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第5話 救いのヒロイン

「危なかったわね、マナ! ポケベルにあなたのピンチの一報が届かなかったら気づかなかったわ!」

「バタコ、来てくれたんだね!」


 あれでも待てよ。

 バタコに何ができると言うのだろうか。


 クリスタルソードを構えたまま、藍が中身のない笑みを浮かべる。


「影の世界の使い走りね」

「おうおう、ダイモンさんよぉ。レベル最高の癖にルーキーのマナを狙うたあ、ちっと卑怯なんじゃねえかい? 」


 バタコが奇妙なキャラで藍に絡んでいった。


 しかし、そんなバタコのペースに惑わされることなく、藍はあくまでも優雅な振る舞いで答える。


「ルーキー? そんなもの人形には関係ないわ。私たちの役目はハートを見つけて食べること。慈悲を持てなんて言い付けられてもいないもの」


 だいたい、と、藍は冷ややかな目でふわふわと飛び回るバタコを見つめた。


「あなた、どうやってその子を助けるつもり? 策でもあるのかしら?」


 ほんとだよ!

 この状況下で虫けらに何ができるって言うの!?


 しかし、そんな私たちの疑問をバタコは笑い飛ばした。


「もちろん、私だけじゃダメだったでしょうね」


 私だけ?

 まさか。


「でも、お忘れかしら。この町には他にもレベルの高い人形がいるってことを!」


 バタコの前振りにあわせて、私の背後でなにかが弾かれる音が響いた。


 水だ。

 水の柱が弾かれて、私の背後から正面に立つ藍をめがけて何かが放たれたのだ。


 それは真っ白な光。

 ばりばりと音を立てて広がる、電撃だった。


「ごめん、バタコ」


 私の背後で第三者の声が響く。

 あれ、この声、どこかで聞いたことが……。


「ちょっと道に迷いかけてしまったわ」


 恐る恐る振り返り、そして、声の主の姿を目に焼き付ける。


 ああ、やはり、気のせいではなかった。


 そこにいたのは、およそ数時間前に電話でやりとりをした相手。


 帰宅部の癖に、最近、やたら帰るのが早くてぶっちゃけ彼氏でも出来たんだろうかと思っていた私の幼馴染み。


 小雨ちゃんだった。


「こ、小雨ちゃん!? なんでここに!?」

「小雨じゃないわ」

「へ?」

「我が名はブラック=レイン。ご機嫌麗しゅう、レッド=ドラゴン」


 あ、あれ、小雨ちゃん?


 どうしよう。

 何かの冗談だろうという思いが小雨ちゃんの神妙な面持ちによって潰されていく。


 くそ真面目に小雨ちゃんはその手に青白く輝く剣を構え、ファンタジー系のRPGなんかに出てきそうなキャラクターよろしく藍を威嚇していた。


「我がハート『黒い獣』の力、ジュピターの雷槍によって、ダイモンに死を!」


 なんだかいつもと様子が違うんだけど、確かに小雨ちゃんのはずだ。


 黒髪のストレートロングはそのままだし、赤いリボンカチューシャもいつものやつ。


 着ている服も、よく小雨ちゃんがオフの時に着ているファッションセンターの黒ワンピ。


 そして胸に輝くのは去年私が誕生日プレゼントにあげた赤いハートのネックレスじゃないか。


 うん、間違いなくあれは小雨ちゃんだ。小雨ちゃんであってる。


「ブラック=レイン! 超絶気を付けて! 相手はレベルMAXのやり手ダイモンよ!」


 バタコが中二病を助長しておる。


 そういえばこの大人、私にもこのサラマンダーの剣の名前を偽って教えたな。


 なんてことだ、純粋な小雨ちゃんがころっと毒されちゃったよ!


「新手ね。来なさい、ブラック=レイン。あなたのハートも貰ってあげる」


 そして、さらりと受け止める藍さん。


 あれ、私だけなの?

 私だけが馴染めていないのこれ?


 戸惑っているうちに小雨ちゃんもといブラック=レインと藍がぶつかり合う。


 ジュピターの雷槍……だっただろうか。


 刃が青白く光り、ばりばりと電流の走るあからさまな雷属性だ。


 あれ、サラマンダー、ウンディーネときたからてっきり四大精霊なんだって思っていたんだけど、別にそういうわけじゃないのね。


「さすがにウンディーネだと、グレムリン相手には辛いものがあるわね」


 グレムリン!

 歴史の浅い妖精来た!


