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石綿付き金網。

あけましておめでとうございます。よろしくお願い致します。

『いや、まさか強盗が入るなんて思いませんでしたね。普段お客さんも入ってないような店ですから。』

ー人気が少ない、そこを逆に狙われたのでは?ー

『少ないと言っても多分皆さんが思ってる10倍は少ないですよ。お金もレジには常に1万円くらいしか入ってませんから。しかも小銭で』

1万円の小銭で捌ききれるくらい客少ないのかよ!と芸人の的確なツッコミが入り、スタジオに笑いがこぼれる。


強盗事件より数日、襲われたコンビニの店員としてインタビューを受けたトムとジェシカ。

初めこそマスコミも心持ち真剣に二人にインタビューをしていたが、トムの軽い喋り口調がどこか心に残るものがあったのか、もう一歩、前面的にメディアに出てみないかと提案を持ちかけた。


夏粋オーナーは持ち前のゲスさを発揮してついでに店の宣伝もしてきてくれと後押しした。

今は二人の人気にあやかろうと何やら商品を開発中らしい。


そんな訳でここ数日は芸能人でもないのにメディアに出ずっぱりの二人であった。

ちなみにジェシカは出演料は欲しいがインタビュー等に答えるのは面倒なので日本語を喋れないふりしてトムにすべて喋らせるスタイルで出ることにした。

しかし、わざわざ通訳を連れてくる番組もないわけではない。

その時には通訳をほとんど無視して、カタコトの日本語で「トニカクコワカッタデス」と可愛さといじらしさをアピールする方法で最小限の労力で最大の利益を得ていた。

その腹黒さは夏粋オーナーに「儂が言うのもなんだが、あやつはまともな死に方はせんじゃろうな」と言わしめるほどである。


ところ変わって中出大学のサークル棟の一室。

棚にはフィギュアやら漫画やら並べられた典型的なオタクサークルであった。

壁には瞳がでっかく描かれたキャラのポスターが貼ってある。何故か縦長サイズである。ついでに言えばお風呂にピッタリのデザインかもしれない。

普段はアニメ録画再生用としてしか活用されないテレビには先日のコンビニ強盗のニュースのインタビューが流れている。


「フモォォォォ!!ジェシカちゃん可愛いよぉぉぉ!!!」

「イイヨォイイヨォ、可愛いヨォォォ!!!」

「もっと喋ってジェシカちゃん!!拙者、人力ボーカロイドを作りたいでござる!!!」


室内には横に少し広い(※控えめな表現)男と縦に少し長く、全体的に少し角ばっている(※マイルドな表現)男と

ニキビとソバカスと脂汗がチャームポイント☆(※物は言い様とも言う)の男の叫びが響き渡る。

もちろん外にも丸聞こえである。オタク部屋は3階にあるのだが、外にもどころか1階まで丸聞こえである。

「馬鹿どもが……」

騒音に対して毒づいたのは全体的にスラッとしたスタイルの女だった。

髪は黒く、長く、左右に分けて結ってある。俗にツインテールと呼ばれる髪型であった。

ブーツをカツ、カツ、と鳴らし、騒音部屋へと向かう。

ドアを開ける。すると先程までの騒音が一瞬にして消えて何もなかったかのように佇む3人の姿があった。

「やぁ、遅かったでござるなマリ殿!」

「ここ!拙者のここ空いてますぞー!」

「ええい、黙れ!貴様の汚い太ももなんぞ、我が座ってやるわー!」

「グェェェ、汚い膝に汚い尻がー!!」

ハイテンションに場を盛り上げる3人だがマリと呼ばれた女は動かない。

少し俯いているのでかかった髪で顔もよく見えず、表情が読み取れない。

「おい……」

普段の彼女からは聞いたこともないような、地獄の底から響くかのような声に3人はつま先から頭のてっぺんまで震える。

「「「ハっ、ハイィィィィ」」」

「随分楽しそうだったわね?」

これかしら?と消されていたテレビの電源を入れる。先程のニュース映像が流れ始めた。

「馬鹿者!何でチャンネル偽装して消さんのだ!」

「気付いたなら貴様がやればよかろう!」

これも?と録音機材を再生する。ジェシカのカタコトの音声が流れる。

「だから編集作業は家でやれとあれほど!」

「家には作業できる環境がないでござる!」

これは違うのでござる、一時の気の迷いというかなんというか、等とよくわからない言い訳をしている

馬鹿三人はそっちのけでツインテール女は画面を注視して考えこむようにうなる。


(……!簡単なことじゃない、こいつらよりわたしが魅力的なことを示せばいいんだわ)


