第1話 人形記念日
去年の夏ごろ書いていた『レッド・ドラゴン』を書き直したものです。不定期更新。
何と無くアンニュイな気持ちになる四月下旬の帰り道。
高校デビューに束の間の夢を見たものの特に入りたいまでの部活も無くてワクワクした気持ちもやや薄れぎみな今日この頃。
迫り来るGWは何をしようかと思い描いてみれば、なんとネットで動画をたしなむ以外に思い付かなかった自分の不甲斐なさに軽く絶望していると、道端に赤い石ころが落ちていることに気づいた。
申し遅れたが私の名前はマナ。
四月四日に十六歳となったばかりの花の女子高生だ。
外見はセミロングの赤毛に、平均的身長&体重。
校則で特に禁じられていないので、黒いリボン付きのカチューシャをつけているので、クラスの皆にもすぐに覚えてもらえたはずだ。
高校デビューしたての時は何かしら部活に入る気満々だったのだけど、実際は帰宅部街道まっしぐら。
一応、帰宅部らしきなかには小雨ちゃんという小学校からの幼馴染みがいる。
クラスも同じだしと高を括っていたのだが、下校の時刻に気づけばいつも居なくなっていて、一緒に寄り道をしたり、暇潰しに付き合ってくれそうにない。
っていうか、私には新たに友達を作るスキルがないことが、高校生になって初めて解った世の摂理かもしれない。切ない。
どうしよう、このままでは華やかな女子高生ライフを一切味わわないまま三年が過ぎてしまうのではなかろうか。
……と、そんなことは今はどうでもいいや。
今気にすべきは私の足元に転がる石ころ。
まるでルビーのように輝いている。
落とし物だろうか。
それにしては、なんだか妙な雰囲気を漂わせている。
たとえば、触った瞬間に悪魔と契約させられるとか、世界を救えと言われるとか……。
って、そんなわけないか。
きっと落とし物だ。
さっさと交番にでも届けてしまおう。
そう、私はそんな軽い気持ちでその赤い石ころに触れ、そして拾い上げたのだ。
それが人生の全てを変えてしまうことになるなんて思いもせずに。
「あいたっ!」
どういうわけだろう。
赤い石ころに触った瞬間、静電気のようなものが走った。
たぶん、石ころは落としてしまったと思うのだけど、音もせず、何処に行ったかも分からない。
まあいっか。
さっさと帰ろう。
そう思い直して立ち上がってみたその時、私は面食らった。
すぐ目の前にサファイアのように美しい蝶々がいたためだ。
「すごい! 何この蝶々! まるで蛾みたいにびっかびか!」
「失礼しちゃうわね! 蛾じゃないわよ!」
「ごめんごめん、だって派手なのって蛾の方のイメージだったからさ……ってあれ?」
今、誰が喋った?
凍りつく空気。
黄昏時の不安げな色合いも手伝って、次第に歯の根が合わぬほど血の気が引いていく。
私の周りにはこの蝶々しかいない。
つまり、なんというかその。
「初めまして、アタシはバタコ! 二十六歳独身のオオルリアゲハよ!」
蝶々が……蝶々が、蝶々が喋ったあっ!
「ぎゃぁぁぁぁ、悪霊退散! 悪霊退散! 悪霊退散んんっ!」
「ちょ、落ち着きなさいってば、ちょっと!」
荒ぶる蝶々の動きに鳥肌が立つ。
リン粉が頭からかかるとか思うと尚更落ち着いてられなかった。
「どうどう、ほうら、大丈夫。私は確かに喋る蝶々だけど、あなたを取って食ったりしないから」
「夢なのかこれは夢なのか……」
夢だとしたら何処から夢なんだ?
入学式からか?
どうか入学式からであってくれ、そしたら今からでもなんか部活に入れるはず!
「夢じゃないわ! よく聞きなさい、あなた、えっと、名前は?」
「あ、はい、マナっていいま……す……」
しまった、思わず答えてしまった。
「マナね、おっけい、じゃこれからしばらくよろしくねマナ!」
何がよろしくなの!?
