辛辣な言葉で返事をしながらゼウスは教室へと入っていった。その顔は怒りよりもなんだか寂しそうに見えた気がしたが、きっと思い込みだろうと真司は気にとめなかった。
「ゼウスちゃんまだ昨日のこと怒ってるんですかねー?」
「あはは、そうかもしれないですね。」
トドメをさしたのはあなたでしょう、も心の中でとどめておいた。
時刻は9時半になり、真司とフレイヤも教室に入る。金、黒、灰と並んだ神様たちが視線を二人へと向ける。さすがに美女が四人もそろうと圧巻である。真司は緊張しながら教壇に立った。
「みなさん、おはようございますー。」
「「「おはようございまーす。」」」
フレイヤの挨拶へ生徒たちが返事をする。
「もうみんな一度会っていると思うけどー、今日からフレイヤ塾に新しい先生が入りますー。榊先生、自己紹介をどうぞ。」
フレイヤに促され、真司は自己紹介をはじめた。
「今日からみなさんの講師をさせていただきます、榊真司です。今は大学一年生で、神野町内の大学に通っています。夏休みの間の短い間ですが、よろしくお願いします。」
真司が挨拶をし終わると、生徒三人が軽い拍手をしてくれた。嬉しかったが、ゼウスも拍手をしてくれるとは思っていなかったので正直驚いてしまった。まあ、顔は笑っていなかったが。
「ありがとうございましたー。それじゃあ、生徒のみなさんも挨拶してもらいましょうかー。では、オーディンちゃんからお願いしますー。」
フレイヤの呼びかけに教壇から見て一番左に座っているオーディンがその場に立つ。
「さっきも挨拶したけど改めて初めまして、北欧神筆頭のオーディンです。仲良くしてねー、先生。」
目を軽く細め、少し首をかしげる仕草がなんとも可愛いらしく真司は目をそらしてしまった。
「次は私ですわね。」
そう言いながら教壇から見て真ん中のアマテラスが椅子を引いた。オーディンは少し物足りなさそうな顔をしていたが、自分の席に座った。
「初めまして、先生。私は日本の創造神であるイザナギノミコトが娘にして太陽神であるアマテラスと申します。夏休みの間だけでも先生の授業を受けさせていただけて私大変嬉しいですわ。どうかよろしくお願いしますわね。それではこの素晴らしき日を祝して私から俳句などをお送りいたs「あんた長いのよ!」
アマテラスが俳句を詠もうとしたところでゼウスが制止に入る。
どうやらアマテラスの挨拶が長いことに我慢できなくなったらしい。
「あら?あなたはギリシア神筆頭のゼウスさんではありませんか。人の挨拶に割って入ってくるだなんて常識がなってないですわね。」
「初めの挨拶で俳句を詠もうとするやつに常識語られたくないわよ!それと私の自己紹介さりげなく奪ってるんじゃない!」
「あらあら、なんて酷い言葉づかいなんでしょう。これは私が自己紹介を代弁してあげて正解でしたかしらね。」
「わざとやってたの!?第一こんな地味メガネに私のことなんてこれっぽっちも紹介してやることなんかないわよ!」
「まあ、地味メガネだなんて酷いですわ。先生なのですからしっかりと尊敬の念をこめて榊先生とお呼びしないといけませんわよ?」
「地味メガネは地味メガネよ!」
「ゼウスちゃん、アマテラスちゃん、喧嘩はダメよー。」
二人が言い争いをはじめてしまい、真司はオロオロしてしまっていた。どうやらフレイヤも止めようとはしているようだが二人の大きな声でかき消されてしまう。
「真司。」
二人の喧嘩が一時中断される。声を発したのはニコニコと笑うオーディンだ。
「二人とも先生への呼び名があってうらやましいから私は真司って呼ぶね。いいよね?」
「え、うん。」
女子からの呼び名の八割が榊君だった真司は突然の提案に驚いたが、思わず勢いで承諾する。その様子を見ていたゼウスとアマテラスの言葉の矛先がオーディンへ向かう。
「な、なに呼び捨てにしてんのよ!初対面でしょ!そんなのおかしいわよ!」
「そ、そうですわ!先生に対して失礼ですわよ!」
「えー?地味メガネの方が失礼だし、ちゃんと真司は認めてくれたよ?うらやましいなら二人も真司って呼べばいいじゃないか。」
オーディンの言葉に二人の女神は沈黙してしまう。アマテラスは何か言い返そうと言葉を考えているのか、手を宙で動かし、ゼウスは赤面してうつむいたまま何やらブツブツと呟いている。