暗黒微笑をもらすツインテールを前に三馬鹿は恐怖で震えていることしか出来なかった。



それから数日経った日のことである。

空も澄み、陽が穏やかに差し込んでいたその日は中出大学の大学祭の開催日であった。

連日のメディア出演料で懐がかなり暖まっていた上に、日本に来てから初めての大学祭ということで、トムとジェシカはかなり気分が高まっていた。

トムに至っては「キミ、いくら~?キミ、おいくら~?」と通りすがりの女性に万札を見せびらかしながら話しかける良くないハッスル事案を発生させる始末だった。

きっちりジェシカに通報されてはきっちり警察のおじさんに厳重注意を受けて当日はなんとか大学祭に臨める運びとなった。

この寛大な処置に関してジェシカは、そのまま本国に強制送還されていれば良かったのに、ここは外国人に甘いのか厳しいのかわからない国ね、と苦笑いで語ってくれた。


そういう訳で元々目立つ方ではあった二人は大学祭当日までには『強盗を捕まえた凄い奴ら』『最近テレビとかで見かける奴ら』

『よくないハッスルをする奴ら(それはトムだけだから「ら」はやめてくれない?・ジェシカ談)』といった認識になり、さらに目立つ存在となっていた。

この日も大学のキャンパス内を歩いて出店を楽しんでいると少なからず声をかけられ、人だかりを作ることもしばしばあった。

その人だかりを遠巻きに眺めて、ツインテールの女がぎりっと歯を鳴らし、毒づく。

「見ていなさい……そうして楽しんでいられるのも今のうちよ」


「……ん?」

「どうしたの、ジェシカ?」

「いえ……何でもないわ。それより何かしら。向こうの方、なんか騒がしくない?」

「本当だ。あっちの方は体育館だね。何かやってるのかな?」

このままダラダラと出店を回っているのもよかったが、いい加減人に囲まれるのにも煩わしさを感じてきたので二人は体育館の方に移動することにした。


体育館に着くと、果たして中では何か催しがあるようだ。

開け放してある入り口を潜ると、中はバスケットボールが床を叩く音で満たされていた。

コートは奥と手前の二つに分けられ、奥では試合が行われていた。

「手前のコートのこれはなんだろう?」

見たところ試合は行われているわけではない。床には何mか毎にテープで線が引かれていた。

何だろう、何だろうと二人が考えていると長身の丸刈りさわやか青年が話しかけてきた。

「やぁ、有名外国人二人組じゃないか!フリースローしに来たのかい?」

「そっか、これはフリースローの線だったのね」

「僕はてっきり反スローかと思ったよ」

「一応聞いてあげるけど何なのよそれは?」

トムの説明によると次のようなものだった。反スローとは、反復横跳びとフリースローを合わせたものである。

コートの端から端まで左右に反復横跳びを行い、真ん中に戻ってきた時毎に1回投げられる。時間内により多くゴール数を決めたものの勝ちである。

「それは面白そうだね!」

さわやか青年は朗らかにトムの語った謎スポーツを褒める。

それに対してジェシカは曇った表情を浮かべる。

「いやいや、よく考えてみてください。コートの端から端ですよ?やる方も見てる方も一回投げる間だけでダレますって」

「めちゃくちゃ早く動けばいいんじゃないかな」

「人類に可能なの?いや、可能じゃなくていいわ。想像しただけでキモいから」


まぁそれはさておきと、さわやか青年はボールを二人に渡す。そしてルールを説明する。

「まぁルールというほどでもないけどね!要はボールを投げてゴールに入れるだけだ!距離が離れるほどもらえる賞品も豪華になっていくよ!」

