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子犬と暴風。ーthe day of stroganoffー

長らくご無沙汰しております。お久しぶりがハイスクール時代の番外編となります。


よろしくお願いいたします。


エイミィ=マルティネスはジェシカ=マルティネスの三才下の妹である。

品行方正、容姿端麗、成績優秀、まさに優等生を絵に描いたような少女であった。

さらに性格は温和なもので人当たりも柔らかい。

家族愛も強く、特に姉に対して親愛と呼べる情を示していた

「こら、エイミィ。ちゃんと歩きなさい。こけるわよ」

「えへへ、だってお姉ちゃん大好きだもん」

「もう」

甘えてくる妹にもそろそろ姉離れしてもらわねばならない。

いや、どちらかといえば自分が妹離れしなければいけないのだろう。

しょうがない、と言った様子で許してしまうジェシカだったが、まんざらでもなさそうだった。

「あらあら、仲が良いのね」

「はい、お姉ちゃんと結婚したいくらいです」

「何言ってるんだか」

ご近所付き合いも冗談を言うような間柄でかなり良いものであった。



その日は買い物をしつつ、街中をぶらぶら歩こうという計画性の高い無計画な日を予定していた。

姉妹は昼頃にストリートに面したオシャレなオープンカフェで昼食を済ませる。

映画館へ向かう途中の専門店街でウインドウに引き寄せられ、何店舗かに立ち寄る。

店員がお決まりの文句を述べる前に妹は姉を褒め称える。

ふと、妹はショーケースに飾られたある物に惹かれ目を輝かせる。

しかし、200ドルと書かれた値札を見て一気に輝きを失った。

それを見ていた姉は少し離れて店員に耳打ちをし、サプライズで購入する。

少し重い足取りで先に店を出たエイミィはため息を吐く。

「やっぱり欲しかったなぁ、あれ」

「エイミィ」

「え?何、お姉ちゃん……」

「動かないで」

ジェシカは妹の髪をまとめあげ、一本のかんざしで留めた。

本鼈甲輪島塗銀地玉松、職人の業が際立つ一品だった。

上品な淡い緑色がエイミィの明るい金髪に良く映えていた。

「流石私の妹、良くに似合っているわ」

「お姉ちゃん、ありがとう!大好き!」

「ちょっ、こら」

勢いあまって抱き着く妹共々倒れないようになんとか姉は踏ん張り、そのままくるくる回ってしまう。



映画館を出た頃には、辺りは暗くなっていた。

「面白かったねー」

「そうね。私は宇宙ヤクザがドスを舐め回すシーンが最高だと思うわ」

「15分くらいずっと舐めしゃぶっていたよね。でもわたしは主人公とヒロインのキスシーンが良かったなぁ」

「え?そんなシーンあったっけ……んむ!?」

少し先を歩いていたエイミィが突然反転していた。

ジェシカが気付いた時には自分の唇はエイミィの唇で塞がれていた。

少し遠くには線路が走っており、丁度電車が通った所だった。

パンタグラフから青いアークが出て照らしたのだろう。

二人は一瞬スポットライトを浴びた中でキスをした。

「今日のお礼だよっ」

頬を染めてエイミィは悪戯っぽい笑みを浮かべる。

照れくささが振り切ったのか、エイミィはわたし、先に帰ってるねーと言って小走りにそこを離れた。

「しょうがない子ね……あっちは家とは逆方向よ」

キスされた唇を軽く撫でながらジェシカは携帯電話を取り出した。

『私はこれからアルバイトだから、エイミィは早めに帰ってきなさい。雨が降る予報が出てる』とだけメッセージを送っておいた。



宵闇の中で光を優しく纏う金の髪が揺れる。

その際には陽は出ていなかった。

むしろ天気は悪く、舗装されたコンクリートを雨が激しく叩いていた。

「大丈夫ですか?」

金髪の女子が倒れている俺に話しかけてくる。

彼女はチェックのミニスカートを履いていた。

