第6話 ブラック=レイン
小雨ちゃんは以前も話した通り、小学生の頃からの付き合いである。
同じクラスだったからか、はたまた親同士の仲が良かったためかは分からないが、昔は小雨ちゃんとばかり遊んでいた気がする。
よくかくれんぼしたっけ。
たまに小雨ちゃんが鬼で私が隠れる側だと、飽きて帰っちゃってたよね。
鬼ごっこもよくしたな。
小雨ちゃんが飽きると逃げもせず、追いかけもしなくなるから自然消滅で終わるんだよね。
ある程度大きくなってからだと、テレビゲームもしたよね。
私が練習に練習を重ねてマスターしたコンボ技を、小雨ちゃんは瞬く間に封殺してきたんだよね。
あれおかしいな、涙が出てきたぞ。
「私が『黒い獣』に選ばれたのは、春休みの間のことよ」
近所の公園。
蛾の集まる外灯下のベンチにて、アイスを頬張りながら小雨ちゃんは言う。
「ふと黒く光る石を見つけたから、なんとなく拾おうとしたら寄生されてしまったってわけ」
「ふーん、それがブラック=レインの生誕秘話かー」
「最近また、新しい人形が生まれたのは聞いていたけど、まさかそれがマナだったなんて思わなかったわ」
「私も、まさか小雨ちゃんが人形の先輩だとは……」
「私も二人が友達だったなんて気づきもしなかったわね!」
あ、まだいたんだバタコ。
夜の街灯に群がる蛾の一匹だと思ってた。ごめんね、バタコ。
「いや、気づかなかったって、制服とか一緒だったでしょ!」
突っ込む私にバタコは表情の読めぬ姿できりっと返す。
「でもほら、同じ制服だからって、友達とは限らないでしょ! あなたたち、どっちも友達少なそうだし!」
「失礼な、友達はいっぱいいるよ! ねえ、小雨ちゃん!」
「闇の覇者ブラック=レインには本来友達などいらないのよ。必要最低限で十分なの」
小雨ちゃんっ!
そこは否定してよっ!
否定するわけでもなく、小雨ちゃんは無駄に色っぽくアイスを食べきると、立ち上がり、言った。
「ともかく、同じ人形同士なら、この先、マナとは共闘もあり得るし、競争もあり得るというわけね」
「競争?」
「もちろん、お仕事の競争よ!」
ここぞとばかりにバタコがぐいっと主張する。
「あなたたちの実力に大した差はないわ。年齢も同じだし、タイプ相性も五分と五分」
ふむ、炎と雷は対等……って、そういや私まだそのことについてちゃんと聞いてなかったような気が!
そんな私の困惑を読み取ったかのように、バタコは自慢気に言った。
「タイプ相性は、お仕事に関係ないの。あくまで、ダイモンや人形同士でのお話よ」
「いや、だからって、説明省くことないじゃん!」
「えへへ、ごめんごめん」
表情の見えないはずのバタコのどや顔が見えるようで腹が立つ。
不老不死どころかあと少しで十六年と一ヶ月程度の生涯を終えるところだったというのに、どうしてこの蝶々はどこまでも軽いんだ!
「まあ、これから覚えたらいいじゃない。私も適当になら教えてあげるわ」
「適当にって! ……でもまあ、小雨ちゃんがそういうのなら……」
仕方ない。
高校生になったのだし、もう少し心にゆとりを持とう。
「よし、とりあえず、マナのタイプは炎! 炎は水に弱くて雷には等倍! ひとつ賢くなったわね!」
この蝶々、ちょっと虫かごにいれておこうかな。
「ちなみに、他には何のタイプがあるの?」
さりげなく小雨ちゃんの方に訪ねてみたところ、小雨ちゃんは可愛らしく顎に指を当てて考え出した。可愛い。
「私が見たのは他に風と……月だったかしら?」
「月!? 月って何!?」
どうしよう、何一つ想像できない。
愛の戦士なの?
お仕置きしちゃうの?
「他に天と地もあるわ。かっこいいでしょ」
私の疑問も置いてきぼりのまま、バタコが付け加えた。
確かに天と地ってなんかカッコいい……って、地ってつまり土か。藍さん風に言えば、ノームですね。
じゃあ、天ってなんだ?
「天と風って何が違うの?」
率直な疑問にバタコが答える。
「風はその名の通り、風を操る属性でしょ?」
「うん」
「天は天体じゃん? 星を降らせたり、天気を操ったりできるの」
「なにそれスゴい」
つまり、明日のリレーが憂鬱な時や、明日の遠足が楽しみな時に、その人物の思うがままというわけか。
ちょっと羨ましい。
商売ができそう。
しかし、純粋に憧れる私を小雨ちゃんは鼻で笑った。
「見る目ないわね。天なんて所詮、空がないと使えない能力なのよ。屋内でも活躍できる他の属性のほうがずっと有能だわ」
確かにその通りなんだけど、私には見える。
もし小雨ちゃんが天属性のハートに寄生されていたら、中二的病が加速していただろうifの世界が。
まあ、それはいいとして。
「っていうかバタコ。タイプ相性も教えてないってことは、ハートのあの能力についてもマナに教えてないんじゃないの?」
「あの能力?」
どの能力かさっぱり分からないのだが、バタコは左右に大きく揺れた。
「まっさか! ちゃんと教えたわよ! マナが伝説のレッド=ドラゴンに変身できるってこと!」
「いや、全然聞いてないけど、初耳なんだけど!」
「あり? そうだっけ?」
そうだっけじゃなくて!
