刻印
「………」
右の服の袖を捲り、自分の右手首にある刻印を見た。
五歳の頃、突然出来た刻印。
『刻印解放』
と言った瞬間に、その刻印は光り出して力を解放する。
私の剣が火に包まれてしまう。
…その分威力を増すのだけれど。
使い終われば体に凄い負担が掛かってその場に倒れ込んだりもする。
この刻印……一体何なんだろう。
何のための、刻印なんだろう。
「……草魏」
「ほえ!?いっ何時からいたのさ!」
「つい数秒前。…また、その刻印を見てたのか」
「うん…本当に意味が分からないよ、この刻印」
邸にあった本によると、この刻印は千人に一人ぐらいしか出来ない刻印だという。
その力は合計五回まで使える。
だが、五回使い切ってしまうと死に至る場合もある。
死に至るのはその使い切るだけじゃない。
力の操作が必要なため、其れが出来なくなれば高い確率で死に至る。
その力は、威力は強いものの負担もきつい。
長所より、短所の方が多いという嫌な刻印。
確かに賊を追い払うことなどには凄く役立つ。
……だけど。
使い切ってしまえば、私はもしかしたら死ぬのかもしれない。
そう思うと少し怖かった。
この力ばかりに頼るわけにはいかない…。
頼ればその分体まで弱っていく。
「その力。今、何回使った?」
「一回だけ。本気で危なくなったとき有ったでしょ、私と不知火も負傷して為す術がないときに一回だけ使った」
「やっぱり、負担は重かったんだな」
「あぁ。…結構きつかった。体が想うように動かなくなったから」
一度、賊と鉢合わせになって対決をしたのだが向こうがあまりに強くて私も不知火も負けそうになっていた。
其処で一度だけ、刻印の力を解放した。
だけどその後戻ろうとしても体が怠さに襲われ想うように動かなかった。
酷い風邪を引いたかのように怠かった。
その時は不知火に何とか支えてもらって帰ることは出来た。
…次。
次、この力を解放したらこれ以上に酷くなるのかもしれない。
倒れてしまうのかもしれない。
そう思うと、怖くてならなかった。
「炎」と刻まれている私の右手首。
……なんで、この文字なんだろう。
「あーもう!この刻印って謎だらけじゃないか!」
「おっ、落ち着け草魏!今すぐ解明しろって事じゃないんだし」
「…だよ、ね」
本当に……五歳の頃の私は何のことかさっぱり分かっていなかった。
五歳から六歳に変わる前日の日の夜。
突如私の右腕が光り出して、刻印が出てきた。
『何だろ…これ。…えっと、ほのお?ほのおって書いてる。…何だろう、本当に』
幼い私でも炎という字は読めただけ良かった。
翌日、私は偶々会った知火にこの事を話した。
『ねぇ、不知火。これ、見て』
『なんだそれ。…ほのお?ほのおって書いてるのか?』
『多分そうだと想う。昨日の夜、突然出てきたんだ』
『こくいん、ってやつじゃないか?それ』
『こくいん?何なの、其れ』
『俺もよく知らないんだ。だけど、父上から一度こくいん、って言葉聞いたこと有る。…大きくなったら調べてみろよ』
『そうだね!ねぇ、これ私達だけの秘密にしない?』
『え?俺達二人だけの……?…わかった。そうしよう!』
そう言って、別れたっけ。
……あれから七年。
十二になった私は、邸の倉庫からそれに関する本を探し出し読んでいた。
『刻印:「炎」「泡」「森」「光」=千人に一人か二人なるかならないかという凄く珍しい刻印。
その刻印が右手首に出れば、力を解放できる。
だが、その力を使うことが出来るのは五回のみ。
使い切れば低い確率で死に至る。大抵は何もなく生きていける。
だが、使い切る以外にもう一つ死に至ってしまう事がある。
それは力の操作。力の調整。
この力は解放するときに非常に重い負担が掛かり、調整するのも大変。
其れで操作・調整が出来なくなれば高い確率で死に至ってしまう。
因みにこの刻印は何をどうやっても消す事は不可能である。
「炎」
炎が右手首に出れば「刻印解放」と唱えると己が持っている剣に炎が灯り、威力も上がる。
だが、同時に負担として酷い怠さに襲われたり、倒れたりする。
最悪の場合は、死に至ってしまう。