だから、かがんだ際に薄青の三角のシルク布地が俺の目に飛びこんできた。

「立てますか?」

取り出したハンカチで優しく俺の頬を拭いながら彼女は俺の頭を抱き起こす。

膝が汚れるのも厭わずに俺を介抱してくれた。

「大丈夫……ありがとう」

俺はこれ以上彼女に迷惑を掛けまいと立ち上がる。

「これ、洗濯して返すから……」

それだけ言い残して俺はその場を後にした。



「……どう、思う?」

真剣な眼差しでニーク=ストロガノフは友人であるトムに問う。

「良いと思うよ。で、どこの出版社に持ち込むんだい?」

「は?お前は何を言っているんだ?」

心底わからない、と言った表情でニークはトムに疑問をぶつける。

対して、トムは全てわかっている、と言った様子でゆったりどっしり構えて答える。

「僕知ってるよ。これって日本で流行ってるライトノベルって言うんだよね?」

「はぁ……お前とは長い付き合いだが、何もわかっていないな」

やれやれと肩をすくめるポーズを取りながらニークはトムにこんこんと説明する。



確かにライトノベルにジャンルの限定は原則として存在しない。

だが、ニークの書いたものは短すぎる。

梗概(こうがい。あらすじのこと)でも1000文字は要求される。

本文ともなると賞によるが1ページ40文字34行を80~150ページは書かねばならない。


「つまり、俺の書いた物はライトノベルじゃないんだよ」

「なるほど。こいつは一本取られたや!」

「ははは、すぐに早とちりをする。全くお前らしいよ」

さぁ、帰るか、そうだね、と二人は席をガタガタと立ち、談笑しながら歩き始める。

「じゃあ何なんのよこれは!?」

ビリィッ、と紙を破く音とともに、それまで黙っていたジェシカの叫びが教室に響き渡った。

「何だ、いたのかジェシカ嬢」

出口に向かいかけた踵を180度返しながらてくてくとニークが戻ってくる。

「そりゃ同じクラスだからいるわよ」

先程、紙を破り去った勢いと叫びの元気はどこへいったやら、げんなりとジェシカは机に突っ伏した。

「そう、今日はその様に一日中静かなのでいないものと思ってしまうんだよ」

「そういえばおかしいね。ジェシカは寝るにしてもライオンの咆哮の様ないびきをかくのに今日は」

それが全く聞こえなかった、と続けるつもりだったが、トムの口はジェシカによって放たれた何かに阻まれ、遮られた。

それに加え、勢いあまってトムは体ごと吹っ飛ばされた。

幼馴染であるニークはこの光景を見慣れている。

だが、本能が彼の体の震えを止めることを許さなかった。

十メートルほど離れたトムの口を見ると靴が確認できた。

ジェシカの右足を見ると靴がなかったのでおそらくこれであろう。

「で?何?この気持ち悪い文章は」

突っ伏したままジェシカが尋ねる。

「俺の文章は気持ち悪くない。むしろきもいんだ」

「何を言い換えたの!?一緒じゃない!?」

「きもちいいを略してきもい……」

ニークが反論を続けようとするとジェシカは左足の靴を脱いだ。

「あ、はい。俺の文章は気持ち悪いです」



数十秒も経たないうちに失った意識を取り戻す、異常な回復力を見せたトムが戻ってくる。

それからニークはきもい文章をつづった理由を二人に語る。

単刀直入に言えば、解放してくれた女子を探し出し、お礼を言いたい。

あわよくば交際したいということであった。



「地面に倒れ、汚れている俺を厭わずに介抱してくれた天使の様な女の子だ。惚れない訳がない」

ニークは自分の思いをここにいない想い人である女子に馳せて熱く語る。

「それなんだけどさ、あんた何で道端に倒れてたわけ?大丈夫?」

未だに突っ伏して顔も上げないままではあるが、ジェシカはニークの体調を気遣うように言う。

「問題ない。道端に倒れるのは俺の日課だからな」

「そう。大丈夫?」