何がよろしくなの!?
「あ、あの、バタコさん?」
「バタコでいいわ」
「は、はい、バタコ。私、あ、あの、何がどうなっているのか全く分からないのだけど……」
「んー?」
ぐいっと鼻先に迫るバタコに思わず身動ぎしてしまう。
そもそも私、虫はあまり得意ではない……ていうか、めちゃくちゃ苦手なのだ。
しかし、バタコとかいうその青い蝶々はお構い無くぐいぐい近寄ってきた。
「そうだったわね! テンションMAXでうっかりしてたわ!」
こほんと咳払いして、バタコはふわふわと漂う。
っていうか、飛んでいるというより浮いている。
この生物、もしかしたら蝶々ですらないのかもしれない。
「よし、マナ、今から説明することよーく聞きなさいね!」
「はい」
「あなたは今まさにこの瞬間、人間ではなくなりました!」
ふむふむ。
……え?
「さっき拾った赤い石はね、『赤い竜』という古代の邪竜の心臓が結晶化したものよ。そして、あなたは『赤い竜』に見初められたの。今日からあなたが『赤い竜』の新しい宿主。不老不死の人形デビューね!」
えっと……え?
「アタシは人形を探してお仕事を頼む役目を担っていてね、まあそれであなたに話しかけたって訳」
「ごめん、話の七割についていけなかったんだけど……」
「ま、噛み砕いて説明するとね、赤い竜っていう石拾った→それが寄生した→人形っていう不老不死になった→お仕事勧誘っていうそんな感じ」
かるい!
「え、そもそも不老不死って……本当に私、不老不死になっちゃったわけ?」
「そうよ! 結晶化した『赤い竜』があなたの体内にある限り、あなたは何百年、何千年もそのままの姿で生きていられるわ。もちろん、事故にあっても死なない。肉塊にされたとしても、数分もあれば元通りよ」
「えっ……」
どうしよう、この二十六歳独身の蝶々がちょっと……というか、かなりおっかないんだけど。
「ていうか、不老不死はちょっと辞退したいな……。現代社会で生きていくには色々と面倒くさそうだし、生きにくそうだし……」
「残念ながら、キャンセルは出来ないシステムなんだよね、それ」
「そ、そんな!」
「どうしてもって言うのなら、取ってあげるの協力してあげるけれど、オススメ出来ないわ。だってそれ取ったら、あなた死んじゃうし」
さらりと恐ろしいこと言い出した!
何てことだろう。
軽く目眩を覚えながら、私はこの数分の間の目まぐるしい出来事を反芻した。
どう考えても狂っている。
頭がおかしいと言われても仕方がないぞ。
ああ、もしかして、新生活に慣れようと少し頑張りすぎたのだろうか、むしろ、そうであってくれ……。
「せっかく不老不死になったのに、たったの十六歳で死んじゃうのは嫌でしょ? 諦めて受け入れちゃおーZE☆」
だから軽いよ!
私の一大事にどこまでも軽いよこの独身蝶々!
