魔法使いの家政婦
「なろう」でお世話になってるトムトム様から記念日の面白い話を教えてもらって出来上がった短編です。
あれは昨年の今頃、私は異世界に飛ばされてしまった。どうやらその国の馬鹿な魔法使いが勝手に禁断の召喚術を使ったらしく、それに遭遇してしまったのが私だったらしい。
呆然とする私の目の前に、顔が整いすぎて人形みたいな金髪の美形と、それよりは人間味がありそうな赤い髪の美形がいた。
言葉が普通に通じてしまうのはいいとして、赤い髪の美形が言うことには禁断というだけあって、私は元いた世界には帰れず私の存在も消えていること、異世界人が召喚されたのは実に100年ぶりであること、そして異世界人にはこの国で保護者がつくことを教えられた。
「俺を保護者に選んでくれるならきみを家政婦に雇うよ。ちゃんと給金も払うし、近くなら出歩いてかまわない。あ、でも遠くへ行くときは俺もいっしょね」
「魔法使いよりも国王である私を選ばないか?きみを5番目の側室として迎えよう。働かずに毎日きれいなドレスや美しいものに囲まれるよ?女性はきれいなものが好きだろう?」
そして、私が選んだのは……
ああ、もうすぐ1年がたつのか。私は庭の枯葉を掃除しながら夏より高くなった空を見上げた。この国、日本みたいに四季がある。しかも春と秋は穏やかで夏は湿度が低く暑くてもさっぱりしてるし、冬は雪が降ることもなく厳冬というのがない。
なんというかいいとこどりだよな~と思っていたらお城から鳴り響く鐘の音が5回。
「あ!ヴィンがお城を出る時間だ!!」
私は掃除道具を片付けるとあわてて家のなかに入った。
私が選んだのは魔法使いのヴィンシェンツの家で家政婦として働くことだった。今はすっかりヴィンという愛称で呼ぶことに慣れたこの人は、実は国一番の魔法使い。魔力の強さはもちろん量も無尽蔵だそうで食生活をちゃんとしてれば尽きることがないらしい。
ただ、彼は独り暮らしを始めてから食生活がちょっと乱れ部屋の掃除や洗濯も面倒くさく、家政婦を本当に切望していたらしいのだ。つまり、私の仕事で一番大事なのは食事の支度で、掃除や洗濯その他雑用はおまけみたいなものだ。
今日は市場でオススメされた白身魚を買ってきたので、魚のパイ包みにしよう。あとは副菜として野菜をたっぷりとスープだな。
ヴィンはお城の鐘が朝に8回なる頃に仕事に行き、帰ってくるのは夕方にお城の鐘が5回か6回なり終わる頃が多い。なんでも平穏無事なときはそうなのだとか。
そして帰ってくると100年前にやってきた異世界人が書き残した本を読んでいる(国一番の魔法使い権限でお城から譲ってもらったらしい…おい)。ものすごく興味深い世界らしく、私にもいろいろ質問してくるんだけど100年前なんて明治か大正時代のはずだ。昭和から平成の人間の私に聞かれても分からないことが多い。
しょうがないので時代が違うから分からないことが多いし、私の生きた時代ではこんなだと話をすれば、ますます興味深いと自分でまっさらな日記帳を買ってきて書きとめ始めた。
「キワのいた世界はいろんな記念日があって面白いな」
「そうですか。まあ記念日好きが多いんですよ。それより本を読みながら食事しないでください。前にも言いましたよね」
「…このパイ包みは絶品だね。俺はラッキーだったなあ、異世界から最高の人を手に入れた」
本にしおりを挟んであわててごまかすようにお世辞をいう。でもまあ私も家政婦を選んでよかったと思っている。5番目の側室なんて、どんだけ女好きなのだ国王は。王妃は側室のなかから選ばれるらしいけど、そのために裏で繰り広げられる女の争いに巻き込まれるなんてまっぴらだ。
この国は倫理観が違うのか、と思っていたら側室が持てるのは国王だけで一夫一妻が普通だと聞き私は心からほっとしたのだった。
食事を終えたヴィンが再びいそいそと本を開いた。私はそれを見てお茶をいれる準備を始める。
「ところでキワの世界では、ウルウドシというのがあるのか?4年に1度年が始まって2番目の月が1日増える、と書いてあるのだが」
「ああうるう年ですね。ええ、ありますね~。通常28日の2月が29日になるんですよ」
「うん、そう書いてある。おや…これは面白い。キワ、きみのいた世界にあるイギリスという国ではその昔、2月29日だけは女性から男性へのプロポーズが公認されていて、しかも申し込まれた男性は断れなかったそうだ」
「うわー、それは怖いですね。ホラーじゃないですか」
「ほらー?」
「恐怖ってことです。だって自分が好きな女性以外から先にプロポーズされちゃったら断れないんですよ。ホラー以外のなにものでもありませんよ」
私がお茶を置くと、ヴィンは確かにと笑いながらカップを手に取る。
「まあ、俺だったらその2月29日には姿をくらますね。で、キワが俺のことを探し始める頃に現れる」
「はあ」
それじゃ食事時以外はあんまり探さないわね。
「だからキワ、俺が目の前に現れたらプロポーズしていいよ。俺すぐに了承しちゃう」
「はああああっ?!すいませんがヴィン、どうして私があなたにプロポーズをしなくてはいけないんでしょうか」
「だって俺、キワが面倒みてくれてから絶好調。魔力の量も減るどころか増えてるし。何より俺は毎日が楽しい。食べ物の好みが一緒なのも大事なことだ」
「確かに私も楽しく働いてますし、食べ物の好みが同じなのもいいことですけど、それだけで結婚できませんよ」
私だって、ちゃんと女性として好きになってくれる人と結婚したいのだ。
「そっか、確かに結婚って愛情も大事だよね。大丈夫!俺、キワのこと愛してるから」
「はああ?なんですか、その軽い物言い。まるでパンのおかわりをねだるのと同じ言い方です!」
「えー、そんなことないのに」
しまった、言い過ぎたか。この人が国一番の魔法使いだということを私は時折忘れてしまうのだ。
「あの、ヴィン、ちょっと言いすぎ…」
「よしわかった!!キワの気持ちが俺に向くように頑張るよ!!」
「闘志を燃やすのは勝手ですけど、私じゃなくてもいいですよね」
「嫌だ。俺はもうキワなしじゃ生きていけない」
「私の作る食事の間違いでしょうが。大丈夫、ちゃんとヴィンの面倒はみます。互いに独身でも」
「そこで“わかりました、妻になります”って言えばいいのに。ま、言わないのが俺の好きになったキワだからいいけどね」
そういうとヴィンは今まで見たことないような熱を含んだ目で私を見た。