これが一番危険な刻印。出れば操作・調整などを上手くする必要がある。
更に、この刻印を時間を空けずに連続発動すると刻印自体が暴走し直ぐに死に至る。
全体的に危険な刻印である。
「泡」
泡が右手首に出れば上と同じように唱える。
己の剣に空色の光が灯り威力が上がる。
負担としては、頭痛や眩暈・また咳き込み・怠さに襲われる。
死に至る事は低い。
一番安全と言えば安全。体が弱いものに出てしまえば、死に至る確率も上がる。
「森」
森が右手首に出れば今まで記したように唱える。
己の剣に緑の光が宿り威力が上がる。
負担としては、腹痛や体の一部の一時麻痺・頭の混乱・苛つきなどが良くある。
炎の次に危険な刻印。
死に至る確率は、それほどではない。
操作できれば問題はないだろう。
「光」
光が右手首に出れば今まで通りに唱える。
己の剣に金色の光が宿り威力が上がる。
負担は、頭を締め付けるような頭痛・腕痛等が良くある例。
対して危険ではないが、操作が非常に大変。
光を使えば剣が少し重くなり、操作が大変になる。
死に至る確率は低いと言えば低い。
だが、場合に寄れば炎の次、森と同じぐらいになる。』
そんな説明が書いてあって、ショックを受けた記憶がある。
私の右手首は一番危険な刻印「炎」が刻まれている。
刻印自体が暴走すれば、直ぐに死んでしまう。
……途轍もなく危険な刻印だ。
相当…ヤバイ。
私はこのままこの刻印を使っていくと、死ぬのかもしれない。
いや、死ぬと想う。
この刻印は便利なものである事は確か。
…だけど、凄く危険なんだ。
「……なぁ草魏」
「ん?」
「実は……さ、俺の右手首。昨日だっけ、何か出来たんだよ」
「刻印!?」
「恐らくな。……ほら」
不知火の右腕には「泡」と刻まれていた。
一番安全な…刻印。
一番危険と一番安全。
正反対だ。
「良いよね……一番安全で」
「え?」
「……『「泡」
泡が右手首に出れば上と同じように唱える。
己の剣に空色の光が灯り威力が上がる。
負担としては、頭痛や眩暈・また咳き込み・怠さに襲われる。
死に至る事は低い。
一番安全と言えば安全。体が弱いものに出てしまえば、死に至る確率も上がる。』
って、書いてあった」
「じゃ、じゃあお前は?」
「『「炎」
炎が右手首に出れば「刻印解放」と唱えると己が持っている剣に炎が灯り、威力も上がる。
だが、同時に負担として酷い怠さに襲われたり、倒れたりする。
最悪の場合は、死に至ってしまう。
これが一番危険な刻印。出れば操作・調整などを上手くする必要がある。
更に、この刻印を時間を空けずに連続発動すると刻印自体が暴走し直ぐに死に至る。
全体的に危険な刻印である。』って」
「……やばいんだな、草魏」
「うん。私、まともに調整なんて出来やしない。…どうしたら、良いんだろうね」
縁側に座って暫く言葉を失う私達。
どうすればいいか、分からなかった。
この刻印は消せないって書いてあった。
…このまま、力を使い果たしてしまったら死んじゃうのかな。
嫌だよ…仲間と離れるなんて!!!
無理だ。使うなんて……
だけど、既に一回使っただけで操作自体も難しくなってきてる。
「この力を抑えられたらいいのに……」
ふと呟いた言葉。
其れが叶えばどれだけ良いか。
「抑えられたら、お前は死ななくて済むんだ。…どうしたら良いんだよっ!!!」
「――不知火。其れは私にだって分からない。誰にも分からないんだ」
本には抑える方法なんて一切書いていなかった。
ただ、この刻印は消せない――ただ、それだけ。
一生消えない刻印。
もし、賊の所為で何度か使ってしまったら……。
「どうしたら、良いんだろう」
「俺にだって…わかんねぇ、そんなの」
「…取り敢えず、この力を使いすぎない事が第一。…そうだと、思うよ。私は」
「俺も、同感。使わなかったらどうにかなるんだろ?なら、使わなかったら良いんだ」
「何とか、普通の状態で賊を倒せるようにしないと。……よし!不知火!手合わせ、頼める?」
「合点承知!」
その後、ずっと木刀が鳴り合っていたのは、分かり切った事。
右手首の刻印を忘れるかのように、ずっとずっと。