第9話 特訓!
我が校のGWは毎年だいたい六日ほどある。
どういうことかと言うと、再来月の海の日にキャンパス見学会なるものが催されるため、その代休がこんなところに回されているのだ。
つまり、このGWが終わったあとは、夏休みまで祝日なしのまま中間テストに期末テストと学業的連続攻撃が襲いかかってくるわけだが、そんな事実GW中の私にとっては恐れるに足りない。
たぶん、来週辺りにはヒイヒイ言っているのだろうという漠然とした想像程度に留まっている。
「さあ、レッド・ドラゴン! 私に向かって思い切り炎をぶちまけなさい!」
まあそういうわけで、今日も休みだ。
出来ればのんびり過ごしたいところだけれど、どうもそうはいかないらしい。
早朝の雑木林。
普通の女子だった頃には考えられない時間帯&場所。
そんな環境のもと、私と小雨ちゃんは二人して向き合っていた。
経験値が足りないよとのことなので、おとつい約束された特訓をしに来たのだ。
全力でかかってこいとのこと。
心置きなく炎の剣に思いを込めて、小雨ちゃんを焼き付くさんと立ち向かわねばならない。
何せ相手は私と同じ人形である。
焼いてしまったとしても、不死身なのだ。
とはいえども……!
「うぅぅん、小雨ちゃん……! なんかすごくやりづらい!」
バタコの依頼を引き受けるようになってそんなに経ったわけでもないが、それでも既に私はこの炎の剣にやられていった影の住人の末路を何度か目にして来た。
熱いって言っていたよね。
人形は不老不死だけれど、痛覚はそのままなんじゃなかったっけ。
「いいからかかって来なさい! やらないのなら、私から行くわよ!」
「えっ? ちょっとまっ――」
放たれる閃光。
そして空間を断絶するかのような轟音。
数秒のラグを経て、私は足元の地面が焼け焦げているのに気付いた。
「ちっ、外したか」
「いやいやいや、そりゃな――」
激しい音が響き、身体を何かが突き抜けていった。
一瞬だけ気が遠くなり、目の前が暗くなっていった。
あれはお花畑?
なんだか川のせせらぎも聞こえてくる。
わあい、気持ちよくなってきた……って、はっ――!
いけない。
今確実に死んでた。
「さあ、レッド=ドラゴン! これが黒き獣ブラックレインの力よ!」
ああ、なるほど、直撃したわけか……。
焼け焦げたような臭いは私の体から漂って……いやこれ以上余計なことは考えないようにしよう。
目を瞑れば、心臓の鼓動が聞こえ、身体に衝動が生まれる。
なるほど、これが再生なのか。結構いいもんじゃないって言うか、痛い!
不老不死というのも只ではないらしい。
出来るだけボディは守るべきと身をもって知りました。
少しだけ痛みが引いてきてから、私は片手を上げた。
「小雨ちゃ……ブラック=レイン、頼みがあるんだけど!」
声を振り絞り、私は小雨ちゃんに懇願した。
「頼み? そんなもの戦いの場で望めると思っているの?」
まずい!
まだヤル気満々だ。
「違うの! これじゃ勝負になんないから、あと百分の一くらい力抜いて欲しいんだけどっ!」
「百分の一? 甘いわね! その左胸のハート、レッド=ドラゴンが泣いているわよっ!」
誰かどうにかしてくれ!
し、仕方ない。あっちがその気なら、こっちだってやるしかない!