「なるほど。いい感じに体位を変えてボー(ball)を穴に通すとご褒美がもらえるわけだね」

「ねぇ、何でわざわざボールの発音をネイティブっぽく変えたの?またセクハラで通報されたいの?」

まぁまぁ!とさわやか青年になだめられてジェシカはとりあえずスマホを仕舞った。

初めはゴールから一番近いフリースローラインから距離なのだが、ストレスを発散するかのようにジェシカはボールを力強く投げる。

投げるというよりななめ上に発射される。パワーショットはゴール板に直撃、ボールは垂直に上昇する。

ゴールが揺れに揺れる中、上昇していたボールがやがてネットに吸い込まれる。

本場のトリッキーショットで観客からも自然と歓声があがる。


「やられたな!はい、景品!」

さわやか青年はキラリと眩しく白い歯を見せつつの笑顔をこちらに向けてくれる。

しかし、景品らしきものはどこにも見当たらない。

「……景品は?」

「僕のさわやかスマイルさ!」

「マク●ナルド!?」

「僕のようなノン気な男にはあまり嬉しくないねぇ」

「女の私でも特に嬉しくないんだけど。こんなの笑顔の押し売りじゃない」

「大丈夫!プレイヤーが正常な男性の場合には女子部員がやるさ!」

「そうかい?それなら……」

「いやいや、何納得しかけてんの!?というかマクドナル●方式やめる気はないの!?」

そして異常な男性に対してはどう対処するのか。

突っ込み所はまだあったが、これ以上はキリがなさそうなのでジェシカは早々に会話を切り上げ、次のシュートに専念することにした。


次は最初の位置からはさらに7mほど遠い、ほぼセンターラインの位置から投げるようだ。

「また結構離れたわね……もうちょっと段階踏んで離した方がいいんじゃないの?」

そのようにぼやきながらも、目はしっかりとゴールを見据えている。

距離が遠い分、先程よりも大きく腕を振りぬく。

鋭めに円を描き、スパッとネットを潜り抜けた。

「凄いな!これはバスケ部員でもちょっと骨が折れる奴だぞ!」

はい景品、とさわやか青年が取り出したのはポケットティッシュだった。

「っておぉい!残念賞かーーい!!でもさっきのが酷過ぎたから素直に嬉しいわ!!」

「喜んで頂けて何よりです!」

「良かったねジェシカ!商店街でも何度も同じ場所を行き来するほどポケットティッシュ好きだもんね!」

「よーし!お前あとで体育館裏な!幸いにもここが体育館だし!」

トムからの思わぬ暴露でクス、クスと笑い声が体育館に湧いたがジェシカは最後の投球に意識を向けた。


最後は反対側のゴール下から投げるらしい。距離にして約28m。

通常の試合でこの位置から投げる者は点差がつきすぎて自暴自棄になった者かただのアホ、もしくはその両方と言われていたりいなかったりする。

ジェシカがコンセントレーションを高めている最中、さわやか青年がトムに話しかける。

「君、彼女はやたらと上手いけどバスケットボール経験者なのかい?」

「あはは、何言ってるんですか?僕たちの国ではバスケ未経験者は銃殺刑ですよ?」

「マジかい!?」

マジなわけねーだろ!!と内心で突っ込みつつ、ジェシカは超ロングシュートを放つ。

流星のごとき勢いでゴールまでの距離をつめるボール。ジャストミートでゴール板のど真ん中に当たり、跳ね返り、円の縁を辿る。

円を2周ほどしたところで内側落ち、ネットをくぐった。

ワァオ!ファンタスティック!ティッシュ!おばちゃん!ポケティー婆!

