第2話 バッティングコーナー
バッティングセンターという場所に行ったことがある。
実際にやったかどうかはともかくとして、その場所になら行ったことがある人は高校生でも多いのではないだろうか。
私が行ったのは、高校デビュー直前の春休みのこと。
叔父や従兄姉と共にいったレジャー施設にあったのだ。
いや、センターではないな。
コーナーだ。バッティングコーナー。
そこはテニスやバドミントンなども出来る場所だったのだけど、叔父も従兄姉も迷うことなくバッティングコーナーに吸い込まれていってしまったのだ。
私はというと、流れる球の速さにのっけからビビって、迷うことなくアーチェリーのコーナーに逃れた。
ちなみに、アーチェリー超楽しかったし、階下にあったダーツも超楽しかった。
思うに私は投げられる側よりも投げる側の方があっているのではないだろうか。
テニスもバドミントンもそういう理由でやらなかった。
まあ、思い出話はこのくらいにしておこう。
私が何故バッティングコーナーの話をしたかというと、答えは目の前にある。
赤い石を拾って不老不死の人形とやらになって一時間も経たないうちに、私は今まで見たこともない怪奇現象を目の当たりにしていた。
場所は廃屋。
我が町の端に位置する隣家も遠いその場所は、無人となって久しいらしい。
無駄に広いし、お化け屋敷として最適な場所だ。
まあそんな場所なので不良もよく荒らしに来るらしくて治安が悪いとの噂。
正直、あまり入りたくないのだけど、バタコが急かすのだから仕方ない。
ていうのも、どうやらバタコ、この仕事が終わり次第視たいアニメがあるとかないとか。
「もうとにかく、あの魔法少女たちが今後どうなるのか心配で心配で」
しらねーよ。
そんなこんなでバタコに対して軽い殺意を覚えたかいなかの瀬戸際で、その現象は起こったのだ。
私の足が敷地内に入りかけたその時、建物の中より、石が……猛スピードで飛んできたのだ……。
あぶない!
何これ、すごくあぶない!
これはあれだろうか。
不法侵入は許しませんというこの土地の権利者が仕掛けた罠でも作動して――
「さっそく来たわね。マナ、怪奇現象よ! 近くに影の住人がいるわ!」
「ええ、これ怪奇現象なの!?」
「そ! ポルターガイストの一種! 普通の人間には粒程度の小石を投げて脅かすらしいのだけど、マナが人形って気付いて風穴をあける勢いで抵抗しているようね」
おっかないよ!
すごく好戦的だよ!
バタコの言うことは間違っていないのだろう。
既に先程から、当たったら大怪我では済まされない程度の大きさの石がびゅんびゅんと投げられているのだから。
外されているのは威嚇のためかもしれない。
このまま離れないとなれば、それは見事なコントロールで狙い撃ってくるのかもしれない。
「やばいよバタコ……。こりゃ踏み込めんよ……」
「いや大丈夫! あなたには堕煉獄があるもの! それをバット的に使えば大丈夫なはず!」
「いやいやいや、何を言っているのですか、あなたは」
とはいえ、バタコは本気のようだ。
本気でルーキーの私をこんな戦場へと押し込む気でいるらしい。
つい一時間ほど前はただの女子高生だったというのに、なんて鬼教官だ……。
こんなことなら、春休みに少しでもバッティングの体験をしておくべきだった。
「さ、マナ。暗くならないうちがいいわ。急いで!」
蝶々の体からは想像もできない力で背中を押されながら嫌々進むと、さっそく弾丸のごとき石が猛スピードで突っ込んできた。
一か八か。
恥ずかしい名前の剣を思い切り振り払うと、なかなかいい音と手応えが伝わってきた。
見れば、飛ばされてきた石が堕煉獄の炎を浴びて燃え盛りながら何処かへ弾かれていくのがわかった。
って、ええ!?
これって大丈夫なの!?
火事的な災いは起こったりしないの!?
「マナ、前を見なさい。とにかく今は影の住人だけに集中するのよ」
えええ!?
この喋る蝶々、私をはめおった。
さすがは禍々しい力にお詳しい御人よ。
戯言はさておき、どうやら今の火の玉が悪さする様子はないけれど、このままぼやぼやしていると小火騒ぎが起こってしまう。
あ、いや違うんだ洒落とかじゃなくて、とにかく、 彼ら影の住人が怪奇現象を起こすよりも更に何千倍もの迷惑沙汰(つまり火災)を他ならぬ私が起こしてしまわぬ前に、全てを終わらせて千円貰わないと……!
「ええい、影の住人、覚悟ー!」
「お、いい意気込みね! ちなみに道はこっちよ!」
バタコがいなければ迷子届けが出ていたことだろう。
いや冗談ではなく、敷地に入ってから常に真っ直ぐ球が投げられてきたわりに、半壊した建物の内部は恐ろしく入り組んでいて、とても分かりにくかった。
そんな中をバタコは不可解なルートで案内する。
もしもこれで自力で帰れとか言われたら、もう絶望しかない。
まあつまり、私もバタコも一本道ではなくて何度も曲がりながら影の住人の居場所を目指していたのだ。
それなのに石は常に真っ直ぐ私をめがけて飛んでくる。
「だから言ったでしょ? 怪奇現象なんだってば!」
なるほど、石が飛んできたもとは何処も廃れた壁ばかり。
ここはバタコを信じる他ないらしい。
「それにしても必死だね。そんなにぶった切られるのが嫌なのか」
何言ってんだ、私は。
普通に考えて嫌に決まっているじゃないか。
「うーん、ぶった切られるのはどうでもいいかも知れないんだけど……」
ええ、嘘だろぉ?