正直、親しいはずの小雨ちゃんを焼き尽くすなんて激しく良心が痛むのだけれど、どうのこうの言っている場面じゃない。
「小雨ちゃん! ごめんっ!」
全力で謝りながら、炎の剣に念じる。
ゲームや漫画の世界の魔法使いってこんな感じなのだろうか。
詠唱なんて必要ない私の魔法が剣より放たれ、鬼火のように小雨ちゃん目掛けてさまよいだした。
「ウィル・オー・ザ・ウィスプね……! そんなまやかし通用しないわっ!」
ウィルなんとかはともかく、ゆらりと動く鬼火は容易く避けられてしまう。
勿論、これだけでは終わらない。
私の攻撃はさらに続くのだ。
鬼火はただの囮。
炎の剣より産み出した炎は私の思うままに形を成し、敵を狙う。
鬼火よりもさらに力をためて、一気に放つと、炎の剣に繋がれた赤い炎が竜のような形となって小雨ちゃん目掛けて延びていった。
「来たわね!」
慌てずに小雨ちゃんも剣を構える。
私なんかよりもずっとあっさりと真っ黒な電撃を産み出して放ってみせた。
途端に咆哮が響き、電撃が太い前足を持つ獅子の姿を象る。
赤い竜と黒い獣の対決だ。
神話のような戦いが繰り広げられようとしているが、生憎それに目を奪われている暇はなかった。
赤い竜のすぐあとに続いて私は走り出す。
小雨ちゃんがレッド=ドラゴンに気を取られている間。
それが私の狙い目だ。
「もらったぁ!」
レッド=ドラゴンと繋がってるなんてお構い無く、小雨ちゃんの体目掛けて炎の剣をぶちこんだ。
だがしかし。
「残念ね、レッド=ドラゴン」
その渾身の一撃は、直前で気付いただけの小雨ちゃんにあっさりと受け止められてしまった。
「言ったでしょう? あなたはレベルが足りないって」
「そ、そんなっ!」
想いっきり弾かれて、尻餅をついてしまった私。
赤い竜の炎も黒獅子の電撃と共にあっさりと消え去り、鬼火も萎れていく。
頭の中は混乱と反省でいっぱいだった。
おかしいな、撹乱して思い切り力を込めたはずなのに……!
一方、小雨ちゃんはゆっくりと迫ってくる。
はっと気付いたときには、小雨ちゃんは冷徹な顔で剣を構えていた。
「ちょっ、ちょっと待って小雨ちゃ――」
これでは漫画やアニメにおける情けない噛ませ犬役だ。
「これで終わりよ、レッド=ドラゴン」
冗談でもなんでもない本気の決め台詞と共に、小雨ちゃんは私の脳天めがけて剣を振り落とした。
そんな殺生な……。
来るべき衝撃と痛みに備えて両目を閉じ、ぐっと覚悟する私。
全身が焼け焦げるのとは違う苦しみが私を待っているのだとあまり深く考えたりすれば余計なストレスが生まれるので、心を殺して無心で耐えた。
……。
あれ?
異変にはすぐに気付けた。
一向に痛みを感じないのは、あまりのショックに意識が内部へと引っ込んだせいかとも思ったのだが、どうも違うらしい。
勇気を出して目を開けてみたところ、先程とは若干様子の違う視界に面食らった。
大きな変化ではないが、何かが違う。
木の大きさ、雑草の大きさ、そして、私のすぐそばで消えずに残っている炎の剣の大きさが違う。
「えっ?」
手元足元を見れば、自分が今、炎の剣の柄を踏んづけていることが分かった。
いや、分かったのだけれども……!
「ま……マナっ!」
ずっと黙っていた小雨ちゃんの大声にびくりとしたのも束の間、状況を飲み込めない私を何やら大きくて柔らかなものが迫り、包み込んだ。
拾い上げられると同時に炎の剣が離れ、消えていくのを感じたが、そちらに気を取られている場合でもなかった。
私を覗き込むのはやはり大きな身体を持つ者。
「小雨ちゃん……?」
「マナ、すごいよっ! やったよ!」
「へ?」
中二的なキャラも忘れてはしゃぐ小雨ちゃんと、状況をいまだ飲み込めていない私。
どうして小雨ちゃんがこんなに大きいのか、私はまだ分かっていなかった。
そんな私に、小雨ちゃんは興奮気味に教えてくれた。
「マナ、大きな一歩よ! 立派なレッド・リザードになれているわ!」
「レッド・リザ……えっ? えええっ!」
言われてみてやっと、自分の手足が赤く、そして臀部の辺りには今まで感じたこともないような感覚があるのに気付いた。
私、いま、トカゲなの……?
「レッド=ドラゴンになれる日もきっと近い! 特訓のお陰ね!」
感動で言葉すら出ない。
この間は変身能力の存在すら知らなかった私が、こうも早くに変身できるようになるなんて……!
やったよ、バタコ!
今どこのお宅でアニメ観てるのか知らないけどやったよ!
なお、私以外の多くの人形は、ハートに寄生された当日に武器を出せるように変身も出来てしまうらしいという悲しい事実はこの時の私が知る由もなかった。
ところでこれ、どうやって戻ればいいんだろう。