一瞬の静けさのあと、そのような賞賛と暴言で体育館は溢れかえった。

「誰!?ティッシュ呼ばわりした奴!出てこいや!」

ジェシカの恫喝に観客は一目散に体育館からあふれ出るようにして逃げる。

その波に逆らって一人、さわやか青年がこちらに歩んできた。

「素晴らしい、素晴らしいよ!」

そう言ってさわやか青年は小さめの箱を取り出してジェシカに手渡した。

「これは君が持つのが相応しい!」

「え?何これ?」

「何って……こんなところで言わせるなよ……」

「言えないもんなの!?そんなもん景品にすんなよ!!」

さわやか青年とジェシカが言い合っているうちにカメラを抱えた男とマイクを片手に持った女が体育館に入ってきた。

「写真部です!すみませーん!ここにフリースロー婆なる妖怪がいるって聞いてきたんですが!」

「あぁ違う違う。フリースローの景品がティッシュで、ティッシュが大好きなのがそこのジェシカで……」

「おっと、そこまでだ兄ちゃん。あとで体育館裏って言ったわよね?」

公の場では声を大きくして言うことの出来ない最後の景品も手伝って、この発言を制裁ではなく、逢引と勘違いした写真部に好き放題な記事を書かれることになる。

そのことをジェシカはまだ知る由はなかった。


体育館裏でトムの処刑を終えたあと、ジェシカはすっきりとした気分で出店が並ぶ方へと向かった。

何事もなかったかのようにトムもそのあとに続いた。ス●リートファイターでいえば●獄殺クラスの大技をジェシカにお見舞いされたにも関わらず、

ダメージがどこにも全く残っていない。凄まじい回復力である。

そのさらに後ろの物陰に黒のツインテール女が潜んでいた。

「くっ……生まれた国が違うだけでここまで身体能力に差が出るの…!?目立つには文字通り、死ぬほどの覚悟を持って取り組まないとダメなのね……!?」

と、なにやら盛大に勘違いをしていたが二人はその存在にすら気づいていなかった。


立ち並ぶ出店道を歩いているといい匂いが鼻に絡みついてくる。

ドドドドド、と工事の音が聞こえたらそれは妖怪の仕業ではない、ジェシカの腹の虫である。

「あぁ、運動したらお腹減っちゃったわ」

「ジェシカったら、穴にも彼にもツッコミまくりだったもんね」

「誇らしげな顔しているけど全然うまくないわよ」

「何だと!?うちのたこ焼きはうまいぞ!!」

二人の会話に割って入るようにドスの利いた声が辺りに響いた。

屋台でたこ焼きを焼いていた強面の兄ちゃんがその声の主だったようである。

前髪を全て後ろに流し、その上からタオルを巻いている。先程のドスの利いた声も相まって一層、人相が鋭く見えた。

「タコ……デビルフィッシュ……焼いている人間も悪魔みたいな人相の悪さね」

「これはマズいぞ、ジェシカはお腹が空き過ぎると思考がイカれてくるんだ。」

「よせよ嬢ちゃん。悪魔的にかっこいいだなんて。あと、うちのたこ焼きは不味くないぞ兄ちゃん」

「良かった、アホの人だったか。お兄さん、とりあえず一パック頂戴。ジェシカの思考をまともにしないと」

「あいよ!出来立てアツアツだぜ!」

強面が手際よくパックにたこ焼きをつめていく。ソースをかけ、青のりと鰹節をパラパラとかけて完成。

まいどあり、と強面がトムにパックを手渡す。

早速パックを開けると湯気とうまそうな香りが噴出した。

「さぁジェシカ、これを食べて君を取り戻すんだ」

つまようじでたこ焼きを一つ刺し、ジェシカの口へと運ぶ。

「つまようじ……つまらないようじ……?」

「あぁ、彼を思い出すね。元気にしてるのかな」

「ん?誰のこと?……甘っ……っていうかこのたこ焼き、中身入ってなくない?」

「え、そうなの?じゃあ僕も一つ。……うん、本当だ、タコ入ってないね。ねぇお兄さん、たこ焼きにタコ入ってないよ?」

「あぁん!?タイ焼きに鯛が入ってんのか!?」

「何その返し!?じゃあ、たこ焼きもタコの形にして焼いてみなさいよ!!」

足も8本にしないとタコと認めないわよ!と訴訟大国の本場らしい鋭いクレームが突き刺さる。

「なに、冗談だよ。何故か他の奴らは『あ、なんでもないです』とか言って帰っていったけどな。」

「そりゃその顔で言われたらねぇ。とても冗談とは思えないよ」

トムの指摘が聞こえたのか聞こえていないのか、強面はまったくジョークを理解しない奴らだ、とため息交じりに呟く。

「まぁ別に材料費削ってあこぎな商売しようってわけじゃねぇよ。うちの『かがり縫いのマサ』がたこの仕入れを忘れるポカをやらかしてな。」

「誰なのよ、そのかがり縫いのマサって……ていうかおっさん手芸部なの!?その顔で!?」

「おうコラ誰がおっさんだ。手芸部部長『爆裂ミシンHISANOBU』たぁ俺のことよ。ちなみに今年で37」

「余計なお世話とは思うけど今一番働き盛りの年齢なんじゃ……」

ははは、面白い冗談だな、とHISANOBUはトムの正論を笑い飛ばす。全然笑い事ではないはずなのだが、本人にはとるに足らない事らしい。

「まぁ、たこ忘れの件は本当に申し訳ねぇと思ってるよ。代わりにトリュフチョコ入れといたから」

「何でわざわざ溶ける物チョイスしちゃったの!?」

「手芸部らしく、まち針とかでもいいんじゃねぇかって思ったんだけどよ」

「どういう手芸部アピールよ!?普通に傷害罪になっちゃうわよ!?」

HISANOBUとジェシカが熱い議論を繰り広げている丁度その時、店番交代の時間だったのか女子手芸部部員達が何人か来た。

トムは手持無沙汰だったこともあって、彼女達にトリュフチョコはチョコとして食べたいと主張し、良ければそれを君達と楽しみたいとプレイボーイぶりを発揮した。

もはや傍から見るとたこ焼き屋台にはまるで見えず、『漫談を聞きながらティータイムを過ごす場』としてトムとジェシカがいる間は手芸部の出し物は盛況を迎えた。

その客の一人に黒髪ツインテールの女が混ざっていたことに気付かずに、トムは乙女たちとの会話を楽しんでいたのだった。

(何よこの男……教科書に出てくる登場人物みたいな顔してる癖に……何でこんなにドキドキするの……?!)