そこ重要じゃないのかよぉ!
「問題は影の世界に強制送還ってとこだろうね! 密入界者だし!」
密入界者……。つまり、密入国者の世界版。
なんかスケールのでかい単語だな。
「ていうか、なんで彼らはこっちの世界に入り込んできたの? 影の世界ってそんなに住みづらいの?」
「うーん、わかんない。住みやすい方だと思うんだけどねえ。まあ、理由は個々色々あると思うし。どんな理由であれ、無許可は許されないわけだし」
「んー、まあ、こっちで怪奇現象起こしてるわけだしね」
そういえば、この廃墟の近くに来ると空き缶が投げつけられるっていう噂を、中学校卒業直前くらいに聞いたっけね。
粒程度の小石だけじゃなくて、側にある軽いものを投げつけるのかもしれない。
怪我する人もいるみたいだし、やっぱりバタコの言う通り、問答無用でぶった切ってしまった方がいいかもしれない。
「さ、マナ、そろそろよ!」
階段をあがり、もはや自分が何処にいるのだかも分からないなかで、バタコはようやく告げた。
「あいつが――」
場所は大広間。
所々床が抜けていてとても危ない。
その一番奥にて、人影がこちらを向いて座っていた。
白いワンピースを着た美少女だ。
え、いや、普通に中学生くらいの女の子にしか見えないんだけど。
「いたわ、マナ! 遠慮はいらないわ。さっさとぶった切りなさい!」
「あれを斬れと申すかお主……!」
いやいや、あんなに可愛くて可憐な少女を斬れるわけがない 。
だって見た目は人間と変わらないんだよ?
逆にあれを躊躇いもなく斬れるものがいたらお目にかかりたいわ。
どんな外道なんだ。
そんな私を舐め腐ってか、白ワンピの少女は天使のような微笑みを浮かべて、人差し指をくわえた。
「お姉さん、人形さんね」
「えっ、あ、はい」
「バタコに言われて来たの? そんな蝶々の言うことなんて無視して、私と遊ばない?」
虫だけにね、なんて言わなかった自分を誉めてあげたい。
それよりも、なんてことだ。
この少女、見た目こそ無垢な天使なんだけど、その仕草と醸し出されるエロスはサキュバスのようだ。
これ、絶対誘っているよね。
私がもしも女じゃなかったら、本気でほいほいされていそうだ。
でも、所詮、お子様だ。
私の口もも自然と笑みが漏れ、少女がふと首を傾げるのが見えた。
「お嬢ちゃん。あなたは確かに可愛いけれど、そんなもの御手当ての千円を諦めるには至らないわ」
「え?」
「残念だったわね、私はね、妹系よりもお姉さん系の方が好みなのよっ!」
弁解させてほしい。
好みというのは別に性的な意味でもなく、純粋に人としての好みであることと、好みから外れるからといって暴力を奮うのに戸惑いもないというわけでは決してないということだけは、弁解させてほしい。
「いけえ、マナ!」
バタコの声援も追い風となって、私は走った。
白ワンピの少女が召喚する石の魔球をことごとく打ち返しながら、とにかく突っ込んだ。
始めは余裕そうだった少女の顔色も、いまや蒼白だ。
バッティングの練習をしていなくともどうにかなりそうでよかった。
「おりゃーっ!」
怒声と共に迫りながら避ける暇すら与えない。
堕煉獄の燃え盛る刃が踊るように少女の柔らかな肉を狙う。
って私、なんか物凄く悪党っぽくないか?
そんな疑問と共に、私は白ワンピの少女をぶった切った。
「ぎゃぁぁぁぁあああ!」
およそ平気とは思えない断末魔じみた声があがったものだから、今度は私の方が顔面蒼白になった。
え、これ、大丈夫だよね?
答えるように少女の体から墨のように真っ黒な体液が吹き出していく。
正直、吐き気がするほどグロい!
「おのれ、バタコ……おのれ、赤い竜っ!」
なんか凄く呪いをかけられた気分だ。
しかし、それが少女の最後の言葉となった。
黒い体液を失って力尽きたらしく、ばたりと倒れこんでしまったからだ。
それっきり、少女は動かず、肉体も砂のようにさらさらと消えていく。
いやいや、本当にこれで大丈夫だったんだよね?
それだけは教えてくれ、バタコ!
「初めてにしては上出来よ、マナ!」
「大丈夫なんだね? これでよかったんだね?」
「もっちろん。あの少女は無事、影の世界に送還されたわ。お疲れ様、マナ!」
よし、それならいい。
もうこの件について深く考えないぞ。
何はともあれ、これで千円は私のもの。
内容によっては加算とのことだし、ちょっとだけ期待してしまう。
ふふ、最初は不安だったけれど、どうやらこのバイト、どんな部活をやるよりと私にぴったりのようだ。
あ、ちなみに、剣は手放せば消えるそうです。