言外に先程の質問とは違う意味を含ませつつ、あまり深く触れたくないのでジェシカは投げやりに尋ねた。

「ジェシカも大丈夫かい?全然起きないけど」

「きのう寝てない、だけだから大丈夫。眠すぎて眠れないじょうた、い、なだけ」

トムの質問に答えている最中でジェシカは眠気の限界が訪れたらしい。

寝息を立て始めた。

「これがライオンのいびきになるのか」

「しばらく寝かせてあげよう。ニーク、ジェシカが起きるまでの時間つぶしに学校内に君の想い人がいるか探してみようよ」

ジェシカを教室に残し、トムとニークは足音を立てないように出て行った。



彼等が通うセントラルエントランスは広い。

小学校から大学までのエスカレーター式であり、その全てが一つの敷地に押し込められている。

「こんなに広いと本当に見つかるのかも怪しいな」

「そもそもここの生徒かもわからないんだよね」

トムとニークは想い人を探す方法を模索しながら歩いていた。

やがて玄関ホールにたどり着く。

「今となっては彼女の顔以外何も思い出せない」

ニークは自分のロッカーを開け、車輪のついた板を取り出す。

「顔以外に何かヒントがあればいいんだけどね」

トムも自分のロッカーを開けて車輪のついた靴を取り出す。

それから今履いている靴を脱ぎ、ローラースケートを装着し、滑らかに滑り出す。

ニークも板に乗り、地面を蹴ってトムの後を追いかける。

スケートボードに乗る事で受けるそよ風を受け、目を細めながらニークは詩でも詠いあげるかのように思い出を呟く。。

「介抱してくれた彼女は本当に女神の様だったんだ。肉付きの良い柔らかい太もも、抱き起してくれた時に包み込むように優しく触れた豊満な二つの果実……」

「それだよ」

先に進んでいたトムは急反転してニークに向かい合う。

「……どれだ?」

「太ももに二つの果実さ。膝枕をしてもらってその感触で確かめるんだよ」

「はぁ……前から思ってたけど、お前ってさ」

ニークは呆れた風に片手で頭を軽くかきむしり、その手を

「本当に天才だな!」

グッジョブポーズに変化させた。



その後、二人は学校内に部活で残っている女子生徒を見つけては声を掛ける。

「ごめん、ちょっといい?今人を探していて……」

詳しく話を聞きたいから、と携帯していたパイプ椅子に座らせ、横にパイプ椅子を並べて膝枕に強引に持ち込んだ。

肘と膝で挟んで攻撃をする交叉法でニークの頭は何度も粉砕された。


女子ネットワークで二人の噂が広まってくると警戒して座らない女子も多数出てきた。

そうなってくるとニークは女子に猫騙しをかます。

その隙にトムが一瞬で女子の後ろに回り込み、膝カックンをかまし、女子の肩を垂直にしたに押し下げて強引に正座の姿勢を取らせる。

するとどうなる?そこにニークが寝っ転がれば一瞬で膝枕の完成だ。

肘のみの変型交叉法でニークの頭は何度も粉砕された。


女子ネットワークで二人の噂が広まってくると警戒して猫騙しがきかない女子も多数出てきた。

しかも三人で背中合わせに三方向を警戒している女子達もいた。

こうなればトムとニークが逆に願ったりかなったりであった。

フラフープを上から投げ込み、身動きを取れなくしてから先ほどと同様に軽く肩を垂直に押してやると女子たちはぺたりと座り込む。

するとどうなる?そこにニークが寝っ転がれば膝枕の完成だ。

「フラフープで身動き封じられてるから交叉法が来なくて安全だな!」

「よーし、どんどんいこう!」


その後も二人は出張茶道教室と称して体験茶道をしにきた女子達を長時間正座させ、足が痺れた所にヘッドスライディングをかましたり(お茶は流石に熱かった:ニーク談)、

こたつを設置してトムが鍋やミカンやアイスやらを楽しんで通行人の女子にも振る舞い、もう出られないこたつの魔力に囚われた後に中に潜んでいたニークが女子の膝に失礼した(暑いし、木枠の部分には緩衝材が必要だな:ニーク談)。