ちなみに二人がその場を去った後はチョコ屋台として悪くない繁盛ぶりを見せたという。


危うく手芸部のメイン出し物にされかけた二人であったが、なんとか隙をみて抜け出してくることに成功した。

「ここまできたらもう大丈夫でしょ」

「そうだね、幸いにもここの人だかりは凄いことになってるし……」

トムがそう言った通り、そこは人が多いのもさながら、秋だというのに真夏のような熱気に包まれていた。

人だかりはどうやら真ん中に設置されたステージをぐるりと囲むように作られているようだ。

「そっか、この時間、この場所は……」

ジェシカが言いかけたその言葉を遮るようにマイクの音声がきぃぃんと入る。

「レディース、エーン、ジェントルメーン!!さぁ今年も始まりました、中出アームレスリング!司会はわたくし、視力検査部3年、丸目兼良が勤めさせて頂きます!」

ついでに解説も行います、と丸目が付け足したところで会場からは引っ込め、小指立てんな、マイクに口つけて喋るな、むしろ喋るな、眼鏡割れろ、等と野次が飛び交う。

「凄い熱気ね。腕相撲って普段やるとしょうもなさそうだけど、これだけ盛り上がってるとなんとなく面白そう」

「ジェシカ……お願いだから君は出場しないでね」

いつになく真剣な光を帯びたトムの瞳にジェシカは戸惑いを覚えざるを得ない。

(え……?やだ、トムったら……私がかよわい女の子だからってそんな真剣な顔して止めなくても……)

「も、もうトムったら。そんな真剣に止めなくても出場なんてしない……」

「君が出場しちゃうと各運動部のエース達に全治一か月は優に超える重症を負わせてしまうからね。近年、受け入れ可能な病床の数だって不足している訳だし、何より……」

このトムの最後の言葉は、ジェシカの腰の入った抉り込む様なコークスクリューにより阻まれた。

阻まれはしたのだが、この最後の言葉を語る時のトムの真剣な表情は筆舌に尽くしがたいものであり、吹き飛ばされながらも、地面に全身を強く打ちながらも、トムは喋り続けていたという。

トムにこの時のことを尋ねてみると「ハハッ、この時ばかりは足りない病床をさっそく一つ埋めることになるのは自分かもしれない、と思っちゃったよ」と朗らかに語ってくれた。

しかし、トムは吹き飛ばされた後、余裕でおもむろに立ち上がる。

立ち上がって、続きの言葉を喋りながら、ゆっくり歩きながら、ジェシカのもとに戻っていく姿は流石に不気味だった。

後日吹っ飛ばした本人であるジェシカが引き気味にそのように語ってくれた。


トムとジェシカが遊んでいる間にもバタン、バタンと、時にボキンと何かが折れるような音が発生しながらも、つつがなくトーナメントは進み、いよいよ決勝戦が行われようとしていた。