「あらー、それいいわね。それなら私も榊さんじゃなくて真司さんって呼ぶわねー。」
そしてまたフレイヤがトドメをさした。
自己紹介が一応終わり、フレイヤは真司へと声をかける。
「それじゃあ授業に移りましょうかー。真司さん、今日はあなたの神様に対するイメージを聞かせてもらいたいんですー。」
まだ真司さんという呼び名に少しひっかかってしまう真司だが、仕事なんだから頑張れと自分に喝を入れる。
「はい。神様のイメージですか………そうですね、やっぱり神話とかに出てくる人知を超越した存在って感じですかね。」
「わりとしっかりしてるのね。」
ゼウスが真司の発言に感想を述べる。
「うん、まあ他にもゲームとかで見たことはありますけどあれは神様っていうよりゲーム内のキャラクターって感じがして。」
「ふーん、意外だったわ。てっきりあのゲームでどうの、あのアニメでこうの、って言われると思ってたから。」
「そうですわね、最近の人間は私たちを神というよりも一種のキャラクターとしか見られていないと思っていましたから。」
ゼウスの意見にアマテラスも賛同する。なんだかんだでさっきまで言い争っていても二人とも真面目なのだ。
「ええと、オレが特殊なだけでそういう認識を持っている人もたくさんいると思いますよ。特に日本ではあんまり宗教とか厳しくないですし。」
真司が自分の意見への補足をすると、二人もやっぱりそうなのかと人間から自分達への認識を確認する。実際最近のゲームなどには多くの神々が登場し、神話の中の存在であるという考えの人は少ない。
「じゃあ真司はなんで私たちがゲームキャラクターとは違うって思うんだい?」
オーディンが疑問を口にする。
「オレの好きなゲームにたくさん神様が登場するんですけど、それがきっかけで色々と神話だとかを調べたことがあるんです。その時にゲームのキャラクターっていうよりももっと人から崇拝されているような、なんて言えばいいんでしょう………」
「ああ、別に無理に言葉にしなくてもいいよ、感情は言葉じゃないんだから上手く言い表せなくても当たり前さ。」
言い淀んでしまった真司をオーディンがフォローする。
「はーい、みなさん、それじゃあどうすれば人間の信仰を集められるのかを考えてみましょうかー。」
フレイヤが次の指示を出す。
「そうねえ、地味メガネみたいなパターンもあるんだし、認知されるためにはゲームのキャラクターとして扱われるのは良いことなのかもしれないけど、そこから信仰に変わるかと言われれば違うものね。」
「うーん、人間は発展して技術力を手に入れましたし、神からの恩恵をあまり感じられなくなっているのかもしれませんわね。」
「知名度はあるんだから私たち側からのアプローチの仕方を現代の人間に合わせていくべきなのかな。」
三人の神々が議論を交わしあう。その姿はとても真剣だった。真司は彼女たちの邪魔をしないようにただ黙っていた。
時刻は11時を過ぎ、神々の会談も煮詰まってきたところでフレイヤが声をかける。
「はーい、そこまでー。そろそろご飯にしましょうかー。みんなずっと話してて疲れたでしょう?」
三人の神もそれに賛同し、話し合いを止めた。
「あの、フレイヤさん、せっかく結論が出そうだったのに止めてしまっていいんですか?」
昼食の準備をしようとしている生徒たちに聞こえないように、真司はフレイヤへと質問する。
「これでいいんですよー。彼女たちの中で結論が決まってしまえばこの話はそこで終わってしまいますー。あなた方人間だって絶えず変化するんですからとりあえずの解決策を出しても意味ないんですよー。」
「えっ、それならさっきまでの話し合いは何のために?」
「問題点に気づかせるためですー。彼女たちはまだ未熟ですから人間の何を、どう学べば良いのかもわかりません。ですからそのひっかかりをこちらがつくってあげるんですよー。」
「はあ、そうですか………」
真司は少し神に教えるということの意味がわかったような気がした。
第二話、読んでいただいてありがとうございました。
作者的にはオーディンが一番お気に入りで、上手く私の脳内にいる彼女の魅力を伝えることができていればよいのですが。もちろん真司をはじめ登場人物は皆好きなので、もし読んでくださった方が誰かを気に入っていただけたなら嬉しいです。
ではまたお暇な時にでもおつきあいください。