時には10ドルを渡したりもした。

だが、ニークの想い人は見つからなかった。


「かゆい所はございませんかぁー?」

「いや、それ洗髪の時のセリフだろ」

「バウ!ワウ!」

ニークとトムはあの手この手で女子に(無理矢理)膝枕をしてもらった。

低学年の女子は絶対違うとはわかっていた。

だが、二人は憔悴しきっていた。

「やあ、すまない。待たせたね」

少女と二人の男が廊下でシートを広げておままごとをしていると、生徒会室から眼鏡を掛けた男が出てきた。

「お兄ちゃん、遅い!」

少女が勢いよく立ち上がり、眼鏡の男に駆け寄って抱き着く。

少女の膝に載せていたニークの頭はごつん、と床に落ちた。

「ごめんごめん。ニークとトムもありがとう。僕が雑用片づけてる間に妹の面倒を見てくれて助かったよ」

「いいってことよ。生徒会長に恩を売っといて損はないからな」

「バウ!ワウ!」

「ハハハ、直接的だな。じゃあ、また」

「ばいばーい!」

兄妹が帰っていくとニークとトムもシートを回収しはじめる。

「バウ!ワウ!そろそろジェシカも起きてるだろうし今日は帰ろうか」

「お前、意外と役に入り込むタイプだな」



トムとニークが教室に近づくにつれ、獣の嘶きが聞こえてきた。

「ありゃ、まだ寝ているみたいだね」

「ていうかマジで人の声じゃねーな。映画とかの最初に出てくるライオンみたいだ」

知らない人が聞いたら動物園からライオンが逃げ出したとも思われかねないので、二人は手早くジェシカを起こし、成果を報告した。

経過は黙っておいた。

「そう、結局見つからなかったのね」

「あぁ、今となっては手掛かりは彼女がくれたこのハンカチだけ」

ニークはポケットからファサっと泥だらけのハンカチを取り出した。

「汚っ!何で洗ってないのよ。洗濯するとか書いてたくせに」

「洗ったら彼女の成分がなくなるだろうが!」

「意味わかんないんだけど!?もう泥しか成分ないじゃない!」

「あれ?そのハンカチ、何か書いてない?」

ジェシカとニークが言い争いながら振り回しているハンカチであったが、脅威の動体視力を誇るトムの目は見逃さなかった。

トムの指摘した通り、ハンカチには刺繍で『J to A』と書いてあった。

「このハンカチ……私の」

「はぁ!?いくら俺でも間違える訳ねーだろ!俺が出会った天使はお前みたいなゴリラじゃなかっ」

全てを言い終える前に、ニークはジェシカの腰の入ったボディブローを食らい、宙を舞った。

「私の妹の物だわ」


ジェシカが自分の妹がニークの想い人であると宣言したその時からニークは様子が変わった。

あれだけ想い人の少女に会いたがっていたのに、その情熱が消え失せたようだった。

ハンカチもきちんと洗濯し、手紙を一筆書いてジェシカに「これ、妹さんに渡してくれ」と一言だけ言い添えてきた。

念のためにジェシカは中身をあらためたが、気持ち悪いラノベまがいのポエムも見当たらず、普通に介抱してくれた事についてのお礼が書かれているだけであった。

「これはこれで気持ち悪い」

冷静を取り戻した様子のニークについてジェシカはそう語った。




昼だった。

大人は仕事に、子供は学校へ行っている時間帯である。

ニークはエイミィを調べる為にジェシカ宅の敷地へと侵入する。

懐から針金を二本取り出し、玄関ドアの鍵穴に差し込む。

カチャカチャと上下に針金を滑らせ、時には回転させる。

カチリ、と心地よい音が響いた。

「ビンゴ!」

ヒュゥーと唇をすぼめ、格好つけて意気揚々とノブを回、せなかった。

「な!?なんて強固なセキュリティだ……!確かに音はシリンダーが回る音だったのに」

