第3話 ハートキャッチ
不老不死の人形というものは、私だけではなく、同じ町に複数いるらしい。
それぞれが別々の怪物に選ばれた人物で、そのいずれも女性であるのだとか。
寄生した石の名前も違えば、与えられる力も統一性はなし。
ただ、大昔に実際にこの大地に存在していただとかで、何かしら戦争的なものがあって退治され、その心臓だけが結晶化して人間に寄生することで逃れたのだとか。
まあこれ全部、バタコに聞いたんだけどね。
目立った予定もないままについにきたGW。
宿題もせずに私はバタコから聞かされた神話的なものをノートに書き留めていた。
まとめたら分かりやすいかなと思ってのことだったのだけど、よく考えたらこのノート、処分に困るんじゃなかろうか。
まあ、それはいい。
処分についてはその時にいい案が思い付くかもしれないからね。
それよりも、バタコ先生の授業はスピーディーで困ってしまう。
落ちこぼれはとことん冷たく突き放すスタイルのようだ。
さっきからこちらの質問を一切受け付けてくれない。
「んで、怪物が再び復活するのを恐れた大地の神様的なものが産み出したのが、ハートを奪える複数のダイモンっていう存在なわけ」
しまった。
ちょっと気が散っている間に話が進んでいた。
ハートってなに?
ダイモンがなんだって?
「これがあなたたちの大体の説明。お分かりいただけたかしら?」
「うん、ぜんぜんダメだった」
「おーけいおーけい、じゃ、次はアタシたち影の世界についての説明ね」
「ちょっと待て、バタコ」
「アタシたちは女王様を中心とする蜜蜂みたいな社会のなかで――」
ああ、駄目だ。
こっちの話、全然聞いてないよこの蝶々。
今さら黒板を追いかけても意味がないパターンだよ。
ていうか、バタコもなんかやる気なくね?
気のせいかな?
すごくやる気ない気がするんだけど、私の気のせいかな?
「んまあ、そんな事情もあって、人手も足りないって状況のなかで、アタシが一人であなたたちの町を担当してるってわけ」
ああ、駄目だ。
追い付こうと努力する気にもなれない。
「以上が、アタシから説明できることの全て! お分かりいただけたかしら?」
「うーん……」
そろそろ質問に答えてくれるだろうか。
「あのさ、ハートとダイモンってどういう――」
とその時、携帯の着うたがけたたましく鳴り響いた。
ちなみに着信音はとあるアニメの主題歌のイントロ部分だ。
正直、アニメとかあまり見ないのだけど、バタコにこの間押し付けられてまんまとハマってしまった。
ストーリーといい、作画といい、音楽といい、演出といい、とにかくクオリティが高くて……って、アニメの話じゃなくて。
着信。
表示されるのは、小学生の頃からの幼馴染み、「小雨ちゃん」の文字。
どうしたんだろう?
普段メールで済ます彼女が電話とは珍しいな。
「もしもしー?」
『マナ? 今、大丈夫かしら?』
紹介しよう。
受話器から漏れ出すこの声こそ、我が人生において最高の可愛さを誇る友達、小雨ちゃんの麗しき声であることを。
黒髪ストレートロングの姫カットって何か狙っていらっしゃるのでしょうか?
とにかく元ネタのありそうな麗しい容姿に、猫のような両目も素晴らしい。
特に無類の猫好きである私にはもうどうしても、小雨ちゃんは実は人間に化けた猫であって、ばれないように生活しているのだという妄想に囚われてしまう。
更に頭の上に赤いリボンカチューシャを付けているのがもうたまらなく可愛い。
だってあれ、私が普段付けている奴の色違いじゃん!
ていうか、お揃いじゃん!
なんなの!? 両思いなの!? ねえ、両思いなの私たち!?
『マナ? もしかして、忙しい? だったら――』
「ああ、いやいやいや、ごめんごめん! 大丈夫! 大丈夫だよ!」
『ほんと? それならいいんだけど……』
「ん、どうしたのん?」
『うん、GWなんだけど、もし暇があったら一緒に映画観に行かない?』
なんと!?
GWもバタコの仕事以外に特に予定なくて、ただなんとなく非生産的な無駄な時間を過ごして、連休明けに激しく後悔するんだろうなって思っていたのに、思いがけないお誘いだよ!
しかも、小雨ちゃんと!
クラスでも美人だとさっそく評判の小雨ちゃんと!
「いくいく! ぜひとも行きましょ! ちなみに何の映画?」
『うん、私のオススメの映画……なんだけど……いいかな?』
「もちろん! ぜひともオススメをみよう!」
『じゃあ、明後日の朝十時に、いつもの映画館の入り口で……』
携帯を閉じ、私は余韻に浸る。
……おっしゃあ!
GWに女子高生らしい予定ができたぞ!
いまだに小雨ちゃん以外のクラスの女子と付かず離れずな私にとって大きすぎる一歩だ!
「なになにー? 彼氏ぃ~?」
と、逆上せる私を茶化すのは一匹の独身蝶々。
「違うよ! 友達! 明後日映画にいく約束したの!」
「映画ぁ? あらあらお熱いわねぇ?」
「そんなんじゃないし! てか、小雨ちゃんは女の子だから!」
「小雨ちゃん……?」
その名前にバタコが反応を見せたその時、部屋の隅で聞き慣れぬ電子音が響き渡った。
なんだろう、昔の携帯の着信メロみたいなあの……。
「ごめんごめん、それアタシのだわ!」
そう言って音の鳴り響く物体を謎の力で持ち上げるバタコ。
サイコキネシスか?