っていうかなに?
伝説のレッド=ドラゴンに変身できるってどういうことなの……!
「呆れた。バタコったら相変わらずそそっかしいんだから」
こほん、と咳払いをして小雨ちゃんは姿勢を正す。
「私から説明します。マナ、よく見ていて頂戴」
そう言って深呼吸をすると、小雨ちゃんはすっと両手をあげた。
何が起こるのかと不安入り交じりながら見守ることたった数秒。
小雨ちゃんの身体があっという間に光に包まれ、そして、見る見るうちに歪んでいった。
光が晴れ、現れたその姿に、私は思わずぎょっとした。
そこにいたのが、黒豹のような生き物だったからだ。
「こ……小雨ちゃん……!」
「どう? ビックリしたでしょ、レッド・ドラゴン?」
しゃべった!
間違いなく小雨ちゃんの声で……ていうか、すっかりブラックレインモードだ。
「これがハートの力。『黒い獣』っていうのはどうやらライオンのようね」
な、なるほど、黒豹ではなく真っ黒な雌獅子というわけか。
ホワイトライオンの逆というか……。
「ちなみに、ハートの力はこれだけじゃないのよ。ほら、小雨ちゃん」
「ブラック=レインって言ってるでしょう、バタコ」
文句を言いつつも雌獅子姿の小雨ちゃ……ブラック=レインは、呼吸を整えて身体の力を抜いた。
すると、再びその全身が光に包まれ、次第に小さくなっていった。
人間の姿に戻るのかと思ったけれど、そうではない。
その姿はどんどん縮み、やがて光が晴れると、思っても見なかった姿が現れた。
真っ黒な……猫である。
「こうやって身近な生き物に姿を変えることも出来るのよ」
先程と変わらない声で喋る黒猫。
なにこれ。
猫派の私へのテロ?
「こ、小雨ちゃん……」
「ブラックレインって何度言えば分かるの!」
憤慨しながら尻尾をばしばしと地面に叩きつける黒猫。
つやつやの毛並みにぴんと伸びた髭、エメラルドグリーンの両目が人を舐め腐ったような表情で私を見ている。
やばい……。
超好みの猫様じゃないか……。
ここで、たまらなくなった。
むしろ、ここまで我慢できた自分を誉めたいくらいだ。
限界に達した私は、気づけば猫と化した幼馴染みを抱き上げ、欲望のままに愛で始めていた。
「ちょっ! マナ! 目を覚ましなさい! 私は本物の猫じゃないわ!」
「本物じゃなくたっていい。猫の姿をしているのならっ!」
猫派でありながら猫を飼えないという環境にいる私にとって、これは貴重な猫成分補給である。
「ごちゃごちゃ言ってんじゃないわよ!」
そう言って、黒猫化した小雨ちゃんの渾身の右ストレートが私の顎に決まった。
肉球ネコパンチがっ!
ありがとうございます!
こうして、数分間の凌辱の末、私はようやく我に返り、小雨ちゃんを解放することができた。
危なかった。
あと少しで私は猫姿の小雨ちゃんを我が家に連れ込むところだった。
身の危険を十分味わったせいだろう、解放されるや否や、小雨ちゃんはすぐさま人間の姿に戻って私からその心身の距離を保った。
「この変態」
「ごめんつい」
「もう二度とあなたの前では易々と猫になんてならないんだからね!」
「易々と……ってことは、またチャンスが」
「ないわよ! 今日のお詫びに明後日は何か奢ってもらうんだから!」
しまった。
すっかりへそを曲げちゃったぞ。
でも、正直なところ、何か奢るくらいで許してくれるのは有り難いです。
さて、そんな私たちを見て、バタコは一人笑った。
「ふふ、賑やかになってきたわねえ! あ、ちなみにマナは赤い竜とかトカゲになれるはずよ」
「いや、なんかあんまり嬉しくないんだけど。花の女子高生がトカゲって」
「えー? 珍しい赤いトカゲなのに。しかも炎属性! 久しぶりに見たいんだけどなあ、レッド・ドラゴン」
何処のRPG系モンスターなのさ。
レベルをあげたら進化しそうな。
いや、そもそも。
「どうやったら変身できるの? まったく想像つかないんだけど……」
バタコには答えられず、視線は小雨ちゃんに向く。
曰く――。
「わかんない。なんとなく……かなぁ?」
参考にもならなかった。
まあいっか、レッド・ドラゴンなんかが町をうろついてたら大騒ぎだし、トカゲになるのもなんか興味ないし。
「私も見てみたいけどね、レッド・ドラゴン」
なんて思っていた時代が私にもありましたが、小雨ちゃんの笑顔でたった今変わりました。
「よっし、ちょっと変身してみようかな!」
意気込む私に期待するバタコと小雨ちゃん。
しかし、何をイメージしても、身体が変わるような気配は全くなかった。
「うん、無理のようだ」
「まあ、人形さんによってセンスはまちまちだから……」
バタコのフォローが何気に傷つく。
まあともかく、かくして私は人形としての宿題を抱えることとなった。
どうにか小雨ちゃんにレッド・ドラゴンの姿を見せるという宿題だ。
ダイモンに殺されない限り、時間は無制限。
ゆっくり探っていこうと決めて、私はアイスを口に入れた。
しまった。溶けかけている。