消えない思い出 (楼々×漣葉)
漣葉の姉も出てきます。
東市。
少し背の低い子供が、髪飾り屋を目の前に悩んでいた。
名は漣葉。
つい最近、この町にやってきた謎多き子。
実は性別不明なのだ。
本人は「男」と主張するが、外見からすれば男とも女とも見える。
そのため性別は不明とされている。
一人称は俺で、二人称はアンタや名前。それに「姉」や「兄」をつける。
最近来たばかりの漣葉が一番初めに会ったのが、道政坊の一邸・憂邸に住む憂楼々。
彼女は、破落戸に絡まれていた漣葉を救った女。
漣葉は楼々を実の姉のように慕っている。
姉のように慕っている理由は、唯一つ。
前にいた漣葉の姉が楼々と似ていたから。
楼々は其れを聞いて、ちゃんと納得し優しく接している。
そんな楼々への恩返しのため、何か買う物はないかと東市へ来ているのが今の漣葉。
そして、髪飾り屋で楼々に丁度に合うような物はないかと必死になって探している。
「ねぇおじさん。黒い髪をした女の子に似合う髪飾りとか有る?」
「ふむ…黒髪の子、とな。…なら…此は、どうじゃろうか」
そう言って老人、否この店の店長が小さい菖蒲の花が何個も付いている簪を手に取り漣葉に渡す。
漣葉は其れをまじまじと見つめ、想像した。
この髪飾りを楼々が付ければ…と。
漣葉の口元はたちまち曲がり、最終的には笑顔になった。
「じゃあ、これ頂戴。おじさん」
東市を出た辺りからだんだんと足取りが軽くなっていく漣葉。
其れだけ楼々の家に行くのが楽しみなのだろう。
暫くして、漣葉は楼々の家を前にして幾度か深呼吸を行う。
「失礼します」
「あら、漣葉様ではございませんか。…娘子様にご用でしょうか」
「はい。楼々姉に渡したい物が」
「直接お渡しになるご予定で?」
「はい」
「畏まりました。どうぞ、お入り下さいませ。お嬢様も呼んできます」
そう言って開かれた扉をすっと通り抜ける漣葉。
そして、縁側に座って楼々が来るのを待っていた。
「漣葉!!」
「あ、楼々姉!」
目に星を入れた状態で、楼々を見つめる漣葉。
楼々はその様子に苦笑しながら、漣葉の隣に腰掛ける。
「渡したい物があるって聞いたけど…なんなの?」
「…これなんだ」
「わ!簪!?ありがとう!漣葉!でも、どうして?」
「何度もお世話になったしさ、俺を救ってくれた人だもん。恩返しついでにこれって事」
「やだ、ついでとか酷いじゃない」
「冗談冗談。楼々姉ならこういう系が似合うだろうって髪飾り屋の爺も言ってたから間違いないと思って」
「ホント有難う!大事にするね!」
楼々は凄く嬉しそうに早速髪にその簪を挿す。
しゃらんと、音を立てた簪に付いている飾り。
本当に似合うな…と改めて思った漣葉。
楼々は一つ深呼吸して、漣葉にあることを訪ねた。
「漣葉は…どこから来たとか、分かる?」
「よく、わからねぇんだ。俺、みんなと一緒に来たし場所自体も良く把握出来なかった。此処が有名な長安だって事は直ぐに分かったさ。こんなに賑やかだし」
「そうね。長安は何時も賑やかよ。皇帝防御が来たときは別なのだけれど」
「皇帝防御?何だ其れ?」
「皇帝防御って言うのは…簡単に言うと皇帝がお亡くなりになるって事よ。その防御の時期は白や黒の服しか着てはならないの」
「そうなんだ……やっぱ長安は厳しいんだな。華やかで賑やかだけど」
「えぇ。…そんな感じよ。漣葉も今の間に此処の生活習慣身につけておきなよ?」
「そんな必要なんて何処にもねぇよ?」
「え?何で?」
楼々がはぁ?と言うような顔をしている一方、漣葉はくすくすと肩を揺らしている。
「楼々姉や、柳耀兄の傍にいれば俺はどうせ身に付いていくだろ」
「そう言えばそうね。早く長安になれて、漣葉も何かしなさいよ」
「何かって?」
「仕事とかよ。漣葉も何時か何か仕事、しなくちゃならないから」
「…嫌だ」
「え?どうして?」
「俺、楼々姉や柳耀兄から離れたくない!何なら侍女みたいな事する!楼々姉や柳耀兄が死ぬまでこの邸にいる!」
「漣葉……」
「…この場所から離れたら、姉さんを失ってしまう気がするんだ」
漣葉の姉、愁蘭は両親を失った後の漣葉を引き取り、世話をした。
本当は血も繋がっていないのに愁蘭は漣葉を弟のように育ててくれた。
漣葉は、愁蘭を姉として慕った。
決して他人とは思ってなかった。
「姉さんは…今でも心の中で生きてる。…俺、もしこの邸を離れるとしたら真っ先に賊を倒す」
「え、どうして?」
「姉さんは……賊に、殺されたんだっ!!!敵討ちをしたいんだ!!!」
漣葉はそう叫んで涙を流した。
楼々はその背中をさすりながら言った。
「漣葉。愁蘭さんは、きっと漣葉を見ているわ」
――空の上で、弟が成長していくのを。
「漣葉がそんなに荒くなれば、愁蘭さんが悲しむんじゃないかしら」
「だけど……っ」
「愁蘭さんの望んだことは、漣葉。貴方の成長を暖かく見守っていく……そうじゃないかしら?」
漣葉ははっとしたように顔を上げる。
漣葉は、愁蘭がいる時に今楼々が言ったことと全く同じ事を言われたことがあった。
『ねぇ漣葉』
『どうしたの、姉さん』
『…私の今望んでいる事って、分かるかしら?』
『姉さんの望んでいること…?うーん…分からないなぁ…何なんだ?』
『漣葉。貴方の成長を暖かく見守っていく事よ。例え、私が何処かに消えてもずっと漣葉の成長、見ているからね。私を信じて』
「姉さんに、同じ事言われたよ。今楼々姉が言ったことと全く同じ事」
「そうなの?」
「楼々姉。…本当に、姉さんと似てる。毎日一回は間違う」
「愁蘭さんが貴方の心の中で存在を大きくしているんだわ。…喜んでいると思うわ、愁蘭さん」
「そうかな」
愁蘭が亡くなって三年。
まだ十五にも満たぬ漣葉の心の中で愁蘭は生きている。
漣葉は、胸に拳を当て全てを振り切るように空を見上げる。
「楼々姉!今日、姉さんに披露した料理、食べさせてあげるよ!」
楼々を見て漣葉はそう言った。
そして、今日の夜そのご飯を食べて楼々と柳耀が美味しすぎ!と叫んでいたと言う話があったとか。