鳴っているのは携帯ではなかった。
携帯よりも小型で、四角くて、小さな窓に文字が浮かぶこれは……!
「ぽ、ポケベルだぁっ!」
わあ、本物初めて見た!
ていうかそれ、まだ使えるの?
「まあ、厳密に言えばポケベルの偽物なんだけどね! 影の世界の女王様と連絡を取るのに使っているのよ」
そう言ってバタコはポケベルの小窓を見つめる。
さりげなく覗きこんでみると、そこには「02#9」とだけ書かれていた。
「なにこれ? 文字は送れないの?」
「そういうわけじゃなくて、暗号化されているだけよ」
「ああ、そっか。部外者に見られないように?」
「そゆこと。ちなみにマナたちへの新しいお仕事が増えたときは『4510』に#と数字が書かれるの」
「どういうこと?」
「4510で仕事。#と数字はその仕事内容のレベルね」
「なるほど! あ、じゃあこの『02#9』の#と9もレベル?」
「そのとーり! ちなみにレベルは0が最低で9が最高なの。全部、女王様自らが判断なさったものよ」
「ふーん、じゃあ、この02は?」
と、テンポよく会話してきたはずだったのに、急にバタコは視線をそらした。
いやそもそも、視線が分かりにくいのだけど、ともかく、気まずい事情があるらしい。
「それは鬼って意味よ」
「ああ、02で鬼ね、なるほど」
電話番号みたいだな。
「てか、鬼ってなんだっけ?」
軽い気持ちで訊ねてみたのだけど、バタコは神妙な面持ちで部屋をふわりと漂った。
「鬼……その別名はダイモン」
「ダイモン?」
あれ、それってさっき聞きそびれたあの。
「彼らは過去の大戦で神々の使いとして怪物たちを葬った伝説の存在。平穏が訪れた今も、怪物たちの心臓つまりハートを求めてさまよっているの……」
「ああ、つまり、私に寄生した『赤い竜』とかを?」
「ええ、そう。ダイモンは複数いて、その殆どは女性のような姿をしているわ。怪物が生きていた頃からずっとそのままの姿で存在しているとも言われているの。でも、それはいいの。彼らが現れても、アタシたちとも関係ないし、人間社会には悪さしないから……。でもね。厄介事は、マナ、あなたたちに起こるわ!」
びしっと言われて思わず姿勢を正してしまった。
「ダイモンは欲しているの! ハートすなわち怪物に寄生された人形の心臓を!」
「へっ?」
「この世にいるダイモンの目的はただ一つ。出来るだけ多くの人形を襲って心臓を食べることよ! つまり、彼らはあなたの天敵! 捕まったら心臓抜き取られるから覚悟しなさい!」
「ちょ……えっ……ええー!? なにその関係性! ハートキャッチなの? 本物のハートキャッチなの!? 会ったこともないのにすごくシビアなんだけどっ!」
ん? ここで浮かび上がる疑問が。
「でも、私って不老不死になったんだよね? じゃあ、心臓抜き取られても大丈夫なんじゃね?」
「そこが罠なのよー!」
井戸端会議のおばさんみたいな口調でバタコは言う。
「ダイモンが欲しているのは心臓そのものではなくて、あなたたちの心臓に寄生しているハートと呼ばれる結晶体。それをピンポイントで抜かれれば、怪物の力も奪われちゃうから、あなたの不老不死伝説も夢と消えるわ」
なんて儚い。
「ちなみにダイモンはもう数え切れないほど昔から人形を襲っては食べてきたの。当然、マナも例外なく襲われるから注意しなさい!」
「ちなみにダイモンって頻繁に出てくるものなの?」
「頻繁ってほどでもないけど、常日頃、人形を監視していると思ってた方がいいわ。特に今現れたレベル9は、いろんな意味でヤバい人だし……」
なんだか知らないけど、しばらく家で大人しくしていた方がよさそうだ。
って、あ、あれ?
こんな状況下で私の視界に入ってきたのは、某レンタルビデオ店の青い袋。
中身はバタコにせっつかれて借りたオススメアニメのDVD計四巻だ。
続きを借りる気でいたわけだけど、問題はそこじゃない。
これ、今日までじゃなかったっけ?
「バタコ、どうしよう! このままじゃ延滞料が発生しちゃう!」
「まずいわね。外は危険なダイモン。けれど、明日に延ばせば避けられぬ延滞金。究極の選択だわ……!」
「どうしたらいいと思う? ああ、でも、財布がまずいんだよね! こないだ新作ゲーム買っちゃったから!」
「じゃ、行くしかないんじゃない? 心配せずとも、この町だって案外広いし、まさかまさか鉢合わせするなんてそんなこと」
やめて、フラグ臭いから!
とはいえ、確かに行くしかないところだ。
延滞金はもったいなさすぎるし、ダイモンとやらに会わないことに賭けるしかない。
大丈夫、この町には少なくとも十名近くは人形がいるってバタコ言ってた。
きっと、私の代わりに彼女たちの誰かが……げほごほ。
「そうとなったら暗くならないうちに行こう!」
「いってらー」
「て、あれ、バタコは一緒に来てくれないの!?」
「うん、あと十分でアニメの生放送始まるから、他の子のお家で見せてもらうわ」
あれか、例の魔法少女系アニメか?
そりゃねーぜ、姐さん。
しかし、どんなに恨み節を言ったところでバタコの趣味への情熱は薄まらない。
仕方ない。
暗くならないうちにダッシュで行って、ダッシュで帰るしかない。
バタコが人様の家へと旅立つのを見送りながら、私は自分の強運を信じてレンタルビデオ店へと走ったのだった。