相も変わらず小指を立ててマイクを持つ丸目が決勝戦の組み合わせを発表する。

「さぁ、決勝戦は……相撲部所属、本田 V.S 無所属の藻部山藻部男だー!!」

片や言わずもがなの気は優しくて力持ち、但し最近は痔持ちの相撲部のエース。

片やここまでノーマーク、しかしその潜在能力、実は学年1位の頭脳と運動能力の持ち主であると情報が付け加えられていく。

「ちなみに藻部山選手に至ってはモテない、目立たない、最近ではナニも立たない!と、いったことから3Nの異名を取っているそうです!」


勝負の結果は相撲部の本田の勝利となった。

この結果について、もしかすると勝負直前の司会のデータ紹介が選手に対する心理攻撃となっていたのではないか、と一部物言いが上がった。

しかし、藻部山のことについてなので観客は急速に興味を失い、沈静化した。

相撲部の本田だけは勝負の後に静かに涙を流す藻部山の背中を優しくさすり、フォローをする。データ紹介に相違ない気遣いを見せた。

ステージ下まで藻部山を導いた後、優勝者インタビューが残っているので本田はステージ中央まで戻ってきた。

「では、今回優勝した本田選手にコメントをもらいたいと思います。どうでしたか、今回の大会は?」

「そうですね……」

本田がコメントをしようとしたその時だった。

「ちょっとまひっ……待ちなさい!」

どこからともなくよく通る女の声が響いた。しかし噛んだ。

人混みでごった返すステージ下からひらり、と軽やかに壇上に影が着地した。

しゃがんだ状態からゆっくりと体を起こす。服装は黒のワンピース、長い髪を左右に分けて縛る髪型の女だった。

と、同時に司会の丸目のもとに黒子が駆け寄り、短く何かを囁き、一枚の紙を渡す。

一通りそれを読み終えた丸目は一呼吸おき、高らかに宣言する。


「乱入!どうやらこの女、乱入のようです!本当は普通にダメだけど盛り上がり重視の大会本部はあっさりOKを出してしまいました!!」

これがその大会本部からの許可です、と丸目は紙を観客に広げて見せる。

もちろん見える訳がない。

観客全員を高地民族出身と思い込んでるかのような所業である。

しかし、観客は突然のハプニングにハイになっていたのでどうでもいい様子だった。

でも乱入はその人だけね、何回もやると流石にダレるから☆と釘さしフォローも万全です、と丸目は本部からの追加情報を観客に伝える。

配慮は良いのだが言い方がウザすぎたためにまたも観客から野次が飛ぶ。ボルテージも上がってるためか、アジも飛ぶ。

「ちょっと!誰ですか、生魚なんて投げるのは!続けますよ!はい、静かに!しーずーかーに!」

パン、パン、パン、と懐かしいリズムで丸目は手を叩く。そして手元の紙を指繰り、求めている情報を探す。

「えーと、名前が………かみづまり……紙詰まり?」

「神津マリよ!イントネーション間違えんな!」

「はーい、ひらがなでゆるふわ女子アピールしちゃうと、こういうことになっちゃうので皆さん注意して下さいねー」

「ちゃんと苗字と名前の間にスペース入ってるでしょうが!見えてないの?眼鏡変えろ!」

「この眼鏡は伊達ですぅ。コンタクトしている上から掛けているだけですぅ」

「それなら普通に眼鏡に度入れた方がよくない!?」

マリと丸目の小競り合いがいつまでも続きそうな雰囲気であったが、いつまでつまらん漫才続けてるんだと観客がしびれを切らし話を本筋に修正する。

「失礼致しました。この乱入に関して、ただの乱入では流石に優勝者である本田選手に申し訳ないので一つ、規定を設けさせていただいております」

丸目が一呼吸置いて、ビシッと観客の方へ向けて指さした。

その指の延長線上にはジェシカがいた。ジェシカは突然のまっすぐ指された指と周囲の視線を集めてきょとん、としている。

「え?なに?なにこれ?」

「そこにおわすは中出大学、最強最悪の怪力女と謳われるジェシカ嬢でございます!」

情報元は言えませんが学外の空手道場でも数人病人送りにした報告もあります、彼女に勝ったら実力があると認め、乱入を許可すると大会本部の決定です、と丸目は説明を付け加えた。