「受け入れるとして、私はこれからどうしたらいいの? 『赤い竜』とやらは何を求めているの?」
「別に『赤い竜』はあなたに何にも求めていないわ」
「ええ?」
「求めているのはアタシ! アタシはね、この町の影から派遣されて来たの。影の世界を統べる女王様の代わりにね!」
影の世界。
女王様。
いかん、頭が痛くなってきた。
「あなたに頼みたいのは、ずばり、こちらの世界で怪奇現象を起こしている犯人退治よ!」
「怪奇現象ぉ?」
「そ。怪奇現象。一つくらい噂を聞いたことあるでしょ?」
「あー……ポルターガイストとか心霊写真とか謎の声とか人影とかそういうの?」
「そうそう、だいたいそれ、アタシの世界から迷い混んできた影の住人っていう一市民たちの仕業なの」
「はあ」
なんだか胡散臭いけど仕方ない。
最後まで聞いてみるか。
「本物の心霊現象だったら管轄外なんだけどね、影の住人起因ってなったらアタシたちの責任になっちゃうのよね。でも、アタシたちってそんなに人手もないし、どうしようもなくて、あなたたち人形に協力をお願いしているってわけ」
「協力?」
「まあ、率直に言うと、その『赤い竜』の力を使って、怪奇現象の犯人をぼこぼこにして欲しいのよね」
「えええ!? いやちょっと、ちょっと待って!」
「何かしら?」
「いや、幾ら怪奇現象の犯人でも、暴力はよくないんじゃない? あ、それと私、不老不死になっただけでしょ? どうやってぼこぼこにするのよ」
「お答えすると、一つ目は、違法にこちらに来ている影の住人を強制送還するにはそれしか方法がないの。んで、二つ目だけど……」
ふわりと漂いながら私の前に来ると、バタコは縦に大きく下降した。
動作を伝えているらしい。
「ちょっとこんな感じで剣を抜くような振りをしてみてちょうだい」
突然のリクエストに戸惑いながらも言われるままにやってみた。
そもそも剣を抜くようなって、剣道部でもない私は某ゲーム機でしかやったことがない。
あとはせいぜい小学生の頃に男子と傘でちゃんばらして先生にこっぴどく怒られたくらいだ。
そうか、あの時の傘がないバージョンか。
まあそんなわけで、世界を救う勇者になったかのように、何か持っているイメージで素振りをしてみたところ、すぐに度肝を抜かれる羽目になった。
なんと、私の手に剣が握られていたのだ。
それも、燃え盛る炎が刃となっている剣。
ちなみに熱くはない。
「これぞ邪竜『赤い竜』の力! 世界を火の七日間に陥れるという魔の剣『堕煉獄』!」
世界を火の七日間に陥れるという魔の剣『堕煉獄』!
ああ、なんだろう、すごく恥ずかしい!
私が言ったわけじゃないのに、すごく恥ずかしくて顔が火照ってる!
「ふふっ、あまりの禍々しさに言葉もでないようね。安心なさい。その力はマナの思うがままよ」
「いや、別にどうでもいいんだけど、なに堕煉獄って。禍々しい類いの力なの? 悪魔なの? ルシファー側なの?」
そもそも私、クリスチャンでもないんだけど。
「別に世界を焼き尽くせと言っているわけじゃないわ。その力が昔そう言われていたってだけで、どう使うかは選ばれたあなたの自由。そんで、せっかくだからアタシたちへの協力に使ってくれないかってわけ」
「この盛大な力で影の世界の一市民をぼこぼこにしろと……!?」
「大丈夫! 影の住人はすごく丈夫だから! その剣で切ったくらいじゃしなないわ!」
「いや、そういう問題じゃなくて……」
とりあえず、断ろう。
不老不死とか「赤い竜」とかは、まあ後々自分で考えるとして、とりあえず、バタコの仕事は関わらないでおこう。
そうすべきだと私の本能が警鐘を鳴らしている。
「ちなみに報酬は金よ」
「え?」
「日給千円で、そこから仕事内容によって加算されていく感じね」
「え、最低でも千円?」
「さあどうする? 嫌なら他を当たるけど……」
「やります。やらせていただきます」
ここで勘違いしないで欲しいのは、私は決してお金に釣られたわけじゃなくて、ただ単に今ここで困っている人がいるのなら、どうせ暇だし助けてあげてもいいかなって数秒の間に思い直しただけのことであって、それならボランティアでもいいじゃんって思うかも知れないけれど、まあほら貰えるものならもらっ――
「じゃ、決まり! 改めましてよろしくね、マナ! 今日があなたの人形記念日よ!」
よし、高校デビューは若干失敗した感があったけれど、心機一転、マナ十六歳、新しいこのバイト、高校生なりに頑張らせていただきます!
とりあえず、まずは、この剣の消し方を聞くか。