 水かけたら増えちゃ……ってそれは違う、映画の話だった。


 つばぜり合いのなか、クリスタルソードとジュピターの雷槍(たぶん、本当はグレムリンの剣)より強烈な光が放たれる。


 目が潰されそうなフラッシュのなか、小雨ちゃんの不適な笑みが聞こえてきた。


「ふふ、このままだとあなたの方が感電しちゃうわよ、ダイモン!」


 やけに楽しそうだ。


 しかし、相手はレベルMAXのダイモンなのだ。私たちとは比べ物にならないくらい長生きしている。しかも怪力持ち。


 あっさりと弾かれ、その衝撃で小雨ちゃんの体がこちらまで突き飛ばされてしまった。


「だ、大丈夫? 小雨ちゃん!」

「ブラック=レインだって言っているでしょう!?」


 半ばキレられた。

 理不尽だがそんな場合でもない。


 コツコツと靴音をたてながら風にスカートを靡かせて迫り来る藍は、さながら悪の女帝。


 このままでは二人してやられてしまう!

 バタコ、なんとかして!


 と、その時だった。


 突如流れ出したのは、この場に合わないクラシック音楽の着メロ。


 こんな時に誰の携帯だ空気の読めないやつめと思うより先に、藍が腰のポケットからやや古めの携帯を取り出した。


「もしもし?」


 え、着信?

 ダイモンも携帯を持っているの?

 そういう時代なの?


 機種はちょっと古いけど、影の住人よりは進んだ技術だね。


「そう、狩りの真っ最中。今いいところなの。帰りは遅くなりそうなんだけど。……え?」


 妙な緊張感と共に待ち続ける私たち。


 正直、今逃げればいい気もするけれど、なんだか下手に動けない空気が漂っている。


「そのくらい自分でしてよ。私はあなたの恋人でも、お母さんでもないのよ? ……え? ああもう、仕方ないわね。分かったから待ってて、全くもう」


 どことなく不和な雰囲気のままスタイリッシュに電話を切る藍。


 ぽかんとしている私たち三人を殺気だった目で見つめると、不服そうにこう言った。


「悪いけど、バトルはお預けよ。すぐに帰って夕飯作らなきゃなんなくなったの」

「え?」


 小雨ちゃ……ブラック=レインが困惑している。


「残念そうな顔しなくたって大丈夫。私はこの町にしばらく滞在するから、また会えるわ」


 それはぜひとも勘弁願いたいのですが。


「それじゃあ、またね。黒獅子のブラック=レイン、そして、赤い竜のマナ」


 まずい、名前と顔を覚えられてしまった。忘れてくれそうな雰囲気でもなく、藍はそのまま背を向けて行ってしまった。


 私の千円稼ぎの女子高生ライフ……どうやら一筋縄ではいかないらしい。


「さてと」


 こほんと咳払いしながら、小雨ちゃんがこちらを振り返る。


 っていうか、よく見ると中学生の頃によく見たあのファッションセンター的なシンプルなワンピースじゃない。


 然り気無くレースで飾られた可愛らしいドレスワンピだ。


 高校生になってお洒落に目覚めたのか、小雨ちゃん!


 正直、鼻血が出そうなくらい可愛い。


「危ないところだったわね。バタコが私のとこでアニメ観てなかったら終わりだったわね。感謝しなさい、レッド・ドラゴン」

「ありがとう、小雨ちゃん。でも、まさか、小雨ちゃんまで人形になっているなんて……」

「ブラック=レインよ。さっきも言ったでしょう!」


 ああ、まだそのキャラ続いてるのか。


 すっかり機嫌を損ねた小雨ちゃんが澄まし顔で剣を手放す。


 グレムリンの剣が消え行く様をしばし見守った後、改めて私を見つめて腰に手を当てた。


「さて、マナ!」


 あ、もう元に戻ったのか。


 そんな突っ込む隙もあたえず、小雨ちゃんは軽やかにアスファルトの上を跳ね、私の真横に来た。


「助けたお礼はコンビニのアイスでいいわ」

「えっ?」

「フライドチキンとジャスミン茶もついていたら嬉しいわね。ないとは言わせないわ」


 猫のような流し目で迫る小雨ちゃん。


 高校生になってしばらく。


 同じクラスだし、普段もよく会話するわけなんだけど、なんだか学校で会うときと雰囲気がまるで違う。


 アフターで変わるタイプだったのか、小雨ちゃん。


「じゃ、いつものコンビニに行きましょ、マナ」


 そう言って一人歩き出す小雨ちゃん。


「ほらほら、早くついて行かないと、またダイモンに襲われちゃうわよー」


 相変わらず軽い口調でせっつくバタコに背を押されながら、私は小雨ちゃんを追いかけた。


 あれ、ちょっと待てよ。

 いまいくら持ってたっけな。


 ……まあいっか。

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