「えぇ……」

「マジかよ……」

「要求が無茶すぎるだろ大会本部……」

「かぐや姫かよ……」

「間違いなく死人が出る……」

「ゴリラゴリラ……」

「いや、ゴリラゴリラゴリラ……」

会場がざわめく。当然の反応ともいえる。大会本部が下した決定はそれほどまでに無茶なのだ。

ゲームで例えるなら現時点でA級の武器を作るために、S級の武器をバラして作ってやるからとっとと持って来いと謎の工程を要求する鍛冶屋ほど無茶なのだ。

こういう時はほぼ不可能なのでさっさと先に進めた方がいい。

ジェシカは周囲の人間の反応が衝撃的過ぎて過去のゲーム経験を思い出すほどだった。

「ちょっと……なによこれ……みんな私のことそんな風に思ってたの……?」

「大丈夫、大丈夫だジェシカちゃん」

絶望の淵に立たされていたジェシカの意識を、見た目は九州男児、心は英国紳士とも定評のある本田が優しく、暖かく、引き戻す。

「君はゴリラなんかじゃない。コアラだ」

全てを許す仏を連想させる微笑みをたたえながら、本田はジェシカを元気づけた。

「本田君……。ありがとう、でもコアラの方が怪力よ」

「本田君は本当に紳士だね。それとジェシカ、コアラが怪力ってデマらしいよ」


トムの注釈はまるで流してジェシカは壇上へ上がる。

ステージ中央で、マリとジェシカの女二人が視線で熱い火花を散らす。

「ふふん、丁度いいわ。エセ外人を倒して私も公然に認められて一石二鳥よ!」


マリはそんな根拠のない余裕の言葉が自分のどこから出てきたのだろうかと、薄れゆく意識の中で考えていた。

「あー、これ人体的に考えて曲がらない方向に曲がっちゃってますねー。とりあえず救急車お願いしまーす」

あ、本田君、応急処置とか出来たりしない?いや、これは下手に動かさない方がいいよ。

そのように冷え切った状況処理の声が、マリの意識が聞いた最後の言葉となった。

やがて担架に乗せられて運ばれていくマリを、壇上のジェシカはなんとも複雑な顔で見送っていた。

本田は何故か無駄に輝く笑顔でジェシカに尋ねる。

「ついでに勝負していくかい?僕は君のような素晴らしい女性と勝負できるなら本望だよ」

「遠慮しておくわ。相撲部の骨を折る女なんてレッテルは欲しくないもの」

「ははは、折られるの前提かぁ」

本田のさわやかな声は、晴れた秋の空によく相まって虚空に消えていった。



一騒ぎあり、動く気力も失っていたジェシカはトムに連れられてなんとか会場を後にした。

女の子にとってなかなかダメージが大きかったであろう。

珍しくトムは気を遣って、周囲に何か気を紛らわして遊べるものはないかを探した。

「あ、ジェシカ、見てあれ!」

「んー、なによ?」

トムが指した先にあるのは射的の屋台だった。

しかし、屋台には誰もいない。さびれている、といった意味ではなく、文字通り店番すらいない。

「おかしいわね……準備中かしら?」

「ん?なんか立札があるよ、ジェシカ」


~銃はご自由に、弾は下の籠から。一袋100円也。料金は籠の隣の料金箱へ。~


「無人販売所方式なの!?」

「コミュ障だらけの現代にはピッタリだね」

あれはコミュ障のためのシステムではないし、そもそもコミュ障は学際なんかにこないと思うけどね。

そのように付け加えながら、料金を箱に置いて弾を取る。

馴れた手つきで銃に弾を込め、連続で発砲する。倒れていく景品。現時点で一発も外していなかった。

「上手いわね」

「ハワイで親父に習ったんだ」

「人種的に本当か嘘かわかりにくいコメントはよした方がいいと思うわ」

その時、ゴウン、と機械音が響いた。

よく見ると景品が載せられていた棚にコンベアが敷かれており、景品が倒されるとセンサーが反応して景品補充のために動くようだ。

床にも大きなコンベアが敷かれていて、倒した景品が手前側に流れてきてわざわざ拾いに行かなくても良いように設計されている。

「無駄にハイテクね」

「ということはこれを辿れば元締めに行き着くわけだね」

「よしなさい、これだけ徹底した無人販売所方式なんだからおそらくよほどのコミュ障よ」

などと二人が好き勝手言っている間にふらっと射的屋台に近づく影があった。

三角巾で右腕を吊っているツインテールの女だった。

「おやじ、一番いい銃を頼む」

「親父いないわよここ。っていうかあなた、何でそこまでして……」

「何で?何でですって!?わたしも目立つの!あんた達みたいにちやほやされるの!!おたさーの姫なんかで終わらないの!!!」

「ここ無人だからそんなに衆目には触れないと思うんだけどなぁ」


いいから勝負よ、とマリは宣言する。

「せっかく射的屋にいるんだからこれで勝負よ。どれだけ早く、正確に景品を打ち落とせるか、それで勝敗を決めるわ!」

「なるほど。他にルールはあるかな?」

「ないわ!シンプル・イズ・ベストよ!」

ふふん、と意味もなく得意げに銃を掲げポーズを取るマリ。

余談ではあるがジェシカはこのポーズを見てフロム・マイコールド・デッドハンズを思い出したという。

「シンプル。いいね、シンプルなのは好きだよ」

「ふふん、そうでしょ……」

突如、ババババババン、と轟音が鳴り響く。

それはとても玩具の銃が出せる音ではなかった。

マリは思わず折れている方の腕も掲げ、耳を塞いで目を閉じていた。

ゆっくりと目を開けると、トムが右手に銃、さらに左手にも銃を構えて立っていた。

棚に並べられていた景品の影も形もない。すべて下のコンベアに落されていた。

それからトムはゆっくりと腕を下しながら、ライフルタイプの銃にも関わらず、それを軽々と回し、装着していないホルスターに戻す動作を繰り出した。