そう、確かにシリンダーは回った。

説明しよう。

マルティネス家の人間は旅行等長期で空ける際にはもちろん施錠はするのだが、通常の外出の際には基本的に施錠をしないのだ。

つまり、ニークは開いていた鍵をわざわざ施錠してしまったのである。

「うーむ、玄関は駄目、しかしガラス破りはしたくないな。俺の美学に反する……む?」

辺りを見回していたニークはある事に気付いた。

二階のベランダのガラス戸がわずかに開いている。

そして庭には洗濯物が竿に干してあった。

「そうか……!これを使えば……!」



活路を見出したニークは早速、洗濯物を竿から外し始めた。

Tシャツを何枚か括りつけ合わせ、、長い布を作る。

そして庭に置いてあった園芸用のシャベルにTシャツの袖部分を括り付ける。

そしてここからが少し難しい。

シャベルを手すりの隙間に投げ入れて向きを調整し、抜け止めを作らなければいけない。

難易度は高い筈だがニークは難なくシャベルを手すりの隙間に投げ入れる事に成功した。

少し音は立ててしまったが、周りを確認してもご近所さんが特に気付いた様子もない。

ニークは長い布を引っ張り、抜け止めが抜けないか確認する。

「よし、OKだ」

準備も全て終わり、あとは布を伝ってベランダから侵入すればいい。

すればいいのだが、何故かニークはそうしなかった。

ニークは物干し竿を外し、すたすたと歩いていき、ベランダから距離をとった。

そして反転する。

頭の中では手拍子がパン、パンと鳴り響く。

ニークは竿をへその位置から天に向かって80度ほどの角度で掲げた。

そして状態を後ろに少し反らし、助走に入る。

助走の速さと共に、頭の中の手拍子はどんどん速くなっていく。

そして最高潮に達した時、竿は地面をとらえていた。

ニークの体重が地面から浮き、竿に全てかかる。

竿がしなる。

生まれた反発力でしなった竿がまっすぐ戻ろうとし、ニークの体を高く高く空へと押し上げる。

高度を上げながら、ニークは天を蹴るように足を上へと向ける。

やがて頂点に達した。

ニークはとたんっ、と二階のベランダに着地した。

着地音が響き渡る以外は静寂に包まれた中で、哀愁を帯びた長い布が風に揺られていた。



「ひひひひ、お邪魔しますよっと」

がらり、とガラス戸を開けニークはいよいよ部屋の内部へと侵入を果たした。

一歩踏み入れたその部屋は一言で形容するとトレーニングジムであった。

天井からはサンドバッグが釣り下がり、部屋の端からトレーニングベンチ、フットステッパー、エアロバイクと器具が並ぶ。

家族共用のトレーニングスペースかと思えば、ベッドや机も置いてある。

「なんだ、あいつの部屋か……用はないな……ん?」

ニークがふとベッドの方を再確認するとテディベアのぬいぐるみがベッドに寝ていた。

ご丁寧にお布団まで掛けられていた。

意外な少女趣味に笑いをこらえながら、ニークは静かに部屋を出た。


その後も家の中を探索した。

ジェシカの部屋、両親の部屋、あと何故か三角木馬がある部屋は発見できたが、お目当ての部屋は見つけられなかった。

「マイガッ。まさか木馬がベッドとは思えんしな……」

廊下の壁に背中を預けながらどうしようかとニークが考えていると廊下の端に梯子が立てかけてあることに気付く。

何故こんな所に梯子があるのか。

疑問を抱えながら視線を上げていくと、屋根裏部屋の入り口を発見した。

まさに天使に相応しい。

ニークはそう呟きながら天国への扉を目指した。


そこは屋根裏部屋ではあったが、暗い印象は全く受けなかった。