「僕は両利き(スイッチ・ヒッター)だ」

「これはアウトね。比較的マイナーでもパクリはパクリよ」

「やだなぁ、オマージュだよ」

トムとジェシカがパクリとオマージュの差について議論しながら射的屋を離れていった。

あとに残されたマリは未だに轟音が耳について体を動かすことが出来なかった。



~OH!目が!ドキッ!中出大学ミス・コンテスト~


「何なのよ、このなんかに掛けたようで全然掛かってないタイトルは」

特設ステージ上に架けられた幕を見てジェシカはバッサリと切り捨てた。

「一応『逢魔が時』と掛けているらしいね、パンフレットによると。」

目の当り(まのあたり)の感じで目を読んで下さるととても助かります、とも書いてあるよ、とトムはパンフレットの続きを読んだ。

「大体何で逢魔が時なの?」

「逢魔が時って日の暮れて夜になる時間帯で妖怪にも会いやすい時間帯だからどんな妖怪(みたいな女)が出てきても後悔するなよ、って書いてあるよ」

「失礼すぎる!なんで開催しようと思ったの!?」

その時、かすかに声が聞こえた。

「……て~」

「ん?トム、なにか言った?」

「いや?何も言ってないよ」

「気のせいかしら」

だが、その声はだんだん大きくはっきりと聞こえてきた。

「ま~~て~~」

「ギャアア!出た!妖怪!」

「誰が妖怪よ!」

「あ、さっきのツインテールの人」

トムが指摘した通り、声の正体はマリだった。ただし先程より包帯が増えている。

というより包帯しか身に着けていなかった。胸にサラシのように、腰にはミニスカートのように、足にはニーハイソックスを形作るように巻いている。

「……痴女じゃない」

「痴女じゃない!企画物でもない!」

「ちょっと、僕のボケを潰すのはやめてくれないかな?」

とにかく、とマリは仕切りなおした。

「わたしはこれからミスコンテストに出るわ。外人、あなたも出なさい!」

「え?何で?」

「あなたに勝ったらわたしが目立てるからよ!いいから来なさい!」

「ちょっと、まって……」

ジェシカを半ば強引に連れて行く包帯女、その絡みを見てトムは女の子同士も悪くないな、と誰にも聞かれることなくひっそり呟くのだった。


「いや、もうこれ晒し者ってレベルじゃないと思うんだけど」

ミスコンのステージ上にいるのはジェシカとマリの二人だけだった。

マリは先程の包帯痴女姿、ジェシカは何故か用意されていたビキニ水着姿である。

会場にはアームレスリング大会と同じくらい多く観客がいたのだが、出場者はたったの二人である。

「まぁこれに出るって『私、妖怪よ?なにかようかい?』って言ってるようなもんですからね!」

あっはっは、と司会進行のねずみ男に似た男がウザいハイテンションでまくしたてる。

「正直、二人も出場者がきたことにこっちが困惑してますわ!」

「困惑するくらいなら開いてんじゃないわよ!ていうかさっきのダジャレなによ!?」

色々笑えないわ、とジェシカがキレているのもそっちのけでマリは会場に笑顔で応えている。

「さぁ!じゃあそろそろ妖怪……じゃない、中出のミスを決めましょうか!」

これからそれぞれ出場者の名前を呼ぶので良いと思った方で大声を出すこと。

その時のdBデシベルの大きさで勝敗を決定する。

おおよそのルールはそのような説明だった。

「なんか懐かしい決定方法ね」

「じゃあいきますよー。パツキン水着の方ー!」


ワーーーーーーーーッ!!!『ただ今の騒音…72dB』


「おぉ、なかなか出ましたねー。じゃあ次、黒髪包帯痴女の方ー!」


ワーーーーーーーーッ!!!『ただ今の騒音…72dB』


「おおっと、まったく同じ数値ですよ。困りましたねー」

さして困ってなさそうなねずみ男がゲスな笑みを浮かべる。

これは脱ぎが入ってくるのではないか。

会場が期待したその時、黒子がねずみ男に駆け寄り、何かを耳打ちする。

「あぁ……乱入だそうです」

明らかにやる気なさそうにねずみ男が告げる。

「なに?またなの?」

「不細工こい、不細工こい」

ジェシカとマリがそれぞれ口走る中、ねずみ男がはいどーぞー、と一層やる気なく宣言する。


心が照らされた。

乱入してきた彼女はまるでヒマワリのように明るい笑顔でまぶしかった。

白のワンピースに華奢な肩。それは白く、幼く、どことなく艶やかに見えた。

髪はジェシカと同じく金髪だが、ジェシカのそれとは明らかに違う眩しい粒子を放っていた。

のちに会場にいた一人に聞いてみるとこのような答えが返ってきた。



ミスコンの結果は言うまでもなく乱入者の優勝に決まった。

その時の騒音は120dB、これは飛行機のエンジン近くの騒音レベルである。

当然近隣住民から苦情が来た。


「ゆ、優勝者は乱入者の……えーと、お名前は?」

「はい、トミーです」


司会の問いに上品に優雅に、そして裏声で答えていた。

瞬間、パズルのピースがはまるように、脳内に電流が走って閃いた。

長年一緒にいるジェシカにはこの乱入者が誰であるかわかったのである。


「「ウォォォァァァァァァァァァァァッァァァァァァァァァァァ!!!!!!」」


男にミスコンテストで負けたジェシカの慟哭。

幾度と勝負を挑み、そして負けたマリの哀哭。


この2つがこの日の最大騒音である120dbを上回ったことは近隣住民以外知る者はいない。

ここまでお読みいただきありがとうございます。

オタサーの姫のイメージアップのために書きました。

読み返してみると焼け石に水どころか火事場にガソリンな気がしないでもないです。

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