壁紙は暖色で居心地はとても良い物であった。

「流石天使の部屋だ。まるで彼女の子宮にいるかのような安心感だ」

今年一番気持ち悪かったスレッドタイトルで苦もなく優勝をかっさらいそうなコメントを口走りながら、ニークは辺りを物色し始めた。

机の引き出しを開ければ注射器やテレビでよく見るようなメスやゾンデやクーパーといった手術器具があった。

「……看護師になりたいんだな!まさに白衣の天使!」

他にもドクロマークが描かれた瓶や手錠等が発見された。

しかし、ニークはその度に「パンクロック趣味があるのか。イカすぜ」や「警察官にも興味があるのか。正義感が強いんだな」と都合よく解釈した。

「ん?」

ニークは机の引き出しを開けようとしたのだが、鍵が掛かっていて開けられなかった。

「まぁ大抵別の引き出しに入ってるんだけどな」

そう呟きながら別の引き出しを開けると果たして鍵が入っていた。

その鍵を鍵のかかっている引き出しの鍵穴に入れてみると思った通り、カチリと施錠は解除された。

開けてみるとそこには何もなかった。

「ふむ……?何も入っていないのに施錠するとは変わっているな。もしや」

ニークはかがみこみ、引き出しの底を見てみる。

そこにはボールペンよりも少し広い穴があった。

「やっぱり。デ〇ノートで勉強しておいた甲斐があったぜ」

適当なボールペンを机の上から見繕い、下から差し込んで底板を上に押し上げる。

そこにはノートがあった。

パラ、と適当にページをめくる。


お姉ちゃん大好き。なんであんなにかわいいんだろう。

お姉ちゃんと結婚したい。ぎゅってしたい。きれい。いいにおいがする。

ずっとお姉ちゃんと一緒に暮らしたい。

朝お姉ちゃんにご飯作って夜はお姉ちゃんとお姉ちゃんお姉ちゃんお姉ちゃんお姉ちゃんお姉ちゃんお姉ちゃん

お姉ちゃんお姉ちゃんお姉ちゃんお姉ちゃんお姉ちゃんお姉ちゃんお姉ちゃんお姉ちゃんお姉ちゃんお姉ちゃん

お姉ちゃんお姉ちゃんお姉ちゃんお姉ちゃんお姉ちゃんお姉ちゃんお姉ちゃんお姉ちゃんお姉ちゃんお姉ちゃん

お姉ちゃんお姉ちゃんお姉ちゃんお姉ちゃんお姉ちゃんお姉ちゃんお姉ちゃんお姉ちゃんお姉ちゃんお姉ちゃん

お姉ちゃんお姉ちゃんお姉ちゃんお姉ちゃんお姉ちゃんお姉ちゃんお姉ちゃんお姉ちゃんお姉ちゃんお姉ちゃん

お姉ちゃんお姉ちゃんお姉ちゃんお姉ちゃんお姉ちゃんお姉ちゃんお姉ちゃんお姉ちゃんお姉ちゃんお姉ちゃん

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お姉ちゃんお姉ちゃんお姉ちゃんお姉ちゃんお姉ちゃんお姉ちゃんお姉ちゃんお姉ちゃんお姉ちゃんお姉ちゃん

お姉ちゃんお姉ちゃんお姉ちゃんお姉ちゃんお姉ちゃんお姉ちゃんお姉ちゃんお姉ちゃんお姉ちゃんお姉ちゃん



「レズノート!?」

驚きのあまりニークは絶叫が抑えきれなかった。

そして、さらに突っ込むべきは百合の上に近親相姦でもある所だ。

それを忘れるくらいニークは動揺していた。

たった一冊のノートを読んだだけだ。

そこに閉じ込められている純然たる狂気も相まっていたのだろう。

暗闇の中、ニークの背筋に悪寒が走る。

入ってくる時にドアは確かに閉めた。

今、ドアから一筋の明かりが漏れていた。

「………見ましたね?」

その声は確かに雨の中、自分を助けてくれた天使の声だったのだが、地獄からの使いとでも思えるような重い響きを伴って聞こえた。


ここまでお読み頂き、ありがとうございます。


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